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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
350/359

奇跡の光



 いかに強力無比な戦士と化したサマエルでも、魔王級の悪魔五体を同時に相手すれば苦戦を強いられるかもしれない。

 しかし圧倒的不利に見えるこの状況下においてもサマエルは動揺の色を示さなかった。彼は自分を包囲する悪魔たちをゆっくりと見回したあと、尊大な態度で言う。

「愚かな我が子たちよ。揃いも揃って創造主であるこの私に歯向かうとは、恥を知るが良い」

「創造主だと? 天使如きが何を言う」

 ジャッカル頭のサルガタナスは訝しげな目をする。

「と言っても風貌からしてただの天使には見えないがな……」

 三種の頭部を持つアスモデウスが言い添えた。

 眼前に立っている天魔の正体が悪魔の生みの親――闇の者であることを、彼らはまだ知らない。


 戦闘を続行しようとする悪魔たちに対して、サマエルは意味ありげな笑みを浮かべる。

「まあいい。当初の目的は半分以上果たせた。できれば樹流徒から神の力を二つとも手に入れたかったが無理をする必要も無い。勝利をより確実なものにすべく、ここは一度退くとするか」

「目的とか確実な勝利とか何の話か知らんが、ここから逃げられると思ってンじゃねェよ」

 ベリアルが全身から漆黒の炎を噴いてサマエルににじり寄る。

 彼に合わせて他四名もサマエルとの間合いをじりじりと詰めていった。アスタロトは手に闇の光を纏い、アスモデウスは槍を構えている。いつでも攻撃可能な状態だった。


 誰かがあっと虚を突かれた声を発する。

 サマエルがいきなり四人に分裂して別々の方向に散ったためだ。分身能力に違いない。

 ベリアルはすぐさまサマエルの一体を漆黒の炎で包んだが、そのサマエルは分身体であり攻撃を受けると幻の如く掻き消えた。アスタロトが放った闇も、アスモデウスが突いた槍も、サマエルに命中したが手応えを得ることはできなかった。


 本物のサマエルはサルガタナスの頭上を飛び越えて、いとも簡単に悪魔たちの包囲網を抜け出していた。さらに低空を飛翔して公園の出口めがけて真っ直ぐ飛んでゆく。

 ガルダがはっとした。

「まずい。あちらにはキルトがいる」

「心配要らねェよ」

 ベリアルが即座に否定した。

「サマエルは戦闘開始前に場所を移した。理由は分からないが、たぶんキルトを戦闘に巻き込まないためだろう。奴は今すぐキルトにトドメを刺すつもりは無いんだ」

 彼の憶測は的中していた。サマエルは可能ならば神の力を奪うまで樹流徒を殺したくないと考えている。

 ただしそれはあくまで可能ならの話である。不本意ながら撤退する前に樹流徒を殺しておこう、とサマエルが考えてもおかしくない。樹流徒を生かしておけばサマエルにとって障害になるかもしれないし、樹流徒を殺した結果、彼に宿る神の力がサマエルに移る可能性もあるのだから。


 樹流徒は再生能力により徐々に傷が塞がっているが、まだ地面に倒れている。失血量が多く急激な血圧の低下により激しい眩暈を起こしている状態だった。そんな彼を渡会と八坂兄妹が守っていた。

 悪魔の包囲網を抜け出したサマエルがあっという間に彼らの元までやって来る。

 渡会と令司が身構えた。

 二人を無視して、サマエルは無言で樹流徒を見つめる。この場で樹流徒を始末するか否か迷っているのだろう。


 短い逡巡の末、サマエルは敢えて樹流徒を生かしておく道を選択した。

「まあいい。悪魔の力失ったオマエなど何の脅威にもならん。神の遺骸を手に入れたあと、改めてオマエからメイジの力を奪ってやる」

 その口ぶりからしてサマエルは先に聖界へ乗り込んで神の遺骸を手に入れるつもりらしい。


 思考が上手く働かない状態ながらも樹流徒は疑問を覚えた。聖界にはミカエルをはじめ強力な天使が数多くいる。彼らをサマエル一人で相手にできるのか? 

