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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
283/359

脱皮



 天に駆け上った炎の柱は何もかも全てを燃やし尽くしてしまいそうな迫力があった。その中に巻き込まれようものならば、たとえ悪魔やネビトでも大抵の者はひとたまりもなかったはずである。

 若雷は大抵の中に含まれていなかった。揺れ動く猛火の中心で彼は静かに佇んでいる。これにはアンドラスもデカラビアも愕然とした。アイムの自爆攻撃でも若雷にトドメをさせなかったのだ。アンドラスたちからすれば信じられないし、それ以上に信じたくない光景に違いなかった。驚く彼らの中でただ一人、黒雷だけが「このくらい当然」という顔をしていた。


 とはいえ流石の若雷でも無傷では済まなかった。彼の全身は酷い火傷を負い皮膚の半分以上が黒と赤に変色している。特に体の正面と顔のダメージは深刻で、肉が崩れたり骨が露出している部分が何ヶ所かあった。眉目秀麗だった若雷の面影はもうどこにも無い。服もほとんど燃え尽きて上半身は裸だ。それでも体が原型を留めているだけマシだろう。自爆したアイムに至っては面影どころか肉片の一つすら残っていなかった。それだけ強烈な爆発だったのだ。


「アイム君……死んじゃったの?」

 地面で腹這いになっていた渚は体を起こして炎の中を見つめる。

 彼女のは少しのあいだ呆然としていたが、急にはっとした。

「ちょっと待って」

 重大な問題に気付いて、アンドラスの方を見やる。

「ね。たしかアムリタの壺ってアイム君の体内に隠してあったんだよね?」

 その壺はどうなったのか? まさかアイムの体と一緒に爆発で木っ端微塵に吹き飛んでしまったのか? もしそうだとしたら、樹流徒が降世祭に参加したことも、アンドラスたちの行為も、そして渚の裏切りも、ほとんど全てが徒労に終わってしまう。

 渚は気が気でないといった表情になった。


「壺は無事だよ。まだ僕の体内に納まったままだからね」

 答えはアンドラスの口からではなく、渚のすぐ後ろから返ってきた。

 渚が振り向いて視線を落とすと、そこにはさっきの猫がいる。アイムの右腕が変化して生まれた白い猫だ。

「あれ? 君、まさかアイム君」

 渚は相手の声で気付いたようだ。

 アイムと全く同じ声で喋る猫は尻尾を左右に揺らして

「そう。これが僕の正体だよ」

「正体って……じゃあ、あの人間の姿は?」

「アレは半ば着ぐるみみたいなものだよ。僕の体の一部だけど、無くなっても命に別状は無いし、その内に再生する。人間の体で例えるなら爪や髪の毛みたいなものさ」

「ということは、自爆したのはアイム君だけどアイム君じゃないみたいなもので、アムリタは今も君が所持してるってこと?」

「ややこしい言い方だけれど、それで合っている」

 要するにアイムは自爆前にアムリタを持ってきっちり逃げたのである。

「良かった。アイム君も壺も無事だったんだ」

 渚は安堵しつつ眼下の猫を抱き上げようと手を伸ばす。

 アイムはひょいとかわして渚から少し離れた。

「喜ぶのは早いんじゃない? この姿になった僕はほとんど戦えないし、ヤツはまだ生きている」

 猫の視線は渚を通り過ぎて、未だ地面から立ち上る炎と煙の中心へ向かう。

 渚は振り返り、表情を引き締めた。


 全身に火傷を負った若雷は黒と赤に染まった顔の中で一際目立つ真っ白な目玉を血走らせていた。相変わらず瞳孔には光が無かったが、代わりに怨嗟の炎が燃えている。

「来るぞ」

 アンドラスが剣を構えた。

 若雷が無言で走り出す。標的はアイムだった。自分をこのような姿にした者を放っておくはずが無い。真っ先に始末するつもりだ。

「アイム君はどこかに隠れてて」

 渚が逃げるように促すと

「そうしたほうが良さそうだ」

 猫は踵を返して駆け出した。


 若雷の前にアンドラスが立ち塞がる。先の攻防で手痛い反撃を受けたアンドラスは、若雷が攻撃の間合いに入るタイミングを正確に見計らい、今度は懐に飛び込まれないよう二本の剣を連続で振り回した。

