激動の背信街
黒い陽光が樹流徒の足下に影を落とす。樹木のように伸びた鉱物の真下にも、大空を旋回する悪魔の直下にも薄い影を広げる。一日の中で太陽が最も高く輝く時刻である。
風が少し強くなった。電池切れになっていた二体のリリムが寸分違わず同じタイミングで動き出す。
「それでは作戦を決行しましょう」
背信街に突入する時が来た。
敵地に通じる隠し通路は湖にある。敵に見付からずそこまで行けるかどうかが目下の問題だった。いま樹流徒たちが身を潜めている天然迷宮はある地点で途切れてしまう。そこから先は身を隠す場所が一切無い裸の大地だ。リリムによれば、天然迷宮と湖の間に横たわる裸の大地は、最短でも五百メートル以上あるという。五百メートルというと樹流徒が全力疾走しても三十秒近くかかる。リリムの場合はもっとかかるだろう。その最中に敵から見付かれば、かなり面倒なことになる。
「距離的に考えて地上の敵に見付かる心配はありません。注意すべきなのは背信街上空を飛び回っている悪魔です」
「そうだな……。もし敵に見付かった場合はどうする?」
「構わず湖に飛び込みましょう。水中に姿を隠せますし、敵に追いつかれる前に隠し通路へ逃げ込めばこちらの勝ちです。追っ手を振り切れないと判断した場合は戦うしかありません」
「何にせよ一度飛び出したら前進あるのみだな。敵に発見されて引き返せば、二度と湖に近づけなくなる」
前もって三人の間でそのようなやり取りが交わされた。
話が終わると、樹流徒たちは早速行動を開始する。張り出す大地の陰から陰へ。特殊な地形を利用して湖に近付いていった。
不意に大きな影が眼下を通り抜けてゆく。後方の空から飛んできた巨大な鳥が三人の頭上を通過していったのだ。樹流徒は一瞬ひやりとしたが、通り過ぎたのが悪魔ではなく魔壕に棲息するタダの鳥であるとリリムに教えてもらい安堵した。
それきり特に肝を冷やす場面も無く、三人は順調に前進を続けた。
樹流徒にとって少し意外な出来事が起きたのは、あと少しで迷宮の出口に差し掛かろうというとき。
少年型リリムがいきなりこう告げた。
「一応伝えておきますが私はここに残ります。キルトはもう一人のリリムと二人だけで背信街に突入してください」
樹流徒は足を止める。
「お前は一緒に来ないのか?」
「はい。アナタを隠し通路へ導くのに私たち両方は必要ありません。それに三人よりも二人で行動した方が敵に発見される危険性が気休め程度には低くなります。なので私が同行するのはすぐそこまでです」
「じゃあ、そのあとお前はどうするんだ?」
「アナタたちが無事湖に隠れたのを見届けてからリリスと合流します」
「そうか……」
若干唐突な報告に樹流徒は軽く驚いたが、リリムを引き止める理由は特に無かった。
「お前のお陰でここまで安全に来られた。ありがとう」
「リリスの命令ですから」
少年は冷淡な調子で答えた。
地面が突き出た場所に滑り込む。三人が背を低くして体を寄せ合えば何とか入れるくらいの陰だ。そこが身を隠せる最後の場所だった。
ここから先は平坦な大地が続く。湖まで一気に駆け抜けなければいけない。
「飛び出すタイミングはアナタにお任せします」
少女型リリムが樹流徒の肩で呟いた。
「分かった」
樹流徒は物陰から顔を出して走行ルートを確認する。今のところ前方の道を塞ぐ者は無かった。湖の周辺をうろつている悪魔もいない。飛び出すなら今しかない、と思える絶好の状況だった。
「じゃあ早速行くぞ。いいか?」
確認を取ると、少女は無言で頷いた。
樹徒徒は物陰から躍り出る。その瞬間から彼の目は遠くに広がる血のような水面しか見ていなかった。
