表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
338/359

サンダーバード



 もやで白く染まった大地の片隅で剣と剣が激しくぶつかり合っている。どちらも同じ炎の大剣だが姿形は似ていない。かなり長さが違うし、刃が纏う炎の色は正反対だった。五メートルを優に超える剣には赤い炎が、三メートルほどの剣には青い炎が、絶えず燃え盛っている。衝突のたびに二色の火の粉が弾け飛んで、剣を操る両戦士の腕に降りかかりそうな勢いだった。


 第六天に二つしか存在しない円柱型の台座。その片方が見守る中、ウリエルとサンダルフォンは未だに戦っていた。すでに相当な時間戦い続けているはずだが、両者とも衣装に小さな損傷があったり、体の数ヶ所にかすり傷があるだけで無傷に等しい。今までずっと互角の戦いが展開されていたのだろう。


 ウリエルは大きく後ろに下がってサンダルフォンから距離を取り、炎の剣を雷の剣に持ち換える。雷の剣は力強く振り払われると刃の先から雷が伸ばして鞭になった。

 サンダルフォンは身の丈ほどある炎の剣を手足の如く自在に操って、連続で遅い来る雷の鞭を全て受け止める。何度か攻撃をいなすと、反撃の隙を見つけて攻勢に転じた。

 小さな炎がサンダルフォンの掌に輝く。それは鍋に充満した湯気が蓋を開けた途端一気に吹き出るように、猛烈な勢いで広がった。ほとんど爆発と言っても良い。


 ウリエルは後方へ跳ねて膨れ上がる爆炎の範囲から逃れた。サンダルフォンはもう次の一手を打っている。彼が腕を振り払うと、握り締めていた剣の刃がバラバラに砕け散って数十枚の破片となり、青い火の粉を振り撒きながらウリエルの元に殺到した。


 ウリエルは手を突き出して黄金に輝く魔法陣型の盾を出現させる。丁度彼の全身を隠すくらいの大きな盾だ。それは飛来する炎の破片を全て受け止めた。

 役目を終えた盾が消滅すると、ウリエルはその場に屈んで大地に拳を突き立てる。彼の挙動に応じてサンダルフォンの足下で青い光の波が揺れた。波は鋭い形を取り雷光となって天まで駆け上る。


 間一髪、サンダルフォンは前方に跳躍して難を逃れていた。彼は飛び出した勢いそのまま翼を広げて超低空を疾走し、ウリエルに接近する。

 サンダルフォンの両手が青い炎を吹き出した。肉弾戦を仕掛けるつもりなのだろう。迎え撃つウリエルの拳も紅蓮の炎を纏う。


 サンダルフォンは飛行速度をほとんど緩めず果敢に突進し、ウリエルの顔に狙いを定めて拳を振り抜いた。

 物凄い風切り音がする。ウリエルは一旦後ろに下がって回避すると、すぐに前進してお返しとばかりに拳を突き出した。するとサンダルフォンも負けじとウリエルの攻撃をかわして拳を返す。ウリエルはまた避けてやり返した。その繰り返しが常人の目では追えないほどの速さで展開する。


 互いの拳が何度も走り、合間合間に肘や蹴りも飛び出した。しかし全てが空を切る。

 当たらない攻撃を何発くらい交換したか。両者その場からほとんど動かないまま数分が経過した。先にどちらが相手に一撃見舞うか、どちらが先に危険を感じて接近戦から逃げるか、もはや意地と意地の張り合いになっていた。


 その末、ようやく初めて拳が当たる。やや遠目から放ったウリエルの拳とサンダルフォンの拳がぶつかり合った。手に纏った炎と青の炎が爆ぜ、重なり合って、紫色の光が踊る。

 衝突により互いの手から炎は消え、意地の張り合いも引き分けに終わった。即座にサンダルフォンの両手が新たな炎を燃やしたが、別に優劣が付くまで肉弾戦を続けようというのではない。

 サンダルフォンの両手にまとわり付いた炎は広がりながら長く伸びて、見る間に彼の全身を包む大きな螺旋となった。それは膨張して最後は爆発を起こし、外側に向って広がる。サンダルフォンが自身が一発の爆弾になったようなものである。

