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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
292/359

死人買い



 樹流徒の家族を含めた龍城寺市民のほぼ全員が魔都生誕により命を落とした。彼らの遺体は儀式用の生贄としてベルゼブブたちに利用され、現世を訪れた悪魔の餌になり、そして他にも様々な用途で魔界の住人に使われた。人間の死体をロウソクの材料にしようとしたネズミ頭の悪魔もいた。いつか樹流徒が誰かに聞いた話だが、悪魔にとって人間の死体は幾らでも使い道があるという。あの言葉通り、樹流徒の弟妹である勇徒と葵もまた悪魔に利用され、死体人形として見世物の道具にされていたのである。


 樹流徒は眼前の光景を凝視したまま、しばしのあいだ瞬きを忘れた。

 信じられなかったし、これが現実だなんて認めたくなかった。自分の弟と妹の遺体が魔界に存在し、娯楽の道具として衆目に晒されている。いま目の前で起きている出来事を全力で拒否したかった。しかし虚ろな瞳で踊る死体人形と、観衆の笑い声が、無慈悲な事実を樹流徒に突きつける。


 目の奥がチリチリした。久しく水を欲しなかった喉が異様に渇く。鼓動が速くなった。心臓が鼓膜のそばに移動したのではないかと思うほど、ドクドクと脈打つ音が耳の奥を叩く。胸がむかむかして、樹流徒は空っぽの胃から何かを吐き出しそうだった。


 三つ首の竜ブネが手を二回叩く。それを合図に彼の周囲で空間が歪み、人間のような輪郭が九つも浮かび上がった。その内側が(たちま)ち白く色づいて骸骨人間の姿に変わる。

 ブネの使い魔だろう。召喚された九体の骸骨人間は瞳の奥に青い炎を灯していた。手にはクラリネット、アコーディオン、シンバルといった楽器を携えている。中には一体だけ楽器ではなく指揮棒を握っている者もいた。彼らは人形劇の音楽を演奏するために呼び出された者たちに違いなかった。奇妙な音楽隊の登場に見物客からもう一度拍手が起こる。


 拍手が止むと、指揮棒を持った骸骨人間がタクトを振り始めた。その動きに合わせて他の骸骨たちが各々の楽器を鳴らす。明るく穏やかな曲に乗って、劇の本編が始まった。

「ここは現世。ニンゲンたちの愛、欲望、業、そして夢。ありとあらゆるモノが渦巻く混沌の世界」

 三つあるブネの顔の内、グリフォンの顔が語り部となって物語を紡ぐ。それと並行してブネは両手の指を操り、二体の死体人形を自分の手足同然に動かした。


 人形劇が始まると、半ば朦朧としていた樹流徒の意識はようやく正常に戻った。しかし我に返った途端、今度ははらわたが煮えくり返る。家族の死体が、好奇に満ちた千の視線に晒されているのだ。そのような状況を黙って見過ごせるはずがなかった。


 樹流徒は前に踏み出す。たったいま取り戻したばかりの我を早くも失っていた。人間の死体を弄ぶ悪魔を許すわけにはいかない。そして弟妹を取り返さなければいけない。二つの使命が、樹流徒の冷静さを完全に奪っていた。周囲の悪魔に自分の正体が気付かれたらどうなるか。そんな危険性も全く予測できないほど彼の思考能力は役に立たなくなっている。前に居並ぶ悪魔を力尽くで押しのけてブネに近付いていった。


 一歩、また一歩と、前に出るたび樹流徒から放たれる殺気は膨れ上がる。それを察知した近くの悪魔が身震いを起こした。辺りを見回す異形の瞳が殺気の発生源を探す。

 魔人の指先から鋭利な爪が伸びた。その爪よりも鋭い樹流徒の眼光がブネの喉元に狙いを定める。あとは飛び出すのみ。躊躇(ためら)いの気持ちはほとんど無かった。「ブネを殺すのは早計だ」「落ち着け」と叫ぶ理性の声は、増大する怒りを前にして余りにもひ弱だった。


