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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
345/359

変化



 様々な困難を乗り越え無事現世に帰還を果たした樹流徒。彼は真っ先に根の国へ立ち寄った。

 サマエルの捜索、組織メンバーの安否確認、そしてバベルの塔を消滅させる儀式(ルシファーが龍城寺タワーの前で行なうと決まった)に立ち会うなど、やる事は沢山ある。だが、まずは南方・渡会との接触を最優先したかった。二人は組織に対し反逆行為を犯したものの、メタトロンの寛容な判断によって無罪となった。その朗報を一刻も早く本人たちに知らせてあげたいと樹流徒は考えたのである。

 かなり前の話だが、渡会は八坂兄妹と合流したことが判明している。一方、生死不明の南方については渚に捜索を頼んでおいた。そのため樹流徒はまず最初に渚がいる根の国を訪れたのだった。


 ところが根の国にたどり着いてみれば、若干意外な展開が彼を待っていた。

 いつもであれば必ず根の国の入り口まで樹流徒を迎えに来てくれる渚が、今回に限って姿を現さなかったのである。


 少し前、渚は戦闘中に黒雷(くろいかずち)の毒を受けて倒れた。そのため彼女は戦線離脱して民家の一室で休んでいたのだが、戦闘を終えたアンドラスが渚の元に引き返してみると、部屋にはもう誰もいなかった。そのような出来事が起きていたなど、樹流徒は知る由も無い。


 あのあと渚がどこへ行ったのかは(よう)として知れないが、少なくとも根の国には戻っていないらしかった。そのため彼女は姿を見せず、代わりに一人の男が樹流徒を出迎えた。


 その男は、たぶん八鬼の一人だろう。外見年齢は二十代半ば。一見しただけで「僧侶」や「お坊さん」という単語が頭に浮かんでくる風貌の持ち主だった。頭髪は全て綺麗に剃られ、立派な法衣を身に纏い、首と手から数珠を提げている。百八十センチをゆうに超える長身であり、やや細身ながらも法衣から伸びた首の筋肉はかなり発達しているため、相当強靭な肉体が服の下に隠れていると想像がついた。


 思った通り彼は八鬼の一人で、土雷(つきいかずち)と名乗った。

 土雷は常に両目を閉じており、瞳の色も形も分からない男だった。それでも彼にはちゃんと見えている(・・・・・)らしく、その証拠に樹流徒と対面するなり次のような台詞を口にした。

「アナタは相馬樹流徒ですね。髪の色や着ている服などは聞いていた話と多少異なりますが、他の特徴は大体一致している」

 丁寧な言葉遣いで、それ以上に柔らかな口調で喋る男だった。樹流徒が知る他の八鬼と違って内面から溢れる穏やかさを持っている。闘志剥きだしの敵とは違って、彼のような者は得たいが掴みづらかった。樹流徒は、目の前に立つ僧侶風の男に多少の警戒心を抱いた。


 それはそうと、なぜ渚ではなく八鬼の一人が現われたのか。

 意外な人物に出迎えられて、樹流徒は心の内で怪訝な顔をした。

「仙道さんはいないのか?」

 樹流徒が尋ねても土雷はまともに取り合わない。彼はただ穏やかな声音で「ついて来なさい」とだけ言った。

 土雷に案内されて、樹流徒は根の国の最下層へ向かった。無駄口を叩くのが嫌いなのか、あるいは樹流徒と会話をしたくないのか、土雷は目的地に着くまで一言も発さなかった。


 根の国の最下層は、いつものように神秘性とおどろおどろしさを兼ね備えた空間だった。

 そしていつものように最奥の玉座には一人の少女が座っている。

 病的に白い肌を持つ黒髪の少女。根の国を統べる者――夜子だ。もっとも彼女の本名は月雷(つきいかずち)といい、真の支配者の影武者に過ぎなかった。しかし操り人形である夜子はその事実を知らない。


 辺りを見回しても彼女以外には誰もおらず、渚の姿もなければ、八鬼の姿もなかった。ここまで樹流徒を案内してきた土雷も入り口の数歩手前で立ち止まっており、広大な空間の中で樹流徒は夜子と二人きりになった。

 ただ、樹流徒は何やら嫌な気配を察知した。夜子とよく似た気配を、彼女のすぐ近くから感じたのである。それはおそらく台座の下に眠る真の黄泉津大神(ヨモツオオカミ)の気配に違いなかった。しかしそのような存在がいることを樹流徒は知らないし、夜子もまた記憶を抹消され足下の台座に隠された秘密を忘れている。


