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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
332/359

最後の門番



 ――実は第六天にはシオリが幽閉されていた塔がある。そこにもう彼女はいないと思うけど、念のために確認しておいたほうが良いかもしれないね。

 というラファエルの提案がきっかけだった。


 ガブリエルが樹流徒たちと分かれて単独行動を開始してから早くも数時間が経過している。

 いま彼女の瞳には目的地が映っていた。深い森の中心に広がる透き通った湖。そのさらに中心に白亜の美しい建造物がそびえている。少し前まで詩織が幽閉されていた塔だ。


 ガブリエルは塔の遥か頭上から塔周辺の様子を確認していた。見たところ見張りの天使は一人もいない。この時点でガブリエルは、詩織はもうここにいないと確信を持ったようである。

「それでも一応調べておかなければ……」

 念には念を、と考えたのだろう。ガブリエルは慎重に塔へ近付いて最上階の窓から部屋の中を覗いた。

「やはりいませんね」

 部屋はもぬけの殻だった。牢獄に入っていたガブリエルが知らないのも仕方ないが、詩織は聖魔戦争が始まる前からすでにミカエルに連れられて別の場所に移動している。


 ラファエルの言葉通りの結果に、ガブリエルは特に落胆の色を見せなかった。

 彼女は窓から部屋に入ると、錠が外れた扉を通って廊下へ出る。さらに念を入れて塔内を一通り捜索した。その結果詩織が見付からなかったのは当然として、天使や悪魔、動物の一匹さえもガブリエルの前には現れなかった。塔の中はこの上なく閑寂としている。


 完全に無人の建物を一周したガブリエルは、そのまま外へ出た。湖にかかった橋を歩き、途中で立ち止まる。そして頭上を仰ぎながら六枚の白い翼を広げた。彼女はこれから樹流徒たちの後を追って第七天行きの台座を目指さなければいけない。


 が、飛翔しかけた翼が勢い良く閉じる。ガブリエルは森の奥に幾分鋭い視線を投げた。

「そこにいるのは誰ですか?」

 口調も幾分鋭く、彼女は遠くの木陰に問いかける。


 それに反応して木の後ろで影が動いた。茂みが風で揺れたにしては不自然な動きである。森の動物か、はたまた鳥か。少なくとも影の正体が生物なのは間違いなかった。

 正体を確かめる必要があると判断したのだろう。相手に接近すべくガブリエルは翼を広げる。

 ほとんど間を置かず彼女の視線が木々よりも高い位置めがけて走った。

 森に潜んでいた影がガブリエルよりも一足早く空へ飛び立ったのである。鳥にしては大きくて妙な形をした影だった。そして明らかにどこかへ逃げようとしている。ガブリエルは急いで後を追った。


 逃げた者は、このままでは追いつかれると踏んだか、体を素早く反転させてガブリエルを振り返る。

 二つの月に照らされてその姿が露わになった。人間の背中に二枚の白い翼――天使である。

 若い男の顔とスラリとした体型を持つ天使だ。長い銀髪から覗く青い瞳は、元々そういう目なのか、それともガブリエルに対する敵意の表れなのか、睨みつけるような形をしていた。


 刃物のように鋭い瞳がさらに鋭さを増したとき、銀髪の天使はいきなりガブリエルに手を向ける。耳朶(じだ)を打つ渇いた音と共に青い雷光がほとばしった。

 相手の殺気を察知したと見えて、ガブリエルは天使が攻撃の挙動を行なう前からすでに防御の準備をしていた。彼女の前方に大きな魔法陣型の盾が現れて雷光を遮断する。

 奇襲に失敗した天使は微かに口元を苦くした。


 ガブリエルは攻撃を仕掛けてきた相手を警戒するというよりも、やや怪訝そうな表情になる。

 脱獄囚であるガブリエルに対して天使が攻撃を仕掛けてくるのは決して不自然なことではない。だが人気の無い森に潜んでいた点や、ガブリエルに声を掛けられて逃げようとした点などは、かなり怪しかった。


 ガブリエルの怪訝な顔付きは、相手の素性を確認したとき、驚きの表情へと変わる。

「アナタは“レミエル”」

 盾を展開していた彼女の手がそっと下がった。


 レミエルと呼ばれた銀髪の天使は無言のまま、依然鋭い眼差しでじっとガブリエルを見返している。

「なぜアナタがここにいるのです? 第六天への立ち入りを許されているのは限られた天使だけ。アナタにはその権限はないはずです」

「脱獄してきたアナタがそのような事を仰るのですか?」

 レミエルが初めて口を利いた。低く落ち着いた声音だが、口調からは若干攻撃的な印象を受ける。

「私が脱獄したのは、今すぐミカエルに会いに行く必要があるからです」

「……」

「もう一度尋ねましょう。なぜアナタがここにいるのです? ここで何をしていたのですか? アナタほどの者が悪魔との戦いを恐れて森に隠れていたとは思えません。何か特別な目的があったのではないですか?」

