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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
301/359

二つのバベル計画



 いつのまにかそこに立っていた少年の悪魔。

 彼の名をフルーレティが呼ぶ。

「マルティムか……」

「やあフルーレティ。久しぶり」

 マルティムは笑顔で手を振った。その陽気な立ち振る舞いは、樹流徒と鬼ごっこをした頃から何も変わっていない。足取りも明るくフルーレティの元までスキップでやって来た。

「背信街の住人でもないオマエが何故ここにいる?」

 フルーレティは冷ややかだ。どこか責めるような口調でマルティムに問いただす。

「面白そうだから」

 マルティムは至って単純明快な答えを返した。

「そうか。オマエはそういう悪魔だったな……」

 フルーレティは何かを諦めたような、納得したような調子で言う。

 悪魔にも色々な性格を持った者がいるが、中でもマルティムは一風変わった性格の持ち主である。

 彼は“楽しければ良い”という行動原理に従って生きている。勝ち負けや保身、そして相手の立場よりも、自分が楽しいかどうかを最優先させる悪魔なのだ。


「まさかオマエも外で暴れ回っている賊の仲間ではないだろうな?」

 フルーレティが問うと、マルティムは屈託の無い笑顔を返す。

「やだなぁ。ボクがベルゼブブ軍や反乱軍に加わるわけないでしょ。特定の組織に属して行動を制限されるのは性に合わないからね」

「そういうところも相変わらずか……。オマエは昔から自由過ぎる。私にとっては最も優秀であり最も扱いづらい配下だった」

 とフルーレティ。

 どうやらマルティムはフルーレティの配下らしい。いや、「配下だった」と過去形で言っているので、今は違うのだろう。自由を求めるマルティムの事だ。フルーレティの配下という立場を窮屈に感じて役目を放棄したとしても不思議ではない。


