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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖界編
321/359

サイドストーリー(1)



 樹流徒が第四天で異形の天使と交戦している最中……

 時を同じくして、聖界の各階層でも悪魔と天使の激しい衝突が続いていた。


「“ハダルニエル”だ!」

 狼の頭部を持つ半人半獣の悪魔が悲鳴にも似た叫びを上げる。

 隣に立つ黒い獣は四本の足を折り曲げて姿勢を低くし、唸り声を発した。


 緑の芝と薔薇の園に覆われた聖界の第一天。その世界には転送装置の台座が複数設置されており、各台座を大勢の天使が守っているはずである。


 だが、中にはたった一人で台座を防衛している天使もいた。

 山の如き巨躯を持つ天使である。誇張ではなく、本当に山と同等の背丈を有する大巨人なのだ。金色の髪は一本一本が縄のように太く長く、青い瞳は空に輝く月かと見紛うほど高い位置にあった。


 ハダルニエルという名前なのだろう。その山のように大きな天使は、台座に近付き己に立ち向かってくる悪魔たちを圧倒的な力で全てねじ伏せている。今も百名以上の悪魔がハダルニエルを取り囲んで集中砲火を浴びせているが、あまり効果は無いようだった。ハダルニエルは全身の皮膚を破り、身につけている白い衣もボロボロにしながら、ダメージの影響を全く感じさせない機敏な動きで悪魔の群れを蹴散らす。巨岩の如き拳で空の敵を叩き落し、柱の如き脚で地上の敵を踏み潰すのである。彼が何か一つ挙動を見せるたび、悪魔の命は確実に二、三は消えていた。


 それでも悪魔たちは、その内ハダルニエルが力尽きると考えているのか。撤退を選択しない。遠近の攻撃を織り交ぜながら敵への集中砲火を継続させていた。


 そして今また一体の悪魔がハダルニエルを仕留めんと空から落ちてくる。身長三メートルは下らない大男だ。全身の肌は闇夜よりも黒く、丸々とした顔と胴体はどちらも限りなく球体に近い。その外貌はさながら泥で作った雪だるまだった。太い腕の先についた手も丸々としており、身の丈ほどもある金棒を握り締めている。

 天空から降ってきた雪だるま、いや泥だるま(・・・・)は、空中で金棒を振り上げ力を溜めていた。真っ赤な瞳が見下ろす先には、黄金色に輝く秋の稲田のような天使の後頭部がある。


 勇敢というべきか、迂闊というべきか。泥だるまは敵の頭上から直下して、手に携えた金棒で渾身の一撃を叩き込もうというのだろう。よほど己の腕力に自信があるのか。たとえハダルニエル相手でも大きなダメージを与えられるという確信が、泥だるまの口元に笑みを浮かばせているらしかった。


 少なくとも泥だるまの狙い通り、彼の振り下ろした金棒は無防備なハダルニエルの脳天を直撃したのである。大抵の悪魔、大抵の天使ならば即死。最低でも痛恨のダメージは負っていただろう。いかに山の如き大きな天使でも何らかの痛みを感じて当然。それほど鮮烈な一撃だった。周囲の悪魔からわっと驚きや喜びの歓声が上がり、中には思わず「仕留めた」と叫んだ者もあったほどである。


 ハダルニエルの頭部は、金棒の形に沿って深く陥没した。その痛みにより彼が悶絶するなり、思わずよろめいたりすれば、泥だるまも奇襲を仕掛けた甲斐があったというものである。ドトメの一撃になれば尚良かった。そうなって欲しいと、この場の悪魔たちも期待しただろう。


 生憎と現実は違った。ハダルニエルの頭部は陥没したが、ただそれだけだった。

 規格外に巨大で頑丈な天使は、ほとんど意に介さぬ顔で、無造作に手を持ち上げ頭を押さえる。

 泥だるまはすでにハダルニエルの頭部から離脱していた。が、次の刹那、彼の姿は頭上を仰いだ青い月に捉えられていた。


 ハダルニエルはさも鬱陶しそうに手を振り上げる。それだけで十分破壊力のある攻撃だった。ビルの壁面みたいな固くて大きな手の甲が、恐ろしい速さで泥だるまの真下から昇ってくる。もし打ち上げられたスペースシャトルの頭上に人間がいたらこうなるかもしれない、という光景が、その先に待っていた。