「待っていたぞ、相馬樹流徒」

 夜子はいつも通り根の国の女王として、落ち着き払った態度で振舞う。

「仙道さんは今、根の国にいないのか?」

 先ほど土雷に答えてもらえなかった疑問について樹流徒が問いただすと

「渚は何日も前に八鬼を探しに行ったまま行方不明になっている」

 さも大した事ではないように夜子は答えた。

 予想外の回答に樹流徒は思わず一歩前へ出る。

「行方不明とはどういう意味だ? 仙道さんに何があった?」

「別に我々が何かをしたわけではない。今言った通り、渚は八鬼の捜索に出掛けたまま、根の国に戻ってこないのだ」

「そんな……」

 まさか彼女の身に何かあったのか。樹流徒は嫌な予感がした。

「そう驚くこともあるまい。いくら渚がある程度実力を持っているとはいえ、強力な天使や悪魔に遭遇すれば、彼女が絶対に生き延びる保障など無いのだ」

「……」

 渚は行方不明。彼女がいなければ南方の生死や居場所についても分からない。

 これから色々動き回らなければいけないのに、樹流徒は出鼻をくじかれた気分だった。また、それ以上に渚の安否が心配になった。


「ところで君が魔界に向かったあと体験した事を詳しく教えて欲しいものだな。その見返りを君に与えられるかは分からないが……」

 夜子は魔界の冒険に興味があるらしい。樹流徒の外見や強さが以前に比べて相当変化しているので、彼女が樹流徒の体験談を聞きたがるのも当然かもしれない。


 今さら隠す必要も無かった。見返りが欲しいとも思わない。

 樹流徒は、一連の出来事を全て夜子に話した。

 一を聞けば十を理解する夜子相手ならば、説明するのは楽だった。


 全ての話を聞き終えた夜子は「実に興味深い話だった」と言って、心なしか満足そうだった。

「しかしこれだけ多くの話が聞ければ、今後君から得られる有益な情報は無さそうだ。ついては我々の限定的な協力関係もここまでにしようと思うが、どうだ?」

「そうだな……」

 今まで根の国と何度か情報交換をしてきたが、樹流徒としても、もう必要としている情報はほとんど無かった。強いて夜子に聞きたいことがあるとすれば、根の国の今後の動向くらいである。

 実際それについて夜子に尋ねてみると

「我々はしばらく何もしない」

 そう彼女は答えた。

「我々の当面の目的は現世をうろつく天使と悪魔の排除だった。しがたって戦争終結により彼らが聖界と魔界に帰るならば、我々が動く必要は無い。仮に動いたとしても現世に残ったネビトが残党狩りをするくらいだ。また、これまでの戦いで我々は多くの兵を失った。わけても八鬼が半分に減ってしまったのは痛い。そのため、我々はしばらく動こうにも動けないというのが真の内情だ」

「しばらくは……か」

「そう。我々は戦力を立て直し、いつか再び動き出す。君とは敵として相まみえることになるだろう」

「……」

「今回、色々と面白い話を聞かせてもらった礼だ。我々が行動を再開するときには分かりやすい合図でも送ってやろう。ただし君たちに我々を止めることはできない」

「……」

 そうはさせない。たとえ根の国が何を企もうと、そのときには必ず彼らの野望を阻止してみせる。樹流徒は目でそう答えた。


 決戦の日が訪れるまで、もうこの場所に足を運ぶ事はないだろう。樹流徒は土雷に連れられて根の国を後にした。土雷は帰りも無口で、別れ際に「それではまたいずれ」と言っただだけだった。


 残念ながら渚とは会えなかった樹流徒だが、次に向かう場所はすでに決めていた。

 それは、渡会がいるかもしれない場所だ。渚によれば渡会は八坂兄妹と共に、とある町の一軒家に潜んでるらしい。もっともそれを教えてもらったのは樹流徒が魔界の冒険を始める直前で、今も渡会がそこにいる保障は無かった。聖魔戦争のあいだに彼らが別の場所に避難していたとしたら当てが外れることになる。それでも他に渡会や組織のメンバーがいそうな場所を知らないので、樹流徒に選択の余地は無かった。