「そんなことよりキミ、どうしてそんな姿になっちゃったの?」

 マルティムは昔話よりも現在のフルーレティに興味津々の様子だった。ただの氷塊になってしまった彼の全身を、つぶらな瞳でまじまじと観察する。

「ま、どうせキルトにやられたんだろうけどさ」

「分かっているならば聞くな。それとも挑発のつもりか?」

「ゴメンゴメン。でもフルーレティが負けたってコトは、キルトはもうベルゼブブの元に向かったんだよね?」

「そうだ。しかし奴ではベルゼブブに勝てない」

「どうかな? キルトなら何かやってくれそうな気がするんだけど」

「首狩りに味方するような発言は控えろ。奴はいずれ我々悪魔にとって大きな災いとなる。決して生かしておいてはならない存在なのだ」

 フルーレティは若干不快そうに言い立てる。しかしマルティムには何の意味も無い言葉だった。

「災いとか敵味方とか関係ないね。ボクはキルトが勝った方が面白いって思う。大事なのはそれだけだよ」

「……」

 呆れて物も言えなくなったのか、フルーレティは黙った。


 マルティムは回れ右をして虚空を仰ぐ。

「うーん。でもキルトがベルゼブブを倒しちゃったら、それはそれで困るんだよなぁ……」

 ぽつり、とこぼした。

 その意味ありげな独り言をフルーレティは聞き逃さない。

「どういう意味だ?」

「え。何が?」

 マルティムはフルーレティを振り返る。

「とぼけるな。聞こえていたぞ。首狩りがベルゼブブを倒したら、何が困るのだ?」

「うーん。それはまだナイショ」

 少年はにっこり微笑んで追及をかわす。

 フルーレティが元の姿をしていたら、軽く眉根を寄せていただろう。


 マルティムは話題を変える。

「ね。いま背信街で暴れ回っている反乱軍の正体は知っている? あと彼らの狙いも」

「知りはしないが、大体の予想はついている」

「へえ、流石フルーレティだね。その予想がどんなモノか聞かせて欲しいな」

「おだてて情報を引き出そうとしても無駄だ」

「やだなー。そんなこと考えてないよ。逆に色々情報提供しようと思ってるのに。結構耳寄りな話を持って来たんだよ?」

「信用できん」

 そうは言いつつも、フルーレティは一拍置いてから答える。

「おそらく反乱軍の正体はサタン派と呼ばれる連中だろう。裏切り者の名はリリス。そして奴らの狙いは“刻魔殿(こくまでん)”の襲撃だ」

「あ。正解」

 ヒュウとマルティムは口笛を鳴らす。

「状況を考えればそれ以外に答えが無い」

「刻魔殿にサタンを閉じ込めてあるんだよね。バベル計画の生け贄にするためにさ。彼を救出するのが反乱軍の目的だよ」

 フルーレティは「ほう」と初めて感心したような声を漏らす。

「些か驚いた。バベル計画の存在を知っているだけでも少々意外だったが、まさか本当にそこまでの情報を得ているとはな」

「ボクは反乱軍じゃないけど彼らに近付いて面白い話を沢山聞かせてもらったからね」

「オマエのような悪魔に反乱軍が情報を与えるとは思えん」

「うん。だから口が硬い悪魔にはちょっとイジワルな手を使って喋ってもらったよ」

「好奇心を満たすためなら手段を選ばんか。本当に困った奴だ」

 フルーレティは軽い笑い声を発する。樹流徒の前では決して出さなかった声だった。

「好奇心を失ったら死んだも同然だよ。悪魔だけじゃなく、天使でも、ニンゲンでもね……。それって逆に言えば、好奇心旺盛なボクは他の皆よりも生きてるってコトだよね」

 マルティムは妙な理屈を唱えて得意げになる。

「付き合い切れん」

 フルーレティは体のどこかから軽い吐息を漏らした。


「さてさて。反乱軍はサタンを救出できるかな?」

 マルティムが一人楽しそうにはしゃぎ出す。

 その様子を数秒眺めてから、フルーレティは冷や水を浴びせるような言葉を投げた。

「サタン復活に期待しているならば残念だったな。首狩りだろうと反乱軍だろうと、もう誰にもバベル計画は止められない。サタンは生け贄に捧げられる」

「へえ。断言するなんて余程自信があるんだね」

「刻魔殿の守りは完璧だからな。誰一人あそこには入れん」

「完璧? 背信街から裏切り者がいっぱい出ちゃってるけど、それでも大丈夫なの?」

「無論だ。仮に敵があの場所にたどり着いても問題ない。我々はすでに先手を打ってある」

「どんな手?」

「十数名の悪魔に刻魔殿の内側から結界を張らせた」

「ふーん。結界をねぇ……」

「魔空間では敵の侵入を許してしまう。下手をすればすぐに解除されるだろう。それに比べて結界はしばらくのあいだ外敵の侵入を完全に防げる」

「まあ、そうだね」

「万が一儀式を妨害する輩が現われても大丈夫なように、我々は刻魔殿に結界を張る準備を進めておいた。敵の攻撃が激しければ結界は数時間と持たず破壊されるだろうが、そのあいだには我らの同志とベルゼブブが賊を一掃してくれるだろう。折り良く呼び戻した魔晶館周辺の戦力もこちらに到着する頃だ。反乱軍の連中に勝機は無い」

「なるほど。だから守りは完璧なんだね」

 マルティムはニコニコしている。そしてどこかウズウズしていた。まるでクイズの正解を知っている子供が答えを教えたくて教えたくて仕方がないように。

 その態度を見てフルーレティは何やら嫌な予感を覚えたらしい。

「ありえない話とは思うが、結界を破る方法が存在するとでも言うのか?」

 真面目な口調でそう尋ねた。

 マルティムは殊更嬉しそうに答える。

「あるよ。術者が維持するタイプの結界って、内側が脆いからね」

「内側?」

「裏切り者がいっぱい出たって言ったでしょ。もし結界の内側にも反乱軍に寝返った悪魔がいたらどうなるだろうね?」

「ありえんな。結界を張っている悪魔を含め、いま刻魔殿にいるのは全員ベルゼブブに従順な者ばかりだ。それ以外の者は全て立ち入り禁止にしてある。誰かがサタン派に寝返るなど考えられない」