 ハダルニエルの手が通過した後、そこには何も無かった。

 ずっと遠くの地上で、粉々に砕け散った金棒の破片が一つ落ちている。それが泥だるま自身の末路でもあった。


 その一部始終を目の当たりにして、さすがに他の悪魔たちも戦意を削がれたらしい。傷だらけになったハダルニエルをあと一押しで倒せると踏んでいたのであろう魔界の兵士たちは、認識を改めて、散り散りになって逃げ出した。


 しかしハダルニエルは決して一匹たりとも見逃さない。

 彼の口から美しい歌声が発せられたかと思えば、山の如き巨躯から眩い光が広がって周囲を白光で埋め尽くした。光の中で悪魔は燃え尽き、地面の草花も塵と化す。

 その場はハダルニエルと台座だけが残された。


「駄目だ。あんな化物を攻略するより他の台座を探したほうが早い」

 遠目からハダルニエルを発見した半人半獣の悪魔は、白光に飲み込まれた味方の全滅を確認すると、慌てて踵を返す。その隣にいた黒い獣は一層姿勢を低くして草の中に身を沈めた。


 次の瞬間には彼らの姿も眩い光の中に溶けてなくなった。ハダルニエルの手から放たれた白い閃光が、背を向けた悪魔と、身を伏せていた獣を同時に消滅させたのだ。


 あっという間に無人の荒野と化した大地の上で、ハダルニエルは台座と共に立ち続ける。彼の前を通ろうとする悪魔はもういないだろう。



 所は変わり、思わず見惚れてしまうほど透き通った浅瀬が延々と続く第二天。ここでは第一天とは逆に巨大な悪魔が数十体の天使相手に猛威を振るっていた。


 一つの胴体から生えた十数匹の大蛇が、それぞれ違う瞳の色を輝かせている。彼らの口は炎や氷塊など様々なものを吐き出し、天使を苦しめていた。

 今また大蛇の一匹が口から砂の渦が吐き出し、一体の天使を黄土色の濁流に飲み込む。その天使は遠くの海面に叩きつけられ、二度と動くことはなかった。透き通った海面に砂が広がって一瞬にして濁り、その中心から聖魂が浮かび上がる。

「アナンタめ」

 天使の一人が忌々しげに敵の名を口にした。


 月の国の王アナンタ。少し前まで暴力地獄で魔王の座に君臨していた彼の力は、この聖魔戦争においても健在だった。天使は誰一人彼に近付けない。近付けばあっという間に大蛇の口に捕らえられるか、首に巻きつかれて全身の骨(天使に骨があるかどうかは不明だが)を砕かれてしまう。離れて戦おうにもアナンタの激しい遠距離攻撃をかわすのは容易ではなく、それ以上にアナンタの装甲を打ち破るのも困難だった。上級の天使ならばまだしも、第二天を守っている天使たちでは傷一つ付けられない。


 また、仮にダメージを与えられたとして、そう簡単に倒れないのがアナンタである。たとえ付近の海面が彼の血で染まっても、それはアナンタにとってただのかすり傷でしかない。降世祭の決闘を観戦した者たちの間では周知の事実である。


「しかしあの悪魔を先に進ませるわけにはいかない」

 空に浮かぶ天使パワーが、顔の四隅にある瞳を鋭くさせる。アナンタと交戦中の彼は、槍を握り締めた手を微かに震わせた。

 アナンタを先に行かせれば聖界にとって確実な脅威となる。勝てないまでも足止めのために、天使たちは戦わなければいけないのだ。


 そんな彼らの思いを知ってか知らずか、アナンタは前進を開始する。この世界で戦うのはもう飽きたと言わんばかりに、水平線から立ち上る光の柱を目指して歩き出した。天使は遠距離からアナンタに集中砲火を浴びせるが、大蛇たちの行進は止まらない。


