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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
328/359

修羅の仮面



 アブディエルとの一騎打ちを制したウリエルは後続の敵も倒し、さらに町の外側から集まってくる天使の増援部隊にも対応する。

 かたや樹流徒は台座を守る天使たちの頭数を着実に減らしていた。絶えず迫りくる攻撃の雨から逃れつつ逆襲のチャンスが巡ってくれば最大限に活かす。それを繰り返して玉葱の皮を一枚一枚剥ぐように敵の分厚い守りを少しずつ弱体化させていた。

 神のために戦う天使が神の力を受け継ぐ樹流徒に苦戦を強いられ、神の復活を阻もうとする樹流徒が神の力を借りて戦っている。世に数多くの皮肉はあれど、これほど珍妙な例もそう無いだろう。


 樹流徒には広範囲を攻撃する能力が幾つもある。それを学習した天使たちは戦闘開始時よりも味方同士の間合いを遠ざけていた。一度の攻撃で多くの味方がやられないように陣形を広げながら、樹流徒を撃ち落そうと間断なく攻撃を飛ばしてくる。

 樹流徒は並外れた反射神経と瞬発力で相手の激しい攻めをやりすごしつつ、寸隙を突いて反撃に転じた。

 彼の手から爆炎が広がる。紅蓮の炎は数十本の矢に姿を変え、戦場を飛び交う物の中で最も速く宙を疾走した。余りの速さに遠く離れた地上の天使でさえ回避は間に合わない。狭い範囲に密集した炎の矢は天使二体を蜂の巣にし、彼らの足下で短い火柱を上げた。

「あの悪魔は何だ? なぜ魔界の者がガブリエル様やウリエル様と共に戦っている?」

「第一、あの者は悪魔なのか?」

 最初は樹流徒に対してほとんど特別な関心を抱いていなかった天使たちも、今や彼の存在に疑問を抱かずにいられなくなっていた。セラフィムをも凌ぐ樹流徒の戦闘能力に一驚を喫している様子だ。


 一方で、天使には余裕も残っていた。数ではまだこちらが圧倒的に勝っている。たとえ敵が何者だろうと、いつまでもこちらの集中砲火を避け続けられるはずがない。今は運良く被弾を免れているだけ……そうした確信が、天使たちの表情やさりげない挙動から見て取れた。


 そんな彼らの余裕や確信は、樹流徒の神がかり的な回避が運の力によるものではないと明らかになった頃にはすっかり失せていた。

 攻撃が当たらないだけではない。圧倒的な火力を誇る樹流徒の反撃を受けて、台座を守護していた天使の数は最初の六、七割程度にまで減少している。さらに数体の強力な悪魔も町の中心部に入り込んでおり、天使はそちらにも戦力を割かなければいけなかった。いよいよ彼らも自分たちが優位という認識を捨てざるを得ない状況である。


 いつしか聖界の戦士たちは無言になり、敵の大将首でも狙うように躍起になって樹流徒へ攻撃を集中させていた。

 だが樹流徒には命中しない。彼には敵の攻撃が全て見えていた。どちらへ、どのタイミングで、どれだけの距離を動けば被弾せずに済むか。次の攻撃が飛んでくるまでに反撃が可能か否か。全てを直感的に把握できた。


 樹流徒の体に走る光の線が濃い赤へと変わる。背中に六つの孔が開き数十の火球が放出された。火球は紫色に点滅しながら磁力線のような軌跡を描いて大地に降り注ぐ。

 天使たちは攻撃の予想落下地点から逃れると、素早い反撃に移ろうとした。樹流徒が発射した火球には追尾性能が備わっていることを彼らは知らないのだ。

 雨の如く降り注いだ数十の火球は地表スレスレで停止すると四方八方へ飛び散り、攻撃を回避したと思い込んでいる敵を数体葬った。味方の数が減り、またひとつ天使たちから余裕が失われる。

「我々に敗北は無い。我らは主のご加護を受けているのだ。主は生きておられる。今も第七天から我らの戦いをご覧になっているはずだ……」

 自己暗示でも唱えるように天使の一体が呟いていた。


 樹流徒は台座周辺の天使と交戦中。ウリエルは天使の増援に対応している。

 ではガブリエルはというと、彼女はいま、樹流徒たちから相当離れた場所で別の敵に捕まっていた。


 漆黒の羽根が大樹の枝いっぱいに実った葉のように広がり、ガブリエルの周囲を旋回している。その正体は竜と見紛うほど立派な体躯を持つカラスだった。魔界の住人である事は一目瞭然である。

