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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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経緯



「伊佐木さん。大丈夫か?」

 樹流徒は、床に座り込んだままの詩織に歩み寄る。手を差し出すと、彼女はそれを掴み、立ち上がった。


「ありがとう。アナタこそ傷は大丈夫?」

「ああ」

 樹流徒は首肯する。

 本当は体のあちこちが痛かった。特にマモンの爪に(えぐ)られた脇腹の傷は今も鈍い痛みを体に伝えている。ただ、幸いにも出血は殆ど止まっているらしく、酷く痛む箇所も無いので普通に体を動かす分には問題はなさそうだった。


 それにしても、どうやら悪魔を吸収して傷を癒す能力は万能ではないようだ。

 今回の戦いで樹流徒は初めて全身に多くの傷を負い、一歩間違えれば死に繋がる深い傷も負った。そのような場合、悪魔単体を吸収したくらいでは回復量が追いつかないのかも知れない。

 このことは今後のためにも覚えておく必要がありそうだった。


 できればこんな知識が役立つような場面が訪れないほうがいいけど。

 樹流徒がそのようなことを考えていると……


「ところで相馬君、その体はどうしたの?」

 詩織は改めて問う。

 樹流徒は、マモンとの戦いで常人を逸する身体能力・その他諸々を見せた。それを間近で目撃していた彼女が、彼の体について余計に気になるのは当然である。


 樹流徒としても別に隠し立てするつもりはなかった。むしろ他者に自分の体のことを知ってもらうことで心の内に押し込んだ不安も幾らか紛れそうな気がした。


「この体については自分でも良く分かっていないんだ」

「分からない?」

「実は……」

 樹流徒は、詩織の質問に答えるついでに、これまで己が体験してきたことを話すことにした。


 図書室で詩織と別れた後、帰宅する途中で上空に魔法陣が出現して黒い光が降り注いだこと。それを浴びてしばらく気を失っていたこと。

 目を覚ました時、市内は酷い有様になっていたこと。

 謎の男・南方との出会い。彼から聞いた悪魔、魔界、魔都生誕、そして結界の話。

 家族との別れ。

 悪魔との初遭遇に初戦闘。

 自分の意思とは関係なく倒した悪魔を吸収してしまい、その後自身の体に異変が起きたこと。

 バルバトスとの出会い。彼が運営している悪魔倶楽部の存在。

 コンビニでの戦闘。

 そしてアンドラスという悪魔からマモンの情報を得たこと。


 樹流徒は、全てを事細かに詩織へ伝えてゆく。ひとつひとつ話すにつれ、心の深い部分で疼く痛みが少しずつ和らいでいくような気がした。


「そうだったの。そんなに大変なことがあったのね」

 話を聞き終えた詩織は小さく頷いた。

 彼女は驚いたり、また樹流徒の話に対して疑念を兆す素振りは見せず、時折相槌を交えながら、相手の言葉にじっと耳を傾けていた。樹流徒の体についても一応の納得はしたようである。


 樹流徒は詩織の冷静な態度をありがたく思った。普通だったら化物じみた樹流徒の存在を彼女が不気味に感じてもおかしくない。しかし、詩織は図書室で会話をした時と全く同じ態度で接してくれる。樹流徒にはそれが少しだけ嬉しかった。


