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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
330/359

サイドストーリー(2)



 早くも第六天に辿りついた樹流徒のような者もいれば、未だ聖界の下層で戦っている者もいる。

 無限の浅瀬が広がる第二天。ここでは今なお数十万規模の兵士が命の奪い合いを続けていた。(おびただ)しい悪魔の血と天使の羽根が、やがて海面を覆い尽くさんばかり漂っている。魚の死体も大量に浮いていた。海中に咲いていた花々も沢山散っている。


 そんな以前にも増して惨憺(さんたん)たる戦地の片隅で、少し珍しい戦いが発生していた。

 何が珍しいのかと言えば、その組み合わせだ。対峙している双方を見れば、かたや天使の兄弟。かたや悪魔の兄弟。つまり天使と悪魔の“兄弟同士対決”が勃発しているのである。


「ねえアフ。コイツらしつこいね」

 少年の姿をした天使が軽く苛立っていた。銀色の髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 彼の隣にはもう一人の少年天使がいた。こちらは金髪だ。

「そうだねヘマー。でも所詮悪魔がボクたちにかなうハズないんだよ。それは歴史が証明しているじゃないか」

 彼は落ち着いた口調で相方をなだめる。


 アフとヘマー。この二人は兄弟の天使だ。髪の色こそ違うものの見た目がそっくりなので、誰もが一目見た瞬間に彼らを双子だと想像するだろう。

 以前現世に派遣されていたアフとヘマーだが、今は第二天の守りを任されているらしい。宙に浮かぶ彼らが見下ろす先には、敵である二体の悪魔が並び立っていた。


 奇遇にもその悪魔たちはアフとヘマーに負けず劣らずそっくりな容姿を持っていた。どちらも猫の頭と人間の体を持つ半人半獣の悪魔である。頭には王冠を被り、普通の人間よりも大きな体に王侯貴族のような衣装を纏っていた。片方は青目の白猫で、もう片方は赤目の黒猫。それ以外に両者の外見的な違いはほとんど無い。顔の輪郭や背の高さ、ヒゲの長さまで寸分違わず同じだ。強いて細かな違いを挙げるとすれば、白猫の方はぱっちりと大きな瞳をしているのに対して、黒猫の方は少し眠たそうな目をしていた。


 彼らの名はゴクとマゴグ。二人合わせてゴグマゴグ。以前樹流徒が龍城寺市の地下街で出会った兄弟悪魔である。フルカスという老騎士の悪魔と組んで樹流徒にイカサマゲームを仕掛けてきた兄弟と言えばさらに分かり易いだろう。ちなみにゴグが白猫でマゴグが黒猫である。


 兄弟悪魔ゴグマゴグは、自分たちの頭上に浮かぶアフとヘマーを睨み返していた。

「なかなかしぶとい天使だね」

「そうだな。でも光の者がいない今、天使を恐れる必要は無い。今度はオレたち悪魔が勝つさ」

 などと、敵の兄弟と似た様な、それでいて正反対の台詞を言い交わす。


 この兄弟同士対決がいつ始まったのかは不明だが、互いに「しぶとい」と言っているくらいだから、すでに戦闘開始から相当な時間が経過しているのだろう。いわゆるこう着状態に陥っているのかもしれない。


「いい加減、くたばれよ」

 天使とは思えない乱暴な台詞と共にヘマーが攻撃を仕掛けた。彼の手から黒い炎の鎖が何本も飛び出して地上のゴグマゴグを襲う。

 ゴグとマゴクはその巨体からは想像できない俊敏性で跳躍し、左右に分かれた。炎の鎖はむなしく空を切って海に飛び込む。ジュッと水が蒸発する音がして海面から透明な飛沫(しぶき)が舞った。


 別々の場所に着地したゴグとマゴグは息をぴったり合わせて反撃に移る。二人は上空のアフとヘマーに手をかざして魔法陣を展開。ゴグは荒れ狂う吹雪を、マゴグは灼熱の炎を、まったく同じタイミングで放った。赤白二色の波が兄弟天使に迫る。