 にもかかわらず、樹流徒の足は止まる。不意に背後から飛び出してきた手に肩を掴まれ、強引に引っ張られたからだ。

「落ち着け、相馬樹流徒」

 耳元でフルネームを囁かれる。

 樹流徒は驚いて後ろを振り返った。見覚えがある若い女の顔が目の前に立っている。腰の辺りまで伸びた紫色の髪。露出度の高い漆黒の衣装から覗く青白い肌。そして真紅の鋭利な爪が目を引く悪魔だった。


「お前は、リリス」

 思わぬ敵との再会に、樹流徒は一歩後退する。

 ベルゼブブの命令を受け現世でスパイ活動をしていた悪魔リリス。彼女はバベル計画の参加者であり、樹流徒にとっては自分から家族と故郷を奪った憎き仇の一人だった。

「久しぶりだな。こうして向かい合うのはベルの肉体を解放したとき以来か」

 リリスは紫色に艶めく唇の両端を緩やかに持ち上げる。

 樹流徒は怒りに燃える目で相手を睨んだ。

「これは恐ろしい。どうやら私は相当恨まれているらしいな」

「当然だ。お前たちは俺から……俺たちから全てを奪っていったんだんだからな」

「なるほど。それでそんなに殺気立っているのか。だとしたらオマエはとんだ誤解をしている」

「誤解?」

「そう。勘違いだ。私は魔都生誕には関わっていない」

「見え透いた嘘をつくな」

「断じて嘘ではない。私がバベル計画に参加したのは魔都生誕の後だ。生贄に使うニンゲンの回収にも私は関わっていない。つまり私は誰の仇でも無いのだ」

 そんな話を信じろというのか? ベルの肉体を乗っ取り組織のメンバーを欺き続けてきた悪魔の言葉をすんなり受け入れろというのか?

 到底容認できなかった。リリスの言葉を信用できる根拠が何一つ無い。そしてリリスという悪魔は根拠も無く信じられるような悪魔ではなかった。


「私を信じらない気持ちは理解できる。オマエたちを騙していた前科があるのだからな。だが私に戦意が無いことはオマエにも分かるはずだ。何しろ私がその気になれば、この場でオマエの正体を暴露して悪魔をけしかけることも出来るのだから」

 戦う気が無いなら一体何のつもりでこちらに近付いてきたのか? 不審がる樹流徒に向かって、リリスは言う。

「私のことなどより、今は自分を気にした方が良い。オマエは著しく冷静さを欠いている」

 樹流徒は眉根を寄せた。いま自分が冷静でないことくらい承知している。それでも怒りの衝動に身を任せて動かずにはいられなかった。今すぐ悪魔の手から弟妹を取り戻したかった。

 リリスの妖しい視線が、噴水前で踊る二つの死体人形に向かう。

「そんなにあの子供たちを手に入れたいのか?」

「お前には関係のない話だ」

「そう言わずに聞け。もしオマエが無理に死体を取り戻そうと行動すれば、オマエの正体はほぼ間違いなく誰かに気付かれるぞ」

「だから何だ? たとえ正体がばれても俺は構わない」

「本当にそうか? 正体に気付かれれば、当然、戦闘になる。その結果オマエとは無関係な町の悪魔が被害を受けるかもしれないぞ。町の悪魔だけでなく、あの死体人形も戦いに巻き込まれ傷付くかもしれない。それすらも覚悟しているのか?」

 指摘されて樹流徒ははっとした。

「それは……」

 何か反論しようとしたが、言葉が出なかった。悔しいがリリスの言い分は正しい。怒りに我を忘れて、樹流徒はそこまで考えが及んでいなかった。第三者を危険に巻き込まないようにする事など、普段の樹流徒であればまず一番に気を使う部分だ。それを今回に限ってすっかり失念していたのである。樹流徒は、いかに自分が混乱していたかを気付かされた。


 今動けば、自分の正体が明るみになる上、周りの悪魔を危険に晒してしまう。それは分かった。

 では、どうしたら良いのか? このまま弟と妹の死体を娯楽の道具に使われて良いのか? ブネから二人を取り戻す方法は無いのか?

