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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
354/359

最終決戦



 攻撃が防がれたと見るやサマエルは水の牢を爆発させる。

 樹流徒は派手に吹き飛ばされたが、宙で体を捻って上手く着地を決めた。

 間髪入れずサマエルの口から空気弾が放たれる。ほぼ無色透明の大きな弾丸が、高速で樹流徒の膝元に飛んできた。性能が上がった空気弾は飛距離もあり、標的の体を内側から吹き飛ばす凶悪な能力だ。直接相手の急所に命中させなくても相手を死に至らしめる。


 樹流徒は真上に跳躍して空気弾を飛び越えながら魔法陣を展開。中から美しい装飾が施された剣を取り出した。サンダルフォンの武器である。

 剣は出現した先から粉々に砕け散って巨大な竜巻と化し、サマエルを襲った。

 サマエルは二重の魔法壁を展開して身を守る。防壁が消滅すると七つの青白い光を宙に浮かび上がらせた。光はすぐに弾けて人間の全身を丸ごと飲み込むほど太い光の柱となる。


 視界を埋め尽くす死の輝きから身を守るために樹流徒は真紅の防壁を五枚重ねて並べた。

「あの野郎……」

 自分の能力を使われてベリアルが複雑そうな顔をする。


 七つの光と五枚の防壁がぶつかり合った。真紅の壁は大量の白煙を上げながら次々と破壊されてゆく。到底全ての光を受け止めるのは不可能だった。最後の防壁を突き破った閃光が樹流徒に迫る。

 この危機を樹流徒は魔法陣型の盾によって切り抜けた。盾の頑丈さは第五天でガブリエルが天使たちの攻撃を全て受け止めたときに証明されている。光の柱を一つや二つ受け止めるだけならば十分な防御力を持っていた。


