表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
346/359

違和感



 確認する前から分かっていたが、中央公園の様子は「悲惨」としか言いようがなかった。

 この公園では以前、ある儀式が行なわれた。天使たちによる、メギドの火を現世に降らせるための儀式だ。もっともそれは偽の儀式であり、別の場所で行わる本物の儀式から悪魔の注意を逸らすための囮に過ぎなかった。そうとは知らず大勢の悪魔とネビトが公園に集結し、儀式を阻止すべく天使と戦ったのである。樹流徒も根の国の軍に紛れて戦った。対する天使も儀式が囮だと見破られないように命がけの抵抗を見せた。結果、戦闘は序盤から激しさを極め、天使たちが撤退を開始した頃にはもう公園は滅茶苦茶になっていた。

 加えて今度は聖魔戦争である。その影響も確実に受けた中央公園は、以前にも増して酷い有様だった。かつて設置されていた数本の外灯、時計、水道、公衆トイレなどは全て破壊されていた。池の水も炎で蒸発して干上がったままだ。今はもう公園というよりただの焼け野原だった。


 渚の話によればこの荒廃した土地に南方がいるらしいが、樹流徒が到着したとき、本当に彼はいた。


 年は三十歳くらい。顔はどこにでもいそうな感じだが、隅々まで手入れが行き届いており清潔感が漂っている。スラリとした体型に似合うストライプ柄のワイシャツとベストは新品同様に汚れ一つ無かった。間違いない。イブ・ジェセルのメンバー、南方万(みなかたよろず)だ。


 こんな非常時でも身だしなみを整えているのが、いかにもマイペースな南方らしかった。

 一方でらしくない(・・・・・)部分もある。南方は公園の隅に置かれたベンチに腰掛け、気の抜けた表情で空の一点を仰いでいた。その視線から少し離れた場所には樹流徒が浮かんでいるのに、彼の存在には全く気付かない。何か考え込んでいるように見えるし、逆に何も考えていないようにも見えた。人前では常に明るく活発だった男が、今は珍しく憂鬱な雰囲気を醸していた。


 きっと南方さんの周りに誰もいないからだろう、と樹流徒は憶測する。皆の前では陽気な南方も、一人きりになれば物思いにふける時もあるだろうし、ボーっとしたくなる日や溜め息が出る場合だってあるはずだ。彼だって心を持つ人間なのだから。


「それはそうと……」

 樹流徒は南方が座っている水色のベンチを見下ろす。あれだけ激しい戦いがあったにもかかわらず、まだ公園にベンチが残っていたのは驚きだった。

 そこからふと、思い出す。そういえばあのベンチは、魔都生誕直後に南方と会話をした場所だった。ちょうど今のように南方がベンチに座り、樹流徒はその前に立って色々と話を聞かせてもらったのだ。悪魔や魔界といった単語が南方の口から次々と飛び出して、当時の樹流徒は困惑したものである。


 あのときの記憶は、焦りと不安の中にいた樹流徒にとって決して良いモノではないが、今となっては少し懐かしい思い出だった。


「南方さん」

 樹流徒は公園の真ん中に着地すると、軽い笑みをこぼしながら男の元へ駆けていった。

 空を見上げていた南方は、声を掛けられてようやく樹流徒の存在に気付いたらしい。彼の方を向くとぱっと明るい笑顔を咲かせた。

「やあ、樹流徒君じゃないか」

 勢い良く立ち上がり、両手を広げて大げさに驚いて見せた。


 二人はベンチの前で向かい合う。

「いやぁ。久しぶりだね樹流徒君。元気そうで何よりだよ」

「南方さんこそ、本当に生きていたんですね」

「おや。ひょっとして心配してくれた?」

「もちろんですよ。南方さんが天使に殺されたって仁万さんから聞いたときは驚きました」

「うん。あのときは俺も死んだかと思ったよ。でも天使から攻撃を受ける直前に地下へ逃げたんだ。悪魔やネビトが暴れ回ってくれたお陰で地面の一ヶ所に大きな穴が空いていたからね。咄嗟にそこへ逃げ込んだのさ。天使は気付かず行っちゃったみたいだけどね」

