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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
326/359

人類誕生秘話



 突如頭の中で響いた謎の声……ガブリエルが話しかけてきたときと同じ現象だ。

 ただし今度は彼女のように優しく穏やかな声ではない。威厳のある、どこか攻撃的な男の声だった。


 不意に呼び止められた樹流徒は、出口に向かって踏み出しかけた足をその場に留める。

「どうしました?」

 ガブリエルが不思議そうな目で樹流徒を見た。彼女には今の声が聞こえなかったらしい。

「また誰かが俺の頭に直接話しかけてきたんだ」

 答えながら樹流徒は辺りを見回す。牢獄に閉じ込められている誰かが声をかけてきたのだろうか。一体誰が?


 するとまた頭の中で声がした。男の声が、今度は少し意外な言葉を投げてくる。

『ニンゲンよ。いますぐ聖界から去れ』

 その口調にはハッキリと拒絶の色が現れていた。ガブリエルとはまるで正反対の言葉に、樹流徒は軽く眉をひそめる。

「声の主はウリエルかもしれませんね。この牢獄に閉じ込められた状態で外に思念を送れる者は、私と彼くらいしかいませんから」

 ガブリエルが言った。

「ウリエルはどこにいる?」

「たしかあちらだったと思います。ご案内しましょうか?」

「頼む」

 出口はもう目の前だったが、二人は踵を返してウリエルが捕まっている檻を探すことにした。


 少し足早に歩いていると、やがて通路の真ん中でガブリエルが急に立ち止まる。

 彼女は後ろの樹流徒を振り返って

「いました。彼がウリエルです」

 言ってから、傍に佇む檻へと視線を移した。

 樹流徒も彼女の視線を追う。


 その天使は試験管の中で、やはり他の天使たちと同じ状態になっていた。

 やや赤みがかった金髪を背中まで伸ばした男だ。人間で言えば外見は二十歳過ぎ。背丈は二メートル近くある。ミカエルやガブリエルと同じく青と白の衣に身を包み、六枚の翼を生やしていた。


 この天使がウリエル。聖界で反乱を起こした天使。

 樹流徒はウリエルの正面に立ち、そして問う。

「さっき俺に語りかけてきたのはお前か?」

『もう一度言う。呪われた力を持つニンゲンの子よ。今すぐに聖界から立ち去れ』

 男の声は是とも否とも答えず、ただ「去れ」と繰り返した。


「声の主は何と言っているのですか?」

「聖界から出て行けと俺に警告している」

「では、やはりウリエルですね」

 ガブリエルは断言した。

 樹流徒はガラス越しに浮かぶウリエルの顔を見上げる。

「俺は仲間を助けに来た。だから聖界を去るわけにはいかない」

 断固として引かない意思を相手に伝えた。


 数秒の沈黙が続いた後、ウリエルから答えが返ってくる。

『愚かなニンゲンの子よ。オマエは事の重大さをまるで分かっていない』

「それは、どういう意味だ?」

『オマエは呪われた力を受け継いでいる。もしオマエがミカエルの手に渡れば、神の復活がより完全なものになるだろう。それだけは何としても避けなければいけないのだ』

 なるほど。たしかに樹流徒が神の遺骸に近付くのは危険な行為だった。ミカエルは樹流徒を捕らえ、詩織と同じように儀式の生贄として利用しようとするだろう。その結果、神が本来に近い力を取り戻すかもしれない、とウリエルは危惧しているのだ。


 彼の言い分は樹流徒にも十分理解できた。ただ、理解できるのと納得できるのは別である。

「たとえ何を言われても聖界から出て行くつもりなはい。俺は決して儀式の生贄にはならないし、伊佐木さんも利用させない」

 樹流徒は一段と強い調子で言った。

 負けじとウリエルも語調を強める。

『吠えるなニンゲン。オマエがここまでたどり着けたのはオマエ自身の力ではなく、その体に宿る呪われし力のおかげだという事実を忘れるな』

「……」

『ニンゲンとは相変わらず不快な生き物だ。身も心も脆弱でありながら分をわきまえようとしない。己自身の力と、ニンゲンという種族の可能性を過大に評価し、決して不可能なことでも可能と口にする。その結果、自分の首を絞めるばかりか他の種族までをも危険にさらすのだ。たとえば今のオマエのように……』

