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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
272/359

反逆者たち



 戦場に現われるなり信じられない行動を取ったヴィヌは、何事も無かったような顔で黒馬から降りる。軽い身のこなしで灰色の大地に立つと、周囲に群れる悪魔たちを眺め回して鼻先で笑った。些か不遜に見える態度だが、戦場の真ん中にいるとは思えないほど緊張感が無く落ち着いている。


 かたや戦いを妨害された悪魔たちは心中穏やかではいられない。

「貴様、正気か?」

「どういうつもりなのか納得のいく説明をして頂こうか」

 ヴィヌの行為を目撃していた者たちが物凄い剣幕で怒鳴り、味方を攻撃した理由を問いただす。

 それに対してヴィヌは何も答えない。代わりに落ち着いた雰囲気を一変させ、にわかに殺気を纏いながら歩き出した。その足が二歩、三歩と進んだとき、彼を戦地まで運んできた黒馬が身を翻して駆け出す。そのままどこかを目指して木々の向こうへと消えてしまった。


 ヴィヌは静かな足取りで悪魔たちに近付いてゆく。歩が進むにつれ彼の目付きは段々と不穏な形になり全身の殺気は膨らんでいった。燃える瞳が左右に往復して獲物を物色し始める。

 どれだけ鈍感な悪魔でも今から何が起こるのか想像できたはずである。異形の群れは当惑顔でじりじりと後退した。

 その気後れをヴィヌが突く。彼は近くにいる半人半獣の悪魔に目をつけると、いとも容易く相手の懐に入り込んだ。標的に逃げる暇も反撃の隙も与えず、片手で相手の首を掴んで高々と持ち上げる。

「よせ。やめてくれ」

 首を掴まれ宙吊りにされた悪魔が苦しそうな顔で手足を暴れさせた。

 ヴィヌは命乞いを聞くどころか相手の顔を見もしない。まっすぐ前を向いたまま五本の指に凄まじい力を込めた。首の骨が折れる音がして悪魔の瞳からすっと光が消える。直前まで激しく抵抗していた四肢は微動だにしなくなった。余りにも残忍な光景に、命懸けの戦場に臨んでいる悪魔たちでさえ息を呑む。


 ヴィヌはゴミ袋でも扱うように無造作な手付きで悪魔の死体を地に放り捨てた。悪魔の肉体が崩壊し赤黒い光の粒を放出する。その輝きを見つめながらヴィヌはようやく口を開いた。

「大人しくこの戦場を去り、二度とベルゼブブに手を貸さないと誓え。そうすれば命は取らない」

 明らかに警告だった。脅しと言っても良い。それを聞いて悪魔たちは一様に驚いた顔をする。

「まさかアナタはベルゼブブに逆らうおつもりか?」

「何が目当てでそんな馬鹿げた事をするんだ?」

 誰もがヴィヌの言葉に耳を疑っている様子だった。


 そのような事が起こっている間にも、ヴィヌから少し離れた場所で樹流徒の激闘が続いていた。つい先ほどまで虫の息だった彼だが、ヴィヌが倒した悪魔たちの魔魂を全て吸い寄せたことで一気に体勢を持ち直した。さらにヴィヌの登場により悪魔たちの勢いが一時的に弱まっているので戦いやすくもなった。殺気に満ちた森での戦闘に若干慣れ始めたこともあり、樹流徒は早いペースで周囲の悪魔を一体ずつ葬ってゆく。調子を上げる彼とは逆に、もうひと息で首狩りを倒せると勢い込んでいた悪魔たちは予期せぬ事態を迎えて完全に浮き足立っている。それが余計に樹流徒を勢いづかせた。


 だからこそ悪魔たちはやはり今の状況を作り出してしまったヴィヌが許せない。

 ヴィヌを恐れて後退する異形たちの中から、勇気を振り絞って一歩前に出る者がいた。肩に斧を担いだ戦士風の悪魔だ。中年男性の顔をしたその悪魔は、ヴィヌに人差し指を突きつける。

「この裏切り者め。首狩りを助けるばかりか、そのために我々同族を手にかけるとは……まさに堕落の骨頂ではないか」

「黙れ。ベルゼブブの駒に何が分かる」

 ヴィヌは腕に巻きつけた大蛇を悪魔に向かって投げつけた。大蛇はヴィヌの腕から離れると白い光を放って槍に姿を変える。銀色に輝く穂先が標的の胸を貫いた。男の悪魔は腰から地面に倒れてそのまま動かなくなる。

