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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
323/359

謎の声



 地上のほとんどが七色の花びらに埋め尽くされていた。不自然に綺麗な花びらだ。まるで新品の造花から千切った物のように色も形も整っている。辺りには森も花畑も無い。点在する木々はあるが、どれも緑の葉をつけた樹木ばかりで、花を咲かせている木など一本も見当たらなかった。ならば七色の花びらは一体どこで生まれ、どのようにして大地を覆ったのか。もしかすると、この世界は雨の代わりに花が降るのかもしれない。そうとでも考えなければ一帯の景色に説明がつかなかった。


 その美しくも異様な七色の大地に、一つだけ窪地があった。第三天にも岩壁に囲まれた広場があったが、あれとは比較にならないほど深くて広い穴である。

 大穴の底には天使の町が存在していた。


 白い陶器のような建材で造られた神殿が列を成し、立派な切妻(きりづま)屋根が天を仰いでいる。町の中心からは藍白(あいじろ)の道路が八本、放射状に走り、外側に向かって真っ直ぐ平らに伸びていた。それら八本の道路を繋ぐ同心円状の道が、町の中に四重の輪を描いている。道路の表面は全て大理石のように滑らかで、真上に昇った太陽の光を照り返して白銀に輝いていた。

 また、町の中にも七色の花びらが落ちていた。町の中心とその付近にはほとんど見かけないが、外側へ向かうにつれて段々と花びらの数が増え、神殿の屋根や地面の色がカラフルになってゆく。町外れに到着した頃には地面がほぼ七色に埋め尽くされており、その中で背の高い木々が数本ずつの固まりに分かれて散在していた。つまり窪地の外と似たような状態だ。


 この美しき花の都と、第三天に存在する町は、とても良く似ていた。土地の一部ないしは全体が窪地の中に存在するのも同じ。町の中央から放射状に道が走っているのも同じ。神殿も建材こそ異なるものの、形や大きさは酷似していた。どちらも天使の町なのだから、似通っていて当然と言えば当然かもしれない。


 一方で、二つの町には大きな違いもあった。第三天の町はかなり荒廃していたが、こちらの町は破壊の跡がほとんど見られないのである。きっと内戦による被害が軽微で済んだか、荒廃した町を天使たちが大急ぎで復旧したか、そのどちらかだろう。おかげで町並みは美しく煌びやかな姿を保っていた。この土地こそ上級天使のみが居住を許された都に違いない。そんな想像を抱かせる光景が横たわっている。


 もっとも、その神秘的な景観がいつまで保たれるかは分からない。悪魔の大軍が押し寄せれば、この町もすぐに廃墟と化すだろう。

 その兆候はすでに見えていた。現在、町の数ヶ所で小さな煙が上がり、大勢の天使が慌ただしく動き回っている。悪魔が町に侵入したのだろう。


「ここが第五天か……」

 樹流徒は、窪地の町を見下ろせる高い丘の上に立っていた。

 たった今この世界に到着した彼だが、視線を落とすと足下には台座が無かった。これまで別の階層に移動するときは必ず台座から台座への移動だったが、彼の眼下にあるのは転送装置ではなく、無数の花びらで色づいた鮮やかな大地である。

 それにこの場所は転送先として幾分相応しくないように思えた。位置的に見れば町から近過ぎず、遠過ぎず、はっきり言って中途半端な場所だ。周囲を見ればここが第四天からの転送先である事を示す目印も無く、飾り気も無い。町には大勢の天使がいるのに、この付近には見張りがいないのも妙だった。


 だから樹流徒はすぐにピンときた。もしや第五天は転送先が定まっていないのではないか。第四天の台座は、利用者を第五天のどこかへランダムに転送する装置だったのかもしれない……と。そう考えると、不自然な点は全て解消される。