ブーツの底が地面との摩擦で溶けるのではないか、というほど力強く走る。後ろからついてくるリリムの姿も振り返らず、上空の敵がこちらに気付いたかどうかも気に留めなかった。とにかく走る時間をコンマゼロ一秒でも縮めることだけを考える。無意識の内に息は止まっていた。
呼吸を思い出したのは水の中でだった。脇目も振らずに走った甲斐あって、樹流徒は無事、湖に飛び込んだ。
この湖には浅瀬というものがほとんど無い。水に触れて十歩も進まない内に樹流徒の体は腰まで水に浸かっていた。
頭のてっぺんまでしっかり水中に隠してから樹流徒は後ろを振り返る。数秒待つと、近くの水面が沈んで少女が飛び込んできた。当然ながらもう一人は来ない。
周囲に敵の気配は無かった。ひとまず難所を乗り切ったが、安心している暇は無い。樹流徒とリリムはひとつ頷き合って速やかに先へ進んだ。
湖を満たす赤い水の正体は、黒雲から降る雨である。見た目はドロドロして生温そうだが、実際には触感も水温も普通の水と変わらなかった。色が付いているため透明な水よりも前が見づらいが、それも気になるほどではない。
警戒の意味も込めて樹流徒は辺りの様子を見回した。幾分濁った視界を小さな異形の群れが横切る。現世では見かけない奇抜な形をした魚ばかりが何種類も辺りを泳ぎ回っていた。プランクトンを僅かに大きくしたような生物も大量に漂っている。こんな湖でも意外なほど多くの命が暮らしていた。生命の逞しさを垣間見て、樹流徒は感動というより感心した。
岸から離れるにつれ、水深は増してゆく。
黒い陽光が届かない深さまで潜ったところで、リリムが樹流徒を振り返った。
『今のところ誰も追って来る気配がありませんね。どうやら敵に見付からず済んだようです』
その言葉は口から出たものではない。少女の声が樹流徒の脳内に直接語り掛けてきた。おそらくリリムはテレパシーのような能力を持っているのだろう。
かたや樹流徒は、魔界を冒険している最中に水中でも喋れる能力を手に入れていた。
「追っ手はいなくても、いつ何が起こるか分からない。一刻も早く隠し通路に向かおう」
『はい』
リリムは身を翻して、足で水を蹴り始めた。
湖底には苔が生え、丸い石が沢山転がっている。しかしこの辺りの地形や、この湖が生まれた経緯を考えると、本来こんな場所に石が転がっているはずがなかった。きっと悪魔たちが莫大な労力を費やしてどこかから運んできた石なのだろう。この湖は天然自然ではなく多少悪魔の手が加えられているのだ。
角が一つも無い真ん丸な石を見下ろしながら、二人はさらに深く深くへと潜ってゆく。
何とはなしに樹流徒は、前を行く少女に尋ねた。
「ところでリリスはもう背信街の近くまで来ているのか?」
『はい。います』
驚くほどの即答だった。
「どうしてそんな風に断言できる?」
『私たちとリリスは常に繋がっています。ですからどんなに離れていても互いの存在を感じる事が出来るのです』
「要するにどこにいても互いの位置が分かるんだな」
リリムが即答できるのも納得だった。
同時に、樹流徒は図らずもあることに気付く。おそらくリリムは一種の発信機なのだ。リリムとリリスは常に互いの位置が分かる。つまり樹流徒とリリムが一緒に行動している限り、リリスは常に樹流徒の現在位置を把握できるのだ。
それに気付いても、樹流徒は道案内をしてもうためにリリムと一緒に行動する必要がある。リリムもそれを理解しているから樹流徒の質問に応じたのだろう。
「お前はベルゼブブのところまで俺についてくるのか?」
『いいえ。私の戦闘能力では強力な悪魔には太刀打ちできません。ですから足手まといになる前に戻ります。私が足を引っ張ったせいでアナタがベルゼブブの元にたどり着けなくなったら困りますから』
嫌味でもなく、卑屈さも無く、リリムは機械的に事実を伝えてきた。
それから十も数えない内。
――待て、そこのオマエたち。