 至近距離にいたウリエルは咄嗟に後退したが、回避は到底間に合わない。ウリエルは辺りの大地ともども爆炎に飲み込まれた。


 草が焼け、もやが漂う白一面の丘陵に黒い煙が混ざる。炎に巻き込まれたウリエルも全身から煙を上げていた。身に纏っていた衣はあちこち燃え尽きており、彫像のように美しいウリエルの上半身が半分ほど露わになっている。

 見たところウリエルの肉体はさほどダメージを負っていなかった。ただ一方で、サンダルフォンの攻撃はウリエルを怒らせるのに十分な効果を発揮したらしい。


 六枚の大きな翼が広がって紅蓮の炎を纏う。

 明らかに激怒していた。火の鳥と化したウリエルは鋭い目付きでサンダルフォンを睨みつける。そしてすぐさま大地を蹴りつけて地面スレスレを飛翔した。誰もが思わず一驚を喫するであろう迫力とスピードで火の鳥は突進する。間違いなく渾身の一撃だった。


 それをサンダルフォンは危なげなくかわす。機敏な動きで宙に翻った彼は、眼下を通過していったウリエルを振り返りながら虚空より新しい剣を取り出した。今まで使用していた炎の剣ではない。それは一体何の剣か。刃幅が広く、黄金色のグリップと丸い柄頭(つかがしら)が目を引く派手な西洋剣だった。


 サンダルフォンが剣を振り払うと刃から緑色の光が放たれる。光は半月状になったり満月になったりと常に定まった形を取らずウリエルの背中めがけて直進した。

 飛来する不定形の光をウリエルは上昇して回避する。勢いそのままサンダルフォンと同じ高度まで舞い上がった。

 するとサンダルフォンは遠く離れたウリエルに向かって剣をまっすぐに突き出す。無論、刃は届かない。しかし剣が粉々に砕け散ったかと思えば、その位置で急激な大気のうねりが生じ、瞬時に荒れ狂う巨大竜巻と化した。


 迫り来る暴風の渦からウリエルは逃げない。翼が纏う紅蓮の炎が消え、代わりに激しい雷光がほとばしった。猛獣の雄叫びに似た雷鳴が轟く。それはウリエル自身の咆哮にも聞こえた。

 炎の鳥から雷の鳥へと変化したウリエルは自ら竜巻の中へ突っ込んでゆく。まさに雷そのものと形容して良い速さだった。


 音速を超えたウリエルは雷鳴を置き去りにしてサンダルフォンの懐に侵入する。突き出した拳が、翼と同じ雷光を帯びた。

 サンダルフォンはかろうじて腕で防御したが、雷の拳が生み出す衝撃に逆らえず後ろに跳ね飛ばされる。この好機を見逃さずウリエルは雷の剣を召喚して力強くなぎ払った。剣閃から雷光が生まれサンダルフォンに牙を剥く。


 派手に吹き飛びながらも姿勢制御を失わなかったのがサンダルフォンにとって幸いした。彼は咄嗟に手を出して魔法陣型の盾を作り出し雷を受け止める。

 ウリエルは苛立ちの相を強めた。好機を生かせなかった悔しさもあるだろうが、早く樹流徒たちの後を追って第七天へ向いたいという気持ちが彼の怒りを煽っているのだろう。

 そんなウリエルとは対照的に、一文字に結ばれていたサンダルフォンの口元には寂しげな笑みが浮かんだ。

「さすがはウリエル。汝がその力を主のお目覚めのために使ってくれれば、これほど喜ばしいことはないのだがな」

「……」

「どうだ。今からでも遅くはない。我々と共に元の道を歩むつもりはないか? そうすれば主も汝をお許しくださるだろう」

「神はもういない。その真実からいつまで目を背け続けるつもりだ?」

「否。主はおられる。今一時の眠りに就かれているだけだ」

「それが目を背けているというのだ」

 ウリエルは炎の剣を握り締める。サンダルフォンも同じ行動を取った。

 向かい合う翼が同時に広がって空気を叩きつける。互いの間合いが半瞬で消え、炎の剣と剣が激しく衝突した。

 意地の張り合いの続きが始まる。こうなったらどちらも容易には引かないだろう。引く時はどちらか片方が命を落とした時かもしれない。


 ところが互いの激しい剣閃と感情を何度かぶつけ合ったあと、ウリエルとサンダルフォンは共に無傷であるにも関わらず、いきなり同時に後方へ飛び退いた。

 戦闘を中断するだけの理由があったのである。


 二人は上空を仰いで同じ場所に視線を注いだ。

 誰かが近付いてくる。普段限られた天使しか立ち入れない、悪魔も容易にたどり着けないこの場所に接近する者がいる。それに気付いてウリエルもサンダルフォンも暗黙の内に一時休戦したのだった。


