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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
329/359

彼の結論



 夜空に大きな青い月と小さな赤い月、そして無数の星々が瞬いていた。

 二つの月が見下ろす大地には草原が広がっている。と言っても果たしてそれを草原と呼んで良いのか。地表全体にもや(・・)のような物体が漂っているため、緑よりも白が圧倒的に目立っているのだ。もやの薄い部分や切れ間からかろうじて草花の色彩が覗いていた。

 ずっと遠くにそびえる山の頂上では夜行性の鳥が旋回している。白い翼をいっぱいに広げたまま悠々と滑翔する雌。その外側で雄が翼を暴れさせ物凄いスピードで飛んでいた。さながら分針と秒針のように違う速さで回り続ける二羽の鳥である。彼らの一風変わった行動は、もしかすると求婚の儀だったのかもしれない。雄が力の限り羽ばたいて自分の存在を雌にアピールしているのだ。

 山頂に何度も輪を描いた(つがい)の鳥は、やがて仲良く一緒にどこかへ飛び去っていった。彼らを冷やかすように犬か、狼か、獣の遠吠えが響いた。


 ここは聖界の第六天。草原の真ん中に建つ三角柱の台座に樹流徒たち三人は立っていた。

 もしこの世界に季節があるのだとしたら今は初春か晩秋だろう。少し冷たい風が肌に心地良い。第五天での戦闘を終えたばかりの樹流徒は、嫌な熱に侵された心がわずかに癒された気がした。

 ガブリエルとウリエルを除けば周囲に天使の姿は一つも無い。悪魔の影も見当たらず、戦争中とは思えないほど空気が落ち着いていた。


 樹流徒は知る由も無いが、この第六天はつい最近まで詩織がいた世界である。またガブリエルの話によればラファエルという天使がいる世界でもあった。ラファエルはミカエルの計画に反対したため現在はある場所に軟禁されているという。

「第七天はもう目の前です。ですがその前にラファエルを説得しに向かいましょう。少し遠回りになりますが、私たちには彼の力が必要です」

 ガブリエルの言葉に樹流徒とウリエルは従った。


 漆黒の羽と純白の翼を広げて三人は夜空に舞う。ラファエルの居場所を知るガブリエルとウリエルが先行し、樹流徒は二人の後ろについていった。

 月明かりに照らされて三つの影が地表のもやに映される。樹流徒は追いかけてくる自分の影をしばらくジッと見下ろしていた。その最中も周囲への警戒は怠らなかったが、敵が現われる気配は一向に無い。第六天は普段から天使がほとんど立ち入らない世界なのだろう。

「ラファエルが軟禁されている邸はここからかなり離れています。ですが移動中戦闘に巻き込まれる心配はほとんどありませんので、到着までさほど時間はかからないでしょう」

 ガブリエルがそう教えてくれた。

 彼女の言葉は全てその通りになった。空をひた走る三人は一度も敵と遭遇することなく、野を越え山を越え、谷も川も越えて、遠くにある目的地にそれほど時間をかけず到着したのである。


 平原……と言っても、やはりそこも地表がもやに覆われて雲の上みたくなっていた。その白い平原に一軒の建物が佇んでいる。白壁と青い屋根、そして大きなバルコニーが見える立派な邸だった。


 三人は邸の遥か頭上で停止する。

「天使がいるな」

 樹流徒は小さな声で言った。

 邸の玄関前に一体の天使が佇んでいる。バルコニーの眼下にも一体いた。

「彼らは見張りです。ラファエルがまだ邸の中にいる証拠ですね」

 ガブリエルは宙に白い空洞を生み出した。中から銀色の鎖が何本も飛び出す。鎖は最初に微かな金属音を鳴らし、あとは無音で地上の標的に飛びかかった。

 見張りの天使たちは鎖の接近を察知するどころか体に鎖が巻きついたときはじめて自分たちが攻撃を受けたと気付いたらしい。彼らは抵抗する間もなく全身を鎖でがんじがらめにされた。

「さあ行きましょう」

 ガブリエルが次の行動を急ぐ。天使を捕縛した鎖は多少時間が経つと消えてしまう。その前にラファエルと会って彼を説得しなければいけないのだ。

「見張りを倒せば焦る必要も無いのに」ウリエルはそう言いたげな顔をしていたが黙っていた。そんな指摘こそ本当に無意味で不要だと悟っているのだろう。たとえ指摘したところでガブリエルが首を縦に振るはずが無いのだから。


