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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
353/359

思いの力



「何をしている……」

 サマエルの眉間に深いシワが刻まれた。

「何をしているオマエたち。さっさと行け! 私に逆らう愚か者たちを駆除しろ」

 乱暴なサマエルの命令を受けて被洗脳天使たちが行動を開始した。

 応戦すべく樹流徒たち連合軍も動き出す。

 両軍の兵士が一斉に弾き出された。


 飛沫が舞うように両陣営から激しい攻撃が飛び交う。

 多人数が一ヶ所に固まれば広範囲を巻き込む遠距離攻撃の的になる。連合軍もサマエル軍も護衛目標が無いため特定の場所に集まる必要も無く、必然的に両軍は自由に広範囲へと散っていった。空き地を飛び出して道路へ。道路を飛び出して浜と海へ。そして空へ。異形の者たちが辺り一帯に展開する。並行して両軍は少しずつ互いの間合いを詰めていった。


 戦線がすっかり拡大しきった頃には接近戦が行なわれる。人間同士の戦いだと奇襲、掃討、対テロ戦などを除いて白兵戦が行われる機会は少ないが、天使や悪魔同士の戦いでは遠距離戦闘よりも近接戦闘の方が好まれる傾向にあった。

 その理由としては、特殊な防御能力や高い機動力を持つ天使や悪魔に対して遠距離攻撃が通じ難いことが挙げられる。遠距離攻撃は能力が発動してから標的に着弾するまで若干時間がかかり、相手に防御や回避をされやすいのだ。特に現世での戦闘ともなれば異世界の住人である天使や悪魔は能力の発動に魔法陣を展開しなければいけない。よけいに遠距離攻撃の隙は大きくなるし、連射性能も落ちる。

 飛び道具の撃ち合いでは互いに決定打を奪えず埒が明かない場合が多い。それは樹流徒も過去の戦闘で何度も経験していた。特に強敵に対して遠距離攻撃はしばしば牽制程度にしかならず、仮に攻撃を命中させても致命傷に至らないケースが多かった。樹流徒が強敵相手にトドメを刺すときは近接攻撃である場合がほとんどだった。


 天使・悪魔同士の戦いにおいて遠距離攻撃が特別有利になるのは、片方の戦力がもう片方の戦力に対して兵の数で大きく勝っている場合だ。つまり片方が圧倒的な数的有利を得ている状況である。それは大人数が少人数に対して集中砲火を浴びせられる状況とも言い換えられる。

 樹流徒は以前何度かその状況を味わった。

 市民ホールでの戦いではベルゼブブ一派が儀式を守るために大勢の仲間を揃え、遠距離攻撃による集中砲火で樹流徒たちの足止めに成功した。

 聖魔戦争では第五天の天使たちが、やはり大軍を用意して遠距離攻撃を乱射し、樹流徒たちをなかなか転送装置の台座に近づけさせなかった。


 しかし今回の戦いでは樹流徒たちとサマエル軍の兵数はほぼ互角。片方が数的優位を生かして相手に集中砲火を浴びせ各個撃破できる状況ではなかった。

 飛び道具の撃ち合いでもある程度までは互いの戦力を減らせるが、それは防御能力や高い機動力を持たない下級天使や下級悪魔の数が減るだけに過ぎない。いくら激しい弾幕を張ったところで、上位の天使や悪魔の命は奪えないし、大した足止めにもならないだろう。

 ゆえに最前線では近接戦闘が行われる。剣や槍といった武器を持った兵士たちが大量に入り乱れ、彼らを攻撃あるいは援護するために後方から遠距離攻撃が飛び交うという構図になった。


 サマエル軍の目的は樹流徒たち連合軍の全滅である。

 かたや連合軍の目的はサマエル一人の討伐だった。

 サマエルを倒しても被洗脳天使が元に戻る可能性は低い。彼らを洗脳したレミエルが自爆して死んだ今も天使たちは正気を取り戻していないし、「もう二度と正気に戻ることはない」とサマエルは言っていた。多分サマエルが死んでも被洗脳天使は操られたままと考えた方が良いだろう。


 ただ、サマエルを倒せば被洗脳天使が戦う目的は消える。彼らの行動を止められるかも知れない。

 樹流徒は向かってくる天使たちの攻撃を避け、場合によっては致し方なく反撃しながらサマエルの姿を探した。あの敵さえ倒せば戦いは終わるはずだ。


 戦闘開始から数十分が経過すると、サマエル軍がやや押され気味になってきた。

 サマエルは圧倒的な兵数に物を言わせて魔界に奇襲をしかけるつもりだった。もしそれを実践していれば魔界の制圧は確実に成功していただろう。聖魔戦争により疲弊し、戦争終結により気持ちが緩んでいた悪魔をサマエル軍が蹂躙していたはずである。