 若雷は驚異的な跳躍力で剣の上を飛び越えると、アンドラスの頭を踏み台にして更に遠くへ跳躍する。踏まれたアンドラスはバランスを崩して前のめりになった。

 空中に舞った若雷を狙ってデカラビアが大きな炎の玉を発射する。これは両者の距離が離れていたこともあって命中しなかった。

 だがまだ攻撃は終わってない。力強く跳躍した渚が刀をかざして若雷の頭上から襲い掛かった。濡れるように美しい刃が天から地に向かって鋭い一閃を放つ。飛行能力を持つ若雷は空中で跳躍の軌道を変更して真横へ逃れたが、刀の切っ先が彼の脛を浅く割いた。


 両者が着地するや否や、若雷は背を低くして渚に掴みかかる。渚は咄嗟に刀を振ろうとしたものの、それよりも早く若雷のショルダータックルを受けた。

「あっ」

 驚きの声を上げた時にはもう渚は背中から地面に倒れていた。

 タックルを見舞った若雷も渚に覆いかぶさるような格好で倒れる。しかし彼は獣の如き速さで起き上がると、素早く渚の足首を掴んだ。間髪入れず腕を大きく振り回して渚の体を宙に浮かし地面に打ち付ける。まるで幼い子供が戯れでぬいぐるみを床に叩きつけているような光景だった。もっとも若雷の攻撃はそんなに無邪気なものではなない。溢れるほどの憎悪と殺意がこもった攻撃だ。もはや彼には渚を生かしておくつもりなど欠片も無いだろう。


 若雷が渚を攻撃しているあいだに、逃げ出したアイムはどこかへ姿を隠した。近くに潜んでいるのか。遠くまで退避したのか。若雷が霧の奥を凝視しても、その瞳に猫の姿は映らない。

 獲物に逃げられた若雷は額の血管を太らせた。そして怒りの矛先を渚へと向ける。渚はまだ若雷に足首を掴まれたまま地面で仰向けに倒れており、起きようにも起きられない状態だった。


 アンドラスが急いで渚の救援に向かおうとする。だがその暇は無かった。彼の背後から疾風の如き速さで駆けて来る者がいる。その足音ないしは気配を殺気したアンドラスが背後を振り返ると、遠目から跳躍した黒雷が蹴りを繰り出そうとしているところだった。

 回避している余裕は無い。アンドラスは咄嗟に防御を固める。顔面めがけて飛んできた黒雷の蹴りを寸でのところでガードした。蹴りの衝撃に押されて数歩後退したもののダメージは無い。

 にもかかわらずアンドラスの目が苦痛に歪む。防御の衝撃で巨大カマキリに切られた胸の傷が痛んだのだろう。彼の傷口からはまだ新しい血が流れていた。

 痛みを堪えてアンドラスは鋭い蹴りで黒雷に反撃する。黒雷は後ろへ飛び退いて余裕でかわした。


 と、そこへ落雷が直撃する。ただの雷ではない。直径五メートルはあろうかという雷の柱だ。空を仰いで確認するまでも無く、デカラビアが放った一撃だった。


 効果は十分だった。直前まで余裕の表情を浮かべていた黒雷が一瞬だけ目を丸くしてその場に片膝を着く。すかさずアンドラスが剣を投じた。黒雷は動かない。電撃を浴びて体が痺れているのか。

 宙を疾走する剣は青い雷を纏い、無防備な黒雷の胸に吸い込まれた。


 目がかっと見開かれ、黒雷の唇から鮮血が垂れる。彼女は目を全開にしたままゴロンと地面を転がった。そのまま微動だにしなくなる。


 倒したのか? それとも……

 確認している場合では無かった。アンドラスもデカラビアも、少女の悲鳴を聞いてそちらを振り返る。

 渚が見るも無残な状態になっていた。アンドラスとデカラビアが黒雷と戦っている最中ずっと、渚は若雷の攻撃を受け続けていたのである。

 若雷は巨体の悪魔にも匹敵する豪腕で渚の体を宙で振り回し、何度も地面に叩きつけた。そのあと彼女の手を思い切り踏みつけたのである。たまらず渚は悲鳴を上げて刀を放した。

 殺そうと思えば殺せていたはずだ。だが若雷は敢えてすぐには渚を殺さず、彼女に苦痛を与え続けた。十分に痛めつけて溜飲を下げてから殺そうとしたのだろう。抑えきれない若雷の怒りが、ある意味で渚を救ったと言える。もし若雷が冷静であれば、すみやかに渚を殺していたか、戦闘不能な状態に追い込んでいたはずである。


