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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
284/359

運命の仕打ち



 カラスに導かれ戦場に現われた令司と砂原は、敵から多少離れた場所で立ち止まった。

 彼ら二人を若雷の隻眼が忌々しげに睨む。

「また邪魔が入ったかと思えば、今度は人間どもか」

「そういうお前は根の国の者だな」

 砂原は臆さず言葉を返した。

 八鬼について知らない砂原でも周囲の状況を見れば若雷と黒雷の素性は大方予想できる。ネビトと協力してアンドラスを襲おうとしていた若雷は根の国の者と断定して良い。彼の行動を傍観していた黒雷も十中八九その仲間だ。

「多分、ネビトよりも上位の兵か、根の国の幹部といったところだろう」

 砂原は見事に言い当てた。


 ただ、予想可能な事がある一方、目から得られる情報だけではさっぱり分からない事もある。

 砂原の視線はアンドラスと渚に向かった。どういうわけか、悪魔であるアンドラスが根の国の一員らしき少女を守っている。

「この状況はどう見るべきだろうな?」

 砂原は苦笑した。


 そのあいだに空中のデカラビアがそっと砂原たちに近付く。三つの目玉が令司を見つめた。

「やっぱり。どこかで見た顔だと思ったらアナタはあのときのニンゲン風情じゃないですか」

 デカラビアは以前に一度だけ令司と会っている。悪魔の儀式が行われていたスタジアムから樹流徒と令司が脱出する時だ。

「あれはソロモン七十二柱の悪魔デカラビアだな。お前のことを知っているみたいだぞ、八坂」

 砂原が言うと

「そんなことはどうでも良い。悪魔も根の国の連中も全員倒すだけだ」

 事務的な口調で令司は答えた。お世辞にも日頃から愛想が良いとは言えない彼だが、憎き悪魔を目の前にして尚更不機嫌になっている。悪魔の呪いにより家族を失った過去がそうさせているのは間違いない。


 そんな令司の顔色に気付いたのか、毒に侵された渚が少し苦しそうに言う。

「ね。アンドラス君。早くあの人たちに事情を説明した方が良いんじゃないかな」

「あ。そうだった。オレたち絶対敵だと思われてるよな」

 指摘されてアンドラスは気付く。

 イブ・ジェセルのメンバーは基本的に悪魔と敵対関係にある。令司と砂原は別にアンドラスたちを助けようと思って助けたわけではない。偶然にも助ける格好になっただけだ。特に令司は意図的に悪魔を助けたりなどしない。助けるどころか、彼は今にもアンドラスたちに攻撃を仕掛けそうな雰囲気だった。それが実行に移される前に、令司たちにアムリタの件を伝えなければいけない。


 早速、アンドラスは相手に話しかける。

「おい。オマエら天使の犬の連中だろ? オレは……」

 まだ最後まで言い終わらない内だった。

 横から割り込んできた雄叫びによってアンドラスの声はかき消される。腕を切られた青ネビトが怒声を放ったのだ。青ネビトは令司たちを睨むと、黒雷の命令を待たず彼らに襲いかかった。


 常人なら慌てて逃げ出す場面だが、令司も砂原も動じない。

 砂原の背中から六枚の翼が展開した。神々しい光を放つ白い翼だ。そこから数枚の羽根が細かな光の粒を撒きながらひらりと舞い落ちる。羽根は地面に落ちる前に宙で静止し、鋭く回転したかと思いきや青ネビトめがけて飛翔した。

 砂原が放つ光の羽根は敵に外傷をつけず内部から激痛を与えるのが特徴だった。青ネビトは胸に羽根を受けると、そこにはかすり傷一つ負っていないのに悲鳴を上げて地面に膝を着く。

 すかさず令司が刀を振り下ろした。刀から緑色の閃光が放たれ三日月状の刃となって飛翔し、青ネビトの胴体を真っ二つに切り裂く。地面に倒れた巨体は黒い炎を放ちながら泥のような物体になった。