 憶測で一応納得した樹流徒は、陸地の端まで歩いて眼下を眺める。窪地に広がる町の様子を確認した。

 町ではすでに戦いが始まっているが、極めて小規模な戦闘だった。詳しく確認するまでもなく、悪魔の数が少ないのは明白である。たぶん十名にも満たないだろう。

 他の悪魔たちはまだこの世界――第五天に到着していないのか。転送先がランダムという可能性を考えると、第五天には到着したがこの地から遠く離れた場所にワープしたとも考えられる。兎も角、現時点で町の中にいる悪魔はごく少数だった。


 その数少ない悪魔たちは、同じ町の中で戦っている味方と合流しようとはせず、各個に天使たちと交戦している。


 町の中心から少し離れた場所には、(おびただ)しい天使を相手に一人で戦っている悪魔がいる。金色の髪と、ブルーダイヤのように煌く瞳、そして十二枚の光り輝く翼を持つ、天使じみた外見の悪魔である。周りの天使たちよりも神々しいその姿は、魔界の王ルシファー以外には考えられなかった。


 果たしてルシファーがいつこの世界に来たのかは不明だが、さしもの彼も、大勢の天使に包囲されて足止めを食っている様子だった。

 天使たちは見事な連携能力を駆使してルシファーに反撃の隙を与えない。常に全方位からルシファーを囲むように位置取り、間断なく攻撃を繰り返している。

 彼らを相手に無傷で戦い続けているルシファーの実力は驚嘆に値するが、彼はほとんど防戦一方だった。たとえ反攻に転じて全ての天使を退けられたとしても、それは何時間後、何十時間後の話になるだろう。戦闘が終わるまでルシファーが無傷でいられるのかも怪しい。誰かの援護がない限り、彼は厳しい戦いを強いられそうだ。


 一方、町の外側に近い場所にはマルバスの姿があった。「どちらが先に第五天へ行けるか勝負」と樹流徒に挑戦状を叩きつけてきた獅子の悪魔は、見事に樹流徒よりも一足早くこの世界を訪れていた。

 彼もまたルシファーと同じく守勢に回っている。相手はわずか二体の天使だが、その二体が滅法強かった。片方の天使は両手に持った剣でマルバスと互角の接近戦を演じている。もう片方は四枚の翼から光の羽根を飛ばしたり雷光を放つなどして味方を援護していた。マルバスはルシファー以上に反撃のチャンスを掴めずにいる。また、彼の全身は敵の攻撃を浴びて傷にまみれていた。町の中を走り回って必死に敵の攻撃を耐え凌いでいる状態だ。


 さらに別の場所では、既に瀕死の悪魔がいた。半人半獣の、樹流徒が知らない悪魔である。この階層にたどり着けたのだから、かなりの強者と見て間違いないだろう。しかしその悪魔ですら天使と一対一の勝負に敗れて今まさに肉体が崩壊しようしていた。


 ルシファーとマルバスの苦戦。強力な悪魔が天使との一騎打ちで敗れた事実。それらは第五天を守護する天使たちの実力を雄弁に物語っていた。町の中で起きている戦闘の様子を詳しく知らない樹流徒にも、敵の強さは想像できている。第四天の台座を守る天使に強敵が多かったので、嫌でも察しがつくのだ。第四天よりも第五天のほうが、強力な天使が揃っているはずだから。


 これまでの階層でもそうだったように、第五天でも天使の群れが台座を守っているに違いない。戦闘は決して避けられなかった。一層厳しく激しい戦いになるだろう。


 ただ、それ以前に樹流徒はまだ転送装置の場所を知らなかった。次の世界へ行くための台座がどこにあるのか分からなければ何も始まらない。まずは台座の位置を確認するか、最低でも見当をつけておく必要があった。


 樹流徒は今一度、眼下に広がる町の様子を確認する。彼の視線はすぐに町の中心部で止まった。

 良く良く見れば、そこにだけやけに(・・・)多くの天使が集まっている。距離が遠いので相手の数を目算するのは不可能だが、その場所だけ異常に多くの天使が固まっているのは確かだった。おそらく彼らの足下に転送装置があるのだろう。