 分からない。樹流徒は思わずこめかみを押さえた。

 彼の肩をリリスが叩く。

「気持ちは分かるが、とりあえず劇が終わるまで待つしかないだろう」

 そうかもしれない、と樹流徒は認めた。

 少し落ち着いて考えてみれば、他に道はなかった。大勢の悪魔に囲まれた今の状況では、弟妹の死体を奪い返し、それを抱えたまま町を脱出するのは至難の技である。行動を起こすならば劇が終わってブネが一人になった時を狙うしかなかった。

 観衆たちがブネの周りから離れるのを待つ。そのあと機を見計らって弟と妹の死体を奪い、可能な限り誰にも気付かれずケプトの町を脱出する。それが考え得る限りの最善手だった。


「少しは頭が冷えたようだな」

 リリスはウェーブのかかった髪を指先で流す。

 彼女の思惑が樹流徒には分からなかった。仮に彼女が本当に魔都生誕と無関係だったとしても、ベルゼブブの仲間であることには違いない。その彼女がどうして自分に助言を送るのか? 樹流徒は怪訝な顔になった。

 そんな彼の声なき疑問にリリスは答える。まるで仮面の下に隠れた樹流徒の表情も、心の内も、全てを覗き込んだかのように。彼女は樹流徒の耳元で囁く。

「本音を言えば秘密にしておきたかったが、こちらを信用してもらうために話そう。私がオマエを助ける理由は、オマエとベルゼブブを戦わせたいからだ」

「なに?」

「だからオマエにはこんなつまらない場所で終わってもらっては困るんだよ」

 と、リリス。

 それで彼女は十分説明したつもりらしいが、樹流徒の疑問は全く解消されていなかった。何故リリスが、自分とベルゼブブを戦わせようとするのか?

 思わず声が大きくなる。

「お前はベルゼブブの仲間じゃないのか? 奴の命令で動いていたお前がどうして……」

「そろそろ静かにしていろ。耳の良い敵がどこに潜んでいるかわからないぞ」

 リリスは一方的に会話を打ち切る。そしておもむろに虚空から仮面を取り出して、顔に装着した。


 未だ興奮が収まりきらない脳の中で、樹流徒は一所懸命に思考を巡らせる。

 どれだけ考えても、リリスが嘘をつく理由が一つも見当たらなかった。罠にしては余りにもやり方が回りくどい。少なくとも彼女が自分と戦うつもりが無いのは本当だと信じられた。


 また、仮にリリスの言葉が全て事実だとしたら、彼女がベルゼブブを裏切っているのは間違い無い。

 そういえば、樹流徒はその可能性を裏付ける証拠を一つ知っていた。

 これは以前、海底神殿で出会ったルサルカという女性型悪魔が漏らした言葉である。


 ――私、迷ってるんだよね。これからベルゼブブの仲間になってバベル計画に参加するか、それともリリスたちに協力するか。 


 彼女が何を言っているのか、当時の樹流徒には理解できなかった。ただ、ルサルカの口ぶりは、まるでベルゼブブとリリスが別々の勢力に属しているかのように聞こえたのである。

 今になって、あの言葉の意味が鮮明に見えてきた。もしかすると、本当にリリスはベルゼブブを裏切ったのかも知れない。


 リリスを完全に信用するわけではない。むしろ怪しんでも怪しみ足りないくらいだ。だが、樹流徒はひとまず彼女の言葉に従って人形劇が終わるのを待つ事にした。兎に角、今は派手な動きを取れない。

