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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
335/359

メッセージ



 無意識のまま動く神の手が、掌に開いた口から凄絶な攻撃を放つ。

 小さな火球、銀色の竜巻、そして雷光が樹流徒たちを襲った。火球と竜巻はすでに一度見たものと同じだが、雷光だけは少し違う。先ほどミカエルを襲った雷は一筋の光が幾重にも分かれて標的を取り囲むものだった。対して今回は眩い雷光が細かく枝分かれしながらも一本に繋がったまま飛んでくる。


 攻撃を逸早く察知した樹流徒は、すぐ近くにいるラファエルの盾になろうと彼の前に出て魔法壁を張った。ラファエルも似たような事を考えたらしい。彼が両手を伸ばすと樹流徒の正面に魔法陣型の盾が三枚連なって出現した。二重構造の魔法壁と、ラファエルが生み出した三枚の盾。計五枚の防壁が二人を守る。

 これだけ強固な守りならば普通は攻撃が通らない。ただ今回の相手は神。普通や常識といった類の言葉とは最も縁遠い存在だ。

 現に神の攻撃は樹流徒の予想を遥かに上回る破壊力を持っていた。まず雷光がラファエルの防壁を三枚全て破壊した上、外側の魔法壁に亀裂を入れる。続いて飛んできた竜巻が傷付いた魔法壁をいとも容易く破壊して樹流徒とラファエルをまとめて飲み込んだ。


 唸りを上げて荒れ狂う銀の渦は二人の体を空中で弄んだ後、地面に叩きつける。

 頭から墜落した樹流徒は鈍痛を覚えながらもすぐに立ち上がった。ラファエルも素早く膝を起こしている。魔法壁により竜巻の威力を軽減できたため、見た目の派手さほどダメージを受けずに済んだ。


「大丈夫か?」

 樹流徒はラファエルの身を案じて声を掛ける。

 返事は無かった。ラファエルの耳には声が届かなかったらしい。彼の注意はある一点に注がれていた。気付いた樹流徒はラファエルの視線を辿る。その先でミカエルがうつ伏せに倒れていた。

「ミカエル!」

 我に返ったラファエルが大声を発する。


 ミカエルは神の攻撃をまともに受けていた。逃げ遅れたのではなく、まったく攻撃を避けようとしなかったのだ。神の手から飛来した火球はミカエルの体に接触すると大規模な爆発を起こして、天まで昇る炎を大地に広げた。その中心でミカエルは炎に身を焼かれながら倒れた。

「ミカエル」

 もう一度ラファエルが名を呼んでも、ミカエルはうつ伏せのまま動かない。聖魂が発生していないので生きているのは確実だが、身に纏った衣装は一層損傷が激しくなり火傷の跡も酷くなっていた。傷口は再生を始めているものの修復速度は緩やかで、完治には時間がかかりそうだ。今の状態で次の攻撃を浴びたら今度こそ命はないだろう。


 心配そうに見つめるラファエルの目の先で、ミカエルはようやく動いた。彼は倒れたまま顔だけを持ち上げ、祈るような瞳で神の姿を仰ぐ。その眼差しにはどのような思いが込められているのだろうか。


 暴走する神は無情にもミカエルに手を向ける。掌に開いた口の前に白銀の輝きを放つ光の粒が集まった。光の粒は重なって徐々に大きな球体に成長しながら輝度を増してゆく。その輝きが一際強くなったとき、球体は周囲に光の輪を纏い土星を髣髴とさせる姿になった。輪はすぐに一つから二つ、三つへと増え球体を中心として別々の向きに別々の速度で回転を始める。その状態を保ったまま、直後には球体がミカエルめがけて真っ直ぐ飛んでいった。

「危ない」

 ラファエルが危険を知らせるが、ミカエルは今度も動かない。神が己を滅ぼすつもりならばその意に従おうというのか。あるいは予期せぬ事態とはいえ今の状況を作り出してしまった自分へ罰を与えるつもりなのか。彼に攻撃を避ける意思は無いようだ。間違いなく死を覚悟している。


 ただ、たとえミカエルが死を覚悟していようと、また仮に死を望んでいたとしても、それを黙って見過ごして良い理由にはならなかった。

 飛来する光球を受け止めたのはミカエルではなく樹流徒の体だった。神の手が動き出したとき、樹流徒の足はほとんど無意識に走り出していた。無我夢中とはこういう状態を言うのだろう。すっかり我に返ったのは、ミカエルの前に滑り込んで神の攻撃を防御した後だった。


