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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
35/359

アンドラス再び



 悪魔倶楽部の客席は全部七つある。壁際に置かれた席が四つ。それらに囲まれた席が三つ。どの席にもキャンドルが一本ずつ置かれ、客が座ったときだけ火をつけるようになっているようだ。


 カラスの頭部を持つ悪魔アンドラスは、出入り口からニ番目に近い壁際の席に腰掛けていた。キャンドルの炎が放つ光に上半身の輪郭を浮かべ、前回同様、グラスにクチバシを突っ込んで器用に飲み物を(すす)っている。


 そしてグラスの中身がもう少しで空になろうとしていたとき、樹流徒がやって来た。

「また食事中に済まない。少し話をしても良いか?」

 と、アンドラスの横顔に声を掛ける。


 アンドラスはごく自然な態度で、呼びかけに反応した。無造作な手つきでグラスを置くと、代わりにテーブル上の布ナプキンを広げてせっせとクチバシを拭った。

「おう。誰かと思ったらコンビニベントーをくれたニンゲンじゃないか。確か名前はキルトだっけ?」

 その声は酷くしゃがれていたが、愛想の良い口調と妙に合っていた。現世の文化に興味を持っているだけあって、人間の樹流徒に対する態度は好意的だ。


「前回お前からもらった情報のお陰で知り合いを助けられた。ありがとう」

 樹流徒は最初にそれを伝えた。アンドラスがマモンについて教えてくれなければ、詩織の運命はどうなっていたか分からない。だから、情報収集をする前に、報告がてらアンドラスへ礼を言っておきたかった。


「へえ、そうかい。そりゃ良かったな。その知り合いってのは、あのコのことかい?」

 アンドラスは真ん丸な瞳を詩織に向ける。彼女は樹流徒たちから離れた客席のテーブルを拭いているところだった。

「ああ。彼女、マモンに捕まってたんだ」

「なるほど。それじゃヤツの目を盗んで助けてあげたってワケだ。やるじゃん」

 アンドラスは感心したように二度頷く。まるで樹流徒がマモンの不在を狙って詩織をこっそり連れ出したかのような物言いだった。

 無理もない。常人が正面からマモンに戦いを挑んだところで、きっと手も足も出ないだろう。キルトが仲間を助けるにはマモンの目を盗むしかない……と、アンドラスが思い込むのは当然だった。


 かたや樹流徒はその辺をどう思われても構わないので、あえてアンドラスの言葉を訂正しなかった。それよりも話の本題に入りたかった。


「で? オマエはわざわざオレに礼を言いに来てくれたのか?」

 都合よく、アンドラスのほうから話の流れを変えてくれる。

「勿論それもあるが、お前が何か新しい情報を持ってないかと期待して来たんだ」

 樹流徒は本来の用件を伝えた。


「やっぱな。んなトコだろうと思った。でも正直なヤツは嫌いじゃないぜ」

 アンドラスは顔を天井に向け、上下いっぱいに広げたクチバシの奥からグゲゲと笑い声を発する。それから樹流徒の顔に視線を戻し

「じゃあ、そんな正直者のキルト()に朗報だ。実はオレ、新しい情報持ってるんだけどさ」

 と、どこか得意げに言った。


「新しい情報?」

 樹流徒はやや前のめりになる。前回アンドラスから聞いた情報が正確だっただけに期待が持てた。

「そう。現世と悪魔に関する情報。聞きたいか?」

「聞きたい。教えてくれ」

「“バフォメット”ってヤツがいるんだけどな。どうもソイツが現世で何か企んでるらしい」

「なに?」

 アンドラスの口からこぼれた“企み”という言葉に、樹流徒は少し表情を硬くした。


「そのバフォメットという悪魔は、一体何をするつもりなんだ?」

「さあ? なんだかコソコソ動き回ってるって話だが、目的までは知らないね。でもヤツが現世のどこへ行こうとしてるのかは知ってるぜ」

「本当か?」

 樹流徒はテーブルに手を付く。さらに前のめりになって、アンドラスに顔を近づけた。

「じゃあ、バフォメットの行き先を教えてくれないか?」

「ああいいよ」

 アンドラスは即答する。ただし、二つ返事で了承というわけにはいかなかった。

「ところでさ。現世には“ほらー映画”ってヤツがあるみたいだな。現世の文化に興味津々なオレとしては非常に興味があるんだが……」

 などと、何の脈絡もない話を始める。


「ホラー映画? いきなり何の話だ?」

 樹流徒は腑に落ちない態度を取る。反面、最近これと良く似た会話をした覚えがあった。

「実はオレ、バフォメットの行き先をウッカリ忘れちまってさ。でも、ほらー映画を観ることができれば思い出せそうな気がするんだよ」

「お前の記憶と映画の視聴に何の関係がある?」

「あ~。映画観てェー。そしたらきっと色々思い出せるのになぁぁ」

 アンドラスは唸りながら横目でちらちらと樹流徒の表情を窺う。傍目にかなり鬱陶しい動きだった。


「分かった。何とかする」

 樹流徒はやむを得ず頷く。相手の遠回しな交換条件を受けた。この流れは、紛れも無くコンビニ弁当のときと同じである。悪魔倶楽部入店から間もないが、アンドラスの要求に応えるためすぐに現世へ引き返さなくてはいけない。