 さらに樹流徒は背中から白い大きな翼を広げる。

 同じ翼を持つガルダがおっと短い声を発した。

 樹流徒の背中から十数枚の羽根が舞い落ちる。羽根は宙で静止すると緑の光を纏って高速回転し、弾丸となった。

 標的めがけて直進する弾丸をサマエルは真横へ大跳躍してかわす。二十四枚の翼を使って空中で姿勢を安定させながら樹流徒に手を向けた。

 サマエルの掌から爆炎が膨らみ、数十の矢となって樹流徒の元に殺到する。

 樹流徒は横に駆けてかわし、続いて飛んできた火炎砲も地面を転がってやり過ごした。火炎砲は爆ぜると周囲に火柱を飛び散らせるが、それも難なく回避する。


 樹流徒は腰を上げながら魔法陣から二本の剣を取り出した。アンドラスが使う雷の剣だ。

 Xの文字を描くように両手を振り回し、二本の剣を連続で投擲する。雷を纏った刃は宙に放たれると本物の雷光となってサマエルの胸を貫いた。

 余りにも簡単に命中したため、樹流徒は瞬時に、分身体を攻撃したのだと理解した。

 サマエルは被弾する寸前に分身能力を使い、三体に分かれていたのである。


 雷剣により分身の一つは消えたが、残り二体のサマエルが接近戦を挑んできた。

 片方は攻撃能力を持たない分身体だが、もう片方は本物のサマエルだ。

 外見上の見分けはつかない。

 ならば両方同時に攻撃するしかない。

 樹流徒は両手に魔法陣を展開。片方から黒い鎖。もう片方から赤い鎖を放った。

 二色の鎖は見事に本物のサマエルを暴きだす。

 黒い鎖はサマエルの分身体を貫き、赤い鎖は本物のサマエルに氷の槍で防御させた。


 その光景を遠巻きに眺めている二人の少年がいた。

 金髪の天使アフと、銀髪の天使ヘマーである。彼らは互いの顔を見合わせる。

「ねえ、今の鎖、僕たちの能力だよねアフ」

「そうだねヘマー。確かに僕たちの力だった」

「人間が僕たちの力を使うなんて生意気だな」

「まあ今回だけは大目に見てあげようよ」

 そんな憎まれ口を叩いてもアフとヘマーが内心樹流徒を応援しているのは明らかだった。二人の能力を樹流徒が使用できたのが何よりの証拠である。


 他者の思いを力に変える能力により、樹流徒は天魔となったサマエルと互角の勝負を展開する。

 樹流徒は魔法陣から長大な剣を取り出した。樹流徒の背よりも長い大剣だ。サンダルフォンが使用した炎の剣である。

 武器を中段に構えて樹流徒は突進した。

 サマエルも接近戦に応じる。

 遠目からなぎ払った炎の剣と氷の鎌がぶつかり合って、耳の奥に残る硬い音色を立てた。

 樹流徒の腕力が想像を超えていたためか、サマエルの手から鎌がこぼれ落ちる。さらに武器を弾き飛ばされた衝撃でサマエルの腕が泳いだ。そちら側のガードが甘くなる。


 好機に見えた。サマエルの懐に飛び込んで一撃を見舞う絶好のチャンス。魔法壁などの能力で防御されてしまうかもしれないが、それはそれで構わなかった。連続使用できない防御能力を敵に使わせることも重要な戦法だ。


 が、樹流徒はこれまでの戦闘経験で培った勘から今回は慎重になった。迂闊に相手の懐へ飛び込まない方が良い、と彼の直感が告げていた。

 その判断は正しかった。サマエルは武器を弾き飛ばされるや否や口から火柱を吹いて樹流徒の接近を拒絶する。もし樹流徒が攻撃を狙ってもう一歩踏み込んでいたら、良くて相打ち。最悪の場合、樹流徒だけ被弾していただろう。


 火柱が吐き出されるよりも前に樹流徒は宙返りで後ろに逃れていた。

 着地と同時、彼は両手を前に出す。

 片手に緑色の光、反対の手に青い雷光が発生して大きな螺旋を描いた。樹流徒が両手を重ねると二つの螺旋は混じり合って強い反応を起こし、光と雷の渦になる。神との戦いでラファエルが見せた能力だ。


 サマエルも樹流徒の動きに合わせて同じタイミングで両手を出していた。

 向かい合わせた掌の間に雷光の渦が生まれる。その小さな渦はサマエルの手元から離れると瞬時に成長して何倍もの大きさになった。


 攻撃を放つタイミングも両者まったく一緒だった。

 眩い光を放つ二つの渦は透過し合うことなくぶつかり合い、激しくせめぎ合う。そして互いの存在を打ち消し合った。


 息つく暇も無く樹流徒の足下から先の尖った大岩が飛び出す。

 間一髪、樹流徒は後ろに跳躍して事なきを得た。即座に宙で手を振り払う。彼の爪が(きらめ)いて、半月状の青い閃光が宙を疾走した。以前マルバスが使用したその能力は、樹流徒の眼前でせり上がった巨岩を真っ二つに切り裂いてサマエルの元へ飛翔した。


 サマエルは片手で氷の盾を出現させて三日月の閃光を防御しつつ、反対の手を触手に変える。

 伸縮自在の触手は硬い先端で相手を突き刺すことが可能だ。また捕縛した相手に電撃を食らわせるという使い方もできる。

 迎え撃つ樹流徒は魔法陣から大きな斧を取り出した。象頭悪魔ガネーシャが降世祭で使用していた武器だ。

 鋭くなぎ払われた斧は飛んできた触手を弾き返す。続けざま樹流徒はサマエルの胸元めがけて斧を投擲した。

 回転しながら飛ぶ斧はサマエルが召喚した氷壁に跳ね返って地を滑る。

 氷壁の陰でサマエルは氷のレイピアを装備していた。

 触手と同じでこのレイピアも伸縮自在である。氷壁が幻の如く消滅すると、その奥から透明な細い刃が勢い良く伸びた。


 何か来ると踏んでいた樹流徒は、予想通り飛んできた氷の刃を、素早い側宙で回避する。

 だが読み合いではサマエルも負けていない。樹流徒が避けると分かっていたのだろう。サマエルは即座にレイピアを消して自身の周囲に四つの魔法陣を出現させた。

 各魔法陣から太い植物のツルが何本も飛び出す。それらは地上と空中の両面から樹流徒に飛びかかってきた。

 樹流徒は横に駆けて逃れたが、触手たちは個々の意思を持った生物の集団となり追って来る。

 逃げ切れない。早々に悟っ樹流徒は、雷の剣を振り回して襲い来るツルを数本刈る。全部で数百本ある内の、たった数本だ。切断された者などお構い無しに後続のツルが樹流徒を襲い、彼の四肢に絡みついた。腰や胴体そして首にも巻きつく。あっという間に樹流徒の全身はツルに覆い尽くされてしまった。