 アフとヘマーはゴグマゴグの動きを真似るように左右へ分かれた。吹雪と炎から難なく逃れると、アフはすかさず浅瀬に降り立ち、虚空から取り出した鎌を振り上げてゴグに襲い掛かる。ゴグは指先から長い爪を伸ばして接近戦に応じた。

 一方、ヘマーとマゴグは空中と地上で引き続き遠距離攻撃の応酬をする。


 アフの鎌とゴグの爪は共に鋭い風切り音を鳴らしてぶつかり合った。変幻自在に武器を操るアフに対してゴグは手数で勝負する。しかしどちらの攻撃も当たらない。白兵戦の技量は両者互角だった。気の強さも互角らしく、互いに後退しようとしない。

「無駄な戦いは止めて大人しく魔界に帰れば良いのに。そうすれば半殺しで許してあげるよ」

 戦闘中にもかかわらずアフは軽口を叩く。だが彼に余裕が無いのは明らかだった。一瞬でも気を緩めればゴグの爪がアフの急所を貫くだろう。

 無論、互角の接近戦を演じている以上、余裕が無いのはゴグも同じである。彼はアフの冗談を聞き流しながら自分に向かってくる刃の軌道を真剣な目で追っていた。


 もう片方の対決――ヘマーとマゴグの遠距離戦闘も五分五分の様相を呈している。こちらは攻撃と一緒に激しい口撃(・・)も飛び交っていた。

「悪魔のくせに生意気だよ」

 雷を放ちながらヘマーが言えば

「ソッチこそ天使のくせに」

 マゴグは言い返しながら炎の塊を飛ばす。

「君ら悪魔は最初から負ける運命にあるんだ。どうしてそれが分からないかな?」

 挑発的な台詞と共に黒い鎖が宙を疾走すれば

「何も分かってないのはソッチじゃないか」

 子供が癇癪を起こしたような声と火柱が返ってくる。


 嵐のように激しい攻防だった。四人の内、いつ誰が命を落としてもおかしくない。すでに誰かが傷の一つくらい負っていなければ不自然なほどだった。

 しかし現実には依然として全員が無傷のまま。戦いはまだまだ長引きそうだった。



 さて……。樹流徒が知る限りゴグマゴグのような兄弟悪魔は珍しい存在である。人間の兄弟姉妹ならば地球上のどこにでもいるが、悪魔は違う。その証拠に魔界を旅している最中、樹流徒が悪魔の兄弟と出会うことは滅多になかった。だが決していないわけではない。たとえ稀少であってもゴグマゴグ以外にも悪魔の兄弟が存在するのは確かだ。


 全方位に青空が広がっていた。分厚い雲と一緒に宙を泳ぐのは、形も大きさも不揃いな陸地の群れ。ここは第四天。無数の島々が空に浮かぶ不思議な世界である。


 とある上空には全長数キロにも及ぶ巨大な島が浮かんでいた。大地全てが森に覆われた緑の島である。その周囲には小さな陸地が幾つも漂っており、例えるならば鯨とイワシの群れが一緒に泳いでいるように見えた。緑の島を“鯨島(くじらじま)”、周りの小島を“イワシ島”と名付けても違和感は無い。


 いま、鯨島に広がる森の真ん中で、三体の悪魔がぽつんと固まっていた。

 彼らは何やら言い争いをしている。

「だから第四天には来ない方が良いって言ったんだよ」

「うるさい、泣くな」

「ハハハ。戦争中に兄弟喧嘩なんてしてる場合じゃないのに。あははははは」

「うるさい。笑うな」

 荒々しい怒鳴り声とヒステリックな泣き声。そして陽気な笑い声がする。

 静寂な森の中だけあって、彼らの声は遠くまで良く響いていた。


 三体の悪魔は一見すると全員同じ姿をしていた。竜の頭部と、堅い鱗に覆われた人間に近い胴体、そしてコウモリのような羽と立派な尻尾……魔界に数多く棲息する悪魔ガーゴイルである。