 ただ、なにひとつ情報が手に入らない展開に比べれば、余程マシな状況だった。お使いひとつで貴重な情報が手に入るなら、むしろ安いものかも知れない。樹流徒は前向きに考えた。


「じゃ、期待して待ってるぜ、キルト()~」

 アンドラスはすっかり上機嫌だ。再び天井を仰いでグゲゲと潰れた声を発した。 

 その笑い声を背に、樹流徒は詩織の元へ向かう。現世へ帰還することだけでも彼女に伝えておくことにした。


 詩織は落ち着いた表情でカウンターの上を拭いている。樹流徒が近付いて声を掛けると、布巾を持った手をぴたりと止めた。

「相馬君……。どうしたの?」

「実は、これからすぐ現世に戻ろうと思うんだ。それを君に言っておこうと思って」

「そうなの」

 詩織は表情を変えずに答えて

「分かったわ。無事に戻ってきてね」

 とだけ言った。彼女は、樹流徒が現世へ帰還する理由を追求しようとはしなかった。


 詩織への挨拶を終えた樹流徒は、言葉通りすぐ現世へ向かう。気持ち足早に歩き出した。

 悪魔倶楽部の扉を通過して図書館の二階に出る。辺りの空間がさらに広がった錯覚に陥った。短い時間とはいえ、行動を共にしていた詩織がいなくなった影響かも知れない。

 樹流徒は特に寂しさや心細さなどは感じなかったものの、自分が単独行動を再開したことを実感した。


 これからアンドラスが欲している品を調達しに行く。ただその前に、樹流徒にはひとつだけやってきたいことがあった。図書館の前に安置した死体の火葬である。悪魔倶楽部に移動する前、詩織と約束した。


 二階から下りて外へ。出口から一歩踏み出したのと同時に横からの強風が吹き抜けていった。

 樹流徒は階段の上から死体の状態を確認する。ビフロンスとの戦闘が終了してからまだ時間が経っていないこともあって、幸いにも別の悪魔に手をつけられた様子はない。


 樹流徒は階段を下りて、綺麗に整列させた死体を動かす。死体同士の間隔が開いているため、このままでは一度に多くの亡骸を焼くことができないからだ。残念ながら一人ずつ丁寧に火葬している時間は無かった。少し乱暴なやり方になってしまうが、遺体を集めて一気に焼かなければいけない。


 手早く死体を並べ直すと、いよいよ燃やす。火葬にはマモンの火柱を使用することにした。悪魔の能力を人体に使用するのは今回が初めてである。

 ごうごうと燃え盛る火柱が、一度に五、六体の死体をまとめて焼いた。千度を超える火葬炉を使ってもかなり時間がかかってしまうところを、たったの数十秒で焼き尽くす。炎に包まれた死体が瞬く間に白骨と化すその光景は、焼くというよりも溶かすといった表現の方が似合っていた。


 ただ、人間の肉体があっという間に溶けたのに比べ、死体が身に着けていた金属類などを見ると、だいぶ様子が違う。ステンレス制の腕時計やアルミ製と(おぼ)しきベルトバックルは表面が全て熔解しているものの、それなりに元の形状を留めていた。


 不思議な現象だった。人間の肉体には恐ろしいほど効果がある一方、金属には余り効果が無い。どうやらマモンの炎は、現世で常識として知られている火とは少し異なる性質を持っているらしかった。

 そういえば、樹流徒自身もマモンと戦った際に炎を浴びている。もし樹流徒の体が常人と同じだったら、今頃彼の体も溶けていたかも知れない。


 ともあれ、悪魔が使用する特殊な炎のお陰で、樹流徒は速やかに火葬を終えることができた。

 

 火葬が済むと、真黒に染まった地面の上には骨の一部とアクセサリー類などが残った。

 樹流徒はそれらを拾い集め、図書館の利用者から拝借したバッグの中に詰め込む。遺骨等を回収し終えると、最後にゆっくり辺りを見回してから静かにその場を去った。


 彼が向かった場所は最寄の神社だった。境内には注連縄(しめなわ)を巻かれた立派な御神木が立っている。樹流徒はその木の根元に、遺品を詰めたバッグを供えた。果たしてこのような供養の仕方が正しいのかは分からなかった。しかしこれが彼のできる精一杯だった。


 火葬と、納骨代わりの行為を終え、一応程度ではあるものの、詩織との約束を果たすことができた。

 樹流徒は神社を出てそのまま次の目的地へと移動する。




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