 かと思えば、すぐに灰煙が立ち込める。樹流徒を閉じ込めていたツルが物凄い勢いで燃え出した。

 消し炭になって消えるツルの内側から炎を纏った六枚の翼が広がる。

 樹流徒は火の鳥と化していた。

 炎の翼が残ったツルを焼き払いながらサマエルめがけて滑翔する。


 対するサマエルは何かしらの能力を発動して迎撃しようとしたのだろう。

 それは中断せざるを得なかった。

 樹流徒の飛行速度が急激に増したからだ。彼の背中に広がる翼は炎に代わって雷を纏っていた。

 それにより火の鳥から雷の鳥へと変化した樹流徒は加速し、音速を超えてサマエルに突進する。


 サマエルは意表を突かれたと見えて魔法壁を張る暇すら無かった。

 雷の鳥がサマエルの胴体に強烈な体当たりを見舞う。

 思い切り蹴られたボールのようにサマエルは勢い良く弾け飛んだ。普通の戦士ならば受身を取るのさえ困難だっただろう。

 しかしサマエルは空中で体勢を立て直すついでに反撃の準備をする余裕さえ持っていた。激しい衝撃にもまるで動じず、大してダメージも負っていない証拠だった。

 彼は足から綺麗に着地を決めると、いつの間にか腹に開いていた口から炎の渦を発射する。

 こんなに素早く反撃に移れるとは思っていなかったのだろう。戦いを見守る者たちからあっと驚きの声が上がった。


 サマエルが繰り出した早業に樹流徒は一歩も動けない。魔法壁や盾も張れなかったし、変身能力も使用できなかった。彼の全身は、傘のように広がる炎の渦に飲み込まれる。

 人間よりも丈夫だが鋼ほど硬くない樹流徒の肉体は、炎に包まれてひとたまりもなかった。皮膚が焼け肉が焦げる暇すらない。彼の全身は見る間に溶けた。


 炎が通り過ぎたあとには草も骨も残らない。

「おい。嘘だろ……」

 ベルの顔が夜明けの空みたく白んだ。

「キルトが……。キルトが死んだ」

 アンドラスは全身を震わせ(くちばし)を全開にしたまま固まる。

 あっけない、そして絶望的な幕切れ。

 ほとんどの者は言葉を失った。逆に悲鳴をあげる者や、思わず両手で顔を覆っている者も何名かいた。


 また中には冷静な者たちも少なからずいた。

 戦慄するアンドラスの隣に一体の悪魔が立つ。

 象頭悪魔ガネーシャだった。彼は至極落ち着いた声で語りかける。

「ねえアンドラス。ボクたち少し前にもコレと似た様な光景を見なかった?」

「え」

「覚えてない? ホラ、降世祭のときだよ」

「降世祭……」

 心当たりがあったのだろう。アンドラスはあっと小さく叫んだ。

「そうか! アプサラスとアミトの対決だな」

「そう。だからもしかしてキルトもあの時と同じように……」

 ガネーシャがそこまで言ったときだった。


「妙だ。余りにもあっけなさ過ぎる」

 腑に落ちない顔をするサマエルの頭上で、冷気の渦が巻き起こっていた。

 渦の中心には小さな氷の塊が浮かんでいる。それは急速に大きさを増し人の形を取る。

 果たしてこの場にいる者たちの中で何人が気付いただろうか。その氷塊こそが本物の樹流徒だった。


 アンドラスやガネーシャと同様、樹流徒も降世祭の第三試合で行なわれたアプサラス対アミト戦を記憶していた。あの決闘でアミトに殺されたかと思われたアプサラスだが、彼女は自分の氷像を身代わりにして難を逃れていた。本人は姿をくらまし、別の場所へ逃れていたのである。

 当時の状況を樹流徒は今、再現していた。サマエルが放った炎の渦に解けたのは樹流徒の氷像に過ぎなかったのだ。本物の樹流徒はアプサラスの能力を借りて姿を消し、上空に退避していた。


 危地からの脱出劇はそのまま逆襲への一手に繋がる。

 樹流徒は炎の槍を構えて眼下のサマエルめがけ音も無く直下した。


 だがサマエルは逸早く頭上の異変に気付く。

 彼の防御能力が発動した。直径二十メートルを超える水の塊がサマエルを中心に広がる。

 樹流徒の奇襲を見破ったサマエルは真っ直ぐ前を向いたまま薄い笑みを浮かべた。腕はドリルに変わっている。樹流徒が水牢(すいろう)に飛び込んだところを狙って攻撃するつもりだろう。