「ふうん。慎重な人選をしたんだね」

「こればかりは慎重にならざるを得なかった。何しろ我らが王サタンだ。反乱軍とは無関係な悪魔でさえサタンを救出しようと突発的な行動を起こしかねない。そのためあの場所を守る悪魔は厳選に厳選を重ね、決してこちらの命令に背かない者たちを選んだ」

「じゃあ、結界内部から裏切り者は出ない?」

「出ない」

「本当かな?」

「些かくどいな。さっきから何が言いたい?」

「確かに自ら裏切る悪魔はいないかもね。でも、もし彼らが自分の意思とは無関係に裏切っちゃったらどうするの?」

「なに……?」

「だってそうでしょ? 悪魔の中には他者の意識を操ったり、体を乗っ取る力を持つ者がいるんだよ。例えばリリスがそうだよね。まあ彼女の能力は弱い悪魔にしか通じないけど」

 マルティムがそこまで言うと、フルーレティは意外な落とし穴の存在に気付いたらしい。

「まさか……」

 氷塊の中心に浮かぶ目玉が少年を凝視する。

 マルティムは悪戯っぽく笑った。

「もし背信街の住人に他者の意識を操れる悪魔がいたとしたら? もしその悪魔が反乱軍に寝返ってて、結界を張っている悪魔を何日も前から操っていたとしたら?」

「ありえん……人選を終えたのは昨夜だぞ。何日も前から操れるはずがない」

「そんなコトないよ。要は誰が結界を張るか前もって分かっていれば良いんだから」

「予想したというのか?」

「そう。結界の構築と維持が可能な上にベルゼブブに従順な悪魔ともなれば相当数が絞られてくる。しかも強力な結界を張るにはそれなりの人数を揃えないといけない。その内の一人を予想するのは簡単だよ。何ならボクが今ここで言い当ててみせようか?」

「……」

「ついでに言うと、刻魔殿に結界が張られることをリリスたちは前々から予想してたよ。最初に気付いたのはメフィストフェレスらしいけど」

「馬鹿な……」

「万が一の事態に備えてベルゼブブに従順な悪魔ばかり揃えた手腕はさすがだけど、リリスはそこまで読んでいたんだ。詰めが甘かったね」

「しくじった!」

 一声叫んでフルーレティが宙を走り出す。

 彼の行く手にマルティムの姿がすっと現われた。マルティムは瞬間移動が使える。相手の前に回り込むなど造作も無いことだった。


「ちょっと。まだ話の途中なのにボクを置いてどこに行くのさ?」

「どけ。最早オマエに構っている場合では無い。早くベルゼブブの元に行かなければ。この事実を知らせるために……」

「遅いよ。すでにリリスが刻魔殿に乗り込んでいる頃だからね」

 それを聞くとフルーレティの体が硬直した。赤い目玉が充血して黒い雷を走らせる。

「リリスめ……。やはり奴は常に我々の監視下で動かすべきだった」

 忌々しげにフルーレティが言う。以前からリリスの裏切りを危惧していたような口ぶりだった。

 静かな怒りを露わにする彼とは対照的にマルティムはすっかりご機嫌だ。

「ホント楽しみだよね。あの魔王サタンが長き眠りから復活するんだよ」

「オマエ……自分たちが何をしているか分かっているのか? サタンを生け贄に捧げなければバベル計画は成らんのだぞ」

「ボクは反乱軍じゃないんだからそんなこと言われても困るよ」

「……」

「それにバベル計画って本当にサタン抜きじゃ実行できないの?」

「なに?」

「たとえサタンが復活してもバベル計画は実行されるよ。本来とはちょっと違う形でね」

 マルティムはにっこり微笑む。

「違う形……」

 はっと何かに気付いたようにフルーレティの体が微動した。

「そうか。分かったぞ。リリスたちの狙いが」

「……」

「マルティム。さっきオマエはこう言ったな? “首狩りにベルゼブブを倒されたら困る”と。あの意味がようやく理解できた。反乱軍はベルゼブブを利用するつもりなのだな? だからまだあの方を生かしておかなければいけない」

