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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
280/359

渚の苦悩



 戦場に現われた渚はかなり無防備だった。刀を抜きもせず、悪魔の存在を警戒する素振りも見せない。彼女は落ち着いた歩調でアンドラスの前を素通りすると、若雷の近くで足を止めた。

 かたや若雷は油断の無い目で周囲に視線を巡らせながら

「良いところに来たな、渚」

 彼女の顔も見ずに言った。

「何言ってるんですか」

 渚は少し呆れた顔をする。

「来たくて来たわけじゃないです。お二人の帰りが余りにも遅いから探してこいって火雷(ほのいかずち)様に言われたんですよ」

 それを伝えると、若雷は多少意外そうな顔をする。

「火雷が?」

「はい」

「奴が我々を心配するとは珍しい。しかし分からなくも無い。柝雷(さくいかずち)鳴雷(なりいかずち)が人間相手に不覚を取ったからな。多少慎重にもなるだろう」

「火雷様から伝言を預かってます。役目が終わったら早くこちらへ帰還するように、とのことです」

「奴に指図される覚えは無いが、承知した」

「では用事も済んだことですし、私は……」

 そこまで言って渚は会話を中断する。

 攻撃が飛んできたからだ。戦闘中なのだから当然と言えば当然だった。

 渚と若雷はそれぞれ別方向へ跳躍する。二人が立っていた場所を大きな炎の塊が三つ並んで通過していった。

「危なかった」

 渚は攻撃が飛んできた方を見る。若雷もそちらに顔を向けた。

 二人の視線が見つめる先、人型悪魔アイムが目を細めていた。


 アイムの攻撃に続き、アンドラスが剣を両手に若雷へ立ち向かう。壺を守る必要が無くなり本来の実力を発揮できるようになった彼は、先刻と比べて見違えるほど軽やかな動きを見せた。ただ、その動きに早くも慣れたのか。若雷は長刀のリーチを活かしてアンドラスを近寄らせない。

 接近戦を諦めたアンドラスは羽を広げて宙に舞うと、両手の剣を立て続けに投げた。二本の剣はどちらも青い雷を纏い、稲妻となって若雷の元へ落下する。

 若雷は一方の稲妻を避け、もう一方を長刀で弾いた。跳ね返された雷剣はアイムに向かって飛ぶ。偶然そちらへ飛んだのか。もし若雷が狙ってやったのだとすれば見事と言うほか無かった。

 アイムは魔法陣を展開している最中だったが、アンドラスの剣が飛んできたため中断せざるを得ない。軽やかに横へステップを踏んで回避した。


 双方の攻撃が止まって一旦仕切り直しの格好となる。アンドラスとアイム、そして若雷が広い三角形を作って向かい合った。

 今が頃合いと判断したか、渚が口を開く。

「それじゃあ、若雷様と黒雷様の安否が分かったことですし、私はもう帰りますね」

 先ほど会話が中断して言いそびれたことを改めて告げた。

 若雷は承諾しない。

「待て。この状況で帰るとはどういうつもりだ?」

「だって、お二人の居場所を火雷様に報告しないといけませんから」

「必要無い。それより見ての通り我々は悪魔と交戦中だ。お前も我が国の戦士として戦ってみせろ」

 命じられると、渚は露骨に嫌な顔をした。

「どうした? 不服なのか?」

「私、もう無益な殺生はしたくないです。たとえ悪魔相手でも」

「無益ではない。敵の駆除は我が主のためになる」

 どこか誇らしげに若雷が言うと、渚の表情は一層曇った。


 若雷が言う“我が主”とは夜子のことだ。彼女が偽りの神であることを、根の国の幹部である八鬼でさえ知らないのである。その事実を知るのは渚と火雷のみ。若雷も、黒雷も、夜子こそが自分たちの創造主であり根の国に君臨する女王だと信じて微塵も疑っていないだろう。夜子の正体が月雷と呼ばれる黄泉津大神の影武者だとは、想像すらしていないはずだ。

 真実を知ってしまったことで、渚の気持ちが揺れているのは間違いなかった。根の国に対する忠誠心は薄れ、陰人(かげびと)計画の存在についても大なり小なり懐疑的になっているだろう。そんな彼女に向かって「根の国のため」「夜子様のため」と若雷が唱えたところで、何の意味も無い。渚が納得するはずもないし、彼女の戦意は昂揚するどころか逆効果になるだけだった。現に渚は戦いを拒んでいる。根の国や陰人計画のために己の力を使うべきか迷っている。