 樹流徒たちは邸に近付いた。本来ならば行儀良く玄関からお邪魔するところだが、急を要するので直接バルコニーに降り立つ。ウリエルが蹴破るような勢いでガラス張りの扉を開け放ち、三人はどかどかと建物の中に踏み入った。


 そこはパーティー会場かダンスホールのように広々としていた。物が置かれていないので余計に広く見える。あるのは上品さが漂う青い絨毯のみだった。なのに決して地味な部屋に見えないのは、天井からシャンデリアが吊るされていたり、屋根を支える全ての柱に芸術的な彫刻が施されているためだろう。


 空間の中央には一人の男が佇んでいた。まるで樹流徒たちがバルコニーから入ってくると最初から分かっていたように、窓のほうを向いて柔和な笑みを浮かべている。背丈はウリエルと同じくらいか若干高い。どちらにしても長身である。髪はやや紫がかった金色で瞳の色は青紫。ガブリエルやウリエルと同じく六枚の白い翼を背負い、白と青の衣を身につけていた。

「ラファエル」

 男の名をガブリエルが呼ぶ。

「まさか牢に幽閉された君たちが揃ってここを訪れるとは思っていなかったよ」

 ラファエルは表情と同じ柔らかい調子で答えた。他の天使と違って言葉遣いも砕けている。

「しかしそれ以上に意外だったのは、ニンゲンの子も一緒だったことだ」

 彼の瞳は樹流徒を見るときも変わらず優しかった。ラファエルは人間に対して好意的な天使だと聞いていたが、本当にその通りらしい。


「君はシオリと同じ、主の力を宿したニンゲンだね? 彼女を救いに聖界まで来たのかい?」

「そうだ」

「彼の名はキルト。私たちは彼のおかげで牢から出られたのです」

「なるほど……」

 ラファエルは色々と納得したように頷いた。

「アナタほど聡明な天使ならば、私たちがここに来た理由はすでに察しがついているのではないですか?」

 ガブリエルが問うと

「共にミカエルの計画を止めるため、私の力を借りたいと言うのだろう?」

 さも当然の如くラファエルは言い当てる。

「分かっているならば話は早い。返答を聞かせてもらおうか」

 ウリエルが急き立てた。


 ラファエルは落ち着いた足取りで樹流徒たちの間を通り抜け、窓際に立つ。開きっぱなしになった扉を静かに閉じると、ガラス越しに青い月を見上げて口を開いた。

「正直に言えば私は迷っている。シオリを助けてあげたい気持ちはあるが、ミカエルやメタトロンの気持ちも理解できるからね」

 その答えにウリエルがはっきりと不快の意を示す。

「汝も過去の真実を知った上でそのようなことを言うのか?」

「そうだよ。ミカエルは彼自身のためではなく聖界全体のために動いている。だから私は計画に反対でも力尽くでミカエルの行為を止める気にはなれないんだ」

 とラファエル。ガブリエルも同じことを言っていた。

「ならば汝はどうするつもりだ? ミカエルに手を貸すでもなく、神の復活を止めるでもなく、ただ戦争が終わるのをここで待っているつもりか?」

 半ば責める様な口調でウリエルが問うと、ラファエルは三人を振り返った。その顔は温和な笑みを浮かべたままだが、窓から射す月明かりを背負っているせいか、心なしか暗い陰が射しているように見える。

「もし君たちが目の前に現われなければ、ウリエルが言った通り、私は戦争が終わるまでここを動かなかっただろう」

「……」

「しかし君たちの姿を見て気が変わった。どうやら私も何かを成さなければいけないようだ」

「“何かを成す”とはまた曖昧な答えだな」

「私は迷っていると言ったはずだよ。君たちと共に行くか、あるいは脱獄した君たちを牢に送り返すか、どちらかを選ばなければいけない」

 ラファエルの右腕に緑色の光がまとわりつく。その小さな光の渦に凄まじい威力が凝縮されていると分かった。放てば邸は跡形も無く消し飛ぶだろう。

 ただ威力とは裏腹に殺気がまるでこもっていないので、ラファエルにこちらを攻撃する意思はないと樹流徒には分かった。そのしるしに樹流徒だけでなく、ガブリエルとウリエルも身構えていない。