「ナギサ」

 黒雷を仕留めたアンドラスは、今度こそ急いで渚の救出に向かう。剣を若雷の背中めがけて投擲した。

 若雷はサイドステップで避ける。逃れた先にデカラビアの炎が飛んできたので、それも後方へジャンプして被弾を免れた。


「しっかりしろ。立てるか?」

 アンドラスは渚の元に駆け寄って彼女に手を差しのべる。

「ありがとう。なんとか……」

 渚はアンドラスの手を借りてゆっくり立ち上がった。そのあと地面に転がった刀を拾い上げようとすると、肩がビックリしたように震える。若雷に踏まれた手が痛んだのだろう。渚は歯を食いしばると、反対の手で刀を握った。

「ごめん。もうまともに戦うのは無理かもしれない」

「大丈夫だ。敵は一体仕留めたからな。あのワカイカズチってヤツもかなりダメージを負ってるし、あとはオレとデカラビアだけで十分だよ」

 とアンドラス。

 彼の言葉が聞こえたのか、そのとき初めて若雷は味方が倒れている事に気付く。

「やけに静かだと思ったら、黒雷が寝てやがる」

 若雷は笑った。地面に伏して微動だにしなくなった黒雷を呆れた顔で見下ろしながら。

「アイツ仲間がやられたってのに笑ってやがる」

 アンドラスは胸糞悪いモノを見る目で若雷を睨んだ。デカラビアもそれに近い形相をしている。

 すると若雷は急に笑いを止めた。

「勘違いするなよ悪魔ども。いつ黒雷がお前たちにやられた?」

「何?」

「おい。いい加減、死体遊びなど止めろ。さっさと起きねえと本当の死体にするぞ」

 若雷が苛立つと、今の今まで倒れていた影が静かに起き上がった。


 黒雷は生きていた。アンドラスの剣に貫かれた胸から血を流しながら平然としている。

「つまらん。どうしてお前はそう私の楽しみを奪うのだ?」

 言葉通りつまらなそうな顔で彼女は不満を漏らす。

「しばらく死んだフリをして敵を十分に喜ばせておき、その後で絶望の淵に叩き込んでやろうと思ったのに。若雷のせいで台無しだ」

「お前の道楽などに付き合ってられるか。それよりいい加減本気を出せ」

「本気を出せ、だと? 渚にトドメを刺さずネチネチといたぶっていたお前が、それを言うのか?」

「うるせえ。ンなことは分かってる。だからこれからトドメを刺すんだろうが」

 若雷は地面を踏んで怒鳴る。

「これ以上戦いを長引かせても良いことは一つもねえンだ。それくらい黒雷も分かってるだろ?」

「無論、百も承知している」

 八鬼にとって現世の空気は猛毒。戦いを長引かせれば不利になる。それについて多少危惧している素振りは黒雷も一度だけ見せていた。


 故に、彼女はこれ以上遊ぶのを止めるつもりらしい。

「悪魔相手に本気を出すのも些か大人気ないが……まあ良い。若雷の望み通り早々に終わらせるか」

 言うと、黒雷の表情に暗い影が差した。

 アンドラスたちはぎょっとする。

 突然、黒雷の顔が縦半分に割れたのだ。皮と肉が剥がれて左右に開く。その中から現われたのは人間の顔と同じ大きさを持つ蜂の頭部だった。

「虫の顔……。あれが黒雷様の正体?」

 渚の腕が震える。


 黒雷の変貌はまだ始まったばかりだった。真の顔を露わにした彼女は、続いて体を膨張させてゆく。身に纏っていた巫女装束と一緒に全身の皮膚が破れ、その下に隠れた姿が外へ飛び出した。

 胸は蟻になり、背中から蝶の羽が生える。腕はカマキリの前脚になった。そして下半身は蜘蛛になり、そこからムカデの尻尾が伸びる。美しい少女の皮を脱ぎ捨てて、黒雷は複数の虫を混成させた異形の生物に変身した。その体は若雷を遥か高い位置から見下ろすほど大きい。変身前が小柄な少女だっただけに、余計その大きさが際立った。


