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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
352/359

新世界の神



 虹色の光が世界を駆け巡ってから早数時間が経っている。


 道路沿いの広い空き地にサマエルの姿があった。

 潮風が吹いていた。そこは市内南東に位置する臨海地だった。

 また市の最東端でもあった。サマエルの背後にはバベルの塔の内壁がそびえ立っている。かつて結界と呼ばれた天空まで伸びる壁だ。

 その反対側――サマエルの正面には、(おびただ)しい天使が集まっている。

 レミエルの能力によって操られた天使たちだ。“被洗脳天使”とでも呼称すれば良いだろうか。数千の長い縦列を作って並ぶ彼らは皆、言葉も表情もなかった。全員その場に片膝を着き、サマエルに頭を垂れていた。


 従順な操り人形の群れを満足気に眺めたあと、サマエルは瞳を閉じて感慨深げに言う。

「長かった……。この日をどれだけ待ち侘びたことか。天使サマエルとして、光の者の下僕として、ずっと耐え続けてきた。しかしその永き屈辱の時代が終わりを告げ、私が永遠に全てを支配するときが巡ってきたのだ。あとはニンゲンどもを蹂躙すれば私を蝕むこの苦しみも消えるだろう」

 いま彼の胸に去来するのは過去の忌まわしき記憶か。未来への希望か。


 そっと瞳を開いてサマエルはほくそ笑む。

「さて……。では魔界(・・)に向けて進軍を開始するか」

 もしこの場に樹流徒がいれば一驚を喫していただろう。なんとサマエルは聖界ではなく魔界を先に攻めるつもりらしい。

 サマエルは魔魂吸収能力を持っている。樹流徒から神の能力を完全に奪えなかったこともあり、聖界を攻めるよりも前に魔界を攻めて悪魔の力を得るのが上策と考えたのだろう。自身を徹底的に強化してから聖界を攻めるつもりなのだ。これはサマエルが聖界を攻めると思い込んでいる樹流徒たちの完全に裏をかいた戦法だった。

 サマエルが敢えて樹流徒に手の内を明かしたのは、樹流徒の顔が恐怖に歪むのを見たかったという理由だけではなかったのだろう。聖界を先に攻めると樹流徒たちに信じ込ませ、実際には魔界を先に攻めるという別の目的があったのだ。


 だが、サマエルの策略に対して異論が上がる。

 今まで無言で頭を垂れていた天使の一人が(おもて)を上げた。

「恐れながら申し上げます、サマエル様。早く聖界を攻めなければ、ミカエルが光の者を復活させようとするのではないでしょうか?」

 彼は感情のこもらない口調でサマエルに意見する。

「もっともな意見だが、その心配は無い」

 サマエルは断言した。樹流徒の記憶を読み取った彼は、ミカエルがもう神を復活させるつもりが無い事を知っている。よって魔界攻略中に神が蘇る心配は無い。安心して魔界を先に攻め落とせるのだった。


 サマエルの計画に異を唱える者はもう誰もいない。

 時は満ちた。

「ではこれより魔界侵攻を開始する。オマエたちの活躍が私の偉大なる計画を華やかに彩ってくれると期待している」

 サマエルの言葉に、被洗脳天使たちは下げていた頭をさらに低くした。

 そのあと彼らは何の合図も無く一斉に立ち上がる。ついに魔界侵攻作戦が開始された。


 が、作戦は開始とほぼ同時に中断される。

 空の彼方から一体の天使が飛来して、サマエルの眼前に降り立った。

「サマエル様、急ぎお伝えしたいことがあります」

 言いながら天使はその場に片膝を着く。

 出端をくじかれて意気が削がれたのだろう。サマエルは不快感を露わにした。

「いよいよ動き出したばかりだというのに、一体何事だ?」

「こちらに敵が接近してきます」

 天使は淡々と、喋る機械のように報告する。

 サマエルは全く驚かなかった。

「敵だと? 相馬樹流徒か? ニンゲンか? 天使か? それとも悪魔か?」

 まあいずれにしても取るに足らない相手だ、と彼は余裕を見せる。己の勝利に絶対の自信を持っているのだろう。サマエル個人の力と、サマエル軍の圧倒的な数を考えれば当然だ。