 それをきっかけに後退していた悪魔たちが全員足を止め、逆にじりじりと前進を始めた。

「どうやらヴィヌは悪魔としての誇りを失ったらしい」

 ヴィヌの真意は掴めない。ただ、彼が味方でないことだけはベルゼブブの手先らも十分理解したはずである。当惑気味だった悪魔たちはようやく状況を受け入れたらしく憤怒の形相でヴィヌを睨んだ。

「こうなったらヴィヌには消えてもらおう。彼が何を考えていようと、この際問題ではない」

 ある悪魔が言うと、周囲の悪魔は我が意を得たりと言いたげに相槌を打ち、頷いた。混乱していた戦場が殺伐とした雰囲気を取り戻してゆく。


「裏切り者を仕留めろ」

 悪魔たちは首狩りともどもヴィヌを討つ方向で意思をまとめた。

 早速ヴィヌの元に攻撃が集中する。光と熱、冷気、凶刃などが様々な方向から飛んだ。

 ヴィヌは外見通り力強く機敏な動きで横に駆けると、逃れた先で竜巻を放つ。荒れ狂う風の渦が大地を削り木々をなぎ倒しながら数体の悪魔を飲み込んだ。竜巻にさらわれた悪魔は遠くまで吹き飛ばされ、全員命を失うか重傷を負って身動きが取れなくなる。倒木の下敷きになって昏倒する悪魔もいた。

「死にたくなければ去れと言ったはずだ」

 幾分吐き捨てるように言ってヴィヌは腕に巻きつけた大蛇を再び槍に変える。それを握り締めて走り出した。彼は敵がどこにいるのかを全て把握しているらしく、木陰に潜む悪魔を次から次へと突き刺し葬ってゆく。たとえ殺気が読み取れなくても並外れた嗅覚か聴覚を持っていればおそらく可能な芸当だった。


 破竹の勢いで暴れ回るヴィヌの姿を目の当たりにして、鳥の頭部を持つ悪魔が急いで踵を返した。

「このことを知らせなければ」

 ヴィヌの裏切りを他の悪魔に伝えるつもりなのだろう。彼は戦場に背を向けて走り出す。

 それ気付いたヴィヌは鳥人間めがけて槍を投じた。が、偶然その軌道に飛び込んだほかの悪魔が身代わりなる格好で攻撃を受け止める。逃げ出した鳥人間は森の奥に消えていった。

 ヴィヌは後を追わない。

「これで私の行動もベルゼブブに知られる。もう後戻りはできないというわけだ」

 などと言いながら、こちらに向かってくる敵を横目で睨んだ。

 剣を掲げた半人半獣の異形がヴィヌの側面から突っ込んでくる。ヴィヌは鋭い回し蹴りを相手の腹に見舞った。剣を振り下ろそうとしていた悪魔は体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。

 攻撃を放ったヴィヌは間を置かず頭上に手を掲げる。その動作を合図に木陰で竜巻が発生した。ヴィヌの背後でこっそりと弓を構えていた人型の悪魔が足元から巻き起こった風の渦に飲みこまれる。彼の体は周囲の木々よりも高く舞い上がり、真空の刃で全身を切り裂かれた。竜巻の消滅と共に墜落し地面に叩きつけられたときにはもう肉体の崩壊を始める。


 ヴィヌが戦場をかき回す一方、樹流徒も引き続き周囲の悪魔を一体ずつ着実に葬っていた。時折敵からの攻撃を受けながらも急所への一撃だけは避けて何とか生存している。依然厳しい戦いを強いられているが、ヴィヌが一部の悪魔を引きつけてくれたお陰でかろうじて戦っていられた。


 ヴィヌは周囲の悪魔を蹴散らしながら、樹流徒に近付いてゆく。

 そして二人は出会った。敵の攻撃から逃れるために樹流徒が木陰に入ると、ほとんど同時にヴィヌもそこへ滑り込んできた。

「お前は……」

「やはりまた会う事になったな。首狩りよ」

「……」

 先ほどヴィヌが戦場に現われたことを知った樹流徒は内心驚いていた。しかしそれ以上に驚きだったのがヴィヌの行為である。何故、この悪魔が自分を助けてくれるのか?