 彼は空を飛んで目的地の町へと針路を取る。


 少し先へ進んでゆくと、地上から小さな戦闘音が聞こえてきた。天使もしくは悪魔がネビトと戦っているのかもしれない。はじめ樹流徒はそう思ったが、確認してみると違った。万が一、組織のメンバーが戦っていたら……と考えて戦闘音に近付いてみると、地上で暴れているのは天使と悪魔だった。聖魔戦争が終わって天使と悪魔にはそれぞれ帰還命令が出ているが、命令に従わなかった者同士が戦っているのだ。


 戦闘行為をしているのは一組だけではなかった。耳を澄ませばずっと遠くで爆発音が聞こえるし、別の方角からは煙が上がっている。また別の方角からは断末魔や、雷鳴が聞こえた。血気盛んな兵や、終戦に納得できない者たちが、未だ市内の各地で火種をくすぶらせているのだろう。


 樹流徒は嫌なものを見た気分になった。戦争が終わってようやく市内が静かになる、と信じていた自分の甘さを痛感させられた。現実をまざまざと見せ付けられた。


 そのあと樹流徒は戦闘行為を見かけるたび仲裁に入ったが、戦いをやめようとする者は誰一人いなかった。それどころか樹流徒も巻き込んで三つ巴の戦いに発展しようとする始末だった。ミカエルやルシファーらが直接止めに入るか、バベルの塔が消滅する直前にでもならなければ、戦後の小競り合いは収拾がつきそうにない。

 市内がこのような状況では、ますます組織の人たちの安否が気になるところである。戦闘行為を中断させるのは不可能と判断した樹流徒は、急いで目的地への移動を再開した。


 異変と遭遇したのはその途中である。

 低空飛行を続ける樹流徒は、ある場所に差し掛かったとき、遥か遠方の空に黒い点々が浮かんでいるのを発見した。

 以前にも樹流徒はその点々を見たことがあった。あれは何だったか、と記憶を探っている内に、点々の正体が目視できる場所まで到達する。


 それはカラスの群れだった。数は十数羽。普通のカラスではないだろう。龍城寺市の生物は全滅してしまったし、バベルの塔はまだ消滅していないので市外から鳥が入ってくることもない。

 前方に現われたカラスはまるで樹流徒が現れるのを待っていたかのように、その場で旋回を続けていた。そして樹流徒が近付くと一斉に動き出して、彼をどこかへ誘導する。


「もしかしてこのカラスたちは……」

 樹流徒は迷わずついていった。カラスたちを操っているであろう人物に心当たりがあったからだ。


 カラスが向かった先はデパートの屋上だった。そこは子供用の遊園地になっており、ミニ観覧車やミニゴーカートなどが置かれている。

 屋上を囲う高いフェンスの傍に、カラスを操っている人物がいた。

 根の国で行方不明だと聞かされたばかりの少女だ。

 彼女はフェンス越しに町の景色を見ていた。

 樹流徒は屋上に降り立ち、足早に少女の背中へ近付く。

「仙道さん」

 名前を呼ぶと、少女は振り返った。


「や、相馬君。久しぶり。また随分と見た目が変わったね」

 仙道渚は明るく微笑む。

 樹流徒は彼女の無事を喜んだが、同時に謎の緊張が全身を駆けた。

 目の前にいるのは仙道渚に違いない。彼女は笑顔だし、当然の如く殺気も放っていない。なのに彼女から言いようのない迫力を感じた。以前までの渚と少し違う気がする。


 無論、だからといって渚が生存していた喜びは微塵も陰らない。

「よかった。無事だったんだな」

 樹流徒が言うと、渚は笑顔のまま「うん」と答えて

「さっき千里眼で見たよ、相馬君、根の国に寄ったんだね」

「そうだ。君が行方不明だと夜子から聞いて驚いた。天使か悪魔に襲われたのかと心配したよ」

「そっか。心配してくれたんだ……」

 渚は嬉しそうな顔をする。彼女が発する得たいの知れない迫力が一瞬だけ和らいだ気がした。

「でも大丈夫だよ。私はこの通りちゃんと無傷だし、もう少し経ったら根の国に戻るつもりだから」

「じゃあ、今まで根の国に帰らず何をしていたんだ?」

「う~ん。どうやって説明したら良いかな。実は私、体に毒を受けちゃって昨日まで生死の境をさまよっていたんだ」

「毒? 悪魔にやられたのか?」

「ううん」

 と渚。

 悪魔でないのならば天使にやられたのだろう、と樹流徒は勝手に合点した。よもや渚が八鬼に反抗し、黒雷と戦って毒を受けたなどと、想像すらできなかった。


「毒を受けた影響で体温が上がり続けて、私、一度は死を覚悟したんだよ。意識が朦朧として、目の前が真っ暗になって……でも次に気が付いたら、いつの間にか私は一人で市内を徘徊していた。そのときには毒も熱もすっかり消えてたんだ」