出し抜けに遠くから野太い男の声が飛んできた。水中なのに鮮明に聞こえる声だった。
樹流徒たちは動きを止め、声がした方を振り返る。
こちらに近付いてくる五体のダゴンがいた。ダゴンは人間の上半身と魚の下半身を持つ悪魔だ。全員厳つい男の顔をしているため、相変わらず「人魚」と呼ぶよりも「魚人」と呼んだほうが似合う容貌をしている。
どこからともなく現われた五体の魚人は揃って怪訝な表情をしていた。異端地獄にて樹流徒が初めて遭遇したダゴンは言葉を発さなかったが、魔壕のダゴンは喋るらしい。
「オマエたち見ない顔だな。どこから来た?」
威圧的な声が二人を問い詰める。
『どうしますか? キルト』
「ケプトの町だ」
樹流徒は質問に応じた。眼前のダゴンたちが何者か分かるまでは迂闊に手を出せない。
「そうか、あの町か。道理でそんな派手な格好をしているわけだ」
ダゴンの一体が納得している内に、別の一体が樹流徒たちに次の質問をする。
「ケプトから来た奴がここで何をしている?」
「ただ泳いでいるだけだ。そういうお前たちはどこから来たんだ? この湖の住人か?」
「そんなわけないだろう。オレたちは背信街の者だ」
途端、仮面の下で樹流徒の目は鋭くなった。
それに気付いたか気付かなかったか、ダゴンの目もやや尖る。
「オマエたちかなり怪しいな。この湖は背信街の住人以外は滅多に近付こうとしないんだぞ。なのに今日に限って遊泳しているなど、妙な疑いを持たれても文句は言えないんじゃないか?」
ダゴンの一体が言うと、他のダゴンも追従する。
「そうだな。怪しにもほどがある」
「コイツら、少し詳しく調べたほうが良いかもしれないぞ」
魚人たちは顔を見合わせる。目配せで「どうする?」と無言の相談を始めた。
それが済むとダゴンの一体が威嚇するように目を剥く。
「とりあえずそこのオマエ、仮面を外して顔を見せろ」
と樹流徒に指図した。
無論、樹流徒は外せない。素顔を見られれば終わりだ。しかし仮面を外さなければ、顔を見られたら困と自白しているも同じだった。
これ以上嘘をついても意味は無い。
『やりますか?』
リリムが樹流徒の頭に直接語りかけてくる。「戦いますか?」という意味だろう。
「離れていろ」
樹流徒はそれだけ言った。戦闘行為はあくまで自衛の手段と考えている樹流徒だが、相手が背信街の住人――ベルゼブブ軍の者ならばその限りではない。
樹流徒は先制攻撃を仕掛ける。水中でも地上と変わらない速度で動ける彼は、素早くダゴンの懐に飛び込んで一体の首を落とした。
「なんだ?」
「こいつ、やりやがったのか?」
他のダゴンたちが状況を飲み込めず驚いている隙に、樹流徒は仮面の奥から赤い気泡を吐く。気泡は無秩序な動きをしながら前方へ広範囲に拡散。ダゴンの体に触れると小さな爆発を起こした。ダゴンの頭が、腕が、下半身が、爆ぜたシャボン玉のように軽く吹き飛んで消滅する。この攻撃は水中でしか使用できないが、魔王ラハブの能力だけあって性能は申し分無しだった。
残る敵は一体。ダゴンは身を翻して逃げたが、その背中を触手に変化した樹流徒の手が貫いた。先端が恐ろしく硬いフォルネウスの触手は敵を捕縛するだけでなく刺突する武器としての使い道がある。
ものの三十秒にも満たない決着だった。
『並の悪魔では普通に戦っても相手になりませんね。リリスがどうしてもアナタとベルゼブブを戦わせたがるのも頷けます』
あくまで感情のこもらない少女の声が頭の中で反響する。
『キルト。アナタには悪魔殺しの才能があります』
お世辞でも皮肉でもない、混じりけのない言葉だった。
ゆらゆらと赤い光の粒が水中を漂い始める。
「先を急ごう」
樹流徒は遠くの水底に目を落とした。
