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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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名も無き事件



 樹流徒と詩織は中学時代に一度だけ同じクラスになったことがある。

 その年、彼らの学校でとある不思議な出来事が起きた。


 五月の大型連休明け初日。空は晴れ渡り真っ白な雲が気持ち良さそうに泳ぐ、とても穏やかな天気だった。多くの生徒たちが眠気を誘われ学校中が軽い倦怠感に包まれていた。


 その日の午前中。音楽の授業を控えていた樹流徒たちのクラスは音楽室に移動していた。音楽室は校舎の三階に位置しており、廊下は当然ながら外壁や天井に囲まれている。普段生徒たちが危険に晒される事などあり得ない場所だ。


 だが、そのあり得ない事が起きてしまった。

 どこからともなく現れた黄金に輝く巨大な発光体が窓や壁をすり抜け、偶然廊下を歩いていた生徒たちに直撃したのである。それにより四名が意識不明となり病院へ搬送された。

 幸い被害にあった生徒たちはその日の内に全員が意識を回復。後に受けた精密検査でも全身異常なしだった。


 この不思議な事件は当日の全国ニュースで取り上げられた。学校には地元マスコミが取材に訪れた。しかし日々大量の情報を消費するのが現代社会である。二日も経てば世間はこの事件の存在など(ほとん)ど忘れ去り、より鮮度の高いセンセーショナルな記事を追い求めていた。事件の舞台となった校内ですら一週間も経てば誰もそのことを口にしなくなっていた。一連の様子を映した画像でも存在していれば話は別だったかもしれないが、そういった物証は全くなかったので仕方がないかも知れない。


 結局この一件は“窓の外で何かが激しいフラッシュを起こし、たまたまそれを見てしまった生徒たちが気絶した事件”として片付けられたのである。

 ちなみにフラッシュの正体が何であったのかという議論はされなかった。議論の末に答えを得たところで、果たしてそれが正しいかどうか誰にも分からないからだ。


 今やこの名も無き事件に関する事実を正確に知っているのは、被害者の四名と、当時その付近にいたごく少数の生徒のみ。


 そして……実は、その被害者の内のニ名が樹流徒と詩織なのだった。



 当時の回想を終えて、樹流徒は懐かしさに表情を緩める。結果的に死者が出なかったのと、彼自身が被害者だったために当時の出来事を笑い話にできた。

「あれは本当に驚いたな。お互い生きていて良かった」

「そうね」

「でも何故、今、あの事件の話を?」

「別に。ただなんとなく」

「そうなのか? もしかして伊佐木さんが僕をここに呼んだ理由と何か関係があるんじゃないかと思ったんだけど」

 樹流徒が憶測を語ると、詩織は答えず

「話を聞いてくれてありがとう。相馬君って、想像してたより話し易い人だったのね」

 代わりにそう言って微笑する。明るい笑みではなく、少し儚げな笑顔だった。

「それじゃあさよなら」

 彼女は最後にそう言い残し、樹流徒に背を向けて歩き出す。


 さよなら……か。


 樹流徒は本棚の中から適当な一冊を手に取り、真ん中辺りのページを開いた。五ページほど読み進めたところで本を元の場所に返して、図書室を後にした。




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