 しかし天使が放った次の言葉が、サマエルの余裕を打ち消した。

「それが……全ての種族なのです」

 不快感を滲ませていたサマエルの表情が急に固まった。

「全ての種族?」

「はい。ニンゲン、天使、悪魔、すべてが固まってこちらにやってきます」

 その報告をサマエルは鼻先で笑い飛ばした。

「考えられんな。天使と悪魔は先刻まで戦争をしていた。イブ・ジェセルのメンバーが悪魔と共闘する危険性も無い。オマエの見間違いだ」

「いえ、事実です。私は確かにこの目で見ました」

「黙れ……。そのような戯言、聞く耳は持たぬ」

「もしかすると先ほど確認した謎の光が奴らに何らかの変化を……」

 そこで台詞は途絶えた。

 サマエルの手が天使の胸を貫いていた。

「黙れと言ったはずだ」

 サマエルは相手の体から手を引き抜くと、衝撃波で吹き飛ばす。さらに倒れた天使に火炎砲を浴びせて跡形も無く吹き飛ばした。

 炎の中から舞い上がる聖魂を見つめながら、サマエルは眉をひそめる。

「全種族が団結しただと? そんな話、信じられるか。天使と悪魔に戦争を起こさせたのは単に奴らの戦力を削るためだけではない。奴らを結束させないためという目的もあったのだ。私の計画は完璧なはずだ。決して狂いなど起こらない」

 それは怒りであると同時に大きな焦りにも見えた。自分の策に狂いが生じたと認めたくない(ゆえ)の怒り。でも本当に狂いが生じたのだとしたら、という焦り。


「サマエル様。あれを」

 そのとき列の後方に立つ天使が、平坦な大声という何とも奇妙な声を発して道路の果てを指差す。

「何だ?」

 サマエルは宙に浮いて、天使が指し示す方を遠望した。

「馬鹿な……」

 彼は驚愕した。


 地平の彼方から大規模な軍勢がやって来る。その数はサマエル軍に匹敵するか、それ以上かもしれなかった。

 彼らを構成しているのは人間、天使、そして悪魔の戦士たち。イブ・ジェセルのメンバーがいる。ミカエルたちセラフィムがいる。ルシファーがいる。そして魔王をはじめとした上級悪魔がいる。

 本来相容れないはずの異種族同士が肩を並べて歩いていた。


 サマエルの顔がはっきりと歪む。

「なぜだ? なぜ天使と悪魔がこうも簡単に手を結ぶ? こんなことが起こり得るのか?」

 理解不能といった様子だった。


 たしかに、つい先ほどまで戦争をしていた天使と悪魔が急に心から許し合うことは無い。肩を並べて歩いていても彼らは心の奥底でお互いを憎み合っている。

 バベル計画のせいで現世の都市が一つ破壊された。神の不在はいずれ全ての天使に知らされ聖界内の情勢は大きく変わる。それらの影響により人間と悪魔、人間と天使の関係も今後複雑化してゆくだろう。

 それでも彼らはいま、たったひとつ同じ目的のために団結していた。


 “全ては、自分たちの未来のために”


 向かってくる集団の先頭には樹流徒の姿があった。三つの種族を引き連れて歩くその姿はまるで――

「相馬樹流徒! なぜオマエがそこ(・・)にいる。そこに立つべきなのはオマエではない、この私だ。全ての者の前を歩き、全ての者の上に立つことが許されるのは、今やこの私だけなのだ」

 サマエルは激昂した。狼狽と激しい怒りによるものだろうか。全身はガタガタと震えている。


 虹色に輝く樹流徒の瞳は、サマエルの顔を真っ直ぐ見ていた。

 心は静かに燃えている。個人的な怒りでもない、恨みでも無い。他の者たちと同様、樹流徒も自分たちの未来のために動いていた。生きとし生ける全ての者の明日のためだけを思って、その場に立っていた。


 次が正真正銘、最後の勝負。これで全ての因縁にケリをつける。樹流徒は固く握り締めた拳に思いを乗せた。

 新世界の行方をかけた運命の戦いが今、始まる。




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