「そんなことがあったのか。じゃあ、もしかすると誰かが君を治療してくれたのかもしれないな」

 悪魔の中にも人間に対して好意的な者やお人好しな者はいる。彼らが偶然にも渚を見つけて解毒してくれたのかも知れない。

 その可能性を渚は否定した。

「違うよ。毒を治したのは私自身だよ」

「君が、自力で?」

「そう。毒で瀕死になったのをきっかけに、今まで私の中に眠っていた力が呼び覚まされたんだろうね。厳密に言えば私の力というよりNBW事件で手に入れた力だけど……」

「……」

 考えられない話ではなかった。樹流徒や渚などNBW事件の被害者四名はそれぞれ神の力を得ている。その中に解毒能力が含まれていたとしても何ら不思議ではない。

 かなり最近まで、樹流徒たちが持つ能力は一人一つずつかと思われていた。樹流徒は魔魂吸収能力、詩織は未来予知能力、メイジは変身能力、そして渚は千里眼である。

 だが能力は一人一つに限らないとすでに判明していた。樹流徒はベルゼブブと戦って瀕死の状態になったとき神の力によって精神の世界を作り出した。詩織は聖魂吸収能力を持っていた。それと同じように、渚が千里眼とは別に解毒能力を有している可能性は十分にありえた。


「俺たちが持っている力なんだが、実は……」

 樹流徒は力の正体について渚に教えた。ついでにこれまで起きた事も全て、簡潔にまとめて伝えた。

「そっか。じゃあ伊佐木さん生きてたんだね。良かった」

 渚は力の正体に驚くよりも、詩織の無事を喜んだ。

 そんな彼女の笑顔を見て、樹流徒は直前まで感じていた緊張感を解く。やはり仙道さんは仙道さんのままだ、と安心した。


 と、ここで渚は急に話題を変える。

「そうそう。私も相馬君に話したいことがあったんだ。それを伝えるためにカラスを使って君をここに誘導したんだからね」

「話したいことって?」

「二つあるんだけど、まず一つ目は組織の人たちの安否ね」

 それは今、樹流徒がとても知りたい情報の一つだった。戦争に巻き込まれて組織の人たちは無事だったのか? どうしても聞きたいし、聞くのが少し恐ろしかった。

 渚は満面の笑みを浮かべる。

「安心して、全員元気だよ。皆、一時的に別の場所へ避難してたけど、今は××町の住宅地にある青い屋根の家に戻ってる」

 それを知って樹流徒は心から安堵した。聖魔戦争が始まる前に彼らを安全な場所へ避難させてあげられなかっただけに、もし組織のメンバーの身に何かあったら謝っても謝りきれないところだった。


「で、もう一つ教えたい情報なんだけど、今度は南方さんの居場所についてだよ」

 渚の言葉に驚いて、樹流徒は思わずえっと声を漏らした。

「居場所? ということは、あの人は生きているのか?」

「うん。ちゃんと生きてるよ。しかも全くの無傷で」

 立て続けに嬉しい情報が舞い込んで、樹流徒の心は踊った。渚、組織の面々、そして南方。全員が怪我もなく生きていた。樹流徒が望んでいた最高の展開である。


「教えてくれ。南方さんは……あの人は今どこにいる?」

「中央公園だよ。誰かと待ち合わせでもしてるのか、さっきからずっとそこにいるね。今すぐ会いにいけば、まだ間に合うんじゃないかな」

「ありがとう仙道さん」

「ううん。別に大したことはしてないからね。今の私なら千里眼で人一人見つけるくらい簡単だから」

今の(・・)私?」

 渚の言葉が引っかかって樹流徒が聞き返すと、渚はまた笑った。最初の屈託のない笑顔とは違い、少しぎこちない笑顔に見えた。

「私の話は以上だよ。ほら、早く行った方が良いんじゃないかな。急がないと南方さんが公園からいなくなっちゃうかもしれないでしょ」

 渚は樹流徒を急かし始める。明らかにこれ以上自分のことを探られたくない様子だ。

 とはいえ彼女の言う通り、南方と入れ違いになるのは困る。樹流徒は早く中央公園へ向かうことにした。


 ただ、出発する前に一つだけ、渚に聞きたいことがある。

 魔都生誕以前から今日までの言動から、渚が優しい心の持ち主であることは疑いようも無かった。それだけに樹流徒は、彼女には根の国が進める陰人計画から手を引いて欲しいという思いがあった。