「お話するわけにはまいりません」

「では、なぜ逃げようとしたのです? 私を攻撃した理由は?」

「それも申せません。しかし我々が味方同士でないことだけは十分お分かり頂けたでしょう」

「……」

 二人は少しのあいだ黙って見詰め合っていた。


「分かりました。それではアナタを捕えさせて頂きます」

 ガブリエルは手の先から白い空洞を生み出し、銀色の鎖を何本も射出する。

 レミエルは虚空から取り出した剣で鎖の半分以上を弾き落とし、それだけでは防ぎきれない残りの鎖を素早い動きで回避した。さらに逃れた先で素早い反撃に出る。

 レミエルが剣を高々と掲げると、ガブリエルの頭上を包囲するように雷の球が十個ほど現れた。どれも手に収まる程度の大きさしか無い。その小さな雷の玉はすぐに獰猛な雷光へと変化してガブリエルの元へ殺到した。

 ガブリエルは魔法壁で攻撃を防ぐ。その間にレミエルは胸の前で両手を向かい合わせ、その中心に雷の球を生んだ。ガブリエルの頭上を包囲した雷の球よりも一回り以上大きい。


 大きな雷の球は宙に制止したまま動かず、レミエルが身を翻したと同時に弾けた。

 激しく明滅する光が辺り一帯を包む。閃光に目が眩んだガブリエルは咄嗟に腕で両目を隠した。

 閃光が晴れてガブリエルの目が開いたとき、彼女の視界にはもう誰の姿も無かった。


 ――ガブリエルよ。アナタとは近い内に再会する事になるでしょう。それまでアナタが生きていれば、の話ですが……


 夜空からレミエルの声が降ってくる。

 ガブリエルは周囲を見回したが、相手の姿がどこにも見えないと追跡を諦めた。

「レミエルは何を考えているの? でも今は彼よりもキルトたちとの合流を優先しなければ……」

 ガブリエルは翼を羽ばたかせ、台座があるほうへと飛び立っていった。



 その頃、樹流徒たちは別の台座にたどり着こうとしていた。三人の眼下には幾重にも続く白い丘陵が横たわっている。無論、大地が白いのは雪が降り積もっているためではなく、地表を漂うもや(・・)の影響である。

 白い丘陵の背後には鬱蒼とした森が広がっており、すでに三人が通り過ぎた後だった。

 そして樹流徒たちの遠く正面には丘陵の終着点が見える。広大な崖を背負う一際高い丘に、台座がひっそりと佇んでいた。第七天へと続く最後の台座である。その台座は今まで樹流徒が見てきたものと形状が異なっていた。これまでだと上層行きの台座は全て台形だったが、丘の上に佇む転送装置は円柱。いかにもその台座だけは他と違う特別な場所へ繋がっているように見えた。


 第七天はもう目と鼻の先である。ただ、樹流徒たちが何事も無くすんなり台座に乗るのは無理そうだった。

 彼らが目指す場所に一つの影が佇んでいる。巨大な台座を背負っているため一見すると小さく見えるが、実際には三メートル以上の大きさを持つ影だった。

 台座に近付くにつれ視界に映る影の正体がはっきりしてくる。

「あれは天使か……」

 誰とはなしに樹流徒は呟いた。

 厳つい顔をした男の天使が、燃える六枚の翼を広げて待ち構えている。頭には銀の輪を被り、金色の美しい刺繍が施された純白の衣に全身を包んでいた。

「彼は“サンダルフォン”。偉大な天使であり、私たちと同等の力を持っている」

 ラファエルが前方の天使について解説する。

「台座を守っているように見えるな」

「そうだよ。サンダルフォンはミカエルの計画に賛成しているからね。残念ながら彼は私たちの行く手を阻む者であり、今回に限って話し合いが通じる相手ではない」

 そのような会話を交わしている内に、三人は天使サンダルフォンの眼前までやってきた。


 厳つい顔が樹流徒たちの顔を順に睨む。

「牢獄に閉じ込めておいたウリエルと、軟禁中だったはずのラファエル、そしてニンゲンの子が揃って現れるとはな。これは意外な組み合わせだ」

 サンダルフォンは低い声で言った。

「我々がここに来た理由を汝は察しているはずだ。そして我々は汝がそこにいる理由を承知している」

 余分な挨拶を省いてウリエルが返す。

 サンダルフォンはにやりとした。

「なるほど。これ以上語る言葉は不要……というわけだな」

 三メートル超の巨躯から肌を刺すような殺気が溢れる。情報通り話し合いで大人しく引き下がってくれる相手ではなさそうだった。激突は必至である。サンダルフォンの実力がセラフィムと互角ならば、たとえ三人がかりでもあっさり倒すのは無理だろう。