 常にガブリエルから三十メートルほど距離を保って旋回する巨大カラスは、いっぱいに広げた嘴の間から大きな炎の塊を連続で吐き出す。その攻撃方法もこの悪魔を竜の如き生物に見せている要因だった。


 ガブリエルは遠目から飛来する炎をかわしながら相手への説得を試みる。

「やめてください“ストラス”。私の行動目的はアナタたちと同じです」

 彼女は天使だけでなく悪魔とも極力交戦したくないようだ。その性格ゆえに先刻ウリエルから「甘い」と警告を与えられていたが、たとえ何を言われても彼女は自分の戦い方を変えるつもりはないらしい。


 ストラスと呼ばれた巨大カラスはガブリエルの説得に応じず攻撃を続ける。相手が反撃しないのを良い事に好き勝手炎の塊を吐き出していた。ただしその攻撃にはさほど激しさが無い。もしかするとストラスはガブリエルを攻撃しつつも、内心では彼女の声に耳を傾けるべきか迷っているのかもしれない。

 その気配をガブリエルも感じ取っているのだろう。彼女は説得を諦めず、ストラスに対して一切反撃しなかった。鎖や光の弓で体の自由を奪おうともしない。「私たちが争い合う必要は無い」と、ひたすら相手に言葉を投げ続けた。


 そうしている内、ストラスの行動に変化が起こる。彼はガブリエルの心を試そうとするように、突如本気の攻撃を見せた。ひたすら単純な遠距離攻撃を繰り返すこれまでの攻撃方法を捨てて接近戦を仕掛けたのである。旋回を続けていた漆黒の翼が空気を叩いて向きを変え、槍の穂先よりも鋭利な爪がガブリエルに襲い掛かった


 純粋に一対一で戦っていれば、ガブリエルはストラスの急襲を余裕でかわせただろう。しかし運悪く彼女が逃れようとした方向に戦闘の流れ弾が割り込んできた。ガブリエルは咄嗟に方向転換して被弾を免れたが、その後に飛んできたストラスの攻撃までは回避できない。


 シャッと衣の袖と皮膚が引き裂かれる音がした。怪鳥の爪がガブリエルの腕を(えぐ)って通り過ぎてゆく。大なり小なり痛みを感じたのだろう、ガブリエルは唇を強く結んで腕を押さえた。

 もし彼女が人間であれば、指の隙間から血が滴ったに違いない。しかし彼女の手から溢れたのは鮮血ではなく柔らかい白光だった。

 光はわずか数秒で収まったが、そのときにはガブリエルの腕に刻まれていた傷跡がすっかり消えていた。ついでに引き裂かれた袖までもが元の状態を取り戻している。体の傷も服の損傷も修復してしまう驚異的な再生能力だ。


「私の話を聞いてください、ストラス」

 痛みを受けてもガブリエルは敵意の欠片も無い澄んだ瞳で説得を繰り返す。それが最終的に必ずしも相手に通じるとは限らないが、ストラスには通じるというという確信がガブリエルにはあったのだろう。もしストラスが話の通じない相手ならば、彼女は最初から相手の行動を封じて戦闘を終わらせていたはずである。


 粘りの説得はやがて実を結んだ。ガブリエルが声を掛け続けた結果、ストラスが初めて会話に応じる。

「ガブリエルよ。アナタは我々と同じ目的で行動していると言ったが、その目的が何かをアナタは知っているのか?」

「主の復活を止めること、ではないのですか?」

「……」

 ガブリエルがそれを知っていたことが意外だったのだろう。ストラスは一瞬言葉を失う。

 しかし彼はすぐに次の疑問を唱えた。

「アナタほど神を愛する天使は聖界にもそういないはずだ。そのアナタが、なぜ我々と共に神の復活を阻もうとする?」

「それは――」

 樹流徒と同じ疑問を口にしたストラスに対し、ガブリエルはやはり同じ答えを返した。神の復活に利用されようとしている人間の少女を救いたいという願い。そして神は己の復活など望んでおらず、彼を復活させることは却って神の意思に背く行為になるだろう、という確信めいた憶測。それを相手に伝えた。


 ガブリエルの答えを聞いて、ストラスは考えを改める。

「分かった。ならば私はアナタの言葉が真実か否か確かめさせてもらおう。それまではアナタの言葉を信じておく」

 彼は攻撃目標をガブリエルから他に変更した。丁度こちらに近付いてくる天使に狙いを定めて口から火の玉を連射する。火球の直撃を浴びた天使は爆発の衝撃で吹き飛び、流れ星となって落下した。そして地上の神殿に激突し屋根に大穴を開ける。

