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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
34/359

それぞれのやるべきこと



 思わぬ成り行きから始まってしまった悪魔との戦闘にも決着が付き、その後ニ人は、図書館とその周辺に倒れている死体を外に整列させる作業も無事に終えることができた。


 詩織は階段の上から亡骸の群れを見下ろして

「できれば死体が腐ってしまう前に供養してあげたいところだけれど」

 と、静かに呟く。


 隣に立つ樹流徒は無言で頷いて、詩織に同意した。

 確かに、腐乱死体になるまで放置されたり、屍肉を悪魔に漁られるくらいならば、いっそ見ず知らずの自分たちに供養された方が、死んだ人たちも浮かばれるのではないかという気がした。

 それに、ビフロンスみたく人間の死体を何かしらの形で利用しようとする悪魔が他にもいるかも知れない。そういったことを防ぐ意味でも彼らの処理は必要であった。


 樹流徒は“ゴーストロード”の一件を思い出す。国道のジャンクション付近で目撃した、死体失踪現象である。道路に倒れていたはずの人々や、車のドライバーたちが一斉に姿を消し、その原因は不明だった。

 やはりあの現象は、大量の死体を何かに利用しようと考えた悪魔の仕業かもしれない。想像すると、漠然と薄暗い心持ちになった。


「死体は、次に僕が現世へ戻ってきた時に火葬しておくよ」

 樹流徒は詩織に約束して図書館の中へ入ってゆく。

 詩織は「ええ。お願い」と答えて、後に続いた。


 すっかり無人になった図書館は、異様に広々として見えた。

 樹流徒と詩織は二階に上がり、適当な窓を選んで、そこに悪魔倶楽部の鍵を差し込む。

 ガラスの表面が水面のように揺らめいたのを確認すると、向こう側の空間めがけて飛び込んだ。


 あっという間に周囲の景色が魔界の酒場に変わる。

 二人が悪魔倶楽部を訪れるのは何時間ぶりくらいだろうか。伊佐木家で睡眠を取った時間の長さ次第では丸一日経っている可能性もある。


 詩織の視線は真っ先に客席へ向かっていた。前回樹流徒たちが店を訪れたときは、席がひとつも埋まっていなかった。しかし、現在は二名の悪魔が来店している。

 樹流徒はどちらの客にも見覚えのあった。獅子の頭と二対の翼が目を引くパズズ。それからカラスの頭部を持つアンドラスだ。こうして再び来店しているところを見ると、彼らはいわゆる常連客なのかも知れない。