「ところで、君はまだ夜子の計画を手伝うつもりなのか?」

 尋ねてみると

「うん」

 渚は即答した。

「そうか……」

 バベルの塔も消滅することだし、できれば渚には根の国から出て普通の人間として現世で暮らして欲しかった。樹流徒はいずれ根の国と戦うことになる。つまり、このままではいずれ渚とも戦わなければいけないことになる。

 しかし渚は根の国を去る気がないらしい。それは今回、樹流徒にとって唯一残念な情報だった。

「相馬君、今からでも遅くないから私たちの仲間になるつもりない?」

 渚は計画を抜けるどころか、逆に樹流徒を誘う。

 樹流徒は迷わず首を横に振った。陰人計画の詳細は知らないが、人間に被害が出ることだけは分かっている。たとえ渚が計画に参加したとしても、阻止しなければいけない。

「やっぱり駄目か」

 はじめから樹流徒の答えが分かっていたのだろう。渚は特に残念そうな顔をしなかった。


「ところで相馬君は、南方さんや組織の人と会ったあと何をするの?」

「バベルの塔を消滅させる儀式を見届けたあと、サマエルを探し出す」

「たしかサマエルって黒幕容疑者の天使だったよね。居場所は分かってるの?」

「聖界にはいないし、天使が魔界に潜んでいるとも思えない。だからサマエルは現世にいるのかもしれない」

「なるほど」

「さらに言えば龍城寺市内に潜んでいる可能性は高いと思う。ベルゼブブは黒幕が必ず俺の前に現れると言っていた。だからサマエルが黒幕ならば身近にいるような気がするんだ」

「うん。そうかもしれないね」

 渚は同意してから

「さて、あまりここに長居してると、ホントに南方さんと会えなくなっちゃうよ」

 樹流徒にそれを思い出させた。

「たしかにそうだな」

 樹流徒は首肯して、渚に別れの挨拶を告げる。

「夜子の計画から手を引いてもらうために、君とはいつか改めて話がしたい。それまで絶対に無事でいてくれ。もうすぐ戦いは終わるはずだから」

 市内では未だ天使と悪魔の小競り合いが続いている。そんなものに巻き込まれて渚が命を落とすなど、あって欲しくなかった。今はただ生き延びて欲しかった。

「うん。私を説得するのは無理だと思うけど、待ってるよ」

 渚はにこにこしたまま、樹流徒に手を振った。


 樹流徒はひとつ頷いて、空に飛び立つ。この場所からだと南方がいる中央公園よりも、組織のメンバーが集まっている八坂家の方が近い。しかし現在地から移動する可能性は南方の方が高いため、樹流徒は先に彼と会うことにした。


 樹流徒は中央公園目指してあっという間に空の彼方へ飛び去る。

 すると、今までずっと笑顔だった渚は、急に別人になったように、真剣な面持ちになった。

「あぶなかった。彼、結構鋭いところがあるから発言には気をつけなきゃ」

 言いながら彼女は数歩前に歩み出る。

「相馬君は魔都生誕の元凶を探し出して決着をつけなければいけない。そして私は……。お互い、これから大事な戦いが始まるね」

 龍城寺の春はまだ遠い。どこからか冷たい風が吹いた。


 ふわりと揺れた渚の髪が、突如変色する。明るい茶髪が薄く銀色に染まり上空の光を反射して輝いた。

 どこか不敵な形をした瞳の中には黄金色の輪が浮かび、その内側で青い光がゆっくりと明滅する。

 その不思議な瞳で渚は北東の森――根の国がある方角を、見るとはなしに眺めた。


 そして決意を込めるように彼女は呟く。

「夜子様と陰人計画のため……根の国は私が乗っ取らないとね」




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