 青ネビトが消滅すると、今度は黒ネビトが咆哮する。味方がやられたことで根の国の兵たちは砂原と令司を最優先の攻撃目標に定めたらしい。二人めがけて黒ネビトと魔女が一斉に襲い掛かった。


 砂原と令司はそれぞれ反対方向に駆ける。

 すぐ近くで立ち止まると砂原は虚空から細い棒状の光を生み出してそれを掴んだ。白く輝く光の棒は砂原の手中で膨んで大きな剣を(かたど)る。

 光の大剣を装備した砂原は黒ネビトの突進を紙一重で避け、すれ違いざま脚を斬った。まるで包丁で豆腐を切るようにネビトの強靭な肉体を軽々と切断する。

 片脚を失ったネビトは自身の突進を止められられず前のめりに倒れた。


 砂原は光の大剣を樹流徒との戦いでは使わなかった。殺傷力が高すぎて使えなかったのだろう。当時イブ・ジェセルのメンバーは「NBW事件の被害者を生け捕りにせよ」という類の命令を天使から受けていた。生け捕りなので殺すわけにはいかない。砂原は光の大剣で誤って樹流徒を殺さないように能力を封印していのかもしれない。

 その点、根の国の軍勢が相手ならば容赦する必要は無かった。砂原はうつ伏せで倒れた黒ネビトの背中に飛び乗って体の真ん中を剣で一突きする。それでネビトは絶命した。

 かたや令司は上空の魔女を迎撃する。魔女が放ってきた黒い光をかわし、敵を睨んで刀を振った。刃から放たれた三日月状の光は敵の体を割く。それを繰り返して魔女を全滅させた。


 五名もいた根の国の兵があっという間に姿を消す。

 次は悪魔を片付ける番だ。そんな顔で令司がアンドラスを睨んだ。

 慌ててアンドラスは大声を発する。

「待て、待て。オマエらニンゲンだろ?」

「だから何だ? 悪魔が俺に口を利くな。汚らわしい」

 令司は棘だらけの言葉を返した。

 デカラビアはむっとしたが、アンドラスは気にする素振りも見せずに話を続ける。

「実はオレたち、キルトに頼まれて現世に来たんだ」

 それを告げた途端、令司と砂原の態度が一変した。

「キルト……」

 悪魔の口から聞き覚えのある名前が飛び出して、二人は互いに顔を見合わせる。

「キルトというのは、まさか相馬君のことか?」

「そうだ。オマエらにアムリタを届けて欲しいってアイツから頼まれてるんだよ」

「なに……。アムリタだと?」

 砂原は我が耳を疑ったような顔をした。それからすぐにはっとして令司を横顔を見る。


 令司は呆然としていた。

 直前まで殺気立っていた彼の目から急に鋭さが消え、刀を構えていた腕は力なく垂れ下がっている。まるで死神に魂を抜き取られたかのような状態だった。ここが戦場であるということを完全に失念している。

 それを見逃さず若雷が攻撃を仕掛けた。火傷に囲まれた口がいっぱいに開き喉の奥から炎の玉を吐き出す。これまで接近戦のみ行なってきた若雷が遠距離からの攻撃手段を持っているとは思わなかっただろう。デカラビアが一驚を喫してあっと叫んだ。


 令司は我に返って目を見開いたが、足は回避を忘れている。

 砂原が急いで手を突き出した。その先で魔法陣が展開し、銀色に輝く砲弾が三発立て続けに発射される。内一発が若雷の炎とぶつかって空中で相殺した。


 間一髪、味方の援護で危機を免れた令司は静かに長い吐息を漏らす。

「しっかりしろ八坂。戦闘中だぞ」

 いつになく厳しい調子で砂原が叱咤した。

「分かってる」

 令司は言い返してから、アンドラスを睨む。

「おい貴様。今の話は本当なのか? アムリタを届けに来たというのは」

 怒鳴りつけるような声で聞いた。普段であれば悪魔の言葉など端から信用しないであろう令司が、今回に限って話を聞かずにいられない。顔は冷静を装っているが、彼の全身は興奮を隠し切れていなかった。刀を持つ手はガタガタしているし、呼吸は大袈裟に見えるほど乱れている。