 幸い、リリス以外に樹流徒の正体に気づいた者はいなかった。見物客は皆、ブネの人形劇に夢中になっている。

 樹流徒も客の一人になって劇を観賞した。見世物の道具になっている弟妹の姿を見るのは辛いが、どうしても目を背けられなかった。たとえ死体でも、たとえ悪魔に操られていると分かっていても、もう一度だけ弟と妹が動いている姿を記憶に焼き付けたかったのかもしれない。


 劇のあらすじは次の通りだった。

 ある日現世と魔界が繋がり、魔界に迷い込んだ人間の兄妹が離れ離れになってしまう。彼らは魔界中を冒険した果てに感動の再会を果たすが、そのとき二人は燃える城の中におり、共に炎に焼かれて死んでしまう。

 魔都生誕を題材にした、約一時間半の悲劇作品だった。それを観賞する魔界貴族たちの目は、賞金目当てで樹流徒に襲い掛かってくる敵のそれと大差無い。おそらく人間の心に本質的な部分が幾つかあるように、悪魔たちにも悪魔の本質というものがあるのだろう。そんな想像を抱かせる瞳だった。


 劇は概ね好評の内に終わった。最後の拍手を送ったあと、見物客は満足げな顔付きで散ってゆく。

 その中でただ一人、樹流徒だけは茫然とした表情で立ち尽くしていた。魔都生誕の直後、自宅で家族の死体と対面したときも同じ顔をしていた気がする。


 見物客がすっかり()けると、隣に立つリリスが樹流徒の肩を叩いた。

「では行くとしようか」

「どこへ?」

「無論、ブネのところだ。アイツから子供の死体を手に入れたいのだろう? 私が代行する」

 言い終えるや否や、リリスはブネに向かって歩き出す。

 樹流徒は急いで彼女の前に回り込んだ。

「待て。なぜ、お前がそんなことをする?」

「さっきも言ったはずだ。オマエにはこんな場所で終ってもらっては困るんだよ。だから危険を冒さず安全な手段で死体を手に入れる」

「安全な手段?」

「いいからついて来い」

 口で説明するよりも見せた方が早い、とリリスは樹流徒の横を通り過ぎた。

 樹流徒は彼女の後をついてゆく。敵であるはずの悪魔に助けてもらうなど、妙な気分だった。


 人形劇の音楽を奏でていた骸骨人間たちはいつの間にかどこかへ消えていた。

 ブネは一人で後片付けをしている。両手の指を操って、相馬勇徒と葵の死体を棺の中に戻そうとしているところだった。

 そこへ樹流徒とリリスが近付く。

 仮面で顔を隠した二人組が寄ってきたので、ブネはほんの少しだけ目を丸くした。

 しかしリリスが「なかなか良い劇だった」と褒めると、ブネの顔は三つとも機嫌が良さそうに目を細めた。

 樹流徒は仮面の奥からブネを睨んだ。本音を言えば、弟妹の死体を玩具にしたこの悪魔を許せなかった。ただ、ブネは勇徒と葵を殺したわけでもなければ、バベル計画参加者でもない。よくよく考えると、この悪魔の命を奪って良いものかどうか樹流徒は判断しかねた。