 台座の場所は難なく見当がついた。残された問題はどうやって天使の群れを突破するかである。

「天使の数は良く分からないが、俺一人で敵陣を突破するのは簡単じゃないな」

 樹流徒は独りごちた。順調すぎるほどの早さで第五天までたどり着いた彼だが、完全に一人の力でここまで来られたわけではない。悪魔との共闘があってこその快進撃である。しかし今、町の中にいる悪魔の数は少なく、彼らの力はあまりアテにできない。現状、樹流徒は自力で台座を守る天使たちを攻略しなければいけなかった。


 と、そのとき。出し抜けに樹流徒の頭上でカッと眩い光が起こった。青い雷が彼の真上から落ちてくる。さらに真横から白い光の柱が駆け抜け、樹流徒の全身を飲み込んだ。夜空に流れ星が光ったような、まさに一瞬の出来事である。


 回避こそ間に合わなかったが、寸でのところで危険を察知した樹流徒は、魔法壁で攻撃を凌いでいた。

 彼は殺気が飛んできた方を睨む。翼を広げた二体の天使が超低空を滑翔し、凄まじい速さでこちらに迫ってくるところだった。


 急襲を仕掛けてきた二体の天使は、どちらも青年の姿をしていた。片方は赤毛。もう片方は金髪。瞳の色は両者ともに青い。

 彼らは樹流徒から十メートルほど離れた場所に着地すると虚空から剣を取り出した。赤毛の天使は長剣を、金髪の天使は大剣を、それぞれに構える。二対一の数的有利を活かして樹流徒に対し同時の接近攻撃を仕掛けようとしたのだろう。


 よもやその真逆を、たった一人の樹流徒にやられるとは想像していなかったはずだ。

 天使たちが同時攻撃をしかける前に、四人の樹流徒が天使に二人ずつ襲い掛かった。樹流徒の能力を知る者ならば、四人の内三人はダミーと簡単に察しがつくだろう。しかし樹流徒と初遭遇の天使たちはそういうわけにいかない。


 本物の樹流徒は赤毛の天使を狙った。先行させたダミーの背後に自分の右手を隠して密かに氷のレイピアを装備する。この武器は刃が伸縮自在という特性を持つ。フルーレティが使用したときは樹流徒もヒヤリとさせられたが、逆に使用する側に回れば便利な能力である。樹流徒の手中に収まったレイピアは細長い刃を伸ばし、樹流徒の前を走るダミーの背中を貫いて腹から飛び出した。ダミーに視界を遮られて天使にはレイピアの存在に全く気付いていなかったはずだ。その証拠に天使は明らかに不意を突かれ、回避の挙動すら見せなかった。

 赤毛の天使はレイピアの先端に胸を刺されて「むっ」と短い唸り声を上げた。そのとき相手の動きが止まったのを樹流徒は見逃さない。彼は素早く敵の懐に潜り込み、炎の爪でもう一度胸を突き刺した。


 一方、金髪の天使は、自分に迫り来る二体のダミーを大剣でなぎ払い、両方とも始末していた。

 だが直後、彼の目に映ったのは、全身を炎に包まれた味方の姿と、真紅の瞳を輝かせ身を翻した樹流徒の姿であった。

 樹流徒は氷の鎌を握り締め、その場で大きく振りかぶる。金髪の天使は急いで宙に羽ばたいたが、今さら離脱しようとしても遅かった。

 投擲された氷の鎌は大きな輪を描いて飛び、天使の胸に巨大な刃を突き立てる。天使は地に落ち、仰向けに倒れ、すぐに白銀に輝く光の粒と化した。


 敵が二体だけということもあって、今回はそれほど苦しまずに戦闘を終えられた。

 ただし樹流徒に安心している暇など無い。

 彼は厳しい顔で頭上を仰いだ。戦闘の気配を嗅ぎつけたのだろう。遠くの空から二体の天使が接近してきた。どちらも四枚の翼を持つ男の天使だ。外見や全身から漂う雰囲気からして、たった今樹流徒が倒した天使よりも格上の相手に見えた。


 敵から身を隠すために樹流徒は急いで透明化能力を使用する。前の世界で敵に見破られた例があるのでこの能力が必ず通じるとは限らないが、使用せざるを得なかった。今すぐ姿を隠さなければ、再び戦闘に突入してしまう。最悪の場合、戦闘中に次から次へと敵の増援が送られてくるだろう。