「それにしても、マモンに捕まっているのが君だと分かった時には驚いたよ」

「ええ。私もアナタが現れた時には驚いたわ」

「伊佐木さんはあの後どうしてたんだ?」

 自分のことを粗方喋ってしまった樹流徒は、今度は逆に詩織へ質問をする。図書室で別れてからマモンに捕まるまで彼女が何をしていたのか、それを尋ねた。


 詩織は間を置かずに返答する。

「私も黒い光を浴びて気を失っていたの。場所は校門のすぐ前」

「じゃあ……僕たちが図書室で別れた後、君はまだ校内にいたのか」

「ええ。特に用事があったわけでもないけれど」

 詩織は答えて、話を続ける。

「次に目を覚ました時、私もアナタと同じように市内の酷い光景を見たわ。人や動物は倒れ、空は水色に覆い尽くされた、とても恐ろしい光景」

「……」

「もっとも、私は未来予知の能力で(あらかじ)めそれを見ていたから、余り驚くことはできなかったけれど」

「未来予知か。その話も今だったら信じられる」

 世界滅亡という詩織の予言は今でも信じたくない。それでも、詩織が現在の状況を予知していたことは認めなくてはいけなかった。

「でも、目を覚ましたときは絶望的な気分になったわ。私は、自分も死ぬものだと信じていたから。自分がこの世に取り残されたと知ったときは……」

 詩織は最後まで言い切らず、そっと唇を結んだ。

「ああ。分かるよ」

 樹流徒は詩織に同調する。自身もまた覚醒した直後に圧倒的な孤独感を味わったので、彼女の気持ちが良く分かった。


 それにしても、何故自分たちだけが生き残ってしまったのか。

 樹流徒にとっても、恐らく少女にとっても、それは大きな疑問だった。


 詩織は再び口を開く。

「私が目を覚ましたのは気絶してから6時間後くらいだったわ。携帯で時間を確認したのだけれど」

「なら僕が起きた4時間後だな。それで?」

「周りに生きている人はいなかったから、他の生存者に会うため移動することにしたの」

「家族の安否は?」

「……」

 すると、ここまで淀みなく答えていた彼女が、急に黙り込む。やや伏し目がちになり、無言で床の一点を見つめた。


 もしかすると、不用意な質問をしてしまったかも知れない。

 樹流徒は反省した。「無理に話す必要は無い」と、詩織に言わなければいけない。


 しかし、それを実行するよりも早く、少女の視線が樹流徒の顔に移った。

「家族の無事は確認しようと思わなかった」

 と、今までと変わらぬ冷静な口調で答える。


 落ち着いた返答だった。同時に、まるで身内の事などどうでも良かったかの様な冷たい口ぶりにも聞こえた。


 しかし樹流徒は、この話を掘り下げる気はなかった。深く追求しないほうが良い様な気がしたし、それをする資格も無い。詩織の言葉に対して「そうなんだ」と返答するに留まった。


「話を元に戻すわね。目を覚ました私は、自分以外の生存者を捜して移動を始めたのだけれど……」

「ああ」

「でも、歩き始めてすぐにマモンと遭遇してしまったの」

「それで、この神社に連れてこられたんだな?」

「ええ」

 詩織は首肯する。


「一度だけ、自力でここから脱出しようとしてみたけれど、無理だったわ」

「悪魔が相手じゃ仕方ないよ」

「アナタが来なかったら私はマモンの私物として一生を終えていたかも知れないのね」

「……」

「だから、少しお礼を言うのが遅れてしまったけれど……助けてくれてありがとう」

「いや。別に」

 今度は樹流徒が床に視線を移す。誰かから素直な感謝を受けることに、余り免疫がなかった。


「ところでアナタは今後どうするの?」

 詩織が話題を“今まで”から“これから”に切り替える。


 考えるまでもなく、樹流徒の答えは決まっていた。

「引き続き魔都生誕の真相を探るつもりだ。君は?」

「本当なら相馬君に協力したいけれど、私には悪魔と戦う力もないし足手まといになってしまうだけだから」

「……」

「私はこれからどこかに身を潜める事にする」

「身を潜める?どこに?」

「“市内のどこか”としか言えない。まだ決めてないもの」

「そうか」

「アナタから聞いた話によると、私達は結界という壁に閉じ込められて市外には出られないのでしょう?」

「ああ。完全に封鎖されたと断言はできないけど、でも……」

 樹流徒が全てを言い終える前であった。


 特にきっかけも無く、彼の頭に突然ある妙案が浮かんでくる。

 詩織の安全を確保できるかもしれない場所が、たったひとつだけ見つかった。


「そうだ伊佐木さん。悪魔倶楽部へ行かないか?」

 樹流徒はすぐさま、その思い付きを彼女に話す。

「え」

 流石に突飛だったか、少女は二度瞬きをした。


「さっき話した悪魔の店だ。そこで一時的に君を保護してもらう」

「それはつまり、悪魔が集まる場所で悪魔から身を守ってもらうということ?」

「変な話だけどそういうことになる。店主が了解してくれるかどうか分からないけど」

 樹流徒自身、これを決して名案だとは思わなかった。だが、ほかに詩織が安全に身を隠せそうな場所は無い。故に、選択肢の一つとしてバルバトスに話を聞いてもらう価値はありそうだった。上手くいけば今後詩織は現世を徘徊する悪魔に怯える必要が無くなる。


 この話を聞いた詩織は沈黙した。困惑している風ではない。冷静かつ慎重に選択しようとている態度に見えた。

 彼女は樹流徒の口元に視線を置いたまま少しの間考え込む仕草をして……


「ごめんなさい。今は決められない」

 直答を避けた。


「余り気が進まない?」

「そういうわけじゃないけれど、もしよければバルバトスという悪魔に会って、店内の様子を自分の目で見た後に判断したいの。その……わがままかも知れないけれど」

「いや。別にわがままじゃないよ」

 詩織の言い分はもっともに聞こえて、樹流徒は首を縦に振る。


 考えてもみれば、詩織を悪魔倶楽部へ避難させようとすることは、彼女に対して「見ず知らずの悪魔と一緒に過ごしてくれ」と言っているのと同じである。

 身の安全を確保するためとはいえ、詩織が躊躇(ためら)うのは当然だった。彼女じゃなくとも一般的な感性の持ち主なら即決は難しいだろう。

 樹流徒はそのことに気付いた。少々強引だったかも知れないと考えを改める。


 それでも詩織は「バルバトスに会って決める」と言っている。これから二人で悪魔倶楽部へ行くことは決定した。





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