 リリスが止めてくれなければ、多分ブネを殺していただろう。それをせずに済んだ事だけはリリスに感謝しておくべきかもしれない。そう樹流徒は考えた。


 ブネは、樹流徒たちが劇の感想を述べるため近付いてきたのではない、と早々に悟ったようである。

「私に何か用かな?」

 三つの顔の内、老人の顔が初めて口を利いた。他二つと違って威厳のある声だ。

 相手の方から話を振ってくれたので、リリスは単刀直入に本題を切り出す。これから棺で眠ろうとしていた二人の子供を指差しながら

「そのニンゲンの死体、両方とも私に売ってくれないか?」

「え」

 ブネはさっきよりもはっきりと目を丸くした。

 樹流徒も驚きで声を上げそうになった。人間の死体を買いたい、とリリスは願い出たのだ。

 唐突な商談を受けてブネは思案顔になった。

 彼は数秒考えてから、返答する。

「売ると言っても、一体いくらで?」

「紫硬貨十万枚出そう」

「十万?」

 ブネは己の耳を疑った様子だった。

 紫硬貨十万枚というのは、相当な額である。ベルゼブブが樹流徒の首に掛けている懸賞金が現在紫硬貨二万枚(以前は八千枚だった)。それを得るために今まで数多くの悪魔が樹流徒の命を狙ってきた。その五倍もの値段を支払うとリリスは言っているのだ。ブネが疑わない方がおかしかった。

「ニンゲンの死体一つに五万だ。良い値だと思うが、どうだ?」

「それは勿論……しかし、なぜそうまでしてこんな子供の死体を欲しがる?」

「余計な詮索はしないでもらおう。売るのか? 売らないのか? 返答が遅ければこの話は無かったことにさせて貰う」

 交渉を持ちかけた側にもかかわらずリリスは強気だ。それだけ破格の取引なのである。ブネが断る理由などあるはずも無かった。

「分かった、売ろう」

 ブネは即決する。

「聞いての通り商談が成立した。あとはオマエの好きにすれば良い」

 リリスが樹流徒に言った。


 魔都生誕からかなりの日数が経っている。普通であれば人間の死体はとっくに腐敗していた。考えようによってはブネが勇徒と葵の死体を生前の姿のまま美しく保存しておいてくれたのである。

 樹流徒は弟と妹の元に歩み寄り、彼らの頭を両手で抱きしめる。その途端、ブネの操り糸から逃れた二人は、文字通り糸が切れた人形のように全身から力が抜けた。

 樹流徒は弟妹の死体に何と言葉をかければ良いのか分からなかった。名状し難い感情に胸を圧迫される。目の奥は未だ火種がくすぶるようにチリチリしていた。

「たかがニンゲン二人にそんな大金を出すなんて物好きなやつだ。ま、オレはカネさえ貰えればそれでいいけどな」

 威厳のある老人の声から一転、グリフォンの顔がやや下劣な調子で言った。

「ブネ。悪いが少し黙ってくれないか」

 樹流徒の気持ちを代弁するようにリリスが言う。

 ブネは微笑を浮かべ、恐ろしい外見とは裏腹にお茶目な動きで肩をすくめた。


 そのあとすぐ、樹流徒とリリスはケプトの町を出た。

 草原の中を十五分ほど歩き、川辺に到着する。緩やかな水の流れが夜空に輝くオーロラを映してぼんやりと光っていた。

 川のほとりで樹流徒は弟妹の遺体を火葬した。炎の中で溶けていく二人の姿を見て、今、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。一体何を思えば良いのかも分からなかったが、できれば二人の遺体は魔界ではなく現世で火葬してあげたかった、と残念には感じた。


 二人の死体が骨まで跡形も無く消えると、火葬のあいだずっと離れていたリリスが近付いてきた。

 樹流徒は改めて彼女に尋ねずにはいられない。

「何が目的だ?」

「ん?」

「お前がベルゼブブを裏切った可能性は高い。だが、なぜそうまでして俺とベルゼブブを戦わせようとする?」

「残念ながら我々が束になってもベルゼブブは抑えられないからな。しかし並み居る魔王を倒したオマエならばヤツと互角に戦えるかもしれない。だから我々としてはオマエとベルゼブブをぶつけたいのだ」

「……」

 樹流徒はリリスの物言いが少し引っかかった。

 今、リリスはこう言った。我々の力ではどうやってもベルゼブブを“抑えられない”――と。

 “倒せない”ではなく“抑えられない”という言い方が妙に引っかかるのだ。まるでリリスはベルゼブブを倒して欲しいのではなく、ベルゼブブを足止めして時間稼ぎをして欲しいかのように聞こえる。