 ただ、八鬼の命令となれば従わざるを得ないようだった。たとえ忠誠心が薄れようと、信じていたモノが欺瞞に満ちていようと、渚は今も根の国に属している。そこから抜け出さない限り、彼女は幹部である八鬼の言葉には逆らえないのだ。少なくとも八鬼の命令とアンドラスたちの命を天秤にかけた場合、渚にとっては前者の方が重いだろう。何しろ彼女にとってこの場にいる三体の悪魔は顔も名前も知らない異形の生物に過ぎない。殺すのは抵抗があるが、八鬼の意に逆らってまで助ける命ではなかった。

「私の命令に背く気か?」

 一際冷たい声で若雷が言うと、渚は渋々といった様子で刀を抜いた。

「そうだ。それで良い」

 若雷はさも当然と言う顔をして

「お前はあの鳥頭を始末しろ」

 とアンドラスを顎で指す。

「はい……」

 渚は覇気の無い声で返事をした。


 アンドラスの相手を渚に任せると、若雷は下段の構えでアイムににじり寄ってゆく。標的との間合いが近づくや否や、積極果敢に前へ飛び出して長刀を振り上げた。

 眼下から跳ねてくる凶刃をアイムは後ろに下がってやり過ごす。追いながら若雷は下段払いを放った。アイムが後ろへ小さく跳んで逃げると、若雷はまた追って次の一撃を放つ。「一撃見舞うまで逃がさない」と彼の一挙手一投足が語っているように見えた。


 何発もの攻撃が空を切ったあと、若雷は鋭い中段突きを放った。するとそれを待っていたとばかりに後退を続けていたアイムが反撃に転じる。彼は長刀の切っ先に腹の皮を削られながら若雷の懐に飛び込み、素早く長刀の柄を掴んだ。反対の手で握り拳を作り若雷の腹に鮮烈な一撃を見舞う。


 うっと苦い息を吐いて若雷の巨体が揺れた。しかし彼は即座に反撃する。アイムの手に押さえられた長刀をあっさり手放し肉弾戦を仕掛けた。硬そうな拳が弧を描いて相手の頬を強打する。

 思い切りが良い若雷の行動に虚を突かれたか、アイムはまともに一撃貰った。その拍子に手から長刀がこぼれ落ちる。腰も一緒に落ちかけたが、強靭な足腰で地面に踏ん張ると拳を返した。

 顔面めがけ飛んでくるパンチを若雷は手で受け止め、握り締める。拳を掴まれたアイムは急いで腕を押したり引いたりするがビクともしなかった。

 恐るべき握力で相手の拳をしっかり握った若雷は、反対の手でアイムの顔を再び殴打。さらに拳を掴んだ手を一瞬だけ離して手首へ移すと、もう片方の腕をアイムの首の後ろに回して引っ掛けた。その体勢から強引かつ変則的な払い腰を決める。アイムを地面に転がし、彼の顔面めがけて足の裏を落とした。

 アイムは素早く地面を転がって若雷の踏み付けを回避する。手を素早く蛇に変化させると、緑色の毒霧を吐き出して若雷を後退させた。


 若雷は長刀を拾う。そのあいだにアイムは立ち上がった。彼は唇に滲む青い血を指で拭って

「これは強敵だ」

 と素直に若雷の実力を認めた。


 一方、渚は刀を正眼に構えて送り足でアンドラスに迫る。先ほどまでやる気がなさそうだった彼女だが、いざ強敵との戦いに突入すれば己の命が懸かっているため、表情は緩くても目の奥は真剣だった。

「お前もハッキとかいう連中の一人なのか?」

 アンドラスが問う。

「違うよ」

 それだけ答えて渚は鋭い飛び出しと共に刀を振り下ろした。

 アンドラスは片方の剣で攻撃を受け止めると、反対の剣で突きを返す。渚は上体を捻ってかわし刀を斜めに振り上げた。アンドラスは二本の剣を×字に重ねて防御。それを一緒に突き出して反撃する。

 渚は身を屈めながら体をターンさせ、剣の下をかいくぐりつつ相手の側面に回り込む。ターンの勢いを乗せて地面スレスレで刀を振るいアンドラスのくるぶしを斬り付けようとした。

