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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
268/359

首狩り包囲網



 扉の先にあったのは飾り気の無い部屋だった。宿泊用の個室だろうか。数人で使っても窮屈さを感じないほど広い空間に机とベッドが一つずつ置かれている。内壁全体は水晶のような紫色の物体に覆われており弱い光を放っていた。そのためランプやロウソクの炎を灯さなくても室内は薄明るい。


 樹流徒はなるべく音を立てずに扉を閉めた。室内をさっと見回して窓が一つも無いことを確認すると、部屋の奥まで歩いて紫水晶の壁を軽く叩いてみる。壁は非常に硬くて穴を開けるのは難しそうだった。仮に破壊できても時間がかかるし、物音を立てれば悪魔に感付かれてしまうだろう。つまり壁の破壊は不可能だ。窓も無く壁も壊せないとなれば、この部屋から外へ脱出する方法は無い。それが分かった途端、樹流徒の目にはこの一室が宿泊部屋というより監獄に見えてきた。


 ドア越しに悪魔の足音が聞こえる。樹流徒はひとまず身を隠す事にした。この部屋に置かれたベッドは巨体の悪魔でも足を伸ばして寝転がれるサイズで、床との間には人が潜り込めるだけの広い隙間がある。しかもその隙間をベッドから垂れ下がった白いシーツが良い具合に隠していた。

 樹流徒はベッドの下に滑り込んで息と気配を殺す。ドアの向こうから聞こえてくる音に耳をそばだてて追っ手が過ぎ去るのを待った。


 悪魔たちの足音が止んで、代わりに彼らの会話が聞こえてくる。

 ――おい。首狩りがそっちに行かなかったか?

 ――首狩り? オレたちは見てないぞ。

 樹流徒を追ってきた悪魔と、曲がり角の先からやって来た悪魔たちのやり取りだ。


 ――ということは、ひと足早く首狩りに逃げられたか。

 ――惜しい。もう少しで挟み撃ちにできたものを。

 悔しがる者たちがいる。

 ――いや待て。ひょっとしてヤツは近くの部屋に隠れているんじゃないか?

 勘が冴えている者もいた。

 樹流徒としては何事も無くこの場を切り抜けたかったが、そう都合良くいかない流れである。悪魔たちが部屋に踏み込んでくる恐れが濃厚だった。

 かくなる上はこちらから飛び出すか。それとももう少し様子見を続けるか。短い迷いの末、樹流徒は後者を選ぶ。引き続きベッドの陰で気配を殺した。

 

 間もなくあちこちで扉が開く音がする。悪魔たちが近くの部屋を手当たり次第調べ始めたのだ。きっと樹流徒がいる部屋も調べられるだろう。

 かたや廊下を走る足音もあった。ここに首狩りはいないと踏んだ悪魔たちが大急ぎでどこかに向かうようである。一人でも敵が減ってくれれば樹流徒としてはありがたかった。このあと悪魔の群れを強引に突破しなければいけない展開になり得るだけに余計助かる。


 そしてやはり樹流徒が潜伏している部屋に一体の悪魔が入ってきた。人間に近い姿を持つ悪魔である。金属製の兜を目深に被り、その奥に青みがかった肌と真っ赤に燃える瞳が覗いていた。首から下は重たそうな鎧で隙間無く隠されている。手には長剣を握り締めていた。


 鎧を纏った悪魔はカチャカチャと金属音を鳴らして歩く。その軽快な足音が向かったのは樹流徒が隠れているベッドだった。何しろ部屋の中で人が隠れられる場所といったらそこしかない。真っ先に調べられるのは必定だった。

 一歩、また一歩と金属音が近付くたび樹流徒の鼓動が強くなる。この場をやり過ごせる能力は持っていない。もはや敵に発見されるのは避けられなかった。


 ついに足音がベッドの傍で止まる。悪魔は手に持った剣を床に置いた。それから四つん這いになってベッドの下を覗き見る。

 樹流徒が動き出す瞬間は今しか無かった。彼は床に這ったまま強烈な蹴りを繰り出す。ベッドの陰から飛び出した足が敵の顔面を強か打ちつけた。

 悪魔は防御はおろか回避の挙動すら取らなかった。ベッドの下に首狩りが潜んでいるか調べようとしておきながら、本当に潜んでいるとは思わなかったのだろう。彼は虚を突かれたような顔のまま声も無く失神する。

 樹流徒は急いでベッドの陰から這い出ると、勢いそのまま扉に向かって走った。敵陣を強引に突破するならば今。悪魔たちがほかの部屋を調べている今を置いて他にない。


 ふと思い留まって、樹流徒はすぐ目の前にある部屋の扉を少しだけ閉めた。それから振り返って、床で気絶している悪魔を観察する。ベッドに隠れていたときは視界が制限されて気付かなかったが、よくよく見れば鎧で身を固めたこの悪魔は樹流徒に近い体型をしていた。