ほぼ時を同じくして、地上では大きな動きが起ころうとしていた。背信街から西へ数百メートル離れた場所に異形の群れが集まっている。その数は三百とも五百ともつかない。何しろ彼らは天然迷宮に身を潜め、全員の姿が見えないからだ。
異形の兵士たちは物陰で息を殺し、闘争心に満ちた眼差しを背信街に注いでいた。
その先頭にはリリスの姿がある。
「どうやらキルトが湖に潜ったようだ」
「ではそろそろ始めるか?」
獅子の頭部を持つ悪魔ヴィヌが鋭い目を光らせる。
その隣には、赤いシルクハット、襟付きの赤いマント、赤いシャツ、赤タイツなどなど、全身赤まみれの格好をした悪魔が立っていた。
「これから魔界の歴史が動く。その現場に立ち会えるなんて、こんなに素晴らしい事はない。とても良い詩が浮かびそうだよ」
「間違っても戦闘中に作詩活動をするのは控えてくれ」
ヴィヌが言うと、赤ずくめの悪魔メフィストフェレスは髭の下で笑った。
「では、誰かに戦いの狼煙を上げて貰うとしよう」
リリスが言うと
「それならペイモンが良い。彼なら景気の良い花火を打ち上げてくれるよ」
騾馬の悪魔アドラメレクが一人の悪魔を推薦した。
「そうだな。オマエに頼むとしようか」
リリスが横目を使って、少し離れた場所に立つ美しい顔の男を見る。
中世の王侯貴族を連想させる衣装に身を包んだペイモンは、皆の視線を浴びながら一歩前に出た。
彼は背信街に手を向ける。掌の先から炎が生まれて、何の躊躇いもなく前方へ弾き出された。
炎は真紅の光芒を放って地を這うような低さで宙を疾走する。そして背信街を守るベルゼブブ軍の中で、爆音とともに薔薇のような大輪を咲かせた。
大量の魔魂が舞い、背信街に雷鳴のようなどよめきが起こる。
奇襲を受けたベルゼブブ軍は急に慌ただしくなった。さっきまで談笑していた者たちが武器を構え、半分寝ているような顔で立っていた者が急に警戒の目を光らせる。
「今の爆発は何だ? 敵の襲撃か?」
「まさか首狩りが来たのか?」
数体の悪魔を葬った薔薇の残光が消えると、顔という顔が、今度はしきりに辺りを見回し始めた。
その内の一つが西側を向いて停止する。目が驚愕に見開かれた。
「おい。アレを見ろ」
彼が指差す先、天然迷宮の陰から異形の群れが次から次へと飛び出してくる。
その数は最初十程度だったが、二十、四十と倍々に膨れ上がり、最終的には千を超えるであろう軍勢になった。
千の軍勢は地を駆け、空を舞い、背信街を目指して猛然と迫ってくる。
「首狩りじゃない」
「来たぞ! 反逆者たちだ」
「あんな数どこから湧いてきたんだ?」
たとえベルゼブブ軍が反ベルゼブブ派の襲撃があると予想していたとしても、それがこれほどの数だとは誰も想定していなかったのだろう。大半の者が目に見えて狼狽していた。
ベルゼブブに反旗を翻す千の悪魔――反乱軍から攻撃の嵐が飛ぶ。炎と雷。氷塊と岩塊。槍と弓。そして閃光。それが凄まじい勢いで敵の命を刈り取ってゆく。
「落ち着け! 応戦するぞ」
「絶対にヤツらを背信街に入れるな」
ベルゼブブ軍は反撃に転じるが、相手の勢いは簡単に止められなかった。奇襲を受けたせいもある。反乱軍の人数が予想以上に多くて皆が驚き浮き足立ってしまった影響も大きいだろう。しかしそれ以上に、兵の質に差があるのが原因だった。リリスをはじめとした反乱軍の兵たちはベルゼブブ軍の悪魔より明らかに一人一人の戦闘能力が上だった。少数精鋭部隊である。彼らの姿が一つ消えるたび、ベルゼブブ軍の命は三十も四十も飛んだ。
しかし次第に戦況は変わってゆく。ベルゼブブ軍が西側に集結して、反乱軍の兵を包囲するように動き始めた。街の中から新たな戦力がわらわらと湧いてくる。
反乱軍の数が千なのに対し、ベルゼブブ軍は数十万。数の力では勝負にならなかった。
