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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
303/359

皇帝ベルゼブブ(中編)



 樹流徒は前方に転がって黒い三日月の下を潜り抜ける。それからすぐに立ち上がって駆け出した。敵の側面に回り込むように動きながら電撃を撃ち込む。

 ベルゼブブは障壁を展開して雷光を遮断した。

 それを待っていた。樹流徒は床を蹴って飛翔する。障壁が消えた直後を狙って、空中で静止したベルゼブブの懐に飛び込んだ。


 結果、樹流徒の瞳に映ったのは一瞬の闇と、回転する景色。そして頭上に燦然(さんぜん)と輝く星々の明かりだった。

 床で仰向けに倒れたまま樹流徒は愕然とする。障壁が消えたところを狙って飛び込んだのに、ベルゼブブが発動した次の障壁に吹き飛ばされた。隙がほとんど無い。障壁の再使用が可能になるまでの時間は二秒にも満たなかった。タイミングを見計らって接近戦を仕掛けるのは至難の業だ。


 救いがあるとすれば障壁に吹き飛ばされてもダメージが少ない事くらいだった。さほど大した痛みも感じず、樹流徒は体を起こす。

 ベルゼブブはすでに着地していた。三つに枝分かれした手の中心から今まさに黒い光を放とうとしている。阻止はできない。光の球体がベルゼブブの手を離れて膨張した。


 どこまでも標的を追尾する凶悪な攻撃が迫ってくる。回避できないのは承知済みだ。樹流徒は地面から大きな氷壁を召喚した。手を伸ばしても届かないほど高く、腕を回せないほど分厚い壁。これならば暗黒の球体を防げるかもしれない。


 その希望は文字通り粉々に砕け散った。暗黒の球体は氷壁に深い亀裂を走らせ、破壊する。そして樹流徒の全身を包んで弾けた。

 ガードを固めていた樹流徒は数歩後退しただけで済む。痛みもあまり無かった。氷壁が攻撃の威力をかなり軽減してくれたのだろう。氷の盾ではあまりダメージを減らせなかったが、氷壁を使えば何発でも攻撃に耐えられそうだった。

 ただあいにく、使用する側になって初めて分かったことだが、どうやら氷壁は連続使用できないようだ。そういえばフルーレティもこの能力を使用したのはたった一度きりだった。

 暗黒の球体をまともに防げるのは魔法壁と氷壁のみ。どちらも連続使用できないので、使えないあいだは極力ベルゼブブに攻撃をさせたくない。もちろん攻撃される前に勝負を決められればそれが一番理想的だった。


 問題は、勝負を決めようにも敵に攻撃が入らなければ話にならないという点だ。何とかしてベルゼブブを守る黒い障壁を突破する必要があった。

 その方法は大雑把に述べて三つある。

 一つ目。障壁が消滅してから再展開までの僅かな隙に攻撃を叩き込む方法。

 二つ目。障壁を破壊できるほど高威力の攻撃をぶつける方法。

 そして三つ目。障壁を発動される前に攻撃を当てる方法。

 どれも楽ではないが、やってみるしかない。


 樹流徒は両手から牽制の電撃を放つ。同時発射ではない。一発目をベルゼブブに回避させ、敵が逃れた場所へ狙い済ました二発目を撃ち込んだ。

 案の定、ベルゼブブは障壁で防御する。その隙に樹流徒は敵へ接近した。走りながら攻撃の準備をする。メリメリと不快な音を立てて樹流徒の腹が上下に裂けた。体内に赤い光が宿る。

 両者の間合いが七、八メートル程度まで縮まったとき、樹流徒は立ち止まった。既に攻撃態勢は整っている。魔人の腹に開いた大口から炎の渦が解き放たれた。


 炎の渦は攻撃範囲が広い。近距離から撃てば、いかに機敏なベルゼブブでもかわせなかった。

 回避不能となればベルゼブブは障壁を展開して防御するしかないだろう。障壁の持続時間は短い。炎を渦を全て受け止めるのは明らかに不可能だ。

 今度こそ攻撃が入った。樹流徒はほぼ確信した。


 螺旋を巻く猛火がベルゼブブの巨躯を包み込む。

 樹流徒は真剣な目で炎の奥を睨んだ。この一撃で敵を倒せるかどうか分からないが、ベルゼブブがよほど火に強い耐性を持つ悪魔でない限り、無傷では済まないはずだ。一秒でも二秒でも障壁が消えてくれればきっとダメージに繋がる。大きな痛手を負っていればしめたものだった。


 間もなく炎の渦が消え、中から巨大な蝿の影が現れる。

 ベルゼブブのダメージ具合を確認するため、樹流徒は敵を凝視した。

 思わず厳しい表情になる。この展開を全く予想していなかったわけではない。だが、樹流徒にとっては余りにも辛い展開だった。


 ベルゼブブの周囲に虹色の防壁が張り巡らされている。魔法壁だ。ベルゼブブは黒い障壁だけでなく、魔法壁も使用可能だったのである。七色に輝く防壁は樹流徒が放った炎の渦を防ぎきった。ベルゼブブは軽い火傷の一つすら負っていない。


 おそろしく強固な敵の守りに、樹流徒は苦戦の予感を覚える。激しい怒りの中に微かな不安が混ざった。

 すぐに気持ちを切り替える。まだベルゼブブに一撃見舞う好機が完全に去ったわけではない。魔法壁は一度使えば、しばらくのあいだ再使用は不可能だ。障壁を突破すれば今度こそベルゼブブにダメージを与えられるはずなのだ。