 これは使えるかもしれない。樹流徒は急いで悪魔の装備を脱がせると、それを自分が身につけた。悪魔に変装してこの場を突破しようと考えたのである。

 思った通り鎧のサイズは樹流徒の体にぴったりだった。兜は少し大きめだが、見た目が不自然になるほどではない。魔人と化した樹流徒の肌は青白く瞳は赤い。そのため兜と鎧を身につけると悪魔そっくりの外見になった。


 あまり部屋に長居すると怪しまれる。気絶した悪魔をベッドの下に押し込み、床の剣を拾って、樹流徒は廊下に出た。


 廊下にはまだ樹流徒を探している悪魔が大勢うろついていた。彼らは手分けして付近の部屋を出入りしている。その内の一体――半人半獣の悪魔が樹流徒に近付いてきた。

 いきなり変装が見破られたのか? 樹流徒に緊張が走る。

 それは取り越し苦労に終わった。近付いてきた悪魔は樹流徒の目をしっかり見ながら

「おい。今、何か変な音がしなかったか?」

 と尋ねてきた。変な音というのは、恐らく樹流徒が悪魔の顔を蹴った時に鳴った音だろう。

 樹流徒が無言で首を横に振ると、悪魔は「そうか」とあっさり納得した。どうやら目の前にいるのがお尋ね者だとは気付いていないらしい。

「で……首狩りはいなかったんだな?」

 ついでに悪魔が尋ねてくるので、樹流徒は首を縦に振っておいた。


「こっちの部屋にもいないぞ」

「こっちもだ」

 各部屋を確認していた悪魔たちが廊下に出てくる。一つ、また一つと浮かない顔が廊下に集まった。とうとう最後の一部屋を調べ終えた悪魔が出てきて「駄目だ」と肩をすくめた。

「絶対どこかの部屋に隠れてると思ったのだが……」

「畜生。首狩りはどこに消えたんだ?」

「煙みたいな奴だな」

「無駄口叩いてる場合か。ヤツを探すぞ」

 樹流徒に話しかけてきた悪魔が忌々しげな顔で走り出した。他の悪魔たちも追従する。その場はあっというまに樹流徒一人だけになった。


 何とか追っ手をまいた樹流徒だったが人心地つくのは早い。最低でもこの建物を出るまでは一瞬たりとも気を抜けなかった。

 樹流徒は踵を返して歩き出す。どちらへ進めば外に脱出できるか分からないが、この場に留まっていても仕方がない。早く出口を探さなければ……


 勘のみを頼りに先へ進んでゆくと、すぐに新たな悪魔の集団と出くわした。八匹の異形が固まって廊下の先からやって来る。いずれも動物や鳥の頭部と人間の胴体を併せ持ち武器や鎧を装備した悪魔だった。見るからに物々しい。

 向こうからやって来る武装兵たちが見る前で、樹流徒は努めて自然に歩いた。そして異形の集団とすれ違う。悪魔たちは変装した樹流徒に気付かず、振り返りもせずそのまま歩いて行ってしまった。


 樹流徒は周囲に悪魔がいなくなったことを確認すると金属に包まれた自分の手に目を落とす。

「相変わらず変装は有効か」

 と呟いて変に感心した。他の世界を旅したときもローブで顔を隠して悪魔の目を欺き多くの危険を避けることができた。ここでも鎧を装備しているあいだは多少なりとも安全になるだろう。

 反面、樹流徒は今までの経験から変装が見破られる場合もあることを知っている。悪魔の目は誤魔化せても鼻までは誤魔化せない。嗅覚に優れた悪魔に接近を許したら即座に正体を暴かれてしまうだろう。

 できれば変装が見破られる前に外へ出たかった。樹流徒は先を急ぐ。周囲から怪しまれない程度に速い歩調で廊下を進んだ。


 するとある場所を通りかかったとき、三十メートルほど先の扉が開いて、部屋の中から大きな影がのそりと現われた。猪の頭部と人間の胴体を持つ悪魔である。手には柄の両側に刃がついた斧を握り締めていた。

 部屋の中から出てきた猪の悪魔は樹流徒を見るなり声を掛けてくる。

「おい。そこのオマエ」

「何だ?」

「どこかで首狩りを見なかったか?」

「いや。見てない」

「ふうん。そうか。見てないか」

 猪の悪魔は納得した素振りを見せてから

「そいつは残念…………だっ!」

 と、語尾を弾ませていきなり樹流徒に向かって斧を投擲する。

 普通ならば不意打ちになっていた一撃だが、樹流徒相手にはそうならなかった。悪魔が声を掛けてきた段階で微弱な殺気を感じていた樹流徒は、すでに自分の正体が相手にばれている事に気付いていた。


 樹流徒はこちらの顔めがけて正確に飛んで来る斧を剣で弾き返す。すぐさま剣を床に投げ捨てて素早く敵に接近した。猪の悪魔が迎撃に繰り出してきた拳をかわしてその腕を両手で掴む。敵の懐に腰を深く入れて一本背負いに移行した。悪魔の巨体が綺麗に一回転して床に叩きつけられる。仰向けに倒れた敵の腹に樹流徒は拳を叩き込んだ。それで悪魔の意識は途絶えた。