 神の手から放たれた光の球体は樹流徒の体にぶつかると、丁度彼の全身を包む大きさに広がり、周囲に謎の小さな光の文字を幾千と浮かび上がらせる。果たしてその攻撃にどのような効果があり、どの程度の威力があったのかは分からない。攻撃を受ける直前、鋼の肉体に変身していた樹流徒は何のダメージも受けなかったからである。神が放った光は幻の如く消えた。


 ミカエルは少し驚いた顔で樹流徒の背中を見上げる。「なぜ私を庇った?」と瞳が疑問を訴えていた。

 もしそれを言葉で尋ねられたら樹流徒は返答に窮するだろう。ミカエルを守った動機など特に無かった。ただ彼を見殺しにしてはいけないと直感的に判断して、ほとんど無意識の内に体が動いていたのだ。

「お前が伊佐木さんを利用したのは許さない。でも、だからといってお前を見殺しにして良いなんて事は無い」

 せいぜいその程度の答えしか返せなかった。

 実際には二人の間でそうした問答は無く、ミカエルは無言で樹流徒の背中を見上げている。驚いた顔をしたのも一瞬だけで、もう元の冷静な表情に戻っていた。一方の樹流徒も黙ったまま、ミカエルを振り返ることもなく神の挙動と詩織の状態に注意を払っている。


 二人の元にラファエルが飛んできた。

「ありがとう。君が動かなければミカエルの命は無かったかもしれない」

 彼はまず樹流徒に向かって礼を言う。

 続いてミカエルに尋ねた。

「なぜ逃げなかった? 死ぬ気だったのかい?」

「……」

 ミカエルはラファエルの顔を真っすぐ見返すが何も答えない。それでも若干きまりの悪さを感じたのか、先に視線を逸らした。きつく握った拳が微かに震え出す。死の覚悟を無駄にされた怒りや、人間に救われた屈辱がそうさせるのか。拳と同様に強く閉じた(まぶた)も震えているように見えた。


 神の背から生えた漆黒の羽が暗色の光を灯し、宇宙創造を起こす真空エネルギーが増大する。また一歩、終焉の足音が世界に近寄ってきた。

「時間が無い」

 神の足下めがけて樹流徒は駆け出した。一刻も早く詩織を救出し、神の暴走を止めなければいけない。


 現状、樹流徒が出来ることは限られていた。なにしろ神に手を出せないのだから。神に対するあらゆる攻撃が、詩織に対する攻撃にもなる危険性がある。もしかすると神の翼を切り落とせば宇宙創造を止められるかもしれないが、一緒に詩織の息の根も止めてしまっては後悔してもしきれない。


 では自分に何ができるのか? 頭を悩ませた末、樹流徒は一つの答えを見つけた。

 ――そうだ。伊佐木さんに話しかけてみよう。

 いま詩織は意識を失っている。もし声を掛けて彼女を目覚めさせることが出来れば、神に何かしらの変化が起こるかもしれない。目覚めた詩織の口から彼女を救出するためのヒントが得られるという期待もある。そして何より、彼女がまだ生きていると確認できるのが大きかった。


 神の手から放たれる攻撃を鋼の体で無効化して、樹流徒は難なく詩織の眼下まで到達する。

 近くから見ると少女は安らかに目を閉じていた。第六天の地下牢獄に閉じ込められていた天使たちと似ている。眠っているようにも見えるし、正直に言えば死んでいるようにも見えた。

「伊佐木さん」

 樹流徒は彼女の名を呼ぶ。

「伊佐木さん。目を開けてくれ」

 必死に呼びかける。


 聖界に連れ去られる前、詩織は樹流徒にメッセージを残した。あのメッセージをいま樹流徒は思い出していた。

 “私には幼い頃から家族と呼べるような人がなく、友達もいなくて、それなりに孤独で寂しい人間だった”

 彼女の携帯電話にはそう記されていた。

「たしかに昔はそうだったのかもしれない。でも今は違う。君にはもう仲間や友達がいる」

 樹流徒は叫ぶ。

「サキュバスという悪魔を覚えているか? 彼女は君を大切な友達だと言っていた。絶対に助けて欲しいと言っていた。そして俺は君の仲間だ。もう君は孤独でも寂しい人間でもない」

 詩織はメッセージの中でこうも言っていた。

 “魔都生誕に巻き込まれて目を覚ましたとき、自分が生きていて絶望した。でも今は生き残れて良かったと思っている”と。

 またこうも言っていた。

 “私たちの街は滅びてしまったけれど、外の世界は無事だと信じている”と。

「君が願った通り結界の外は無事だったぞ。だから生きて現世に戻ろう。そして平和な外の世界を見に行くんだ」

 樹流徒が懸命に声を枯らしても、詩織は安らかに目を閉じたままだった。

 