「ヴィヌ。お前は何故……」

 尋ねようとすると、二人の間に敵の攻撃が割り込んで邪魔をする。彼らの元に炎の玉や岩塊やダガーなどが立て続けに飛んできた。

 樹流徒は跳躍して木の枝に乗り、ヴィヌはキレのある動きで地面を転がってそれぞれ事なきを得る。


「どうして俺を助ける?」

 木の上から樹流徒は改めて尋ねた。

「オマエに話す義理は無い。前回会ったときに言ったはずだ。私はオマエの敵でも味方でもないと」

 ヴィヌは質問を一蹴した。


 また二人の元に攻撃が殺到する。刺股(さすまた)と似た形状の槍や、雷光などが合わせて十発以上も飛んだ。

 樹流徒は枝から飛び降りると大地を躍動して近くの木陰に潜んでいた悪魔の首をはねる。ヴィヌも地面から竜巻を巻き起こして敵を一体仕留めた。

「首狩りよ。互いの事情は気にせず、この場は協力して戦おうではないか」

 ヴィヌが大声で樹流徒に呼びかけた。

 確かにその方が良さそうだ、と樹流徒は即断する。戦場に乱入した理由を語らないヴィヌだが、周りの悪魔を倒さなければいけないという目的は樹流徒と一致している。ならばとりあえず今だけでも彼と協力して戦った方が良いだろう。

「分かった」

 樹流徒が相手の申し出を受けると、ヴィヌはにやりとした。


 この瞬間から二人の共闘関係が始まった。樹流徒とヴィヌは背中を預け合い、互いの死角をカバーして戦う。急造コンビにもかかわらず、案外二人の息は合った。樹流徒とヴィヌはくっ付いたり離れたりを繰り返して、敵に対して引いては寄せる波の如き攻撃を行い、向かってくる悪魔を次々と撃破してゆく。一時的にはたった二人で戦線を押し返すほどの勢いを見せた。

 それでも尚、圧倒的な不利感は否めない。いくら樹流徒とヴィヌが協力して戦っても、物量に物を言わせて攻めてくる悪魔の軍勢を相手に苦戦は免れなかった。

 しばらく戦闘が続くと、二人の体に生傷が増えてきた。特に魔魂吸収による回復能力を持たないヴィヌのダメージは著しい。腕や足から一筋の血が流れ、肩や背中には大きな火傷の跡があった。

 樹流徒は樹流徒で、外傷こそヴィヌより軽いものの、敵の攻撃が読めない特殊な戦場での戦いに普段より何倍も早く集中力を消耗している。

「二人でも厳しいか……」

 樹流徒が呟いた。このままでは数の力に押し切られて負けてしまう。

 それはヴィヌも分かっているはずだが、しかし彼の言動には余裕が漂っていた。

 樹流徒と背中合わせに立つヴィヌは、返り血にまみれた顔で笑みを浮かべる。

「確かにオマエの言う通り、我々二人だけでは厳しいだろう」

 と、まずは樹流徒に肯定を与えておいてから

「しかしこの私が何の策も無くこの戦場に飛び込んだと思うか?」

 そう言った。

「じゃあ何か策があるとでも……」

 すると、樹流徒が全てを言い終おえるよりも早く。


 出し抜けに二人から離れた場所で大きな爆発が起こった。浅く雪を被った土が高く跳ね、大量の灰煙が巻き起こる。あちこちから驚きや悲鳴の声が上がった。

 爆発が起こった場所から赤黒い光の粒が舞って広範囲に広がる。相当な量の魔魂だ。それは爆発に巻き込まれた悪魔の数も相当なものだった事を意味していた。


 異形の兵たちがどよめく。激しかった戦闘がぴたりと止まった。ヴィヌを除く全員が謎の爆発に注意を奪われる。樹流徒も例外ではなかった。

「誰かいるぞ」

 悪魔が手に持った剣で爆発が起きた方を指した。


 派手に広がった爆煙が風に流されて晴れると、その奥から一体の悪魔が姿を現わす。

 人間でいえば二十歳前後の、中性的な顔立ちをした美しい男だった。髪の色はほのかに赤みがかったライトブラウン。瞳は黄金色。宝石を散りばめた冠を被り、中世の王侯貴族を連想させる豪奢(ごうしゃ)な衣装と赤いマントを身に纏っていた。

「ペイモン? あれはペイモンじゃないか?」

「そうだ。多分ペイモンだ」

 悪魔たちが一斉にその名を口にする。


 ペイモンという悪魔を樹流徒は知らなかった。だがヴィヌと同様、ペイモンもかつて一度だけ樹流徒の前に姿を現した悪魔である。当時樹流徒は魔王ベルフェゴールとの戦いで瀕死の重傷を負い気絶していたので知らないのも当然だが……