「本当だ。オレたちはアムリタを所持している。それをオマエらに渡すため現世に来たんだ」

「……」

 興奮を抑えきれないまま令司は複雑な表情になった。憎き悪魔が、大切な妹を救うアムリタを、自分たちのために運んできた。こんな酷い仕打ちがあって良いのだろうか。

「何故、相馬は悪魔なんかにアムリタを託した。いや、それ以前にアイツはどこでどうやってアムリタを手に入れたんだ?」

 令司はすっかり取り乱している。

 余程その状態が危険だと判断したのだろう。彼に向かって砂原が今一度声を掛ける。

「落ち着け。戦いに集中しろ八坂。まずは根の国の連中を追い払うぞ。アムリタの件と悪魔をどうするかはその後で考えれば良い」

「分かった……」

 令司は一応頷くが、明らかに注意力が散漫になっていた。虚ろな目の奥が「心ここに在らず」と言っている。

 そんな彼の不安定な様子が敵の嗜虐心を刺激したらしい。

 黒雷は蜘蛛の脚を伸ばして令司を指す。

「なあ。あの若い人間、私が貰っても良いか? 彼の顔が苦痛と恐怖に歪んだところが見たい」

「お前というヤツはこの期に及んでもソレか。もう好きにしろ」

 心底うんざりしたように吐き捨てて若雷は振り返る。血走った目は反乱分子である渚へと向けられた。


 渚の呼吸はかなり荒くなっている。毒の効果が着々と進行しているのだ。半分閉じられた目は熱っぽい視線で虚空を見ていた。額にはうっすらと汗をかき始めている。

 彼女の前に立つアンドラスは剣を構えた。

「敵が少なければ何とかなる。さあ、かかって来い」

 強気な台詞を若雷にぶつける。

 それを挑発と受け取ったか、若雷は眉間にシワを寄せて地面を蹴った。弾き出された巨体が急な坂を転がる岩の如き勢いでアンドラスに襲い掛かる。

 その凄まじい勢いはたった十数メートル進んだだけで止まった。炎の柱が若雷の眼前を通過して彼の行く手を阻む。若雷は攻撃が飛んできた方を睨んだ。地上に下りて来たデカラビアが負けじと若雷を睨み返していた。

 続いて若雷の背後から光の羽根が飛んでくる。確認するまでも無く砂原の攻撃だった。

 危険を察知した若雷は小さく跳躍して羽根の軌道から逃れる。それはかつて樹流徒が砂原と戦ったときに犯したミスの再現だった。光の羽根には追尾性能があるのだ。余裕を持って逃れたつもりでいると痛い目を見る。

 標的を追って軌道を修正した羽根が若雷の足に飛び込んだ。羽根を受けた者の体内には激痛が駆け巡る。若雷は顔をしかめた。膝が折れかけたが何とか持ちこたえる。そして直後に飛んできたデカラビアの炎を地面を転がって避けた。

「人間。それに悪魔……。どこまで不快な連中だ」

 立ち上がって若雷は歯軋りをした。火傷にまみれた全身がわなわなと震える。


 翼を広げた砂原は地面スレスレを滑空してアンドラスの隣に来た。

「お前はアンドラスだな? 詳しい事情は分からんが、その少女を避難させろ」

 と、渚を逃がすように指示する。

「いいのか?」

「ただしあまり遠くへは行くなよ。この戦いが終わったらアムリタの件について話を聞かせてもらうのだからな」

「分かった」

 アンドラスは即答すると、地面に座り込んだ渚を抱きかかえた。そして羽を広げて空を飛ぶ。

 逃がすまいと若雷は追ったが、彼の進路に砂原が連射した銀色の砲弾が飛び込んだ。さらにデカラビアが若雷の正面に回りこんで電撃を放つ。若雷が回避行動を取っている間に、アンドラスたちは戦場を飛び出して霧の向こうに消えた。