「いずれにせよキルトはベルゼブブと戦うつもりなのだろう? 我々の利害は一致しているではないか」

 果たして本当に一致しているのだろうか? 樹流徒は疑問に感じたが、何があってもベルゼブブと戦うつもりなのはリリスの言う通りだった。


 リリスは仮面を外して、微笑する。

「さて。背信街まであと少しだ。二度と今回のように軽率な行動は取らないで欲しいものだな。そうでなければ私がオマエを助けた意味も無くなってしまう」

「……」

 樹流徒が何も答えないと、リリスは少し真面目な顔つきになった。

「とはいえ些か不安だな。幾ら強い力を持っていようと、オマエの中身はたかだか二十年も生きていないニンゲン。我々悪魔からすれば赤子も同然だ」

「余計なお世話だ」

「そう反発するな。たった今、良いことを思いついた」

「良いこと?」

「そう。オマエにお供をつけてやろう。背信街に辿りつくまでオマエを色々と助けてくれるはずだ」

 そう言うとリリスは樹流徒の返事を待たず行動に移す。

 リリスの全身から青白い光が放たれた。かと思えば、光は彼女の体を離れ、二つに分かれて、それぞれ人の形になった。光が薄れ、代わりに生物的な質感が浮き上がってくる。


 リリスの体から溢れた光が、二体の悪魔に早変わりした。

 黒いジャケットとハーフパンツを身につけた子供の悪魔である。しかもその外見は、つい先ほど火葬された二人の子供とそっくりだった。

「何の真似だ?」

 樹流徒はリリスを睨む。

 リリスは少し心外そうに笑った。

「喜んでもらえると思ったのだが、どうやら逆効果だったらしいな」

「一緒に行動する味方は必要ない」

 樹流徒は横を向いて、リリスとその両側に立つ子供の悪魔から視線を外す。

「別に恩を売るわけではないが、私が助けていなければケプトの町でオマエの命運は尽きていた。一つくらいこちらの言うことを聞いてくれても良いのではないか?」

「……」

「それに相手はベルゼブブ一人ではない。何でもかんでもオマエだけの力でどうにかなるとは思わないことだ」

 たしかに樹流徒は魔界に来てから多くの悪魔に救われた。魔壕に到着した後だけでも、騾馬(らば)の悪魔アドラメレク、妖精ピクシー、妖精王オベロンと女王ティターニア、そして今回のリリスと、他者の力を借りて何とかここまで来られた。


 悩んだ結果、樹流徒は、リリスの提案を受け入れた。自分一人だけの力ではベルゼブブの元にたどり着くのは困難かも知れない。そのような考えに至ったのである。背信街は強固な守りに囲まれているに違いない。味方の力が必要かもしれなかった。


「では早速この悪魔たちを紹介しよう」

 そう言ってリリスは、樹流徒の弟妹と同じ外見を持つ二体の悪魔について説明する。

「この二人は“リリム”という」

「お前の使い魔か?」

「いや。リリムは私の子供であり分身のような存在だ。生まれたときから私の記憶の殆どを受け継いでいる。故にオマエのことも既に承知済みだ」

「はじめまして。キルト」

「はじめまして。キルト」

 二体のリリムは生気を感じさせない機械のような声を重ねる。これでは死体人形とほとんど変わらなかった。何とも言えない不快感が樹流徒を襲う。


「リリムの力を借りれば、背信街に侵入するのがずっと楽になる。それだけは保障しよう」

「お前もこれから背信街に向かうのか?」

 何となくそうではないかと思って樹流徒が尋ねると、リリスは答えずに笑う。

「では、オマエがベルゼブブと戦う時を楽しみにしているぞ」

 代わりにそう言い残し、彼女は蛇の模様が入った羽を広げて空に飛び立っていった。




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