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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
322/359

世界の目



 雲に隠れていた白銀の太陽が顔を出し、神々しい光で第四天を照らしている。

 世界の中心を目指して樹流徒は空の旅を続けていた。


 この世界にはやはり敵の数が少ない。ある程度上級の天使でなければ立ち入れない階層なのか。おかげで第三天までと比べて樹流徒が敵と遭遇する頻度は極端に減った。

 また、天使が出現する場合も、そのほとんどが単体での出現だった。稀に複数体で行動する者たちもいたが、せいぜい二、三体の少人数パーティーである。数が減った代わりに個々の戦闘能力はかなり高くなったが、樹流徒が命の危険を覚えるほど苦戦する相手いはなかった。


 そのため樹流徒は周囲を警戒しつつ眼下に流れる景色を観察する余裕があった。

 第四天に到着して間もない内は、草花と木々で覆われた島ばかりを見たていが、先へ進んでゆくと一面の砂地や、水色の鉱石で覆われた凹凸が激しい大地など、今まで見なかった光景も発見するようになった。海のように広い湖が地表の大半を占める場所。遥か昔に朽ちた天使たちの集落と思しき場所。そして、形容しがたい形の巨大石像が立ち並ぶ一風変わった島もあった。


 中には用途不明の装置が配備された場所もあった。大きな島の中心に、逆さまになった円すい状の物体が埋め込まれているのだ。その物体は岩の大地を貫通して先端部分が島の腹から飛び出していた。分厚いガラスのように硬くて透明な何かで造られており、クリアボディの表面には電子回路に似た細かい線が走っている。また、線の中では赤い光が絶えず駆け巡っていた。見た目からして何かの装置であることは間違いなかった。


 移動中に偶然それを発見した樹流徒は、装置の正体が少しだけ気になって調査をしてみた。ものの十分にも満たない簡単な調査である。まずは装置を動かすためのボタンやスイッチが無いか探してみたが、これといってそれらしい物は見当たらなかった。次に装置の上部に乗ってみたり、軽く叩いてみたりしたが、特に何も起こらない。最後に島の真下に潜って円すいの先端に触てみたが、それでも全く無反応だった。

 詳しい調査をする時間も無かったので、結局装置の正体は分からずじまいのまま、樹流徒は目的地に向かって移動を再開した。

 もしかするとあれがメギドの火を降らせるための装置だったのかもしれない。そう気付いたのは、移動再開からしばらくした後だった。


 この世界を訪れて、一体いくつの島を通り過ぎただろうか。五百か、それとも千。高速飛行する樹流徒の視界で、画一性のない風景が次々と切り替わっていった。まるで別々の世界で撮影した風景写真をスライドショーで見ているような感覚。それか、わずか半日のあいだに異なる国を何百と旅したような気分だった。


 瞬間的に現れては消える幾つもの景色。そられを越えた先に、ようやく目的地があった。


 型抜きを使ってくり抜いたように綺麗な円形の島が浮かんでいる。「世界の目」と名付けたくなるほど大きな島だった。そこには木の一本も生えおらず、岩の一つも転がっていない。というのも、地面のほぼ全体を台座が占拠しており、他の物が入る余地が無いに等しいからだ。

 視界に収まりきらないほど大きな、台形の台座だった。以前の世界に設置されていた台座もかなりの大さだったが、あれらが全て小さく感じてしまう。これまでの転送装置と比較してレンズの面積は数十倍あるだろう。ただ、それだけの広さを持ちながら高さは相変わらず一メートル未満と低いため、非常に薄型の台座に見えた。台座ではなくプレートと呼んだ方が近いかもしれない。


 そのプレートのような台座の周りに、天使たちが集まっていた。数は二百前後。この世界で初めて遭遇する大部隊である。その大部隊と苛烈極まる戦闘を繰り広げているのは、わずか十数体の悪魔だった。さすがにここまで来ただけあって強い悪魔が揃っているらしい。彼らは数の不利に苦しみながらも天使相手に互角の戦いを展開している。


 遥か前方で戦闘が起きているのを確認した樹流徒は、透明化の能力を使用して自分の姿を消した。

 これならば天使に見付からず先へ進めるはずだ。透明化の持続時間は非常に短いが、樹流徒の飛行スピードならば能力の効果が切れる前に、台座のある程度近くまでたどり着ける。上手く敵の虚を突くことができれば、そのまま強引な突破で次の世界まで進めるだろう。