「ありがとうございます」

 説得に応じてくれたストラスに礼を言うと、ガブリエルはすぐに身を翻した。樹流徒の援護に回ろうとしたのだろう。ただ彼女が空中に視線をさまよわせても樹流徒の姿はどこにも無い。


 樹流徒はすでに地上へ降り立っていた。台座を守る天使の数が残り五十を切ったと見て、彼は一気に勝負を決めるため敵陣の中心に突撃したのである。


 緑の光を体に宿し蜘蛛人間と化した樹流徒は背中から生えた六本の触手を手足のように扱う。触手の一本が天使を捕らえ、別の一本は先端から生えた爪で敵の体を貫いた。

 その隙に数体の天使が樹流徒を取り囲む。彼らは突き出した手から一斉に白銀の閃光を放った。樹流徒の全身は眩い輝きの中に飲み込まれる。

 初めて攻撃が命中して天使の中から口元に微笑を浮かべる者が現れた。目に安堵の光を浮かべている者もいる。樹流徒を仕留めたと確信したのかもしれない。

 そんな彼らの期待や予想を全て裏切って、閃光の中から現われたのは燃え尽きた触手と鋼の肉体に変身した無傷の樹流徒だった。


 樹流徒の上半身から何十本もの針が飛び出す。針は周囲に飛び散って敵を追尾し、天使を三体しとめた。その一撃で敵が怯んだ隙に、樹流徒の体に走る光は緑から青に変色。尋常ではない瞬発力を手に入れた彼は両手にドリルを装着して敵に接近する。天使の手から飛んできた光の弾丸をかいくぐり、懐に飛び込んでドリルの片方を標的の腹に突き刺した。さらに振り向きざまもう片方のドリルを腕から射出して遠くの敵を射抜く。次の刹那飛んできた矢を跳躍してかわすと、口から石化の白煙を吹いて周囲に煙幕を張り自身の姿を隠した。すぐさまダミーを三体を生んで樹流徒本人も含め四方へ散る。


 ダミーが敵の注意を引き付けている内に本物の樹流徒は両腕を触手に変え、正面に立つ天使の両腕に巻きつけた。対ベルゼブブ戦を境に樹流徒のあらゆる能力は強化されており、フォルネウスの触手も例外ではない。触手は強烈な電撃を放って捕らえた敵の全身を痺れさせた。

 樹流徒は行動不能になった天使の横を素通りして、その奥にいる別の天使を炎の爪でしとめる。続けざま遠くの天使に向かって空気弾を放った。以前までの空気弾は射程距離が極端に短いのが弱点だったが、それも今となっては克服されている。ほぼ無色透明の弾丸は離れた敵まで届き、天使の体内で瞬時に膨張して爆発した。おそらく天使は死に至るまでほとんど痛みを感じる暇すら無かっただろう。


 石化の白煙が晴れて全てのダミーが始末された頃には樹流徒の体が濃い赤を灯す。彼の手に小さな黒い光の粒が集まり、重なって巨大な球体に成長した。その攻撃に対抗しようと二体の天使が並び立って樹流徒に手を向ける。

 樹流徒と天使二体が三者同時に閃光を放った。樹流徒が放った黒い閃光は、敵の手から広がった白銀の閃光をかき消し、その先にいた天使たちの全身をも飲み込んで跡形も無く消し去る。

 まだ終わりではない。攻撃中、樹流徒は自身の周囲に七つの光を浮かべていた。黒い閃光が消滅したと同時、青白い輝きが一斉に膨張し光の柱となって樹流徒を中心に様々な方向へ飛び散る。その射線上にいた者は全て物言わぬ氷像と化した。

 残った天使たちも樹流徒に傷一つつけられないまま儚く命を散らせてゆく。


 修羅の如き強さと戦いぶりだった。傍目には樹流徒が機械的に次々と天使を殺めているように見えただろう。見る者によっては戦場で躍動する彼の肉体は殺戮を楽しんでいるようにさえ感じたかもしれない。

 そうした外面とは裏腹に、樹流徒は淡々とした仮面の奥でめまいを起こしそうな気分に駆られていた。もし天使たちがこちらの説得に応じてくれたら誰も好きこのんでこんな戦いなどしていない。あと少しでこの戦争が終わると信じることだけが、樹流徒の希望だった。


 上空のガブリエルは何か言いたそうな表情で地上の樹流徒を見つめている。彼女から少し離れた場所では、つい今しがた付近の天使を全滅させたウリエルが地上の様子を確認して眉根を寄せていた。




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