 アンドラスはバック宙を繰り出して地表を滑ってくる刀を避ける。着地するや否や、両手の剣を同時に振り下ろした。

 渚は素早く地面を転がって回避。アンドラスの剣が空を切った直後には立ち上がる。息つく間もなくアンドラスの突きが迫ってきたので、刀で弾き返し、その場で体を一回転させ刃を振り回す。渚が持っている刀は普通の一振りではない。天叢雲剣あめのむらくものつるぎと呼ばれる、夜子から借り受けた刀だ。渚が思い切り刀を振り回すとアンドラスの足下から黄金色の炎が起こり陽炎の如く揺らめいた。


 アンドラスは驚きに顔の筋肉を強張らせながらも機敏な動きで後方へ跳んで難を逃れる。黄金の炎が消えると両手を上下に重ねるようにして腰の横に置いた。渚に接近しつつ横に寝かせた二本の剣を同時になぎ払う。綺麗な平行線を描いて迫る刃を、渚は刀を下に向けて受け止めた。

 ならば、とアンドラスは獣のように姿勢を低くして渚の足下を狙う。渚は素早く足を上げるとブーツの底で相手の刃を踏みつけ地面と挟んだ。すかさず眼下の敵に刀を振り下ろす。アンドラスは渚に踏まれていない方の剣で防御。鍔迫り合いになった。

「ごめん。君に恨みはないけど命令だから」

 渚は刀の峰に手を乗せて両腕の力と体重を乗せる。

 アンドラスは下から押す力で抵抗するが、圧倒的な態勢の不利から徐々に押さえ込まれていった。


 ぐいぐいと押された剣がアンドラスの額にぴたりとくっついたとき、彼の(くちばし)が全開になる。

 渚にとっては予想外の反撃だっただろう。彼女は苦痛に目を(すが)めると、片耳を手で押さえながら後ずさった。アンドラスの超音波攻撃が渚の鼓膜を直撃したのだ。彼女が距離を取るとアンドラスは口を閉じた。


 同じ頃、空中のデカラビアは黒雷と激しい攻撃の応酬合戦を展開していた。

 デカラビアは魔法陣を展開する。対する黒雷は扇子の先で宙に線を引いて小さな四角を描いた。それは黒く染まりながら外側へ広がって黒雷の前面を守る漆黒の防壁となる。半瞬後にはデカラビアの魔法陣から放たれた電撃を受け止めた。

 四角い防壁は数秒経つと空気に染み込んで勝手に消滅する。黒雷は手を仰角に向けると巫女装束の袖から漆黒の針を連射した。


 デカラビアは宙を疾走して全ての針をやり過ごし、反撃の魔法陣を展開。灰色の球体を十個前後ばら撒いた。

 ボウリングの玉よりもひと回り小さなその球体は、いずれも黒雷の手前に落下する。地面に着弾した途端、激しい爆発を起こして半径十メートル前後に強烈な炎の渦を広げた。

 黒雷は後方へ跳躍して直撃こそ免れるが、爆風に吹き飛ばされて人工芝の上を激しく転がる。

 ダメージは皆無だった。黒雷は顔色一つ変えず素早く起き上がると扇子を使って宙に綺麗な円を描いく。空洞を生み出して異形の生物を召喚するつもりだろうか。


 そうはさせまいとデカラビアが先手を打つ。彼は自身の周囲に魔法陣を三つ同時展開して炎の柱を放った。空洞の中から化物が姿を現す前に焼き殺してしまおうというのだろう。

 黒雷が描いた円が漆黒の空洞になると、そこへ炎の柱が三つまとめて飛び込んだ。闇の奥で赤い光が揺れる。デカラビアの狙いが功を奏したのか。異形の生物は姿を現さなかった。


 黒雷は扇子を広げて口元を隠すと、不敵な目をする。

「そう来ると思っていたぞ」

 どこか嬉しそうな彼女の言葉と共に、空洞から三本の火柱が飛び出した。それは紛れも無くデカラビアが放った攻撃だった。黒雷がデカラビアの攻撃をそのまま返したのだ。おそらくデカラビアが空洞を攻撃すると読んでいたのだろう。黒雷の狙いは化物の召喚ではなく、カウンター攻撃だった。


 敵に利用されたデカラビアの炎柱は三方向へ別れて悪魔たちに襲いかかる。

 アイムは横から迫る炎に気付いて咄嗟に回避した。が、そこへ若雷が飛び込む。長刀の刃が綺麗な一文字を引いてアイムの頭部を襲った。

 アイムは咄嗟に左腕を盾にして刃を受け止める。腕は切り落とされてもすぐに再生するので、アイムにとっては何の痛手でも無かった。それは再生能力を一度目の当たりにしている若雷も既に承知済みだろう。