「今の爆発はアイツが起こしたのか?」

 戦場がざわつく。ヴィヌと同様に、ペイモンがここにいる理由も彼が味方を攻撃した理由も、悪魔たちには皆目見当がつかないようだ。

「やめてくれ……。まさかペイモンまで俺たちの敵になるつもりじゃないだろうな?」

 悪魔が上体を震わせた。ヴィヌ襲来の混乱から立ち直った軍勢が新たな混乱に陥る。


 ペイモンはおよそ戦場ににつかわしくない穏やかな笑みを浮かべていた。その表情のまま軽く指を弾くと彼の周囲に赤紫色の大きな炎が現われる。炎は虚空に太い円を描き、すぐに弾け飛んで十数本の細い火の縄となった。火の縄はそれぞれ宙を滑り木々の間を器用にすり抜けて近くにいる悪魔の体に巻きつく。そして捕えた獲物の皮膚と肉を焼き、最後に小さな爆発を起こした。その攻撃から逃れられた者も、耐えられた者もいない。火の縄に捕まった十数体の悪魔全員があっけなく命を散らした。


 悪魔が怯える。ペイモンが放った攻撃の威力もそうだが、彼が紛れも無く己の意思で悪魔を攻撃した事に戦慄しているのだろう。ペイモンがベルゼブブ一派の敵であることは確定的だった。

「ヴィヌに続いてペイモンまでがオレたちを襲うとは……」

「これは悪い夢か?」

 悪魔の戦意が急速に衰えているのが樹流徒には分かった。絵の具を何重にも塗ったような濃い殺気が戦場を包んでいたというのに、それが物凄い勢いで希薄になってゆく。

「分かっただろう。私は一人でこの戦場に乗り込んできたわけではない」

 ヴィヌが背中の樹流徒に言う。

「ならばあのペイモンという悪魔はお前の仲間なのか?」

「そうだ。しかし彼だけではない」

 ヴィヌがそう言ってから今度は数秒も経たない内だった。


 攻撃を受けてもいない悪魔たちが悲鳴を上げる。突如、森のあちこちで爆発や雷の音が轟いたからだ。断末魔らしき叫び声も聞こえてくる。複数の場所で同時に戦闘が勃発したらしい。見えない場所から怒号が飛び交い、遠くに立ち並ぶ木々の頭から煙が立ち昇る。樹流徒と悪魔の戦いで疲弊しきった戦場の中に新鮮な血の臭いを乗せた風が吹き抜けた。


「分からない。何なんだこれは? どういう状況か誰か説明してくれ」

 ペイモンの奇襲だけでも十分浮き足立っていた悪魔は、いよいよ混乱の極みに達した。


 ヴィヌの言葉は本当だったらしい。彼は複数の仲間と共に戦場にやってきたのだ。開戦当初は樹流徒対悪魔の構図だったはずが、どういうわけか悪魔同士の戦いに移行しつつある。

 何故このような状況になったのか? 樹流徒には分からない。ヴィヌだけでなく、何故これほど多くの悪魔が同士討ちをしているのか? ただひとつ分かるのは、ヴィヌを含めた不特定人数の悪魔がベルゼブブに対して戦いを仕掛けているということである。


 タイミング的に考えて彼らの行動がバベル計画に関係しているのはほぼ間違いない。まさか、ヴィヌたちはバベル計画の邪魔をするつもりなのか? 樹流徒はそう憶測した。

 が、しかし……彼らがバベル計画を妨害する理由が読めない。バベル計画は悪魔が故郷の聖界に帰り天使に復帰するための計画だ。言わばほぼ全ての悪魔にとっての悲願を成就させる計画である。にもかかわらず、何故ヴィヌたちは計画を妨害するのか? バベル計画に参加しないだけならばまだ分かる。悪魔の中にも天使との戦争を望まない者がいるはずだ。たとえ戦争が始まっても聖界には赴かず魔界に残る者は多かれ少なかれいるだろう。だが計画の妨害までする理由が分からなかった。力づくでも天使との戦争に反対しようという勢力なのか? だが天使との戦争を避けるために同胞の悪魔と戦争をするというのも妙な話だ。


 森の奥から響いてくる戦闘音が次第に激しさを増してきた。爆発音。武器同士がぶつかり合う音。そして怒号と悲鳴。音だけではない。闇の中に浮かぶ炎や雷の閃光も見る間に数を増している。戦場から夜空へと昇ってゆく煙の本数も……

「夜空?」

 樹流徒ははっとした。いつの間にか戦場を包んでいた赤い壁が消滅し、頭上に美しい夜空が広がっているのである。魔空間が消滅したのだ。おそらく森の中で多発している戦闘の中で、魔空間を発生させていた悪魔が命を落としたのだろう。