「どうやら気付いたみたいだね。今回リリスに一杯食わされたとはいえ、さすがにフルーレティは聡明だよ」

「たった一つだけ、サタンを生け贄に捧げなくても儀式を成功させる方法がある。それを実行するのが反乱軍の計画か……」

「“真バベル計画”なんて呼ばれているらしいよ。反乱軍のごく一部がそう言ってるだけだけどね」

「不愉快な名称だ。まるで我々の計画が偽物のようではないか」

「キミたちのバベル計画と、リリスたちの真バベル計画。一体どちらが実行に移されるんだろうね? ボクは“真”の方が良いな。だから悩むんだよね。キルトには勝って欲しいけど、ベルゼブブを倒されたら困るからさ」

「黙れ」

 これ以上喋っている暇などない、と言わんばかりにフルーレティは動き出す。マルティムの横を通り過ぎ、出口の扉めがけて宙を疾走した。


 しかしフルーレティの動きがすぐに止まる。

 室内の景色が激変したからだ。イース・ガリアの黒い壁面がより深い闇の侵食を受けて表面を水面のように揺らめかせる。かと思えば、無数の炎の玉が室内の壁に沿って出現した。等間隔に並んだ炎の玉は薔薇色の輝きで辺りを薄々と照らす。

 マルティムの魔空間だった。


「これは何の真似だ」

 フルーレティは怒声を発して背後を振り返る。

「ねえ、鬼ごっこしようよフルーレティ。ボクが鬼でキミが逃げるんだ」

「こんなときに戯れはよせ。遊びも度が過ぎると後々痛い目を見るぞ」

「キルトとベルゼブブの勝負が終わるまで逃げ切ったらキミの勝ち。ちゃんと逃げないと死んじゃうから頑張ってね」

 フルーレティを無視してマルティムはルール説明をする。

「死? 私を殺す気か?」

「だってフルーレティにはここで退場してもらった方がボク的には面白いんだもん」

 来世でまた会おうよ。そう言って少年は虚空から剣を取り出した。



 その頃、樹流徒は遂に目的の場所にたどり着こうとしていた。

 目の前にかね折れ階段(・・・・・・)がある。イース・ガリアの最上階へと続く最後の階段だ。幅が広く一段一段が異様に低い。坂に近い階段だった。

 樹流徒は顔を上げて駆け出す。右へ左へと不規則に折れ曲がりながら徐々に高度を上げる階段を三段飛ばしで駆け上がった。一分も経った頃には前方に長い坂が現れる。その先はもう無かった。


 最後の坂を上りきると、周囲の様子がガラリと変わる。

 視界いっぱいに宇宙が広がっていた。足下にも、正面にも、そして頭上にも、背後の坂を除いて全方位に無数の小さな星が瞬いている。超大型のプラネタリウムだ。


 小さな星々に囲まれて一つだけ大きな光が見えた。遠くでぼんやりと輝くその星は、力強い太陽というよりは妖しげな月に見える。

 導かれるようにそちらへ近付いて行くと、月明かりの正体が一本の橋だと気付いた。

 さほど長さは無いがとても広い橋だ。闇の中で光り輝く不思議な石を使って造られている。自ら光を放つと言う点では月よりも太陽に近かった。


 月でもあり太陽のようでもある光の橋を、樹流徒はゆっくりと渡る。

 橋の下には星明りの無い奈落が口を広げていた。ここが建物の中だという事を忘れてしまいそうなほど深い闇に見える。


 橋を渡った先には円形の宇宙が広漠たる体を横たえていた。

 物音一つ無い。この世から隔絶されたような空間だ。

 その最奥に、樹流徒が今までずっと探し求めていた宿敵の姿があった。




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