 故に、若雷が予め防御されることを予測して攻撃を放ったとしても不思議では無かった。力強く振り払われた長刀は、アイムの腕を切断しても勢い衰えず、彼の目を斬り裂く。


 アイムは無言で素早く後ろに跳び、傷つけられた目を手で押さえた。腕は再生しても目は無理らしい。そっと彼が手を下ろすと、その下から現われた目は血にまみれて瞼を閉じたままだった。


 アイムが大きな深手を負った一方、渚と戦闘中のアンドラスは背後から飛んできた火柱に気付いて宙を飛び、難なく回避した。彼はすぐさま地上に戻り、渚に接近戦を挑む。

 真正面から駆けてくるアンドラスの腹を狙って渚は刀を突いた。二刀流のアンドラスは片方の剣で相手の攻撃を叩き落し、反対の手を伸ばして剣の柄で渚のこめかみを叩く。

「あっ」

 渚の上体が軽くバランスを崩した。その隙を突いてアンドラスが蹴りを繰り出す。渚は咄嗟に腕で防御したが、蹴りの勢いに押されて背中から地面に倒れて芝の上を滑った。

 アンドラスは首の後ろを掻き、若干渋い声で言う。

「何だかニンゲンの女の子と戦ってるみたいでやりづらいな……」

「気にしなくて良いよ。私、ニンゲンじゃないから」

 渚は自分自身に確かめるように言って、ゆっくり立ち上がった。


 彼らから離れた場所では、デカラビアと黒雷が引き続き空と地上で遠距離攻撃の交換を行なっている。ただ、このままでは埒が明かないと踏んだか、両者はどちらかともなく距離を詰め始めた。デカラビアは徐々に高度を下げ、黒雷はデカラビアの真下へ近付いてゆく。

 互いの間合いが縮まれば必然的に攻撃も当たりやすくなった。今までより近い距離から放たれる漆黒の針がデカラビアの体をかすめる。針の連射が止まったと見るや、デカラビアは魔法陣を展開して電撃を発射した。黒雷が防壁を張る暇は無い。雷光が彼女の肩に命中して藍色の衣を焦がした。その下に隠れていた黒雷の肌も軽い火傷を負う。

 初めてダメージを受けた黒雷だが、まるで意に介さず反撃に出た。彼女が扇子を広げて扇ぐと、生じた風が(たちま)ち黒く染まってて小さな渦を巻き円錐状になる。言うならば風のドリルだ。


 黒雷が生み出した風のドリルは目にも留まらぬ速さでデカラビアを襲った。初見の能力にデカラビアの反応は若干遅れる。高速で渦を巻く黒い風が彼の上半身を抉った。魔法陣の体に大きな凹凸が刻まれる。

 余程痛かったのかデカラビアは目玉をぐるぐる回しながら体を仰け反らせた。その隙を見逃さず黒雷は追加ダメージを奪おうと針を連射する。デカラビアを守る者は誰もいない。被弾は免れないかと思われた。


 カン、カンと硬い音が鳴って、針がデカラビアの体に届く前に停止する。

 黄金のような物体が針を受け止めていた。いや。黄金のような、ではなく本物の黄金だった。アンドラスが受け取った降世祭の報酬である。黄金は全てデカラビアの体内に収納されていた。それをデカラビアは咄嗟に吐き出して黒雷の針を防ぐ盾にしたのだ。

 デカラビアの体内から飛び出した黄金は漆黒の針と一緒にバラバラと地面へ落ちる。

「体内から黄金を吐くとは実に面白い悪魔だな」

 心なしか興味深そうに言って黒雷は扇子で宙に円を描き始めた。今度こそ何か召喚するつもりだろう。


 ――避けろ、黒雷。


 若雷に呼ばれて、円を半分も描かない内に黒雷は背後を振り返った。

 アイムが魔法陣を展開していた。今の今までずっと若雷と戦っていたアイムだが、いきなり狙いを黒雷に変更したのである。

 魔法陣から炎の塊が高速で発射された。黒雷は地面を転がり際どいタイミングで回避を成功させる。彼女は身軽に起き上がると、奇襲を仕掛けてきたアイムに幾分鋭い視線を投げた。