 禍々しいほど醜悪な正体を見せた黒雷を前に、渚だけでなくアンドラスたちの表情も凍りつく。

「良い顔をするじゃないか。それでこそ真の姿を見せた甲斐があるというものだ」

 黒雷は喜ぶ。その声には虫の羽音と似たノイズが混ざっていた。


「もっともっとお前たちに良い顔をしてもらうために、さらなる恐怖を与えてやろう」

 そう言うと、黒雷は口を左右に開閉させ、背中の羽を揺らし始める。

 彼女の口内から不快な音波が放たれた。アンドラスが発する甲高い超音波とは反対で、大きく揺れる低い鳴き声だ。それは蝶の羽が起こす緩やかな風に乗ってどこまでも遠くへ飛んでいった。

「あの音を聞くな。何が起こるか分からないぞ」

 アンドラスたちは耳を塞ぐ。

 それは無意味な行為だった。黒雷が発した音波は相手を直接攻撃する能力ではなかったからである。


 やがて低い音色に誘われて、霧の奥から大きな影が猛然と駆けてきた。重い足音を響かせながらやって来たそれは、頭から二本の角を生やし腰に獣の皮を巻いた黒い肌の巨人だった。


「あっ。アイツはあのときの化物じゃないですか」

 動転したデカラビアが目玉を回転させる。

 霧の奥から現われたのは黒ネビトだった。一口にネビトと言っても同じ姿をした者が大勢いるが、たったいま現われたネビトは鼻が若干折れ曲がっている。もしかするとアンドラスに顔面を蹴られたあのネビトかもしれない。デカラビアを殴ったネビトと言い換えることもできる。


 こちらめがけて走ってくる黒い巨人を指差してアンドラスは狼狽した。

「何であの化物がいるんだ? まさかオレたちを追ってきたのか?」

「あれはネビトって言って、根の国の兵士なんだよ」

 渚が説明すると

「あ、そうか。分かったぞ」

 アンドラスは合点がいった顔をする。

「多分あのネビトってヤツは、虫女(むしおんな)が呼び寄せたんだ」

 虫女とは、当然ながら黒雷のことである。黒雷が放った音波がネビトを呼んだ、とアンドラスは確信したようだ。

 そんなことを言っているあいだに別方向からもネビトが駆けてきた。黒ネビトよりもひと回り体が小さく青い肌を持つネビト……青ネビトだ。


 全く別の方角からほぼ同時に現われた二体のネビト。アンドラスの憶測は的中していた。

「黒雷様にネビトを呼び寄せる能力があったなんて……」

「ネビトだけではないぞ」

 と黒雷。

 彼女が言った先から、上空に新たな影が現れた。しかも三体同時の出現である。

 ネビトに続いてやって来たのは、不気味な老女だった。ゴワゴワした白髪を腰まで垂らし、全開になった瞼の下で白目を剥いている。歯はところどころこ欠け、手足の爪は鋭利に尖っていた。骨と皮だけの痩せきった体にはボロボロの白い衣を纏っている。