「そうだったんですか……。でも、そうならそうと後で組織の人たちに伝えた方が良かったんじゃないですか?」

「出来るならそうしたかったケドさ。ホラ、俺って裏切り者でしょ。生存報告しに行っても皆に捕まっちゃうだけなんだよね」

「ならアジトの前に置手紙でもしておけばよかったんじゃないですか。手紙を(くく)りつけた石か何か飛ばせば、アジトに近付かなくても届けられますし……他にも色々な方法があったと思いますよ」

「おお。言われてみればそうだよね。ひょっとして君、天才?」

「大抵の人は思いつくと思うんですが……」

 前にもこんなやり取りがあった気がする。

 樹流徒は軽く脱力した。性格が違い過ぎるせいか、相変わらず南方にはペースを乱されてしまう。


「ところで南方さんはどうしてこんな場所にいるんです?」

 尋ねると、男はハハッと苦笑した。

「別にいたくているわけじゃないよ。さっきまで天使と悪魔が大勢で戦争みたいな真似してたのは君も知ってるでしょ?」

「はい」

 真似ではなく本物の戦争なのだが、いま訂正する必要は無いだろう。

「だから俺、もう無我夢中で市内中を逃げ回ってたんだよ。で、ようやく静かになってきたから、この場所で仮眠を取ってたわけ」

「なるほど……」

 そういえば人間が活動するには睡眠が必要不可欠なのだった。基本的に眠りを必要としない樹流徒はそんな常識をすっかり失念していた。

「けど、さっきも言った通り俺って裏切り者だからさ。休息が取れたのは良いんだけど、どこにも行くあてがなくて、一人途方に暮れていたんだよ」

「それでしたら、もう逃げ回らなくても大丈夫ですよ」

 南方と渡会の罪は不問にしてくれるとメタトロンが約束してくれた。

 その事実を樹流徒は南方に告げる。元々それが目的でここまで来たのだ。


「えっ。それホントかい?」

 話を聞いた南方は、最初耳を疑った様子だった。しかし樹流徒が嘘でも冗談でもないことを伝えると、綺麗な歯茎を見せてさっきよりも明るい笑顔を咲かせた。

「いやあ、助かったよ。ありがとう。お礼に今度食事でも奢らせてよ。と言っても店なんてもうどこにも無いけどね。ハハハ」

 彼は樹流徒の両手を取って無理矢理握手したり、彼の肩をバンバン叩いたりする。ベンチで虚空を仰いでいた時とは別人のように陽気だった。

 この人は落ち込んでいるくらいが丁度良いのかもしれない。樹流徒は一瞬そう思ったが、やはり陽気でなければ南方らしくなかった。

「お店なら龍城寺市の外にありますし、もう少ししたら行けるようになりますよ」

 樹流徒は結界の外が無事であることと、間もなく結界が消えることを南方に教えた。


 すると南方は俄然元気になって、饒舌(じょうぜつ)になる。樹流徒が聞いてもいないのに、組織を裏切ったあと自分が如何に大変だったかを滔滔(とうとう)と語り始めた。

「組織には戻りたくても戻れないし、ほかに行くあても無い。俺は天使、悪魔、ネビト、全てから逃げ隠れして今日まで凌いでいたんだ」

 逃亡生活中、特に大変だったのは水と食料の確保だったという。市内の民家や店を回って保存食品や水を探し、何も見つからなかったときは仕方なく雑草を食べて飢えを凌いでいたらしい。また、市内を歩き回るにしても全ての敵をやり過ごさなければいけないので、とても移動に難渋したという。


 しかしそんな逃亡生活ももう終わりだ。南方は大手を振って組織に戻ることができるし、戦争が終わった今、敵から逃げ回る必要はほとんど無くなった。そして樹流徒ならば南方を安全に仲間の元まで送り届けられるだろう。