 二人の頭上から十二枚の光り輝く翼がゆっくりと降りてくる。

「まさか……あれはルシファーか」

 接近してくる者の正体を知ってサンダルフォンは最初仰天した。次に怒りとも畏怖とも不快ともつかない形相を露わにする。

 ウリエルも幾分眉が吊り上がっていた。


 そして、二人の前に悪魔の王が降臨する。

 ルシファーはブルーダイヤの瞳を左右に往復させ、いままで激闘を繰り広げていた二人の天使を交互に見やった。彼の威容に気圧されたか、サンダルフォンほどの強者が息を呑む。

「やはりきたか」

 ウリエルはルシファーの登場に驚かなかった。

「汝ほどの悪魔ならば必ずここまでたどり着くと確信していた」

「サンダルフォン。それにウリエル。汝らとは色々話したいことがあるが、今は時間が惜しい。ここを通してもらおう」

 ルシファーは丘に佇む円柱型の台座を見下ろす。

 そう言われて素直に応じるサンダルフォンではなかった。たとえルシファーに気圧されようと、神に対する忠誠心であったり、台座の守護を任された者としての責任感が、相手に背を向けることを許さなかったはずだ。

「この先は主の御前。みすみす汝を行かせるわけにいくか」

 サンダルフォンは炎の大剣を振りかざしてルシファーに飛び掛かる。


 ルシファーは真っ向から受けて立った。彼の手にはいつの間にか剣が握られている。柄に美しい装飾が施され、やや細身の刃は光の如く輝いていた。光の剣という呼称がしっくりくる。


 光の剣の全長はサンダルフォンの大剣に比べて半分もなかった。重さは三分の一にも満たないだろう。炎の剣が生み出す強烈な一撃を浴びれば簡単に折れてしまいそうに見える。

 ただ現実はそうならなかった。光の剣はサンダルフォンが力任せに振り下ろした一撃を受け止めてびくともしない。


 力と力が拮抗する。ただしルシファーは片手で剣を支えており涼しげな顔をしていた。かたやサンダルフォンは両手が震えるほどの力で剣を押し、表情は今だけ天使というより悪魔になっている。その光景は両者の力量差を如実に表わしているように見えた。


 ルシファーが剣を振り払うと、サンダルフォンの手からあっけなく武器が弾かれる。

 うっと声を漏らしてサンダルフォンは体勢を崩した。さらに彼の視線は吹き飛んだ剣の行方を追ってしまう。そこに隙とも呼べない程度の隙が生まれた。

 そのわずか寸隙を縫ってルシファーがサンダルフォンの胸を軽く突き飛ばす。刹那、ルシファーの手が黄金色に輝いた。そこから光の曲線が生まれてサンダルフォンの全身を駆け巡る。サンダルフォンは光の縄に拘束されながら遠く後方へ吹き飛んだ。


 両者の攻防を静観していたウリエルは、どこか自嘲気味な微笑を浮かべる。

「さすがはルシファー。かつて我々悪魔(・・)を率いて神と戦っただけのことはある」

「そうか……。やはり汝も過去の真実を知っているのだな」

 はじめてルシファーの表情が動いた。それは驚きではなく、逆に腑に落ちた顔だった。何が腑に落ちたのかと言えば、ウリエルが反乱を起こした理由だろう。ウリエルは過去の真実を知り神への怒りから反乱を起こした。その事実をルシファーはいま悟り、聖界で反乱が起きた背景を把握したに違いない。


 雄雄しい叫びが轟く。サンダルフォンが光の拘束具を自力で破壊した。

 それを見たウリエルは素早く二人の間に割って入り、サンダルフォンと対峙する。そしてルシファーに背を向けたまま言った。

「行けルシファー。行って神の復活を止めろ。汝もそのためにここまで来たのだろう」

「良いのか?」

「構わん。汝と二人がかりでサンダルフォンを倒しても私の誇りに傷が付くだけだからな」

「分かった。感謝する」

 それ以上疑問を唱えずルシファーは了解した。

 彼は台座に向かって飛翔する。サンダルフォンは追う素振りを見せたが、ウリエルの殺気に睨まれてそれ以上動けなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