 アイムに続いてまたしても獲物に逃げられた。若雷は地団太を踏み、拳を大地に叩きつけて悔しがる。更なる怒りを蓄積させた顔がミシミシと微かな音を立てて青筋を浮かび上がらせた。


 鬱憤を晴らすべく若雷は砂原に飛び掛かる。

 砂原は後方へ跳んで逃れながら光の羽根を射出した。六枚の翼から舞った数枚の羽が回転して標的を襲う。この攻撃に追尾性能があることは若雷も既に身をもって知っていた。彼は大きく横っ飛びして今度こそ羽根の弾丸をかわす。回避した先を狙って飛んできたデカラビアの炎も地面を転がって難なくやり過ごした。


 そこから数十メートル離れた場所では令司と黒雷が一対一の激しい攻防を繰り広げている。

 黒雷が腕の鎌を力強く振り下ろした。令司は素早く攻撃をかいくぐり黒雷の前脚を斬りつける。

 金属同士をぶつけ合ったような音が鳴った。刀を受けたにも関わらず黒雷の脚は傷一つ付いていない。黒雷の反応を見る限り痛みを感じた様子も無かった。


 黒雷はもう一度鎌を振り下ろして反撃する。令司が機敏に後ろに飛び退くと、その着地点を狙って下半身から蜘蛛の糸を吐き出した。

 令司はうっと虚を突かれた声を発しながら刀をなぎ払った。刀身は緑色の光を纏って、飛んできた蜘蛛の糸を切断する。

 ならば、と黒雷は口から黒い針を数発連射。令司は横に逃れた。彼の膝をかすめた針が地面に突き刺さる。

 やや体勢を崩しながらも足から着地した令司はすぐさま刀を振り上げた。刀身から放たれた三日月状の光が黒雷の頭部めがけて直進する。それは黒雷が振り回した鎌に打ち消された。

「人間もなかなか侮れんな。しかしそれでこそ私も満たされるというものだ」

 黒雷は口から生えた牙を左右に開閉させる。虫になった彼女に表情と言うものは無いはずなのに、その顔はどこか嬉しそうに見えた。


 時を同じくして、渚を連れて戦場から離脱したアンドラスは近くの民家に到着していた。青い西洋瓦が目を引く二階建ての一軒家で、周囲の家々に比べれば比較的損傷は少ない。

 アンドラスは二階の窓からその家に入り、部屋の隅に置かれていたベッドに渚をそっと寝かせた。

「ここに隠れていればしばらく安全だろ」

「うん。ありがとう……」

「体の具合はどうだ? 何か必要な物はあるか?」

「ううん。大丈夫。私よりアンドラス君は?」

 渚はアンドラスの胸に深く刻まれた傷跡を見つめた。巨大カマキリの鎌に付けられた傷だ。ようやく皮膚に薄い膜が張りつつあるが、未だ全体に青い血が滲んでいた。

 アンドラスは傷口の上からドンと胸を叩いて笑う。

「この程度の傷、何ともないさ」

「そう? なら良いんだけど……」

「オレはこれからすぐ戦場に戻るぜ。敵を倒したあとで絶対助けてやるから待ってろよ」

 アンドラスの言葉に、渚は微笑して頷いた。

 そのあと彼女はふと気付いて言う。

「あ、そうだ。良かったら私の刀使って」

 毒の影響でほとんど動かない渚の手が、床に転がっている物をかろうじて指さした。

「この刀を? いいのか?」

 渚が首肯すると、アンドラスは床から刀を拾い上げてまじまじと見つめる。

「これ、相当強力な武器だよな。魔界にもこれほど強い刀は滅多に無いぞ」

「役に立ちそう?」

「当然だろ。じゃあ遠慮なく借りてくぜ」

「絶対返しにきてね。待ってるから……」

 最後にそう言うと、渚は静かに瞳を閉じた。




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