 この攻防をきっかけに、一対一同士だった戦いは自然とデカラビア・アイム対八鬼二人組のタッグバトルへと移行する。

 デカラビアが三つの魔法陣を展開した。各魔法陣から火柱が放出され若雷と黒雷を襲う。

 若雷は安全な方へ駆けて無難にやり過ごした。黒雷は若干危険を冒して攻める。空から降る火柱の下を紙一重で潜り抜け、アイムに接近しながら漆黒の針を連射した。

 アイムは横に転がって針を回避すると、片膝を着いた体勢で魔法陣を展開。炎の塊を一発、黒雷に向かって飛ばす。が、すでに黒雷の前には長方形の防壁が完成していた。黒塗りの扇子によって宙に描かれた防壁が炎の塊を遮断する。火花が飛び散ったときには若雷がアイムの側面から迫っていた。

 地面に片膝を着いているアイムはその体勢から獣のように跳んで眼前の地面に滑り込む。彼の背中を長刀の切っ先が擦った。アイムは地面を転がってすぐに起き上がる。若雷は追おうとしたが、上空から降ってきたデカラビアの電撃に行く手を阻まれた。


 黒雷は扇子を広げて振り払い、風のドリルを上空に放つ。この攻撃は単発だが、変わりに針よりも速く攻撃範囲が広い。目にも留まらぬスピードで迫り来るドリルをデカラビアは瞬発力と体の薄さを最大限発揮して逃れた。すぐさま三つの目玉で若雷を睨み電撃を放つ。

 対する若雷は長刀の刃をかざして雷光を切るという離れ業を平然とやってのけた。ただ、その隙にアイムが攻撃を行なう。彼が両手を地面を突くと、黒雷の足下に魔法陣が出現した。魔法陣は赤い輝きを放ち噴水のように炎を舞い上げる。黒雷は側宙を繰り出して寸でのところで魔法陣の中から脱出する。ついでに空中で針を数発連射してアイムを狙った。その攻撃は全て弾かれる。アイムには針の軌道が見えているのか、右手から伸びた鋭利な爪で針を全て叩き落とした。


 目まぐるしい攻防が始まったデカラビアたちの戦いをよそに、渚とアンドラスの戦いはこう着状態に陥っていた。

 二人の実力は互角だった。どちらもなかなか相手に攻撃が当たらないし、当てさせない。両者の高い集中力が成せる技だった。横槍さえ入らなければ、戦いはいつ終わるとも無く続くかに見えるほどである。

 ただ、降世祭の最中に女性型悪魔のアプサラスはこう言っていた。

 ――戦いは常に何が起こるか分からない、と。


 あの言葉が事実であると証明するように、いきなり戦況が動く。長らく相手に付け入る隙を与えなかった渚とアンドラスの両者だったが、ついに一撃入った。アンドラスが絶妙なタイミングで放ったハイキックが渚の手から刀を弾き飛ばしたのである。

 千載一遇の好機だった。アンドラスは渚に刀を拾わせる暇を与えず剣をなぎ払う。渚は刀を諦めてバック宙で回避した。アンドラスはすぐに後を追って突きを繰り出す。渚は上体を傾けて回避するが、それにより若干体勢を崩した。

「今だ」

 叫ぶよりも早いかアンドラスは剣を真横に振り払った。


 虚しい風切音がする。アンドラスの瞳に映る景色がガクンと傾いた。

 渚が剣をかわしながら水面蹴りでアンドラスの足を払ったのだ。完璧なタイミングと威力で放たれたカウンター攻撃だった。アンドラスは急に背後から突き飛ばされたような顔で尻餅をつく。「一体何が起こったンだ?」と丸い目が瞬きした。次の刹那には脳が状況を把握したらしく、アンドラスは地に座ったまま慌てて剣を振り上げる。その頭上を渚が軽々と飛び越えていった。前宙を繰り出した彼女は綺麗に着地を決めると地面の刀を拾い上げた。


 折角の好機を逃したアンドラスは目を三角にして悔しがる。

「参ったな。この勝負は簡単に終わらないぞ」

 と長期戦を覚悟する台詞を吐いた。


 そんな彼の予想とは裏腹に、この戦いにおける最大の転機は、直後に待っていたのである。

 きっかけはアンドラスの些細な言葉だった。華麗な技で窮地を脱した渚に向かって、彼は言う。

「オマエに攻撃を当てるのは一苦労だな。キルトを相手にしたラーヴァナの気持ちがちょっと分かった気がする」

「え」

 キルト。その名を聞いた途端、渚の動きが止まった。




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