 だがこれから魔界侵攻を開始しようというとき、サマエル軍と互角の兵数を揃えた樹流徒たちが現われた。サマエルにとってはとんだ誤算である。さっきまで戦争をしていた聖界と魔界が連合軍を結成するなど、普通に考えればあり得ない話だった。

 そのあり得ない話が現実になったため、サマエルは数の優位も、奇襲を仕掛ける側としての優位も失ってしまったのである。


 結果、両軍の戦力差は兵士個々の戦闘能力やチーム全体の士気、そして戦術などに委ねられることになった。

 樹流徒たちにとっては幸いな事に、被洗脳天使たちは皆サマエルの命令に従順であり統率が取れていながら、戦術と呼べるものは有していなかった。ゆえに彼らは「敵を倒せ」というサマエルの大雑把な命令に従って、ただ闇雲に戦うのみである。無論、それは急造チームである連合軍も同じで、彼らに戦術や連携などあるはずがなかった。


 となると、戦力の優劣をつけるのは兵士個々の基本的な戦闘能力やチームの士気になる。

 ざっと見たところサマエル軍の兵は、現世に派遣された下級天使から聖界の第五天を守っていたような上級天使まで、戦闘能力が低い者と高い者が大体同じ割合で混ざっていた。

 連合軍も似たようなものだが、こちらは戦闘能力が高い者の中にセラフィム級の天使や魔王級の悪魔が何体も含まれている。その分だけサマエル軍の戦力を上回っていた。


 また兵士たちの士気は比べようもない。連合軍の戦意はこれ以上無く高まっているが、サマエルの操り人形になっている天使たちはまるで機械の兵士のように士気そのものが存在しないように見えた。機械の兵ならばいかに絶望的な状況に陥っても士気が下がることはない。ただその代わりに士気が上がることもなかった。戦意高揚した連合軍と、士気を持たぬサマエル軍とでは、前者の方が兵の実力を最大限発揮できるのは疑いようもない。


 ただしサマエル軍にも有利な要素はあった。それは兵士たちが戦闘行為を躊躇(ためら)わないことである。

 チーム全体としては士気が高い連合軍だが、個々で見ればサマエル軍への攻撃に抵抗を感じている兵もいるはずだ。特にミカエルたち天使は心を痛めながら戦っているだろう。何しろ敵兵の被洗脳天使はレミエルの力によって操られているだけで本来は仲間なのだから。それについては戦闘開始前から分かっていたことだし、ミカエルたちは既に同胞と戦う覚悟を決めているだろう。しかし覚悟を決めたからといって良心の呵責から完全に解放されるわけではなかった。

 その点、被洗脳天使は同胞への攻撃に一切迷いがない。何も感じないように洗脳されているのだ。機械の兵という例えの通り、彼らは感情に惑わされず淡々と連合軍を攻撃できるのだった。


 このようにお互い有利な部分と不利な部分を抱えながら戦闘が繰り広げられた結果、時間の経過と共に攻勢に回り始めたのは連合軍だった。

 前述通り、セラフィム級の天使や魔王級の悪魔が味方にいるか否かが両軍の明暗を分けていた。

「許せ、友よ」

 ミカエルは苦渋に満ちた顔で剣を振り回し、被洗脳天使の翼や四肢を切断して戦闘不能の状態にする。なるべく命は奪いたくないのだろう。しかし“極力不殺”という足枷を引きずりながらも、ミカエルは次々と敵兵をなぎ倒してゆく。

 メタトロンも、サンダルフォンも、ラファエルも、同じ足枷を提げながら大きな戦果を挙げていた。元々確固たる不殺精神を持っていたガブリエルはこの戦場においても誰一人殺さずに奮闘している。

 そんな中、ウリエルは物凄い勢いで敵の命を狩っていた。炎の大剣を振り回し、雷の剣をなぎ払い、まるで被洗脳天使を殺す事に何の躊躇(ためら)いもないように激しく華麗な戦いぶりを披露している。だが表情は他の誰よりも険しかった。きっと心を痛めていない天使など誰一人いないのだろう。ウリエルも例外ではなかった。