 やや大雑把な作戦だが、樹流徒は自分の力を信じて、迷わず戦火に身を投じた。


 ところが、その先には予想外の展開が待ち受けていた。

 樹流徒が戦場にに近付くと、すぐに一体の天使が襲い掛かってきたのである。凛々しい顔つきをした男性型の天使だった。肩の下まで伸びた茶髪と、全身を包む白い衣を、風になびかせている。手には美しい装飾が施された剣を握り締めていた。


 茶髪の天使は偶然樹流徒と同じ方角に飛んできたのではなく、明確に樹流徒を狙って攻撃を仕掛けてきた。彼には樹流徒の姿が見えているのか。あるいは姿は見えなくても、嗅覚や、気配を察知する能力などで、樹流徒の存在を察知したのかもしれない。


 天使は一対の翼を羽ばたかせ、樹流徒の眼下から鋭い勢いで飛び込んでくる。

 樹流徒は氷のレイピアを装備して接近戦に応じた。足下から伸びてくる敵の剣を後退してかわすと、下降しながら相手の頭めがけてレイピアを突く。天使は突き出した剣を素早く引いてレイピアの先端を受け止めた。正確な防御である。天使の目に樹流徒の姿が見えているのは、最初の攻防で明らかになった。


 樹流徒の腕力に押されて天使の上体がわずかに揺れる。それを見逃さず樹流徒は足の裏を落として相手の胸に叩き込んだ。天使は仰け反るような体勢で高度を下げながら後ろへ吹き飛ぶ。

 追い討ちをかける絶好のチャンス。樹流徒はレイピアの代わりに氷の鎌を装備し、飛び出した。


 が、視界の隅に不吉な光を捉えて、樹流徒は咄嗟に元の場所へとって返す。彼の眼前を炎の弾が幾つも連なって通り過ぎていった。

 横槍が飛んできたほうを見ると、銀髪碧眼の少年が天使らしからぬ黒い笑みを浮かべていた。外見年齢は樹流徒よりも二つか三つ下くらいだろうか。しかし背が高いため童顔の青年にも見える。二枚の白い翼を背負い、他の天使たちと同じ白い衣を身につけていた。また首には金色のネックレスを提げている。


 この少年天使も透明化した樹流徒の姿が見えるのか? それは違う。樹流徒の姿はもう周囲の全員から視認される状態だった。茶髪の天使と接近戦を演じているあいだに、透明化の能力が効力を失ってしまったのである。


 勝負に割り込んできた少年天使に対応すべく樹流徒は腕を振り払い氷の円盤を出現させる。ノコギリのように細かいギザギザの刃を持つ円盤は、その場で高速回転したあと宙に弾き出され、少年天使めがけて飛んでいった。

 ほぼ同時、樹流徒の背後から一つの影が高速で接近してくる。

 それはニワトリの頭部と人間の胴体を併せ持つ天使だった。いわゆる鳥人である。悪魔ならば決して珍しくない姿だが、天使としては一風変わった外見だった。身につけている物も他の天使たちとは少し違い、手には鞭、体には白い衣の上から銀の胸当てを装備している。


 ニワトリ頭の天使は樹流徒の背後に迫ると、腕をも鞭のようにしならせて、武器の先端を彼の背中に叩きつけた。少量の火薬が爆ぜるような音がして、樹流徒の背で火の粉が飛び散る。


 敵の接近に気付いていた樹流徒は驚かなかったし、振り返りもしなった。彼の体に輝く光は赤から紫へと変色していた。鋼の肉体と化した樹流徒にはいなかる攻撃も通じない。

 鞭を背中に受けて微動だにしない彼を不気味に思ったか、ニワトリ頭の天使は後退した。

 丁度その時、黒い笑みを浮かべていた少年天使が絶命する。彼は追尾性能を持つ氷の円盤を回避しきれずに、首を切断されていた。落下する彼の頭部と胴体はそれぞれ空中で聖魂と化す。


 一方、樹流徒に胸板を蹴られて吹き飛んだ茶髪の天使は、味方の援護を受けているあいだに体勢を立て直し、さらに反撃の動作に転じていた。

 天使は樹流徒に手を向ける。渇いた音が鳴り、手の表面に青い電流が走った。そこから電撃が放たれるのかと思いきや、攻撃はまったく別方向から飛んでくる。樹流徒の頭上に巨大な空洞が生まれ、眩い雷の柱が降り注いだ。

 聖なる雷は射線上を偶然横切った悪魔もろとも樹流徒の全身を飲み込む。明滅する雷光の中で悪魔の体は蒸発した。かたや樹流徒は傷一つ負っていない。変身能力はまだ持続していた。


