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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
324/359

ガブリエルの導き



「ガブリエル……まさか天使か?」

 樹流徒は相手の正体を名前から推測する。ミカエルやウリエルなど、天使の名前は末尾に「エル」がつくイメージがある。だからこのガブリエル(・・)と名乗る女も天使かもしれない。そう単純に考えたのである。言ってしまえば、ほとんどタダの勘だ。


 根拠が乏しいその憶測は、しかし的中していた。樹流徒は知らない事実だが、名前の後ろに「エル」がつく天使は多い。第一天で台座を守護しているハダルニエルもその一例だ。


 「エル」には「神」の意味があるという。そのためミカエルの名には「“神”の如き者は誰か」という意味があるし、ウリエルの名にも「“神”の炎」もしくは「“神”は我が光」という意味が込められている。

 ガブリエルもまたその名に神の意味を含む天使の一人だった。

『アナタの言う通り、私は天使です。“セラフィム”という階級に属しています』

 そう彼女は答える。

 樹流徒は反応に窮した。いきなり天使から襲われることはあっても、話し掛けられることは無いと思っていたのである。完全に予期せぬ出来事だった。


 初めて声を聞いた相手なのに、このガブリエルという天使は不思議と敵には思えなかった。ただ、未だかつて樹流徒に対し友好的な態度を取った天使は一人もいない。それだけに油断はできなかった。相手の姿が見えないという不気味さも手伝って、樹流徒はガブリエルに対し多少の警戒心を抱かずにはいられない。


 そんな彼の心中を察してか、ガブリエルは元々穏やかだった口調をさらに柔らかくする。

『すでにご承知かと思いますが、私はいまアナタの頭に直接語りかけています。できれば直接会ってお話をしたいのですが、残念ながらそれが叶わない状況なのです。ですから顔をお見せできない無礼はお許し下さい』

 彼女の上品な物腰は、樹流徒の警戒心を若干ではあるが取り除いた。

 樹流徒は努めて普段通りの口調で尋ねる。

「直接会えない状況とはどういう意味だ? いや。それよりも天使が俺に何の用だ?」

『それをお答えする前に、アナタの名を聞かせて頂いてもよろしいですか?』

「樹流徒だ」

『ではキルト。アナタへの用件をお伝えしましょう。些か唐突であり勝手ながら、実はアナタに一つお願いがあるのです』

 天使ガブリエルはそのような事を言い出す。

「お願い?」

『はい。実は、私はこの町の外れにある地下牢獄に閉じ込められているのです。そこから私を出して頂けませんか?』

 何かと思えば妙な依頼だった。

 いまガブリエルは牢に入っているのだという。道理で、樹流徒の前に姿を現せないはずである。


 しかし何故、彼女は牢獄に閉じ込めれているのか? 樹流徒は訝しむ。

 もしやガブリエルはウリエルの仲間なのだろうか。聖界で反乱を起こしたウリエルの味方だとすれば、彼女が牢に入っているのも納得がいく。

 それについて尋ねてみると、ガブリエルから予想外の答えが返ってきた。

『いいえ。私はウリエルの反逆行為には加担していません。私が牢獄に幽閉されたのは、ミカエルの計画に反対したためです』

 ミカエルという名前が飛び出して、樹流徒の表情は自然と険しくなった。

「ミカエルの計画というのは、神を蘇らせる儀式のことか?」

『まあ。それをご存知でしたか』

 ガブリエルは少し驚いたように言う。

「俺だけじゃない。もう全ての悪魔が知っている」

 ルシファーが過去の記憶を取り戻し、復活したことで、魔界中の悪魔が様々な真実を知ることになった。神がこの世にいないことも彼らは理解している。

『そうなのですか。では、悪魔が聖界に攻めてきたのは、天使に復帰するためではなく、(しゅ)の復活を阻止するためなのですね』

 ガブリエルの声が微かに震えているように聞こえた。

 樹流徒がもたらした情報は、彼女にかなりの衝撃を与えたようだ。よもや全ての悪魔がミカエルの計画について把握しているなど、ガブリエルは想像していなかったのだろう。


 一方、樹流徒もガブリエルに対してかなり意外に感じていることがあった。

「お前はミカエルの計画に反対したため牢に閉じ込められたと言ったな?」

『はい。そうです』

「天使でありながら、なぜ計画に反対したんだ?」

 その理由が樹流徒には想像できなかった。神の復活に反対する理由がガブリエルにあるというのか?