 たしかにサマエルは凶悪な強さを持つ天魔に進化したが、樹流徒から力を奪い損なった分、完全なパワーアップは果たせなかった。そんな彼に単独で聖界を相手にするだけの力があるかどうか怪しい。


 しかし、ならばサマエルはここから撤退しないはずだし、失敗のリスクを顧みず樹流徒を殺して神の力を得ようとするはずである。それをしないということは、サマエルには聖界に勝利できる絶対の自信があるのだろう。

 その自信の拠り所を、サマエルは惜しげもなく明かす。彼は不敵な笑みで言った。

「幸い、今の私でも聖界を滅ぼすだけの力は十分にある。心強い味方がいることだしな」

「味方……?」

「そうだ。私のために散々尽くしてくれたオマエの労に報い、最後にもう一つだけ良い事を教えてやろう」

「……」

「私の最高傑作である天使レミエルは、私が遠隔操作したときのみ秘めた力を発揮する。先ほどそう言ったのは覚えているだろう?」

「それがどうした?」

「実は、レミエルは灰化能力の他にも“他者の意識を操る”という特殊な能力を秘めているのだ。言わば洗脳能力だ。私の操り人形であるレミエルが他者を操る力を持つなど、滑稽だとは思わんか?」

「……」

「レミエルの洗脳能力は強い意思を持つ者には通用しないが、心が脆い者や弱っている者には良く効く。たとえば神の不在疑惑により動揺した天使などは恰好(かっこう)の餌食だった」

「まさか、天使たちにレミエルの洗脳能力を使ったのか?」

 樹流徒の言葉にサマエルは口元を歪める。肯定の笑みだった。

「ウリエルの反乱により聖界内が混乱したのをきっかけに、私はレミエルを遠隔操作して天使たちを密かに少しずつ洗脳してきた。おかげで今や天使の三分の一が私の忠実なしもべだ。戦争により天使の数が激減したことを考えれば半数に迫るかもしれない。奴らは死ぬまで私の奴隷だ。もう二度と正気に戻ることはない」

 樹流徒は最後の謎が解けた気がした。

 聖魔戦争の最中、妙な動きを見せる天使たちがいた。戦闘よりも自己の生存を最優先していた天使たちである。おそらく彼らがレミエルの力によって洗脳された天使だろう。

 洗脳された天使たちが戦闘行為を避けた理由は明白だった。彼らは戦争の勝敗などどうでも良かったのだ。自己の生存を最優先し、戦後にサマエルの配下として行動するのが目的だったのである。今頃彼らは聖界内で待機しているか、現世のどこかに集結して、戦いの準備を整えているだろう。


 想像していなかった最悪の展開だった。

 天魔に進化したサマエルと、レミエルに洗脳された天使の大軍が、聖界を攻めようとしている。

 聖界は魔界との戦争で多くの死者を出し、生き残った兵たちは精神が疲弊しきっている。戦傷が癒えていない者も多数いるだろう。もはやサマエル軍の侵攻を止めるだけの力は残っていなかった。


 この危機に対抗する手段があるとすれば、天使と悪魔が協力してサマエルに立ち向かうことくらいだ。しかしそれは難しい。つい先ほどまで戦争をしていた両勢力が急に手を結んで戦えるはずがなかった。いくら天使や悪魔の価値観が人間とは違っても、そこまで柔軟にはなれないはずだ。


 事態の深刻さに気付いて、ただでさえ瀕死で青ざめていた樹流徒の顔はいっそう白んだ。

 このままでは聖界が滅ぼされる。サマエルと、サマエルの手駒と化した天使の大軍によって。聖界が滅びればサマエルは神の肉体を手に入れ単独でも全宇宙を滅ぼせる存在になるだろう。

「その表情を見る限り、オマエは今後の展開を察したようだな。それでいい。オマエたちニンゲンのその絶望した顔が私は見たいのだから」

 とサマエル。彼がわざわざ自分の手の内を明かしたのは、樹流徒の絶望した顔が見たかったからなのだろう。ニンゲンが苦しみ絶望する姿を見ることで闇の者の心は癒されるのだ。