 魔法壁が消滅する瞬間を見計らって、樹流徒は両手を前に出した。重ねた手の先から小さな氷の欠片が何百と生まれ、渦を巻き、凶暴な竜巻となる。

 魔法壁を失ったベルゼブブに狙いを定めて氷の竜巻が唸りを上げた。ベルゼブブは黒い障壁を張って防御する。ただし障壁は、氷の竜巻が通過するまで維持できない。

 障壁が消え、樹流徒の視界に映るベルゼブブの姿が竜巻の陰に埋もれた。今度こそ一撃入った…………かに思われた。


 仰天の光景を樹流徒は目の当たりにする。

 戦闘前から気付いていたがベルゼブブの体には紫色の肌を持つ男の顔が浮かんでいる。今までずっと穏やかに瞳を閉じていたその顔が、いつの間にか覚醒していたのだ。

 男の顔は黄金色の瞳を輝かせ、黒ずんだ唇を大きく開いていた。その口が、ベルゼブブの全身を飲み込むほどに広がった氷の竜巻を引き寄せ、飲み込んでしまった。当然ながらベルゼブブにダメージは無い。


 樹流徒の心に小さな動揺が走った。これだけ攻撃してもベルゼブブにかすり傷一つ付けられなかったのは多少ショックだったし、敵の防御方法には度肝を抜かれた。しかしそれらが動揺の原因ではない。樹流徒はもっと別の事に虚を突かれた。


 それは敵の気配。ベルゼブブと一対一で戦っているはずなのに、敵の気配が急に一つ増えたのである。

 ベルゼブルと酷似した強烈な気配を、樹流徒は敵の体内から感じた。その発生源は明白である。ベルゼブブの腹に浮かび上がった男の顔だ。

 氷の竜巻を吸い込んだ男の顔は、瞬き一つせず黄金の瞳で樹流徒を見つめている。その眼差しは陽だまりのように温かく、およそ命の奪い合いをしている相手には見えなかった。


 あの顔は何だ? 敵の一部じゃないのか?

 ベルゼブブと似た気配を持つ謎の顔。その不気味な存在を樹流徒は怪訝な目で見る。

 彼の視線に気付いのか、ベルゼブブがおもむろに口を開いた。

「これは“バアル・ゼブル”。私であり、私ではない存在だ」

 そのように説明する。


 ベルゼブブであり、ベルゼブブではない存在?

 矛盾した言葉だった。樹流徒には今ひとつ理解できない。ただ、敵の気配が二つに増えたのは事実だし、もう一人のベルゼブブが覚醒したことで敵がより驚異的な存在になったのも、紛れも無い事実だった。


 もう一人のベルゼブブ――バアル・ゼブルが、穏やかな表情のまま強烈な殺気を放つ。

 並の悪魔だったら裸足で逃げ出していただろう。魔王級の殺気を向けられて樹流徒でさえも反射的に飛び退いた。

 ベルゼブブの体内から異音が聞こえる。ペースト状の物体を乱暴にかき混ぜたような生々しい響きだ。それが止んだ瞬間、硬い袋が破裂したような音を立ててベルゼブブの腹から青い血が吹き出した。

 血が流れ出た場所から紫色に染まった人間の腕が飛び出す。今まで顔だけ覗かせていたバアル・ゼブルが、ベルゼブブの腹を突き破って両腕を露出させたのだ。


 青い血にまみれた紫色の両手が互いの掌を向かい合わせる。その中心から水が溢れて渦を巻いた。

 敵の攻撃を察知した樹流徒は急いで対応する。体の構造を変化させて腹に大口を広げた。

 バアル・ゼブルが手を突き出すと、水の渦が外側に広がりながら濁流の如き勢いで直進する。ほぼ同時、樹流徒の腹から炎の渦が飛び出した。


 炎と水。二つの渦が両者の中間で衝突する。力は完全に互角だった。二つの渦は一ミリも動かずにその場で互いの身を削り合い大量の白煙を巻き上げる。


 拮抗する力と力。そのバランスを崩壊させたのはベルゼブブだった。

 ベルゼブブの赤い瞳が強く輝くと、呼応するようにバアル・ゼブルの瞳も輝きを増す。併せて水の渦が急激に勢いを増した。樹流徒が放った炎の渦は、あっという間に水の渦に競り負ける。


 螺旋を描いて直進する水流が樹流徒を巻き込み、彼の体を遥か後方まで押し流した。

 現世にはウォーターカッターや放水銃など水を利用した道具がある。それらの威力も見ても分かるように、水の力は決して侮れない。樹流徒が受けた水の渦も常人が食らえば確実に命が無かった。

 魔人の肉体でさえも多大なダメージを負ったのである。樹流徒は全身がバラバラになったような衝撃を感じながら、地面を転がった。

 何とか起き上がる事ができたが、炎の渦で敵の攻撃を途中まで相殺していなければどうなっていたか分からない。想像しただけで生きた心地がしなかった。


 もっとも、魔界の支配者と戦闘している最中に生きた心地も何も無い。

 ベルゼブブの目がぼんやりと白い光を帯びる。

 樹流徒は横っ飛び一発、床を転がってその場から逃れた。ベルゼブブの瞳に灯った不鮮明な光がすぐに一筋の閃光となって空を切り裂く。閃光は樹流徒の足裏をかすめ、地面に直線を引き、激しい炎を噴き上げた。




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