 するとガブリエルは、その質問を待っていたとばかりに即答する。

『私は最初、あの計画に反対しませんでした。むしろ賛成していたのです』

「そうなのか? じゃあ、なぜ心変わりしたんだ?」

『復活の儀式にニンゲンの少女が利用されることを知ったからです』

「人間の少女……」

 ドクン、と、存在しないはずの心臓が軽く跳ねた気がした。ニンゲンの少女とは、きっと詩織のことだ。やはり彼女は聖界にいるのである。樹流徒の中でほぼ間違いないと思っていたことが、完全なる確信へと変わった。


『儀式を成功させるには、主の力を受け継いだニンゲンを生け贄に捧げる必要があります。それを知った私は、ミカエルたちの計画に異を唱え、さらにシオリを聖界から逃がそうとしました。結果、反逆者とみなされ、牢獄に閉じ込められたのです』

「つまり、お前は伊佐木さんを助けようとして捕まったのか」

 甚だ意外だった。まさか天使の中で、詩織のためにそのような行動を起こしてくれる者がいるとは、思ってもみなかった。

『残念ながらシオリを逃がすことは叶いませんでした。彼女の元に向かう途中で私は捕まってしまいましたから』

 ガブリエルが少し申し訳なさそうに言う。

 この話が本当ならば、樹流徒は何とかしてガブリエルを救出したかった。人間に味方してくれた天使を牢獄に閉じ込めたままにしておくわけにはいかない。

『儀式が行なわれる前に、シオリを救い出さなければいけません。アナタもそのために聖界を訪れたのではないですか?』

「ああ、そうだ」

『私も牢を出たらキルトを手伝います。そのために、こうしてアナタに声を掛けたのですから』

 至極当然のようにガブリエルは言う。


 冷静に考えれば、これは罠かもしれなかった。いざガブリエルの救出に向かってみれば、いつの間にか待ち伏せしていた天使の群れに囲まれていた……などという状況に陥らないとも限らない。

 ただ、樹流徒はガブリエルの言葉が嘘とは思いたくなかったし、罠にしてはやり方があからさまで回りくどいと感じた。樹流徒の身柄を押さえようという魂胆が天使にあるならば、もう少し巧妙な手段か、単純だとしても強引な手を使って、それを実行するはずだ。

 感情で()しても、理屈で推しても、ガブリエルは真実のみを語っているような気がした。


 彼女を救出しよう、と樹流徒は決断する。

「これからそちらに向かう。地下牢獄がある方角を教えてくれ」

 言うと、ガブリエルは心なしか安堵したような吐息を漏らした。

『私の話を信じてくださるのですね。ありがとうございます』

 彼女は礼を述べてから、樹流徒の質問に答える。

『地下牢獄は北の町外れにあります。なるべく安全にそこまでたどり着けるように私が誘導しますから、それに従ってキルトは移動してください』

「分かった」

『ただし一度か二度は戦闘に巻き込まれるかもしれませんので、予め覚悟はしておいてくださいね』

「この厳戒態勢だから、やむを得ないな」

 町に侵入した悪魔と交戦している天使のほかに、辺りをうろついている天使が大勢いる。ガブリエルが捕まっている地下牢獄までかなり距離がありそうだから、監視の目を全てかいくぐって彼女の元にたどり着くのは難しいだろう。町に侵入する悪魔の数が増えれば戦乱に乗じてこっそり移動するのも可能だが、そのような期待を持つ気にはなれなかった。


 そうこうしている内に、敵の影が近付いてくる。辺りを巡回している三体の天使が、それぞれ手分けして神殿の中を一つ一つ確認していた。彼らはかなりの早さで樹流徒がいる神殿に迫ってくる。