 ならば、危険を承知で接近戦を挑むしかなかった。

 パワーは意を決したようにアナンタの懐へ飛び込んでゆく。彼の勇気に背中を押されたのか、別の天使もまた一人、また一人と敵へ突撃していった。

 他に選択肢が無かったとはいえ、その決断は果たして正しかったのか。天使たちによる決死の突撃により、アナンタは一度足を止めた。しかしそれはこれから始まる惨劇の予備動作に過ぎなかったのである。

 浅瀬の底にアナンタを中心とした青い満月が浮かび上がった。月は黒い雷となって天に駆け上り、近寄る者を全て飲み込む。

 黒い雷光の中から生存を果たした天使はいなかった。それを確認したアナンタは、ふたたび水平線の転送装置に向かって歩き出す。彼に対し、天使たちは無意味な集中砲火を続けるしかなかった。



 巨大天使と巨大悪魔がそれぞれ別々の階層で暴れ回っている頃、第三天の某所に存在する町では、依然として坂の上に佇む十六の台座を巡って、死の攻防戦が繰り広げられていた。


 この世界にたどり着いた悪魔の中で、さらに台座までたどり着ける者は、おそらく五人に一人もいないだろう。悪魔たちは樹流徒がこじ開けた道を死守しつつ、その先にある台座から少しずつ次の世界へ戦力を送っている状態だった。しかし天使は奪われた通路と台座を奪還しようと躍起になっており、悪魔たちは厳しい攻撃に(さら)されている。絶えず魔魂の光がどこかで舞っていた。この場に限って言えば数で圧倒している天使が台座を取り戻すのも時間の問題に見える。


 そんな中、天使たちに対して激しい抵抗を見せている者がいた。

 強気そうな性格を思わせる顔つきの大男が、坂の中腹に立っている。外見年齢は三十歳前後。金色の髪と額から生えた二本の角が天を突いていた。真っ赤な虹彩の中で紫色の瞳孔が輝いている。全身の肌は赤く、ところどころに刺青のような黒い線が走っていた。そして背中には灰色に染まった翼が六枚広がっている。


 記憶に残りやすいその特徴的な姿は、紛れも無く憤怒地獄の魔王ベリアルのものであった。

 樹流徒がこの世界を突破してすぐ、彼と入れ替わるように現われたベリアルは以前にも増して凶悪な力で天使の死を積み上げていた。炎の槍が天使の胸を貫き、巨大火炎砲で数体の敵を一度に葬る。そしてベリアルに召喚された炎の大蛇が聖界の住人を見境なく飲み込んでは灰に帰していた。


 天使たちは何とかベリアルを排撃しようとするが、ベリアルは攻守共に強力な悪魔である。炎の防壁を張る彼に対して正面からの攻撃はまず通らない。だがベリアルの背後には他の悪魔が群れており、そちらにも隙が無かった。今、ベリアルは悪魔が通る道を守る鉄壁の要塞と化していた。


 彼の活躍に後押しされ、悪魔たちはかろうじて勢いを保っている。次の世界には行かず、この町に留まって通路の確保に尽力しようという者たちも現れ始め、失いかけた勢力を回復する兆しも見えていた。

 逆に天使たちはいまひとつ勢いや攻撃の迫力を欠いている。その理由はもう語るまでもないかもしれないが、敢えて述べると、積極的な戦闘を避けている天使の存在が原因だった。


 攻撃が激しい地点から離れ、ひたすら自身の守りに徹している天使たちがいる。彼らは決して死に怯え恐怖しているのではなく、まるでこの戦争で天使が勝とうと悪魔が勝とうと、どちらでも良いかのように、半ば戦いを傍観しているのだ。

 そのような者たちが魔王級の悪魔に立ち向かってゆくはずもなく、逆に彼らは常にベリアルから距離を取っていた。

「気に入らねェな。天使どもめ、本気で戦う気があるのか?」

 戦いの最中、ベリアルは憤怒地獄の魔王という称号に相応しき形相を露わにした。




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