 空いた客席の上では灰猫グリマルキンが欠伸をしていた。テーブル中央に体を伏せ、尻尾を秋風に吹かれる稲穂のように揺らしている。赤い瞳は虚空へと向けられていた。


 そして、カウンターの奥には悪魔倶楽部の店主バルバトスがいる。

「良く戻ってきたなシオリよ。もうここで働く準備は出来たのか?」

 巨人の悪魔は、2人が店に姿を現すなり口を開いた。詩織の方から声が掛かるのを待ちきれないといった様子だ。


「ええ。でも先に荷物を置かせて欲しいのですが」

 詩織が答えると、バルバトスは背後の扉に親指を向ける。

「この扉に入れ。廊下の突き当たりにある部屋を空けておいた。元は物置だったが今からオマエの自由に使うといい」

 何とも手回しの良い話だった。どうやら、バルバトスは樹流徒たちがいないあいだに詩織を迎える準備を済ませていたようだ。


 このような気遣いを受けたことが少し意外だったのか、詩織は瞳をぱちぱちと瞬かせる。しかしすぐ「ありがとう」と礼を述べた。


 バルバトスは一度にやりとしてから、すぐ元の表情に戻り、詩織に次の指示を与える。

「部屋に荷物を置いたら厨房へ行け。井戸水で手を洗ってから料理を受け取り、あそこのテーブルに運んでくれ」

 と言って、パズズが腰掛けている席を指差した。

「厨房はどこにあるんですか?」

「オマエの部屋へ向かう途中にある。厨房には扉がついてないからすぐ分かるハズだ」

「そう」

「あと、厨房には“ロンウェー”という名のコックがいる。ヤツには既にオマエのことを話してあるからな」

「分かりました。会ったら挨拶しておくわ」

 詩織は頷いた。

 彼女はここで一旦バルバトスとの会話を切り、樹流徒のほうを向く。


「それじゃあ、本当に色々とありがとう。相馬君」

「ああ。お互い今しばらくの我慢だな」

 樹流徒は首を縦に振りながら答えた。

「アナタはやはり魔都生誕の真相を探るの?」

「勿論。あと、できれば市内から出る方法やメイジの消息も掴みたいと思ってる」

「そう。私はこんなことしか言えないけれど……余り無理はしないでね」

「ありがとう。そのつもりだ」

 と、樹流徒。本音だったが、悪魔との戦闘が続く限り無茶・無謀を避けて通ることはできそうにないのが実情である。


 詩織は口元にほんの微かな笑みを浮かべ、樹流徒の言葉に頷いてから

「じゃあ、私、もう行かないと」

 と言い、踵を返した。


 彼女は早歩きで客席の間をすり抜け、カウンターの前で立ち止まる。バルバトスと何やら一言二言交わしてから奥の扉へと消えていった。


 その背中を見送った樹流徒は、音無しの構えを取る。念のためもう少しのあいだ、詩織の様子を見守ることにした。なにしろ、このあと彼女が料理を運ぶ席にはパズズという悪魔が座っている。樹流徒の記憶が確かならば、パズズは人間嫌いを自称していた。詩織に危害を加えるようなことは無いと思うが、万が一ということもある。用心するに越したことはないだろう。


 ややあって、部屋に荷物を置いた詩織が戻ってきた。両手に怪しい色彩を放つ円形のトレイを持ち、上手く水平に保っている。その上に乗せられた平皿には魚料理らしきものが盛られ、温かそうな湯気を立てていた。食指を誘う香りに灰猫グリマルキンの鼻とヒゲが微動する。


 詩織は料理を手にパズズの席へと向かう。これが彼女の、悪魔倶楽部での初仕事である。

 樹流徒は念のためにすぐさま火炎弾を放てる態勢を取った。もしパズズが詩織に手を出そうとすれば、すぐ攻撃できるように準備をする。


 パズズはふんぞり返るみたいな姿勢で椅子に腰掛けていた。

「オマエ、見ねェ(ツラ)だな。もしかしてニンゲンか?」

 詩織がテーブルの横に立つと、彼女の顔を見上げるなり露骨に不機嫌そうな声を発する。樹流徒に接した時と全く同じ態度だった。

「ええ。そうだけれど」

 対して詩織は全く臆する様子が無い。


「そいつの名はシオリ。しばらくこの店で働いてもらう事になった。間違っても攻撃するなよ」 

 バルバトスが、彼女に助け舟を出すような格好で口を挟む。

「正気かよマスター。オマエ、オレ様がニンゲン嫌いだって知ってるだろ?」

 パズズは顔を歪めて更なる不快を露にした。といっても、顔が人間ではなく獅子なので、樹流徒にはその表情から感情が読み取りづらかった。


「なぜ人間が嫌いなの?」

 詩織は要領良く手を動かし、トレイの皿をテーブルに移しながら尋ねる。

「あ? なぜって……そりゃニンゲンはオレらより短命だし、力は弱ェし、魔力もねェしよ」

「自分たち悪魔よりも劣っているから嫌いということなの?」

「それはえ~と……。うるせェよ。とにかく嫌いなんだよ」

 パズズは少し声量を落とした。それからグラスの足を摘んで口元に運ぶ。

 詩織が相手を軽く言い負かしたような会話だった。


 あの調子なら伊佐木さんは心配なさそうだ、と樹流徒は確信した。

 この時を境に、彼は再び自分自身がやるべきことに従事することにした。魔都生誕の真相解明という本来の目的に向けて動き始める。


 まずは情報を集めなくてはいけない。幸いにも、今、樹流徒はそれをするための場所にいた。

 客席にはパズズのほかにアンドラスがいる。アンドラスはマモンの居場所を教えてくれた悪魔だ。

 樹流徒は、彼に接触を試みるべく客席に向かって歩き出した。




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