 樹流徒は透明化の能力を使用して、ひとまずこの場をやり過ごすことにした。


 間もなく樹流徒がいる神殿に一体の天使が飛び込んでくる。若い女の姿をしたその天使は、神殿の真ん中で停止すると周囲を見回した。そして柱の陰に誰の姿も見えないことを確認すると、隣の神殿目指してすぐに飛び出していった。どうやら今回も発見されずに済んだようだ。


『キルトは不完全ながら主の力を扱えるのですね。この世界までたどり着けたのもうなずけます』

「だが、透明化能力の持続時間は短い。連続使用もできないから、この先はあまり頼れないぞ」

『今ならば外へ出ても見つかりません。壁伝いに移動しながら三つ先の建物の柱に隠れて下さい』

「よし」

 道案内をしてくれるというガブリエルの指示に従って、樹流徒は動いた。

 柱の隙間から素早く飛び出して、外へ出る。壁伝い(神殿には壁が無く柱が外壁の役割を担っているので、正確には壁伝いではなく“柱伝い”と言うべきだろうか)に走り、三つ先の神殿へ駆け込んだ。その途中、透明化の効力が切れてしまったが、ガブリエルの言葉通り敵に見つからずに済んだ。


『左手に見える建物の柱に隠れて下さい。急いで』

 次の指示が頭の中で響く。

 樹流徒は再びガブリエルの言葉に従って動いた。

 無事、指定された場所に隠れると、直前まで樹流徒が潜んでいた神殿の中を、二体の天使が床を這うような低空飛行で通り過ぎて行った。もしガブリエルの言う通り動いていなければ見つかっていただろう。

『どうです? 少しはお役に立てそうですか?』

 ガブリエルは明るい声音で控え目な台詞を言った。


 その後も樹流徒はガブリエルの声に導かれるまま、先へ先へと進んで行った。地下牢獄の入り口は町の北側にあるが、樹流徒が侵入したのは南側らしい。つまり樹流徒はガブリエルと会うために、この広大な町を縦断する必要があった。しかも大勢の天使が固まっている町の中心部は迂回しなければいけない。


 物陰から物陰へ移って、少しずつ慎重に先を目指す。その最中、わずかではあるが周囲の様子に変化が起こり始めていた。先刻よりも辺りが騒がしくなっている。町に侵入した悪魔の数が若干増えたのだろう。

 軽い追い風が吹いたのかもしれない。悪魔の数が増えて戦闘が激化すれば、町中を巡回している天使たちも応戦を余儀なくされる。言い換えれば、悪魔がより多くの天使を引き付けてくれるのだ。その分監視の力は弱くなり、樹流徒は移動しやすくなる。もっとも、樹流徒の行く手で戦闘が勃発すれば、逆に天使から見つかりやすくなる恐れもあった。有利になりつつあるとはいえ、予断を許さない状況である。


 しかしそんな緊迫した空気を嘲笑うように、樹流徒は天使の目をことごとく避けて前進を続けた。ガブリエルの案内が的確だったのと、運の良さ、そして悪魔の増加という要素が重なったおかげである。


 ほとんど夢中になって歩いていると、いつの間にか地面は花びらに埋め尽くされていた。目的地の町外れに到着したのである。

 七色に染まった大地は改めて見ても幻想的ではあるが、作り物のような美しさを感じた。花びらはどれも異様に鮮やかな色彩を浮かべている。白銀の陽光が強い輝きを放っている事も相まって、ずっと眺めていると目がチカチカしそうだった。

 付近には背の高い木々が数本ずつ固まっている。樹流徒はひとまずそこに隠れる事にした。一番近い木の真下まで走り、急いで枝に飛び乗って葉陰に身を隠す。

 近くに天使の姿は無かった。戦闘も全て離れた場所で発生している。


『少しだけ顔を右に向けて、遠くを見てください』

 ガブリエルの声がした。ここに来るまでの道案内がとても優秀だったので、樹流徒はもうすっかり彼女の指示を信用していた。

 今回も言われた通りにすると、広大な七色の地面に一つだけ異物が紛れ込んでいるのを発見する。

 その正体は、高さ三メートルほどある長方形の箱だった。白い金属製の箱で、はたして建物と呼んで良いのか、扉の無い大きな入り口が一つと、その向こうに狭い床があるだけだ。中は無人で、誰かが出入りしている様子も無い。まるでドアが開きっぱなしのエレベーターが佇んでいるようだった。