 樹流徒とサマエルが喋っている間、ベリアルたちはすでにサマエルの背後で待機していた。彼らは攻撃態勢を整えている。

「細かいコトは分からねぇが、この場でサマエルを殺せば全て解決なんだろ」

 言いながらベリアルが動き出した。彼は握り締めていた炎の槍をサマエルの背中めがけて突く。

 サマエルは真上に跳躍して難なく回避した。

「そう慌てるな。オマエたちとは後でゆっくり遊んでやる。私が聖界から戻った後でな」

 純白と漆黒の翼が広がって大空へ舞い上がる。

「樹流徒よ。オマエの力は後で改めて私が頂く。それまでせいぜい己の身を大事にするのだな」

 余裕の笑い声を残して、サマエルは風よりも速く虚空の彼方へ飛び去った。そのスピードに追いつける者は誰もいない。

「なにやら大変な展開になっているみたいだな」

 渡会はサマエルが消えた空を睨んだ。


 サマエルが去って、樹流徒たちは人心地つく時間を手に入れた。だがそれは絶望の先延ばしに過ぎない。サマエルはすぐに次の行動を起こすだろう。

 この一大事という時に樹流徒はいよいよ意識が朦朧としてきた。傷口から溢れる血が止まらない。このままでは再生能力で傷が塞がるよりも早く、失血死してしまう。

 渡会の声が聞こえた。

「相馬。今すぐベルを連れてくる。それまで死ぬなよ」

 ベルには他者の傷を癒す能力がある。樹流徒の傷も治せるはずだ。

 彼女を呼びに渡会はどこかへ向かって駆け出した。


 しかしベルがこの場に到着するまで樹流徒の体が持つかどうか疑問だった。

 段々と全身が寒くなってくる。体中から力が抜けてゆくのが分かった。

 死にそうな樹流徒の姿を見下ろして、ベリアルは心底不愉快そうに顔を歪める。

「この野郎。こんなとろで死んだら承知しねェぞ。もし死んだら、今度こそ真正面からキッチリオマエを倒すつもりだったオレの計画はどうなる?」

 それは内心樹流徒を心配して言った台詞ではなく、おそらく本心から発した言葉だった。ベリアルは純粋に自分の力で完膚なきまでに樹流徒を叩きのめし、殺したかったのだ。その計画が潰れそうになって苛立っているのである。


「鳥さん! なんとか相馬さんを助けられないんですか?」

 早雪がガルダに助けを求める。

 仮にも一国の王であり現魔王である。鳥さん呼ばわりされたガルダは早雪に何か言い返したそうだったが、今はそんな反論をしている場合ではないと思ったのだろう。

「残念ながら私に他者の外傷を癒す能力は無い。今はキルトの生命力を信じるほかあるまい」

 ごく真面目にそう答えた。

 ちなみにガルダはアムリタの所有者であり、早雪はそのアムリタに命を救われた。そんな妙な巡り合わせがこの場で発生しているなど、両者は気付きもしない。


 治癒能力を持っていないのはガルダだけではなかった。この場にいる全員が樹流徒の容態を見守るしかない。そして彼の傷を癒せる者が現れるのを待つしかなかった。


 樹流徒は何とか意識を繋ぎ止めようと、気をしっかり持った。

 まだ死ねない。ここでサマエルを止めなければ、聖界は滅び、人間の命は弄ばれ、宇宙に住む全ての生命も、たった一人の神により好き勝手にされてしまう。そんなことは決して許してはいけない。次の戦いだけはどうしても負けるわけにはいかなかった。


 サマエルと彼が率いる天使の大部隊を止めるのは、樹流徒一人では決して不可能である。先述した通り戦争で疲弊しきった天使でも無理だろう。当然、悪魔だけでも難しい。樹流徒と天使と悪魔が手を結んでサマエル軍と戦うしか、手は残されていなかった。

 それを察した樹流徒は、この場にいる者たちに協力を呼びかける。今はそれくらいしかできなかった。

「頼む。サマエルを止めるために皆の力を貸してくれ。天使と悪魔が協力しなければ、サマエルの聖界侵攻は止められない」

 彼の願いは五名の悪魔にとって些か唐突だっただろう。「天使と手を組んでサマエル軍に対抗してくれ」といきなり頼まれても、即答できるはずがない。

 アスタロトとアスモデウスがどちらからともなく目を合わせる。ガルダは黙って腕組みをし、サルガタナスはジッと樹流徒の顔を見返すだけだった。


 それでもややあって、五名の中でベリアルが最初に答えを出した。

「冗談だろ。何でオレが聖界を守ったり、天使どもと協力して戦わなきゃいけねェんだ。今回の戦争でオレの配下がどれだけ天使どもに殺されたか分かってるのか?」

 彼は樹流徒の要求を突っぱねる。

 ガルダはうむ……と小さく唸った。彼もまた戦争で多くの部下――鳥人を失ったのだろう。


 サルガタナス、アスタロト、そしてアスモデウスも、樹流徒の願いに素直に応じる様子は無かった。サマエルが多くの天使を引き連れて聖界を攻めようとしていることや、それを阻止するために天使と協力して戦わなければいけないことは彼らも何となく分かっているだろう。しかし、やはり戦争直後だけあってそう簡単には割り切れない。今すぐ天使と手を組むのは心情的に難しいのだ。