 体に走る紫の光が赤に戻ったときには、樹流徒の上半身から数十本の針が飛び刺す。針は一斉に射出され、周囲の天使だけを狙って乱れ舞った。茶髪の天使は回避、ニワトリ頭の天使は魔法壁を張ってそれぞれ事なきを得る。

 ただし、この場には樹流徒と天使だけでなく悪魔もいた。よもや二体の天使がそれを失念していたとは思えないが……彼らが樹流徒に注意を奪われていた可能性はあった。


 樹流徒から放たれた針の雨を回避して、茶髪の天使は表情に出さない程度に安堵した様子だった。その顔が、一瞬だけ驚きにかっと目を見開く。


 彼の腹には大きな風穴が開いていた。ずっと遠くから飛来してきた風の槍が天使の背中を突き破って腹から飛び出したのである。やはり天使の目は樹流徒だけに注意を払い、それ以外のものには全く無警戒だったのだろう。彼は背後から飛んできた槍に気付く素振りも見せないまま事切れた。


 樹流徒は炎の爪を振りかざしてニワトリ頭に立ち向かってゆく。ニワトリ頭が振り回してきた鞭の先端を切り払い、口から空気弾を発射した。ほぼ無色透明の小さな球体が敵の胸当てを貫通して体内に飛び込み、爆発的に膨張した。ニワトリ頭は無理矢理大量の綿を詰めた人形のような体型になって、内側から弾け飛ぶ。


 ふと、樹流徒は、今しがた自分を援護してくれた攻撃――天使の腹を貫いた風の槍に、見覚えがあったことに気がついた。


 槍が飛んできたほうを見ると、思った通り、太陽の国の王ガルダが、他の天使数体を相手に目まぐるしい攻防を繰り広げていた。


 樹流徒は彼の援護に向かう。ガルダと交戦中の天使一体を火炎砲で撃墜し、さらにこちらへ飛びかかってきた別の一体を、氷のレイピアで胸を一突きして返り討ちにした。

 ガルダのほうからも樹流徒に近付いて、二人は宙で背中合わせに立つ。

「少し見ないあいだに変わったな。外見もそうだが、それ以上に強さが変わった」

 先に声を掛けたのはガルダだった。

「変わらなければ生き残れなかった」

 樹流徒が答えると

「なるほど。そういう事もあるかもしれんな」

 ガルダは軽く頷いただけで、特に詳細を尋ねなかった。と言うより、尋ねる暇が無い。周囲にはまだ何体もの天使が飛び交い、二人の命を狙っているのだから。


 ガルダは羽の弾丸を連射して、天使を追い立てる。

 樹流徒は別方向から飛んできた弓矢を氷の盾で防御した。

「オマエが魔界を訪れたのは、この戦争のためだったのか?」

 早口にガルダが問う。

「戦争がしたかったわけじゃない。でも聖界には仲間がいる。どうしても彼女を助けたいんだ」

「そうか。何かワケありのようだな」

 今度もガルダは詳細を尋ねなかった。ただし戦闘に忙しくて質問をする余裕がなかったのではなく、樹流徒に気を遣って敢えて何も尋ねなかった風であった。


 それで会話は完全に途絶えて、二人は戦闘に専念した。樹流徒は氷の矢で、ガルダは羽の弾丸で天使を一体ずつ葬る。

 別れの挨拶も無く、彼らは散開した。ガルダは巨漢の天使相手に真っ向から肉弾戦を挑んでゆく。彼の姿を背に、樹流徒は世界の目へ向かった。辺りを飛び交う流れ弾を避けながら、台座に接近する。


 青年の姿をした天使が光の剣を手に向かってきた。彼の腕を、樹流徒は氷の鎌で切り落とす。

 気がつけば、天使が圧倒的に数的有利だった戦況は変わりつつあった。樹流徒よりも一足遅れて来た悪魔たちが続々と現れ、逆に天使たちは徐々に数を減らし、増援部隊が現れる様子も無い。


「戦力が足りない。他の者たちは何をしている?」

 男の天使が言う。口調は淡々としているが、目は必死だった。

「悪魔に恐れをなして逃げ出すような者はいまい。ならば何故、こうも味方が少ないのか……」

 そこまで口にしたところで、彼は頭上から降ってきた流れ弾に当たった。全身を炎に包まれて、煙を上げながら墜落してゆく。


 付近の戦況が魔界軍に傾きつつある中、樹流徒は天使たちの襲撃を退けながら前進を続けた。

 わずか十メートルの距離が、百メートルにも一キロにも感じたが、その長い道を乗り越えて、何とか台座にたどり着く。彼の体は光の柱に包まれて、次の世界へと旅立った。




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