 エレベーターのようだ、というその比喩は、あながちただの比喩でもないらしい。

 木陰に潜み目を凝らす樹流徒の視界で、建造物の内部に変化が起こった。一見何の仕掛けもなさそうな床がいきなり下降を始めたのである。


 地下に向かってゆっくり下がっていった床は、少しすると同じ速度で上に戻ってきた。そこには二体の天使が乗っている。地中から現れた彼らは、建造物から出ると町の中央に向かって羽ばたいて行った。

 どうやら前方に佇む謎の箱は、地上と地下とを繋ぐ、まさにエレベーターらしい。エレベーターを使って降りた先に、ガブリエルが捕まっている地下牢獄があるのだろう。


『あの四角い箱の中に入ってください』

 ガブリエルの声がする。

 樹流徒は黙諾した。遠くの空を仰げば、エレベーターの真上に二体の天使がいる。彼らは多分門番だろう。エレベーターを出入りする者たちを見張っているのだ。

 通常、彼らの目を盗むのは不可能だった。何しろエレベーターの周りには隠れる場所が一つもない。どれだけ速く走っても、エレベーターに近付けば確実に上空の天使に見付かってしまう。


 それでも樹流徒にはあの能力があった。この世界に来てから頻繁に使用している透明化能力である。

 彼は自分の姿を消すと葉陰から踊り出し、エレベーターに向かって突っ走った。上空の天使は何も気付かない。透明化の効果が切れる前に、樹流徒は難なくエレベータに駆け込んだ。


 中に入るとすぐに周囲へ視線を走らせる。壁や天井を確認しても、エレベーターを起動させるボタンやスイッチらしき物はどこにも見当たらなかった。

『このキカイは合言葉を唱えなければ動きません』

 とガブリエル。

「合言葉? そんなの知らないぞ」

『大丈夫です。今から私が言う言葉を復唱してください』

 そう言って、ガブリエルは十文字にも満たない謎の文字列を樹流徒に教えた。

 それを樹流徒が口にすると、カタンと何かが外れたような小さな音がして、足場が静かに沈み始める。エレベーターが起動したのだ。


 樹流徒を乗せた床は、宙を浮いてゆっくりと下降してゆく。このエレベーターは、光の者が天使に造らせた物だろうか。憤怒地獄の火山内部で乗ったエレベーターと同じような技術が使われているように見える。そういえば魔界と聖界のロストテクノロジーには幾つか共通点が見られた。聖界の転送装置は忘却の大樹に置かれていた台座と似ている。第四天で見かけた円すい型の装置も、電気回路のような線が走っており、魔界血管付近で見た物と良く似ていた。


 そんな事を考えている内、樹流徒の目に青白い光が差し込んできて、床が停止した。


 いささか意外な光景を、樹流徒は目の当たりにする。三十段ほどの階段を降りた先に広大な地下空間が横たわっていた。面積は地上の町よりもひと回り狭いくらいだろうか。碁盤目模様の通路が走り、何枚も連なった四角いタイルが入り口から奥へ向かって順番に青白い光を点滅させていた。

 その光る通路に沿って、ガラスのように透明な物質で造られた円柱の物体が幾つも並んでいる。培養試験管を巨大化させたような物体である。


 巨大試験管の中には天使か一体から三体ずつ閉じ込めれられていた。彼らは光の鎖に全身を縛られて宙を浮いている。表情は一様に穏やかで、皆、静かに瞳を閉じていた。眠っているように見えるし、もし彼らが人間であれば死んでいるようにも見える。

 生気も殺伐とした雰囲気も無く、この地下牢獄はただひたすら静かだった。牢獄と言うより冬眠施設と呼んだほうがしっくりくる。


『キルト。私はこちらです。そのまままっすぐ歩いてください』

 脳内で響く声に招かれて、樹流徒は奥へと進んでゆく。

『前方の角を左に曲がってください』

『そのまま真っ直ぐ……真っ直ぐです』

『立ち止まってください。そして右を向いてください』

 そして樹流徒はようやく声の主と対面を果たしたのだった。




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