 ラファエルの手から光の渦が消えた。

「私が君たちの味方になるか、敵になるか。それはキルトの心に決めてもらおう」

 彼は言う。

「俺の心?」

「そう。主の力を受け継いだ君が今までどのような行いをしてきたか、私に見せて欲しい。それによって君の心を測りたいんだ。結果次第で私は君たちと共に行くか否かを選択しよう」

「しかし、俺の行いを確かめると言っても、一体どうやって?」

「簡単だ。私の力で君の記憶を覗かせて貰う」

「ラファエルには他者の記憶を読み取る能力があるのです」

 ガブリエルが補足説明をする。

「ただし君の心が記憶を見せまいと抵抗すれば能力は上手く働かない。どうか私を信じて精神を落ち着かせて欲しい」

「……」

「それとも今までの行いを知られるのは不都合かい?」

「いや」

 魔都生誕以降、樹流徒は自分なりに人として正しい行動を取ってきたつもりだった。知られて不都合なことは一つもない。もし今までの行いがラファエルの目から見て間違いだったと判断されても、樹流徒は自分の過去を決して恥じない自信があった。


「では君の記憶を見せてもらおう」

 ラファエルはそっと腕を伸ばして、樹流徒の額に人差し指の先を当てる。

 たったそれだけで記憶を読み取ってしまったのか。ラファエルは腕を下ろし、少し驚いたような顔で樹流徒を見た。それから目を閉じて少しのあいだ考え込む仕草を見せる。


 次に目を開いたとき、ラファエルの迷いは消えていた。

「記憶を読み取るまでも無かったよ」

 彼は一層優しく笑う。

「もしキルトが心にやましい部分を抱えていれば記憶を読み取られることに多少なりとも抵抗を感じたはずだ。しかし私の能力に対して彼の心は一切抵抗しなかった。今までの自分の行いを正しいと信じているか、たとえ罪や後悔を感じていたとしてもそれを真っ直ぐに受けて止めている証拠だ。同時に心が抵抗しなかったのはキルトが私の言葉を微塵も疑わずに信じてくれた証拠でもある。それだけ分かればもう十分だよ」

「では……」

 ガブリエルが安堵の笑みを浮かべ、ラファエルは頷いた。

「今回の戦争を機に我々は主の庇護から離れて自分たちの足で歩き始めるべきなのかもしれない。きっと主もそれを望んでおられるのだ、と私は信じよう」

 それがラファエルの出した結論だった。

「君たちと共に行こう。主の安らかな眠りを守り、シオリを救出するために」

「ならばもうこのような場所に用は無いな」

 もうすぐ外の見張りが鎖から解放される。

 ラファエルが扉を開け放ち、四人は揃って邸から飛び立った。


 いよいよこれから運命の地、第七天に針路をとる。

 だがその前にラファエルから一つ提案が出た。

「実は第六天にはシオリが幽閉されていた塔がある。そこにもう彼女はいないと思うけど、念のために確認しておいたほうが良いかもしれないね」

 それは多分他の三人というより樹流徒個人に対する提案だった。

 樹流徒は即答を避ける。一刻を争うこの時に無駄足は踏みたくない。だが、万が一にも詩織がその塔にいたらと考えると、立ち寄ってみたい気もした。

 すると逡巡する樹流徒に向かってガブリエルがこんな申し出をする。

「では私が塔の様子を見に行きましょう。もしそこにシオリがいれば私が必ず保護します」

 彼女の厚意を樹流徒はありがたく受けることにした。敵がほとんどいないこの世界ならばガブリエルが単独行動を取っても危険な目にあう危険性は低いだろう。仮に敵の一体や二体と遭遇しても彼女が不覚を取るとは思えない。

「第七天に通じる台座はこの世界に二つ存在する。その片方は今から我々が向かう場所だが、もう片方は幸いにも塔からさほど離れていない場所にある」

 とウリエル。つまり塔にシオリがいないと分かった場合も、ガブリエルはすぐに樹流徒たちの後を追って第七天に向かえるという意味だ。

「では一度ここでお別れですね」

 そう言ってガブリエルは詩織が幽閉されていた塔を目指して一人別行動を開始した。




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