 幸いにも樹流徒の姿は見付からなかった。空中で静止した天使たちは怪訝な顔で、樹流徒が立っている場所と、その近くを漂う聖魂を見下ろしている。

「おかしい。今ここに誰かがいた気がしたのだが……。気のせいか?」

「分からない。しかしこの場で味方が倒されたのは事実だ。すぐ近くに悪魔が潜んでいるのは間違い無い」

「潜むと言っても、この辺りに隠れる場所などない」

「町の中に逃げ込んだのだろう」

「そうとしか考えられんか……。では追うぞ」

 二体の天使はそのようなやり取りを交わすと、窪地に広がる町めがけて飛翔した。


 かろうじて敵に発見されずに済んだが、引き続き樹流徒に安堵している暇は無い。透明化の能力が解ける前に、どこかへ潜伏しなければいけなかった。

 とはいえ、周りにあるのは花びらばかり。大地に立つ木々もまばら。今しがた天使も言っていたが、付近で身を隠せそうな場所といったら、町の中くらいしかなかった。


 樹流徒は意を決する。去っていた天使の後を追って、彼は眼下の町に向かって飛び込んだ。落下中、別の天使と何度かすれ違ったが、彼らに自分の存在を気付かれることはなかった。


 無事、町の中に降り立つと、樹流徒はすかさず近くに建っている神殿に駆け込む。

 家主は出払っているのか、神殿の中は無人だった。

 透明化の効力が切れて、虚空に樹流徒の姿が浮かび上がる。彼は柱の陰に隠れて、ひとまずの安全を得た。


 神殿の中は物が何一つ置かれていない。きっと天使は睡眠を必要としないのだろう。ベッドも置かれていなかった。床と、天井と、天井を支える何十本もの太い柱があるだけだ。等間隔に並ぶ柱は外壁の役割も果たしており、神殿には壁も窓も扉も無い。およそ居住空間には見えないが、人間が暮らす家よりもある意味自由で広々として見える。

 ただ、樹流徒としては広々としているよりも、物が雑然と溢れ返っていて欲しかった。神殿の中に物が何も置かれていないため、柱の陰しか身を隠せる場所が無いからだ。町の中は天使が徘徊しているため、たとえどこに隠れていても、樹流徒の姿が発見されるのは時間の問題だった。


 さて、これからどうするか。

 束の間、樹流徒は次の行動に迷った。町の中心に存在するであろう台座を目指すのは確定しているが、強引に突破するか、策を弄するか、選択の余地がある。力任せに正面突破するのも決して不可能ではないだろう。ただ、この世界の天使たちの実力を考慮すると、闇雲に突っ込むより良い手があるような気がした。


 アイデアを模索している時間はほとんどない。今すぐ天使に見付かってもおかしくない状況だ。

 でも焦ってはいけない。樹流徒は努めて冷静に脳を回転させる。


 結果として、樹流徒は思いも寄らぬ第三の選択を取ることになった。次の行動を決めかねているわずかな時間の内に、不思議な出来事が起こったからである。それは予想外である同時に、あまりにも何の前触れも無く起きた出来事だった。


『ヒトの子よ。私の声が聞こえますか?』

 突如として樹流徒の脳内に誰かの声が響く。

 穏やかな女性の声だった。こんな殺伐とした戦場にいるせいで余計に優しく聞こえる。まるで聖界から遠く離れた安全な場所から飛んできたかのような声だった。


 急に脳内で響いた女の声に樹流徒ははっとした。素早く辺りを見回すが、声の主の姿は見えない。

「誰だ?」

 彼は周囲の警戒を続けながら小声で囁く。いきなり脳内に語りかけてきた、顔も名前も分からない相手に素性を問う。

 果たしてその声が相手に届くかどうか疑問だったが、樹流徒の言葉はちゃんと通じたらしい。

 相手から返事が返ってきた。


『私は“ガブリエル”といいます』

 女の声はそう名乗った。 




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