 かたや悪魔は聖魔戦争で元同胞と戦う事に耐性ができたのか。特に戸惑いもなく戦闘している者が大半を占めていた。

 バルバトスの弓やグザファンの火炎放射器が敵の下級天使を撃墜する。

 戦闘を好むベリアルや獅子の悪魔マルバスは聖魔戦争で不完全燃焼だった闘争心を存分に爆発させていた。

 そしてルシファーの手から放たれる閃光が数体の敵を一瞬にして消滅させる。

 何かの鬱憤を晴らすように悪魔の勢いは増す一方だった。


 戦闘開始から数時間が経つと、連合軍に対してサマエル軍のほうが目に見えて数が減っていた。

「これなら勝てるぞ」

 砂原が拳を握り締める。集団戦の大局は最早ほとんど見えていた。いよいよあとはサマエルを倒すだけだけという状況である。


 ただ肝心のサマエルが見当たらない。

 樹流徒は依然サマエルを探していた。

 まさか形勢不利と見て戦いの混乱に乗じて一人逃げ出したのではないか。そんな憶測が脳裏を過ぎるほどサマエルの姿を発見できない。

 当然と言えば当然だった。かなり人数が減ったとはいえ未だ数十万規模の兵が広範囲で動き回っているのだから、たった一人の標的を簡単に見つけられるはずがない。せめてサマエルが地上にいるのか空にいるのかさえ分かれば探しやすくなるのだが……


 だが樹流徒はそれ以上サマエルを探す必要は無かった。

 探すまでもなく、向こうから自分の居場所を教えてくれたからだ。


 サマエルは空き地の一角で戦っていた。神の力を得た彼の戦闘力は圧倒的で、向かってくる連合軍の天使や悪魔を蟻でも潰すように次から次へと葬っていた。反則的と言える強さを見せ付けていた。

 そこから百メートル近くの場所まで樹流徒は近付いていた。しかし周囲には敵味方が大勢入り乱れており、彼はサマエルの姿に気付けなかった。逆にサマエルが樹流徒の姿を補足した。


 サマエルは悪巧みを思いついたような顔をすると、遠くから光の槍を飛ばして樹流徒に不意打ちを仕掛けた。樹流徒が被洗脳天使と交戦している隙を狙っての奇襲だった。

 多くの殺気と兵士が乱れ舞う戦場の中、樹流徒は自分に向けられたサマエルの殺気と、背後から高速で忍び寄る光の槍を察知できなかった。そのまま何も起こらなければ彼は討たれていただろう。