「……」

『だが私はそんな下等種族であるニンゲンに嫉妬している。神はニンゲンを愛していた。我々天使は今までずっとあの者に仕えてきたのに、振り返りきれないほど長い時間を捧げてきたのに……神が最も愛したのは我々天使ではなく、オマエたちニンゲンだった。そのしるしに神の力と命の欠片を、オマエのようなニンゲンが受け継いでいる』

「神はなぜ俺たちにこの力を与えたんだ?」

 樹流徒が尋ねると、ウリエルの口調はさらに激しさを増す。

『オマエたちニンゲンは、自分たちが何故それほどまで神に愛されているかも知らない。自分たちが何者かも知らない。それが余計に私を不快にさせる』

 彼の口ぶりからして、どうやら人間と神の間には何か特別な繋がりがあるらしい。

 ガブリエルが樹流徒の隣で呟く。

「実は、主とニンゲンは切っても切れない関係にあるのです」

「切っても切れない関係?」

『そうだ。聞くが良いニンゲンよ。オマエたちこそ、この世で唯一神の子として生み出された種族なのだ』

「人間が……神の子?」

 つまり人間は光の者によって生み出された存在という意味である。

『そう。この宇宙にはあまたの生命が存在しているが、それらのほぼ全ては無限の星々が生み出した生命に過ぎない。そして我々天使と悪魔は、深遠なる闇を纏う者(闇の者)より生み出されし存在だ』

「ならば人間は……」

『ニンゲンは、聖なる光を放つ者(光の者)が己の遺伝子を地球の生物に組み込んだ結果生まれた種族なのだ』

 だとすれば人類には神の遺伝子が宿っているということになる。

 ウリエルが明かした事実は、まさに青天の霹靂だった。


『ニンゲンとは本来この世に現れなかったはずの生物だ。かつて地球上には全ての霊長類の元となる生物が生息しており、ある者はテナガザルに、ある者はオランウータンに、ある者はゴリラ、またある者はチンパンジーになるなど、枝分かれの進化を見せた。しかしその生物は本来ニンゲンには進化しないはずだったのだ。そこへ神が遺伝子を与え新たな突然変異を起こさせたことで、進化の枝分かれに“ヒト”という新たな分岐が出現した。ゆえにオマエたちニンゲンは、間接的とはいえ神が自ら生み出した存在なのだ』

「それじゃあ、神が俺たちに力を与えた理由は……」

 なぜ光の者が自分たちに力を与えたのか、樹流徒は疑問に感じていた。ルシファーでさえもその答えは知らなかった。

 しかしその疑問がいま氷解した。ニンゲンは光の者にとってこの世で唯一「己の子」と呼べる存在だったのだ。だから光の者はニンゲンに力を与えた。それがNBW事件の正体だったのである。


 予想外の話に内心驚いている樹流徒に向かって、ウリエルはもう一つ意外な言葉を投げてくる。

『蛮勇を振るうニンゲンの子よ。オマエがどうしても第七天に向かうと言い張るならば、この私は恥辱に堪えてオマエに一つ頼みがある』

「頼み? 何だ?」

『私をここから出し、オマエと共に連れて行け。ミカエルにオマエの力を利用させるわけにはいかない』

 それはかなり好意的に解釈すれば、ウリエルが樹流徒の身を守ってくれるという提案に違いなかった。 言葉の違いこそあるものの、依頼の内容はほとんどガブリエルと同じである。