 ヴィヌとペイモンの乱入。森のあちこちで勃発した戦闘。さらに魔空間の解除。

 首狩りの命を奪おうと大集結した悪魔たちだったが、彼らはもうそれどころではなかった。

「話が違うぞ。相手は首狩り一人ではなかったのか?」

「やってられるか。こんな戦い」

 と狼狽するばかりだ。比較的冷静な悪魔たちでさえ、とりあえず味方の混乱を鎮めようと躍起になっており、肝心の戦闘がなおざりになっている。大半の兵が標的である樹流徒に目もくれない。

 その状況につけ込んでペイモンがまた十数体の悪魔を葬ると、遂に逃げ出す者が続出した。一口に逃げると言っても恐怖に怯えてその場を放棄する者から、戦略的撤退を図る者まで様々である。その場に残って戦いを続ける者もいれば、どうして良いか分からず棒立ちになっている者もいる。現場を指揮する者がいないせいもあるだろうが、もはや集団の意思はそこに存在しなかった。


「オマエと一緒に行動するのもここまでだ」

 ヴィヌが樹流徒に向かって一方的に告げる。

「今、戦場は混乱に陥っている。それに乗じてオマエは上手く逃げるがいい」

「ヴィヌはどうするんだ?」

「我々もこの混乱を最大限利用させてもらう。ただし逃げるためではなく、ベルゼブブの軍勢に少しでも大きな打撃を与えておくためだがな」

「何故お前たちがベルゼブブに敵対するのか、聞いても無駄なんだろうな」

「無駄だ。しかし近い内に必ずお前もそれを知ることになる。もっとも、オマエが無事この森から逃げ出せればの話だが……」

 最後にそう言ってヴィヌは樹流徒から離れた。まだ戦意が残っている敵を狩るために彼は猛然と駆けてゆく。


 頭上を仰げば異形の影が旋回していた。魔空間が消滅したため樹流徒が空から脱出すると踏んだのだろう。そうはさせまいと飛行能力を持つ悪魔が大勢森の上空に集まり始めている。

 今、空を飛べばあっという間に悪魔に囲まれてしまう。このまま森の中を進んで何とか敵に見付からず外へ出るしかない。

 意を決した樹流徒は走り出した。行く手を遮る敵を倒し、逃げ惑う異形の群れに紛れて彼らの目をかいくぐりながら森の奥深くへと進んでゆく。

「首狩りが逃げた。追うぞ」

「誰かソイツを止めてくれ」

 数十名の悪魔が口々に叫びながら樹流徒の背中を睨んで駆け出した。


 樹流徒の姿が消えたあとも、ヴィヌはその場に残って悪魔を狩り続ける。ここにいる敵をさっさと全滅させて次の戦地へ赴こうと言わんばかりの勢いで同族を葬っていた。その行為に対して戸惑いや罪悪感を覚えている様子は全く無い。少なくとも表面上は淡々と、ヴィヌは悪魔の命を散らせていた。ペイモンも同様である。


 程経てヴィヌの元に一体の悪魔がやって来た。騾馬(らば)の頭部と人間の胴体。そして孔雀の尻尾を持つ悪魔だ。

 その悪魔は戦場にふらりと現れたかと思えば、拳でベルゼブブ一派の悪魔を殴り倒した。武器や能力は一切使用せず格闘術のみを頼りに辺りの悪魔をなぎ倒し、あっという間にヴィヌの元までたどり着く。

「やあヴィヌ。首狩りは無事かい?」

 と騾馬の悪魔。

「今のところは生きている」

「良かった。それでこそ彼に変身薬を渡した甲斐があったというものだ」

 そこまで喋ったところで攻撃が飛んできたので、二体の悪魔は一旦散った。

 彼らはそれぞれ敵を数体ずつ撃破してからまた合流する。

「せっかく魔壕にたどり着いたのだから、首狩りには何としてもベルゼブブと戦ってもらわなければ困る」

 とヴィヌ。彼の言葉に騾馬の悪魔が同意する。

「うん。首狩りならばきっと上手くベルゼブブを足止めしてくれるはずだ」

「首狩りとベルゼブブを戦わせ、その隙に我々はあの計画(・・・・)を実行する」

「そう。それが真のバベル計画の第一歩というわけだ。考えただけで気持ちが昂るじゃないか」

 騾馬の悪魔アドラメレクは嬉しそうに呟くと、ベルゼブブ一派の悪魔に狙いを定めて疾走した。




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