 だが、光の槍がサマエルの手から離れたのと同時である。

 突如、遥か空の彼方に浮かぶ魔法陣――聖界の入り口から光の弓が飛び出した。

 青く輝く光の弓は落雷のように大地へ突き刺さり、サマエルが投擲した槍の軌道に割り込む。

 まるでサマエルの奇襲を予知していたような一撃だった。

 樹流徒からわずか数メートル離れた場所で光の弓と光の槍は衝突し、相殺する。お陰で樹流徒は命拾いをした。


 奇襲が失敗してサマエルは頬の筋肉を強張らせる。

 続いて彼は何かに気付き、あっと声を上げた。

「まさか今の弓はレミエルの能力……。だとすれば伊佐木詩織の仕業か!」

 鋭い視線で忌々しげに空を睨む。

 聖界から飛んできた光の弓矢は詩織が放ったものだった。聖魂を吸収して天使レミエルの力を得た彼女が、聖界から援護射撃をしてくれたのだ。


 樹流徒はすぐ傍で発生した光の衝突に気付き、攻撃が飛んできた方を睨む。遂にサマエルを見つけた。

 発見されたサマエルは素早く踵を返して走り出す。

 樹流徒は急いで後を追った。

 サマエルは戦場から離れてゆく。空き地を抜け出すと、そのままずっと北上していった。おそらく樹流徒をおびき出して一騎打ちの戦いに持ち込むつもりだろう。

 気付いていたが樹流徒は敢えて誘いに乗った。ここでサマエルの姿を見失うわけにはいかない。万が一にも逃がすまいと必死で駆けた。


 戦場の中心から七キロ以上離れた場所で、サマエルは立ち止まった。

 そこはどこかの大学のキャンパス内だった。レンガ色の四角い校舎の前に広い芝生が横たわり、その中を白い石畳の広い通路が走っている。


 通路の真ん中で樹流徒はサマエルと対峙した。

「一人で追ってくるとは、勇敢と言うべきか、愚かと言うべきか」

「……」

「オマエにはつくづく感謝しなければな。光の者を倒してくれた上、こうしてわざわざ私に残りの力を届けに来てくれたのだから」

 追い詰められたサマエルとしては、樹流徒との一騎打ちは願ってもない状況だろう。

 樹流徒が持つ神の力を全て奪えばサマエルは今よりも遥かに強くなる。それは不利な現状をひっくり返せるほどのパワーアップかもしれなかった。

 樹流徒は全て理解した上でサマエルに挑もうと決心していた。サマエルを追いかけて走っている最中、ふと思ったのだ。彼にトドメをさすのが自分の役目なのかもしれない、と。もっと言うならば宿命のような気がした。かつて光の者と闇の者が、戦う運命にあったように。


「この勝負で全てを終わらせる」

 樹流徒の決意をサマエルは嘲笑した。

「違うな。残念ながらこれは終わりではなく始まりだ。私が新たな神となる第一歩。新創世記の幕開けだ」

 ならば樹流徒は新創世記の冒頭にサマエルの名を刻むまでだった。“旧世界の終わりに滅びた者”として。


 相手の動きを探り合う行為も立派な戦いの一部だと考えれば、もうとっくに両者は戦い始めていた。

 言葉を交わしながら樹流徒の挙動を伺っていたサマエルがいきりなり飛び出す。その手から長い炎の爪が伸びていた。

 樹流徒は後ろに跳躍して回避する。彼の前髪にサマエルの爪が触れた。

「悪魔の能力を失ったオマエに何ができる」

 サマエルは嬉々としていた。一対一なら負ける要素が無いという確信と、これから踏み出す新世界への期待に、目が爛爛と輝いていた。


 樹流徒に残されているのは変身能力のみ。悪魔の能力は全て奪われ、基本的な身体能力も低下してしまった。天魔へと進化したサマエルに勝てる要素は無いかに思われた。

 だが樹流徒には勝算が見えていた。

 天使と悪魔の心を一つにしたいと願ったとき、同時に彼はサマエルと戦う力が欲しいとも願っていた。

 そのもう一つの願いに、神の力が応じたのである。

 樹流徒は新たな力を身につけていた。


 サマエルが両手から火炎砲を放つ。二発同時ではなく、一発目を樹流徒に回避させ、彼がかわした方向に狙いを定めて二発目を放った。

 樹流徒は地面を転がって二発目も辛うじてかわしたが、立ち上がったところへさらに次の攻撃が飛んでくる。

 サマエルの手元に魔法陣が展開して電撃が放たれた。赤青二色の雷光が絡み合いながら空を切り裂く。

 樹流徒は動かなかった。動けなかったようにサマエルの目には映っただろう。

 そうではない。樹流徒は攻撃に反応できなかったのではなく、あくまで回避しなかったのだ。


 二色の雷光が容赦なく樹流徒を襲った。刹那の内に樹流徒皮膚は焦げ、肉は貫かれたかに見えた。

 が、どういうわけか雷は樹流徒の寸前で弾けて消えてしまう。

 余裕一色だったサマエルが怪訝な顔をしたのは当然であった。変身能力も使っていないのに樹流徒が電撃を防御できるはずがないのだから。

 サマエルは樹流徒が得た新能力の正体をまだ知らなかった。


 樹流徒は楕円形の盾を構えていた。それがサマエルの電撃を防御したのである。

 これにはサマエルも目を丸くして驚いたが、もう一人、彼と似た顔をしている者がいた。

 ミカエルがどこか唖然とした顔で宙に浮いている。戦場を離れる樹流徒に気付いて後を追って来たのだろう。良く見ればミカエルだけでなく彼の後ろから数十名の天使と悪魔が飛んで来るところだった。さらに遅れてイブ・ジェセルのメンバーたちも走ってくる。

「あれは、私の盾ではないか……」

 ミカエルは樹流徒の手元を穴が開くほど見つめていた。

 彼の言う通り、確かに樹流徒が使用したのはミカエルの盾だった。


 これこそが樹流徒の新しい能力だった。

 “他者の思いを受け取ることで、その他者の力を自分のものとして使える能力”。要約すれば他者の思いを自分の力に変える能力である。樹流徒が使用したミカエルの盾は、樹流徒に対するミカエルの思いが具現化したものだと表現しても良いだろう。