 変身が解けて樹流徒の防御力が低下する。頃合を計ったように、黄金色に輝いていた神の瞳が一斉に黒い邪悪な光を帯びた。同じ色の輝きが神の胴体の中心から生まれて爆発的な勢いで広がる。瞬きする間もなく樹流徒の全身は闇に埋もれた。


 意外にもダメージは無かった。特にどこも痛くないし、苦しくも無い。

 しかし別の異変は起きていた。樹流徒は闇から脱しようとするが、思った通り体が動いてくれない。全身が鉛のように重いのである。

 特殊な重力場に閉じ込められた、と樹流徒はすぐに理解した。神が放った黒い光が、降世祭でアナンタがガルダに対して使用した重力場と酷似していたので、すぐに気付けたのだろう。


 機動力を奪われた樹流徒は、相手の攻撃に備えて氷の盾を展開しながら重力場の外を目指す。鉛の足を地面に引きずりながら少しずつ後退した。

 無論、彼が重力場の外へ出るまで黙って見ている神ではない。

 氷の盾が砕け散る音がして、樹流徒の全身はびっくりしたように跳ねた。鉛と化した体が急に軽くなったように勢い良く吹き飛ぶ。

 一体何が起きたのか、樹流徒には判然としなかった。正体不明の大きな物体が眼前に迫ってきたのと、その物体に氷の盾を砕かれ、自分の全身を打たれたことくらいしか分からない。


 闇の外へ弾き出された樹流徒は飛行能力を使って自分の体にブレーキをかけた。さらに空中で体を捻って体勢を立て直す。その拍子、強打された全身が軽い悲鳴を上げたが、無事に足から着地を決めた。


 球状に広がっていた重力場が勢い良く収縮し、消滅する。中から現れた神は虹色の鱗に包まれた蛇の下半身を波打たせていた。樹流徒は、自分を攻撃した巨大物体の正体が相手の尻尾だったことに気付く。

 また神の背後に視線を移せば、もう七枚目の翼が輝いていた。二十四枚目が光を灯せば新たな宇宙が創造される。その直前――二十三枚目の翼が輝いた時、樹流徒は詩織を手にかけなければいけない。


 焦りを募らせる樹流徒の元にラファエルが来た。

「今度は私が行ってみよう。指先一本でもシオリに触れることができれば、彼女の記憶を読み取れるかもしれない」

 ラファエルには他者の記憶を見る能力がある。もし詩織の記憶を読み取れれば、何か重要な情報が得られるかもしれない。彼女の生死や、彼女がどのような状態で主と繋がっているかが判明すれば、樹流徒たちは様々な行動が取れるようになるだろう。


 ラファエルは六枚の翼を広げて低空を疾走し、神への接近を試みる。

 当然の如く激しい抵抗が待っていた。神の周囲から二十四もの魔法陣が出現し、それぞれの魔法陣から銀色に輝く光の弾丸が飛散する。弾丸の射程には限りがあって樹流徒やミカエルの元に届く前には消えるが、神に接近したラファエルに届くだけの飛距離は十分にあった。


 目がくらみそうな光のシャワーをラファエルは驚異的な反応速度と判断力ですり抜けてゆく。彼の表情は恐いくらいに真剣そのもので、瞬き一つしなかった。


 飛び散る光の弾と魔法陣が消滅したとき、ラファエルと神の間合いは十メートルにも満たなかった。

 飛行速度を一切緩めずラファエルは矢の如き速さで詩織に接近する。めいいっぱい伸ばした手が彼女の額に触れようとした。成功すれば、詩織の記憶が読み取れる。神に対抗する手立てが掴めるかもしれない。


 その小さな希望すら、神は摘み取る。

 にわかにラファエルの眉が曇った。彼の手があと数センチで詩織に届くというとき、神の全身を虹色に輝く光の膜が包んだ。その輝きがラファエルの手を軽く弾いたのである。

 次の刹那には神の中心から強烈な衝撃波が広がり、ほぼ無色透明な波が空気を歪ませてラファエルの体を外側へ吹き飛ばした。衝撃波は遠くに広がるほど弱くなり、樹流徒やミカエルの元に到達したときには彼らの前髪を揺らす程度の威力しか残していなかった。一方、至近距離から衝撃波を受けたラファエルは勢い良く飛ばされ、空中で姿勢を立て直し終えたときには、樹流徒よりも後方にいた。

「さすがに簡単には近寄らせてもらえないね」

 ラファエルは落ち着いた調子で言うが、状況はかなり厳しかった。




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