 空に現われた老女は皆、同じ風貌をしていた。一切の感情が抜け落ちた空虚な顔つきで渚たちを凝視している。

「まさかヤツラもハッキの仲間なのか?」

 できればアンドラスは否定して欲しかっただろう。しかし渚の頭は縦に揺れた。

「あれは根の国の魔女だよ」

 八鬼二人だけでも厳しいというのに、敵の増援が合わせて五体も現われた。かたやアンドラスたちの方はアイムが戦線離脱し、渚は利き腕が使えない状態である。

「コイツはちょっと厳しいな」

 さすがのアンドラスも軽く絶望した目になった。


 だが、絶望はまだ終わりではなかった。

 何の前触れも無く渚の体が大きくよろめく。

 倒れそうになった彼女の体をアンドラスが支えた。

「おい。どうしたんだよ」

「分からない。急にめまいが」

 渚は手で額を押さえる。

 その様子を見て黒雷が愉快そうに言った。

「どうやら毒が回ってきたようだな」

「なに。毒?」

「先ほど私が飛ばした蚊の毒だ。あの蚊に刺された者は手足の筋肉が弛緩し、体温が上がり続けやがて死に至る。たとえ渚でも一時間と持つまい」

 ノイズ混じりの声が残酷な事実を告げる。

 渚はきゅっと朱唇(しゅしん)を噛んだ。


 黒雷に呼ばれて姿を現したネビトと魔女は、戦場に到着してから身動き一つ取らない。黒雷から次の指示を与えられるまで待機しているのだろう。

「渚よ。これで己の非力さが十分理解できただろう。今回の件を悔い改め、二度と我々に逆らわないと誓え。そうすれば今すぐに解毒してやる」

 黒雷は命を取引材料にして渚を脅す。

 ほとんど迷い無く渚は首を振った。

「ちょっとだけ魅力的な提案ですけど、お断りします」

「そうか……。では安心して逝くが良い。お前は悪魔と戦って立派に死んだ、と我が(あるじ)には報告しておいてやる」

 黒雷が口を開閉して短い不快音を発する。一種の号令みたいなものだろう。音波が周囲に広がると、これまで大人しく待機していたネビトと魔女が緩やかに動き出した。

 彼らに合わせて若雷もジリジリとアンドラスたちの元へにじり寄ってくる。


「アンドラス君。ネビトは空を飛べないから空中戦を挑めば少しは楽に戦えるよ」

 渚が明るく言う。苦しいのを我慢して気丈に振舞っているのは誰の目にも明らかだった。

「でもお前はどうするんだ? 空飛べるのか?」

「私は大丈夫。一人でも戦えるよ」

「どう考えても大丈夫じゃないだろ」

 まともに身動きが取れない渚を一人残して行けるアンドラスではなかった。

「こうなったら、やれるトコまでやるしかないな」

 彼はその場で二本の剣を構える。渚を守りながら戦うつもりだ。


 このままではアンドラスと渚が包囲される。デカラビアは急いで魔法陣を展開して魔女に攻撃を仕掛けようとした。

 が、それは黒雷に阻止される。黒雷の下半身から生えたムカデの尻尾が口を開いて針を連射した。針はデカラビアめがけて正確に飛ぶ。デカラビアは薄い体を活かして寸でのところで回避したが、攻撃を妨害されてアンドラスたちを援護できなかった。

「邪魔をするな。お前には私という相手がいるだろう。二人だけで楽しもうじゃないか」

 黒雷は暗い瞳でデカラビアを見上げていた。蜘蛛に変身した下半身が前足を擦り合わせている。

 それを見てデカラビアは全身をぶるっと震わせた。


 若雷、ネビト、そして魔女が、足並みをそろえて獲物に迫る。

 アンドラスは剣を構えてしきりに周囲を見回した。複数の方向から敵が間合いを詰めてくる。

 渚は一歩踏み出そうとして、その場に膝を着いた。彼女の手足には筋弛緩の毒が回っている。もはや歩くことすらままならない。デカラビアも黒雷に睨みを利かされて身動きが取れなかった。


 そして遂に私刑の時が来た。若雷が走り出す。僅かに遅れて青ネビトと黒ネビトも駆け出した。魔女は鋭い牙と爪を光らせて地上の標的めがけ空から襲い掛かる。

 全員を相手にするのはアンドラスでも不可能だ。彼に出来るのはしゃがれた声で叫び、敵を威嚇することぐらいだった。無論、そんなことで根の国の兵たちが足を止めるはずもない。


 だがしかし、全ての足音が一斉に止んだ。

 最早アンドララスたちに助かる術は無いかと思われたそのとき、どこからともなく現われたカラスの群れが若雷たちを襲撃したのである。


 驚くのはまだ早かった。若雷たちがカラスを追い払うと、緑色に輝く閃光が大地を這って青ネビトの腕を切り裂く。さらに白く光り輝く羽が数枚飛来して若雷の背中に命中した。若雷は悲痛な咆哮を上げてその場で硬直する。


 何が起こったのか分からず、棒立ちになるアンドラス。

 彼の足下で渚が安堵の吐息を漏らした。

「良かった。間に合ったみたい……」

「え。間に合ったって?」

「実はさっきカラスたちにお願いしておいたの。ここにニンゲンを連れてきて、って」

「それじゃあ、今の攻撃は……」

 アンドラスが見つめる先から、二つの人影が歩いてくる。

 それは刀を提げた青年と熊の如き大男だった。


「怪しいカラスの群れを追って来てみれば、悪魔とネビトが交戦中か」

 刀を提げた青年――八坂令司は怪訝な顔で周囲の状況を見渡す。

「しかも見慣れない化物までいる。随分賑やかな戦場だな」

 令司の隣で、イブ・ジェセルの隊長砂原が落ち着いた顔をしていた。




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