「それにしても、あの大天使メタトロンに直接会って許しを貰うなんてね……。どうやら俺が知らないところで色々あったみたいだね」

「ええ。それについては組織の人たちと合流したら説明します」

 この場で南方一人に説明して、組織のメンバーに再び話をしていたら二度手間になってしまう。渡会も含め組織のメンバー全員が集まった時に話すのが良いだろう。

「確かにそのほうが良さそうだ」

 南方も賛同してくれた。


「それじゃあ、早速組織の皆と会いに行きますか?」

 樹流徒が移動を促すと、南方は頷いた。

「できればそうしたいね。でもキミ、みんなの居場所知ってるのかい?」

「はい。××町の住宅地にある青い屋根の家……としか知りませんが、上空から探せばすぐに見付かると思います」

「なるほど。でも別に探す必要はないよ樹流徒君」

「何故です?」

「その青い屋根の家っていうのは、きっと八坂兄妹の家だ。もし何かあったら俺たちはそこに集まることになってるからね。場所は俺が知ってるから案内してあげるよ」

 南方の厚意を樹流徒はありがたく受ける事にした。

「分かりました。では道案内をお願いします」

「了解。じゃ、行こうか」

 樹流徒と南方は連れ立って歩き出した。


「組織の皆は元気かなぁ? 市内中で戦闘が起きてたから心配だよ」

「大丈夫です。まだ直接会ってませんが、皆、元気らしいですよ」

「へえ。そりゃ嬉しいね」

 南方はひゅーと口笛を吹く。

「それにしても、こうやって喋りながら一緒に歩いていると魔都生誕直後を思い出すね。俺たち道端で出会って、この公園まで二人で歩いたんだっけ?」

「はい。南方さんは魔都生誕以降、俺が始めて出会った生存者だったんです」

「そういえばそうだったかな」

 南方は普通に返事をしてから、すぐある事に気付いた。

「ん? 樹流徒君、今俺って言った? 前はたしか僕って言ってたような気がするんだけど?」

「ええ。それには色々と事情があって……」

「ふうん。その事情ってヤツが何か分からないけど、俺が知らない内に随分男らしくなったみたいだね。頼もしい限りだよ」

 ごく他愛もない話をしながら、焼け野原の中を歩いた。


 そして公園を出ようかという時……

 樹流徒の隣を歩いていた南方が、急にしゃがみ込む。

「どうしたんですか?」

「あ。ゴメンゴメン。靴紐がほどけちゃったんだ。結び直したら走って追いかけるから先に行ってて」

 彼はそう言って、道の先を指差した。見れば、確かに南方の靴紐が片方ほどけていた。

「分かりました」

 樹流徒は言われた通り、先に歩き始める。


 脳裏にひとつの疑問が()ぎったのは、公園の敷地を出て数歩前に進んだときだった。

 そういえば、どうして南方さんは、俺の外見について何も言わないんだろう?


 樹流徒は砂原やベルゼブブとの戦闘中に大きな変貌を遂げた。しかしその変化を南方は今日まで知らなかったはずである。南方が行方不明になったのは樹流徒が砂原と戦うよりも前だったし、それから今日まで、樹流徒は南方と一度も会っていない。更に南方は組織のメンバーに見つからないよう一人で市内に潜伏していたのだから、樹流徒の姿が変貌したことを誰かに聞く機会も無かったはずである。


 にもかかわらず、南方は変わり果てた樹流徒の姿を見ても、これといって特別な反応を示さなかった。「君は樹流徒君なのか?」とか「その姿はどうしたの?」とか何か一言あって然るべきではないか。

 少し妙である。樹流徒の一人称が「僕」から「俺」に変わった事などより、まず真っ先に外見の変化について言及するのが自然ではないか。


 不意に疑問に思ったことが気になって、樹流徒は足を止める。

 背後から南方が近付いてくる足音が聞こえた。

「南方さん。ひとつ聞きたい事が……」

 振り返るのと、未だかつて無い禍々しい殺気を感じたのは、同時だった。


 体を突き抜ける激しい衝撃。わずかに遅れて襲ってくる耐え難い痛み。樹流徒は膝を突いた。

 南方の手が、振り返った樹流徒の胸を刺し貫いたのである。


 何が起きたのか、樹流徒は即座に理解できなかった。彼は膝を着いたまま、いっぱいに開いた瞳孔で南方を見上げる。

 そこにいつもの緊張感に欠けた顔は無かった。男はまるで作り物のように抑揚の無い表情で樹流徒を見下ろしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