 しかし良く見ると三体のガーゴイルはそれぞれ顔に特徴があった。一体は怒り顔。一体は笑い顔、そして一体は泣き顔をしているのだ。普通のガーゴイルとは少し違う。そもそも外見以前に、通常のガーゴイルは言葉を喋らない。ギャアギャアと鳴き声を上げるのが普通だった。


 言葉を話しそれぞれの表情に特徴がある、一風変わったガーゴイル。それは樹流徒が貪欲地獄で出会ったガーゴイル三兄弟としか考えられなかった。


 第四天に乗り込んだガーゴイル三兄弟。彼らは今、森の中に身を隠しているらしかった。

「とりあえず静かにしろ。ヤツ(・・)に見つかったらどうする」

 怒り顔のガーゴイルが声を小さくする。

「何言ってるんだ。こうなったのも全部オマエが第四天に行こうなんて言ったせいだろう」

 泣き顔のガーゴイルが恨み節を唱えた。

「この世界の天使たちに勝てるはずがないってボクは忠告したのに。案の定、敵に見付かって命からがらここまで逃げてきたんじゃないか。一緒に行動してた味方が足止めしてしてくれなかったら、ボクたち今頃あの天使に殺されてたよ」

「……」

 痛いところを突かれたのだろう。怒り顔は反論の言葉をぐっと飲み込んで額に青筋を浮かべる。その表情を見て笑い顔のガーゴイルがケラケラと笑った。一体何が可笑しいのかは彼にしか分からない。


「第四天の天使は強過ぎるよ。足止めしてくれた味方は間違いなく殺されただろうね。今頃あの天使はボクたちを探し回ってるんだ」

「やっぱりボクが言った通り、第一天か第二天に留まった方が賢明だったんだよ」

 続けざまに泣き顔が言うと、怒り顔はついに我慢できなくなって強い調子で反論した。

「ならばオマエだけ第一天に残れば良かったんだ。大体オマエはいつもオレたちの後ろにくっ付いてるだけで単独行動を取った(ためし)がない。オレに文句を言う前に、たまには自分の意思で動いてみたらどうだ?」

 今度は泣き顔が反論できずに、うっと悔しそうな声を漏らした。

 不毛な言い争いをする二人をよそに、笑い顔のガーゴイルは頭上を仰ぐ。

「ああ、木漏れ日が綺麗だな~」

 仮にも今は戦争中であり敵地に乗り込んでいるというのに、彼には全く緊張感が無かった。


 そんな彼のおかげと言うべきか、怒り顔と泣き顔のガーゴイルはその後もしばらく口論を続けていたが、ある瞬間を境に二人とも急に落ち着いてきた。もう一人の兄弟が悠長に空を眺めているのを見ていたら、自分たちだけ怒鳴ったり喚いたりしているのが馬鹿馬鹿しくなってきたのだろう。

「なんだか歌でも歌いたい気分だなぁ」

 笑い顔がそう言って本当に歌を口ずさみ始めると、いよいよ脱力が極まったらしい。言い争いをしていた二人の肩はガックリと下がった。


 このようにして兄弟喧嘩は無事終息し、冷静な話し合いが出来るようになる。

 怒り顔は人間のようにわざとらしく咳払いを一つして

「兎に角、あの天使に見つかったら今度こそおしまいだ。何とかヤツに発見されず第三天に引き返そう」

 落ち着いた口調で提案した。

「そうだね。島から島へ隠れながら移動すれば、無事に台座までたどり着けるかもしれないよ」

 さっきまで喚いていた泣き顔の口から前向きな発言が出る。

「そうそう。大丈夫、大丈夫」

 最初から楽天的な笑い顔が適当な調子で同意した。


 話し合いの結果三兄弟の意見が一致すると、急に安心感を覚えたのか、彼らの間でにわかに弛緩した空気が漂い始める。笑い顔がひとつ欠伸をした。付近で戦闘が起こっている気配も無く、のどかな風が木々の葉を揺らしている。