『ただし断っておくが、私はオマエの命も、オマエの仲間も、救おうなどとは微塵も思っていない。救うどころか、もしオマエたちの命を奪うことで神の復活を阻止できると判明すれば、迷わずそれを実行に移させてもらう。あくまで私が守護するのはオマエではなく、オマエが宿す神の力ということを忘れるな』

「……」

『それを知らせた上で尚、私をこの牢獄から解放しろと、私はオマエに要求する』

 神の復活を阻止したいという一点において、樹流徒とウリエルの思惑は一致していた。

 ウリエルはニンゲンの存在を疎み、樹流徒や詩織の命など何とも思っていないのだろう。下手すれば樹流徒たちの敵にもなりかねない存在である。そのような危険極まりない天使を果たして野に放して良いのか?


 樹流徒はほとんど迷わなかった。敢えて今回は深く考えず、自分の直感を信じようと決めた。

「ガブリエル。檻を開く合言葉を教えてくれ」

 言いながら、樹流徒はウリエルが閉じ込められたクリアボディの檻に手を触れる。

「ウリエルを外に出すのですか?」

 ガブリエルの問いに樹流徒は無言で首肯した。

『後悔しても知らないぞ』

 ウリエルは少し笑ったような気がした。


 ガブリエルが牢を開く合言葉を教え、樹流徒が唱える。

 先ほどガブリエルを助けたときと全く同じ現象が起こって、ウリエルを拘束する鎖と檻が消滅した。


 ウリエルの目が開く。彼は濃い青の瞳を持っていた。その瞳が樹流徒を見下ろす。美しい輝きの奥にはウリエル自身が打ち明けた通り、彼の人間に対する嫌悪と嫉妬の感情がありありと浮かんでいた。

「ウリエル……」

 険悪な雰囲気を感じてか、ガブリエルが幾分心配そうに声を掛ける。

 逆に彼女の懸念をウリエルは察したようで

「分かっている。今このニンゲンと争うつもりはない」

 そう答えた。


 ウリエルはゆっくりと周囲を眺める。通路にズラリと並ぶ檻には彼の仲間たちが閉じ込めれていた。全員が眉一つ動かさず、海中を漂う死体のように宙を浮いている。その姿を見つめるウリエルの眼差しは、樹流徒を見下ろしたときの目とは打って変わって優しく、少し悲しそうだった。

「彼らも檻から出しますか?」

 ガブリエルが問うと

「必要無い」

 ウリエルは即座に否定した。

「いまの状況を考えれば、ここに捕まっていたほうが安全だ。私が起こした反乱のために多くの仲間が命を落とした。これ以上彼らを巻き込めない」

「たしかに牢獄はある意味安全な場所ですからね。檻を開く合言葉を知らなければ、たとえ悪魔でもこの牢を破ることはできないでしょう」

 ガブリエルは得心顔で檻の一つをジッと見つめた。


 これ以上仲間について触れて欲しくないのか、ウリエルは話題を変える。 

「それより、今ラファエルはどこにいる?」

「ラファエル?」

 初めて聞く名に樹流徒が反応すると、ガブリエルが答える。

「ラファエルは、私やウリエルと同じセラフィムです。彼はいま第六天のとある(・・・)場所に軟禁されているはずです」

「軟禁とはまた穏やかじゃないな」

「ラファエルもミカエルの計画に反対したのです。でも彼は私ほど強く反発したわけではありませんでしたので、牢獄には入らず済みました」

「ガブリエル以外にもミカエルの計画に反対した天使がいたのか……」

「ラファエルはニンゲンに対してとても好意的です。ですからキルトがお会いすれば、彼も力を貸して下さるかもしれません」

「ならば早々に第六天へ向かうとしよう。悪魔の侵攻が始まった今、ミカエルは復活の儀式を急いでいるはずだ」

 そのやり取りを最後に三人は無言で歩き出し、エレベーターに乗って地下牢から外に出た。




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