 背信街で戦った反乱軍とベルゼブブ軍は内戦が終了するとすぐ味方同士になったが、それは彼らが悪魔という同一種族だったからこそ実現したのである。今回は天使と悪魔という種族の垣根があるため、そう簡単に両者を結びつけることはできない。


「詳しい事情は知らんが、サマエルは洗脳した天使を使って聖界を制圧しようとしてるンだろ? だったらまずは聖界とサマエル軍を戦わせて両軍を消耗させりゃ良い。その間にオレたちはルシファーに連絡をつけて戦闘の準備をするんだ」

 ベリアルの意見に異論を唱える者はいなかった。

 しかしそれでは遅いのだ。聖界を制圧したサマエルは、詩織が持つ力を手に入れ、神の遺骸を乗っ取るだろう。神の肉体を手に入れたサマエルに勝てる者はいない。どうしてもサマエルが聖界に乗り込む前に、止めなければいけないのだ。


「頼む……皆の力を……。今だけでいい……。全員が協力し合わなければいけないんだ……」

 樹流徒は説得を諦めない。

「いいからもう喋るな。傷に響く」

 令司が気遣ってくれたが、口を閉ざすわけにはいかなかった。たとえ苦しくても、今は伝えなければいけない。必死だった。樹流徒は自分が生き延びることよりも必死に、世界の絶望的な未来を変えようとしていた。


 何か一つでもきっかけがあれば変わるかもしれない。

 天使と悪魔の心を繋ぐきっかけが、彼らが手を組むきっかけが、何か一つでもあれば……

 あるいは強い力さえあれば。単身でサマエルの暴挙を止められるほどの強い力があれば、現状を変えられる。

 樹流徒は欲した。天使と悪魔を結びつけるきっかけを。サマエルを止める力を。

 この戦いが無事に終わったら俺はどうなってもいい。だから頼む。たった一時でもいいから天使と悪魔に協力し合う心を与えてくれ。そしてサマエルと戦う力を俺にくれ。

 そう彼は心の中で強く願った。自分の内に眠る神の力に祈った。


 思い返してみれば、ずっと前にデウムスという悪魔と初めて戦ったときもそうだった。あのときも樹流徒は敵と戦う力が欲しいと願った。そして彼の応じて神の力が発動し、樹流徒は悪魔の力使ったのである。

 ベルゼブブに敗れそうになったときも、メイジの助言を得て樹流徒は力が欲しいと強く願った。そしてベルゼブブと互角に戦える能力を自身から引き出した。

 あの時と同じように、今、樹流徒は胸の奥底から祈っていた。天使と悪魔の心を一つにしたい。サマエルと戦うための力が欲しいと、心から渇望していた。


 樹流徒たちNBW事件の被害者はそれぞれに特殊な能力を有している。樹流徒は魔魂吸収能力と精神の世界を作り出す能力。詩織は未来予知能力と聖魂吸収能力。メイジは変身能力。そして渚は千里眼と毒に侵された体を癒した謎の能力。彼らの力は一人につき一つではなかった。おそらく彼らにはもっと数多くの力が眠っているのだろう。


 その秘められた力の内の一つが、樹流徒の強い願いによって呼び起こされたのかもしれない。

 奇跡か、必然か。その現象(・・・・)は起きた。


「見ろ。キルトの様子が……」

 異変に気付いたのはアスタロトだった。

 突如樹流徒の腹部に黄金の痣が浮かび上がり、そこから虹色の温かな光が溢れ出したのだ。

 一体何が起きようとしているのか? 突然の出来事に、その場にいるほぼ全員が驚きに目を見張る。


 樹流徒の体から放たれた輝きは、樹流徒の想いを届けようとするかのように果てしなく遠くまで広がった。瞬く間に龍城寺市全域を駆け巡り、バベルの塔や異世界同士を繋ぐ扉を通って、聖界と魔界の中を伝ってゆく。

 そして樹流徒の全身は柔らかな虹色の光に包まれた。




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