 この新能力は他者の力を使えるという点で魔魂吸収能力と共通している。反面、他者の思いを力に変えるという点において、殺した相手の力を奪う魔魂吸収能力とは真逆の性質を持っていた。


 また、新能力はある意味でいかにも神の力らしい(・・・)能力だった。

 ――神などという称号に大した意味は無い。所詮は信仰が廃れれば消える、飾りのようなものだ。

 これはいつか夜子が言っていた台詞である。

 現世において神の力の源は信仰だ。より多く強い信仰を得た神々は偉大な存在となり、逆に信仰を失った神は、他の神を崇拝する者たちによって邪悪な存在に貶められる。存在そのものを消される場合もある。神とは人々の信仰心、つまり思いをより多く集めほど強大な力を得る存在なのだ。

 他者の思いを受け取ることで強くなる樹流徒の新能力は、まさにそれと同類だった。


 無論、樹流徒は神などではないし、樹流徒を神の如き存在と思っている者はこの戦場に一人もいない。ゆえに、いま樹流徒に力を与えているのは信仰心などではなかった。

 彼に力を与えているもの。それは友情、共感、仲間としての尊敬。あるいは互いの利害が一致しているからという理由に端を発する応援の心に過ぎない。だがそれらの思いの一つ一つが樹流徒に大きな力と勇気を与えていた。


 サマエルも樹流徒の能力の正体に薄々感付いたらしい。

「光の者め。このような力をニンゲンに与えてたとは……」

 負の感情に満ちた形相になる。怒りと不快と怨念の入り混じった顔だ。折角樹流徒と一対一の状況を作り出したというのに、確実に勝てるはずだったというのに、まさか樹流徒にこのような力が備わっていたとは想像していなかったのだろう。


 一騎打ちという状況さえも崩れ去った。

「いかにサマエルといえど我々全員を相手にするのは不可能だ。勝負の結末はもう見えている」

 ウリエルは勝利を確信しているようだ。

 彼だけではないだろう。樹流徒を追ってここまで駆けつけた者たちは、当然ながら一致団結してサマエルを倒そうとしている。


 だが唯一、樹流徒だけは違う考えを持っていた。

 今にもサマエルめがけて飛びかかりそうな味方たちを彼は制止する。

「すまない皆。俺とサマエルを一対一で戦わせてくれ」

 直接手合わせしてはじめて分かったことだが、サマエルの実力は樹流徒が想像していた以上だった。

 皆には申し訳ないが、協力して戦っても無駄死にする者が増えるだけだ。セラフィムや魔王級の悪魔が束になって立ち向かっても、たぶん今のサマエル相手では返り討ちに遭う。さらに言えばもし悪魔がサマエルに殺された場合、魔魂吸収能力を持っているサマエルは力を増してしまう。

 余計な犠牲を出さないためにも、サマエルをいたずらに強化しないためにも、樹流徒は一対一の戦いを希望した。


 その考えがどこまで察してもらえたかは不明だが、彼の真剣な声に何かを感じたのか、誰も異論は唱えない。

「なるほど。素晴らしい判断だ」

 サマエルが手を叩いた。

「だが結局は同じことだ。私は樹流徒に勝ち、その後で天使も悪魔も全員葬る。私は負けない。負けてたまるものか」

 鋭い眼差しで樹流徒を睨むと、サマエルは口から青い炎を三連射する。

 それをミカエルの盾で防ぎながら樹流徒は前進した。果敢にサマエルとの間合いを詰めてゆく。


 悪魔の能力を持つサマエルには接近してきた敵をほぼ確実に捉える術があった。

 バアル・ゼブルが使用した水の牢だ。魔王ベリアルをも閉じ込めた強力な能力である。

 サマエルを中心に広がった水の塊が瞬時に樹流徒を飲み込んだ。


 水中に閉じ込められ動きが鈍くなった樹流徒に対してサマエルが次に取った行動は、ドリルによる攻撃。海での戦いを得意とする魔王ラハブの能力だけあって、そのドリルは水中で真価を発揮する。地上で使用するよりも水中で使用した方が威力が高いのだ。急所に食らえば即死は免れなかった。


 これに対して樹流徒は魔法陣型の盾を七枚同時展開する。それぞれ色が異なる盾は一つに重なって虹色に輝く防御壁に変わった。ガブリエルが対メタトロン戦で使用した能力だ。

 樹流徒の体を粉砕しようとしたドリルは、虹色の防御壁に衝突して自身が粉々に砕け散った。




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