 と、ここでウリエルの口から予想外の言葉が飛び出す。

「ラファエル。そしてニンゲンの子よ。サンダルフォンの相手は私が引き受ける。汝らは先に第七天へ行け」

「おや。どういう風の吹き回しだい?」

 意外そうにラファエルが尋ねる。

「私はサンダルフォンに大きな借りがある」

 ウリエルが答えると

「そうか。たしか君が反乱を起こしたときに……」

 ラファエルは納得顔で頷いた。

 樹流徒とっては何の説明にもなっていないが、二人のやり取りからおおよその見当はついた。多分、ウリエルが聖界内で反乱を起こしたとき、それを鎮圧するためにサンダルフォンが大きな役割を果たしたのだろう。サンダルフォンがウリエルの配下を次々となぎ倒したか、あるいはウリエル本人がサンダルフォン相手に不覚を取ったか。とにかく両者の間にただならぬ因縁が生まれたのは間違いなさそうだ。

「ではサンダルフォンの相手は君に任せて、私たちは遠慮なく先へ進ませてもらおう」

 ラファエルが言い終えたときにはもう、ウリエルは炎の大剣を握り締めていた。


 刃から激しい火の粉が舞う。ウリエルは長大な剣を振りかざしてサンダルフォンに挑みかかった。

 迎え撃つサンダルフォンも相手と同じく虚空から炎の剣を取り出す。さすがにウリエルの剣に比べれば小さいが、それでもサンダルフォンの身の丈を優に超える長さがあった。また、ウリエルの剣が纏う炎が真紅なのに対し、サンダルフォンが手にした剣は青く燃えている。まるで氷のように冷たい色をしていた。


 二体の天使が宙を舞い、炎の剣で切り結ぶ。刃と刃が衝突するたびに二色の火の粉がぱっと散った。

 今の隙に樹流徒とラファエルは台座を目指す。サンダルフォンは手を出せなかった。出せばその瞬間にウリエルの剣に貫かれ全身を真紅の炎に焦がされるだろう。


 樹流徒はまだウリエルの行動を意外に感じていた。あれほど自分の手でミカエルの計画を阻止しようとしていたウリエルが、いくらサンダルフォンに借りがあるとはいえ、樹流徒とラファエルを先行させて自分だけその場に留まるとは、まったく予想していなかった。

「ウリエルの行動が意外だったかい?」

 考えていることが顔に出てしまったか、ラファエルが樹流徒の胸中をぴたりと言い当てる。

「ウリエルが私たちを先に行かせたのは、多分、君の実力を認めたからだろう。君ならばミカエルを止められるかもしれないと彼は考えたんだ」

 もっともウリエル自身は口が裂けてもそんなことは言わないだろうけど、とラファエルは付け足した。

 もし本当にウリエルが樹流徒の実力を認めたのだとしたら、第五天で樹流徒が修羅の如き戦いぶりを見せた時だろう。台座を守る天使相手に一人で戦った彼は明らかにセラフィムの実力を凌駕していた。それをウリエルは己の目で直に見ていたのだ。


 サンダルフォン以外に敵はいない。樹流徒とラファエルは難なく台座にたどり着いた。円いレンズの底から光の柱が駆け上り二人の全身を包む。

 みすみす見送るしかないサンダルフォンは、ウリエルと一進一退の攻防を演じながら苦い顔をする。

「これで一つ借りは返させてもらったぞ」

 ウリエルは勝者の如き笑みを浮かべた。


 視界を覆う白い光が消え、樹流徒の目に飛び込んできたのは全方位に果てしなく広がる虹色の宇宙だった。闇の中におぼろげな七色の輝きを放つ光の粒が溢れ、緩やかな速度で同じ方向に向かって動いている。


 宇宙に浮かぶ台座の上に二人は立っていた。彼らの遥か視線の先には門がある。山すら飲み込んでしまうほど桁外れに大きな門だ。両開きの扉は開きっぱなしになっており、その狭間で眩い七色の光が揺らめいていた。

「あの門を潜れば、その先にはミカエルとシオリがいるはずだ。そして主のご遺体も……」

 とうとうここまできた。もう十分過ぎるほど、樹流徒は先へ進む覚悟ができていた。

「行こう」

 ラファエルと共に、樹流徒は決戦の場所へと向かう。





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