 樹流徒は、自分の奇襲がサマエルに気付かれていることに、気付いていた。

 彼は戦いながらサマエルに勝つ方法をずっと考えていた。どうすればサマエルの防御を突破できるか思案していた。

 そして見つけたのである。樹流徒は密かにこの時を待っていた。サマエルが水牢を展開する瞬間を待っていた。

 水牢は使用者の全方位を高い防御力で守る上、接近してきた相手を捉えて反撃も出来る。非情に高性能な攻防一体型能力だ。

 しかし一つだけ致命的な弱点がある。それは水牢を敵に破壊されるか自ら解除しないかぎり、能力の使用者はほとんど水の中心から動けないことだった。


 サマエルが使用する悪魔の能力は、少し前まで樹流徒の能力でもあった。

 ゆえに樹流徒は能力の長所も短所も把握していた。水牢の欠点も良く知っていた。サマエルの防御を攻略するならば、彼がこの能力を使用した瞬間しかないと考えていた。


 樹流徒は重力に身を任せて落下する。だがこのままでは水牢に飛び込んでサマエルの元に届く前に体が停止してしまう。装備した炎の槍も消えてしまうだろう。

 だから樹流徒は別の方法でサマエルに近付こうと考えていた。全方位を特殊な水の塊に守られたサマエルに近付く極めて簡単な方法がある。


 頭上を仰いだサマエルの顔が驚愕に満ちた。

 彼の瞳に映っていた樹流徒の姿が忽然と消えている。

 樹流徒がアプサラスの能力を再使用したわけでもなければ、サマエルの目が錯覚を起こしたわけでもい。サマエル以外の者も全員、樹流徒の姿を見失っていた。

「透明化能力か」

 サマエルはその可能性に思い至る。

 樹流徒にはメイジの能力が残されていた。透明化能力も使用可能である。


 その読みは外れていた。


 これまで樹流徒は数多くの悪魔と出会ってきたが、その中にマルティムという少年の悪魔がいた。

 マルティムは瞬間移動の使い手だった。瞬間移動は読んで字の如く離れた場所へ一瞬で移動できる能力だ。空中にいる樹流徒が刹那の内にサマエルの背後へ回りこむのも容易だった。


 瞬間移動により水牢の中心に出現した樹流徒は、ルシファーの武器である光の剣を握り締めていた。

 樹流徒が透明化能力を使用したと勘違いしたサマエルは微かに反応が遅れる。それも含めて樹流徒の狙い通りだった。

 サマエルが背後の殺気に気付いて振り返ったときには樹流徒の腕が振り下ろされる。悪魔の力を奪われた樹流徒は水中で素早く動ける能力をも失ったに思われたが、いま彼は人魚の悪魔ヴェパールの力を借りて、水の抵抗を全く受けない状態になっていた。


 風の如き速さで振り下ろされた光の刃がサマエルの肩に命中する。

 手応えは無かった。それほど剣の切れ味が鋭かった。

 サマエルの片腕がいとも簡単に胴体から切り離される。


 驚き、もしくは苦痛によってサマエルは顔を歪めた。だが樹流徒が第二撃を見舞おうと腕を引くと、サマエルは急いで水牢を爆発させる。

 それをも先読みしていた樹流徒は魔法壁で防御した。

 水牢が消えて二人は一緒に地面に降り立つ。

 片腕を失ったサマエルは着地の衝撃で傷が痛んだのか、その場に膝を着いた。


「今だ相馬!」

 令司が叫ぶ。

 樹流徒もここは躊躇わず攻撃する場面だと直覚していた。令司の声が耳に届いたときにはもう、光の剣を振り上げていた。


 ところが振り下ろされた樹流徒の手は途中で止まる。

 瞬間移動を利用した樹流徒の奇襲にはサマエルも度肝を抜かれただろうが、今度は逆に樹流徒が一驚を喫する番だった。


 心臓が嫌な跳ね方をした。

 樹流徒が目の当たりにしたのは、本来決してその場にいないはずの人物だった。


 サマエルの姿がいつの間にか人間に変わっている。

 南方ではない。樹流徒と同い年くらいの青年だ。天を突くように逆立った短めの髪と不敵な瞳。

 紛れもなくそれはメイジだった。




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