ベルゼブブ軍は物量の力で反乱軍を押す。いくら反乱軍の悪魔が少数精鋭だろうと百体の悪魔に囲まれて助かる命はまず無い。奇襲による混乱も収まりつつあり、リリスたちは急激に勢いを失った。
ただ、軍の後方から戦況を見守るリリスの顔に焦りの色は無かった。
彼女の隣にはメフィストフェレスが立っている。
「かんばしくない状況だね。このままでは誰一人背信街に辿り着けないまま敗走だよ」
口ではそう言うが、彼の目も冷静だった。リリスに何か策があると確信している顔である。それは何もメフィストフェレスが勘の良さを発揮したわけではない。普通に考えて、何の策も無く千の兵で数十万の大軍に真正面から突撃するはずがないのだ。
事実、リリスは策を隠していた。
「そろそろだな」
紫色の唇が不敵に歪んだ。
苦しげな悲鳴が上がり、鮮血と、魔魂がぱっと戦場を彩る。
ありえない場所で起こった。ベルゼブブ軍の真ん中。後方。そして背信街の中。そこに反乱軍の攻撃が飛んできたわけでもないのに、驚きの悲鳴と断末魔の叫び声が放たれる。
パニック状態から完全に立ち直りつつあったベルゼブブ軍が新たな混乱をきたした。
「何の真似だ?」
兵の一人が仰天する。背信街の中から出てきた悪魔に背後から襲われたからだ。
何故か味方であるはずの悪魔から攻撃を受けた。ベルゼブブ軍の兵士が次々と反乱軍に寝返っているのである。同様の現象が戦場のあちこちで起こり始めていた。
「なるほど。これが君の策か」
メフィストフェレスは顎の髭を撫で下ろしながら激動する戦場の姿を観察する。
「見ての通り、戦闘中に謀反を起こすよう手回しをしておいた」
「一体どれだけの数を抱き込んだ?」
「背信街全住人の二割といったところだ」
「それはまた凄い数だね」
「背信街の悪魔全てがベルゼブブを快く思っているわけではない、ということだ。むしろ心からベルゼブブに付き従っている者のほうが少ない」
「なるほど」
「そういう連中の中でも特にベルゼブブに対し不満を持っていそうな奴らを誘った。こちらの計画を打ち明けた上でカネを掴ませたら、皆、喜んで味方になってくれたよ。無償で仲間になってくれた者も大勢いる」
「謀反工作にはリリムを使ったのかい?」
「私はベルゼブブの命を受けて現世で諜報活動をしていたからな。そのあいだリリムに働いてもらった」
「よく誰にも気付かれなかったものだ。そしてよくこんな賭けに出ようと思ったね。一歩間違えれば君の命が無かったはずだよ」
「それくらいのリスクを負わなければ、ベルゼブブに一泡吹かせるのは無理だからな」
「君らしい豪胆な考え方だ」
「ベルゼブブは強力無比な悪魔だ。たとえ千の悪魔が徒党を組んでも奴は倒せないだろう」
「背信街の悪魔全員が結託しても無理だろうね」
「そうだ。だからこそベルゼブブは裏切りに対する警戒を怠っていた。たとえ自分への忠誠心が薄い悪魔でも、自分の命令に従うと約束した者は全て背信街に住まわせていた。この私もその一人だ」
「しかしそれが今回仇になったというわけか」
「謀反工作は予想より遥かに上手くいった。ベルゼブブは永遠とも思えるほど長い時間、ずっと魔界を牛耳ってきた悪魔だ。魔壕に限定して言えば私物化してきたと言っても良い。そんな奴に対して、皆、心のどこかで目にもの見せてやりたいと思っていたのだろう」
「残る問題は、実際ベルゼブブに目にもの見せられるかどうかだね」
「今まで無敵だったベルゼブブと渡り合える者が二人もいる。それに期待するしかない」
「一人は首狩りキルト。もう一人はこれから我々が救出するあのお方か」
「ああ、そうだ」
ベルゼブブ軍の一部が反乱軍に寝返ったことにより、状況は一転した。反乱軍は開戦時の勢いを取り戻し、手が付けられなくなりつつある。戦場は波乱の渦へと飲み込まれていった。