 怒り顔がはっとした。戦地の真ん中で気を抜くなど言語道断と思ったのだろう。彼は両手で自分の顔を叩いて気合を入れた。

「よし! それじゃあ早速移動を始めるか」 

 引き締まった声で兄弟二人に言う。

 泣き顔のガーゴイルが「うん」と相槌を打った。

 第三天に引き返すべく、彼らは歩き始める。空を飛べば敵に見付かる危険性が高いので、森の中を歩いて移動しなければいけない。


 が、動いた足は二つだけだった。笑い顔のガーゴイルがその場に立ち止まったまま動こうとしない。

「どうした?」

 気付いた怒り顔が立ち止まって尋ねると

「ねえ、ねえ。ちょっとアレ見てよ」

 笑い顔はある方角を指差した。

 いま三兄弟は森の中いる。従って笑い声が指差した方角にも、ただ鬱蒼と生い茂る緑が広がっているのみだった。その中に笑い顔は何かを発見したらしい。

「なに? まさか木陰に天使が隠れてるとかじゃないよね?」

 泣き顔は怯えた様子で兄弟の背中に隠れる。

「そうじゃないよ」

 と笑い顔。

 彼が発見したのは天使ではなかった。

 三人からある程度近い樹木の枝に一羽の鳥が止まっている。鳩に似ているが、鳩よりも小さくて翼の先が桃色に染まった鳥だった。

「この世界に住む鳥だな」

 怒り顔が言うと、彼の背後に隠れていた泣き顔が安心しきった様子で前に出る。

「綺麗な鳥だね」

 などと言いながら笑い顔の隣まで歩いた。

「第一天に浮かんでた雲と似てるよな」

「うん。言われてみればそうだね」

 たしかに、うっすらと桃色に染まった鳥の翼は、第一天の雲を連想させた。


「お。あっちにも別の鳥がいるよ」

「え。どこ?」

「あそこだよ。ちょっと遠いけど見える?」

「ホントだ。いた」

 笑い顔と泣き顔は次の鳥へ視線をやる。彼らは本来の目的をすっかり失念している様子だ。

「お前たち。野鳥観察は戦争が終わってからにしろ」

 怒り顔はこれ以上付き合ってられんと顔を背けた。


 二人が新たに発見した鳥は、一羽目よりも体が小くて羽毛が明るかった。そして何より不気味だった。全身から目玉が生えているのである。数百の瞳が鏡の中の自分を見つめるように、ジッと三兄弟を見つめ返していた。

「あっちはちょっと変な鳥だね」

「そうだな」

「今度は何と似てる? 雲とは似てないね」

「うーん……」

 笑い顔は少し考えて

「あ、そうだ。良く見るとあの鳥、オレたちを襲った天使に似てないか? 目玉が沢山あるところなんて同じだぞ」

「もう、怖い冗談やめてよ」

 泣き顔は一歩後ろに下がる。

 そんな二人の会話が少し気になったのか、さっきから顔を背けていた怒り顔も鳥に視線をやった。


 途端、彼の全身が棒で打たれたように震える。

「逃げろ!」

 彼は叫んだ。

 驚いて他の二人は怒り顔を振り返る。

「え。急にどうしたの? まさか敵?」

「でもヤツの姿はどこにも無いよ」

 笑い顔はキョロキョロと辺りを眺め回した。

「馬鹿者。あの鳥が“ケルビエル”だ!」

 その言葉を合図に、ガーゴイル三兄弟は一斉に羽を広げて空に舞う。

 彼らの後を追って不気味な鳥も宙に飛び出した。


 大空に舞い上がった鳥は形と大きさを変える。ただの小さな鳥が見る間に三メートル近い巨躯を持つ一体の天使へと変貌を遂げた。




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