 と、そこまでは良かったのだが、タイミング悪く樹流徒のずっと背後から新手の悪魔が現われる。虎や狐など複数の獣を混成した姿を持つその悪魔は、胡乱(うろん)な目で樹流徒と床に倒れている猪の悪魔を交互に見やった。

「オマエたち何してる?」

 そしてカタコトみたいな喋り方で樹流徒に尋ねた。


 樹流徒は答えに窮する。この場を取り繕う上手い言い訳がすぐには思い浮かばなかった。

 もはや取るべき行動は一つしか無い。樹流徒は黙って踵を返すとガチャガチャと鎧の音を鳴らしてその場から走り去さった。

 その背中をしばし唖然と見送っていた獣の悪魔だが……

「まさかアイツ」

 気付いたらしい。

「首狩りだ。首狩りコッチにいる。アイツ鎧で悪魔に化けてる」

 カタコトで近くの味方に知らせた。

 獣の遠吠えを聞きつけてすぐに何体もの悪魔がやって来る。彼らは樹流徒が逃げた方向を聞くと、そちらめがけて駆け出した。


 樹流徒は闇雲に廊下を走って逃げる。幸い変装のお陰で行く手に現れる悪魔から襲撃を受けることはなかった。行き交う悪魔たちは誰も彼も黙って樹流徒を見送るか、走り去る彼の背中に向かって「そんなに慌ててどうした?」と尋ねるくらいだった。


 無我夢中で走る樹流徒の前に、下階へ繋がる階段が現れる。樹流徒は迷わず駆け下りた。階段の途中に立つ見張り三人の眼前を素通りして下の階へ。


 そこも上の階と同じ光景がずっと遠くまで続いていた。広い廊下と、廊下の左右に並んだ扉。そして廊下の途中にいくつかある曲がり角……

 この階に出口があることを祈って樹流徒は先へ進む。


 誰ともすれ違わず百メートルほど走ると、目の前の曲がり角で異形の生物と鉢合わせになった。現われたのは半人半蛇の悪魔ラミア。ただし普通のラミアではない。暴力地獄でも遭遇した三つの頭部を持つラミアである。


 横に三つ並んだ女の顔が樹流徒を見つめる。内一つが冷たい笑みを浮かべた。漲る殺気が樹流徒の肌を刺す。

 このラミアに変装は通じないようだ。悪魔は蛇の下半身をバネにして樹流徒めがけて踊りかかった。

 樹流徒は床を転がってほぼ真横に回避。そこから流れるような動作で素早く体を起こし、後ろに跳躍しながら手をなぎ払う。宙に氷の矢を出現させた。六本の矢は標的めがけて次々と飛ぶ。ラミアは地を滑ってことごとく攻撃を回避した。そこからすぐ反撃に転じる。

 三つ首の悪魔は樹流徒に接近しながら口を開き緑色の液体を勢い良く吐いた。液体は宙で飛沫となって広範囲に拡散する。樹流徒は身を屈めて咄嗟にかわしたが、兜の先端が液体を被ってしまった。

 緑の液体は驚くべき早さで金属製の兜を溶かしてゆく。沸騰したお湯に放り込まれた砂糖でもここまで早く溶けないだろう、という程の勢いだった。

 兜が溶けて樹流徒の顔が半分露わになる。こうなってはもう変装道具として使い物にならない。樹流徒は手で払いのけるように兜を脱ぎ捨てた。


 そのとき階段に立っていた三名の見張り兵が戦闘音に気付いて駆けつけてきた。戦闘に時間をかけると際限なく敵が増えてしまう。樹流徒は眼前のラミアと早々に決着をつけなければいけなかった。


 三つ首のラミアは首を切断してもすぐに再生してしまう。他の手段で倒さなければいけない。

 樹流徒は胸の前で掌を向かい合わせた。その真ん中で黒ずんだ紫色の小さな光が輝く。光はすぐに膨れ上がって大きな玉となり、樹流徒が両手を前に突き出すと前方へ放たれた。一つ目人魚の悪魔セドナが使用した能力である。

 樹流徒の両手から放たれた紫色の光は螺旋を描いて飛んだ。直線的な動きをする氷の矢は軽々と回避したラミアだったが、複雑な軌道には弱いのかあっさりと攻撃を受ける。紫色の光球は音も爆発も起こさずラミアの体内に吸い込まれた。するとラミアを中心として空中に謎の小さな文字が幾つも現われる。それが不気味な黒い輝きを放つと、今度はラミアの胸の前に巨大な一文字が現われる。巨大な文字は血の色に染まり、最後は周囲の小さな文字共々空気に溶けて消えた。

 文字の消滅は、ラミアの命が消滅する瞬間でもあった。三つ首の半人半蛇は叫びも上げなければ痛がる素振りも見せない。体に傷一つないまま、糸が切れた人形の如く地面に倒れた。そのまま魔魂と化す。樹流徒が放った紫色の光球は、相手にダメージを与える類の能力ではなく、相手を即死させる能力らしかった。


 ラミアの最期を見届けている暇は無い。樹流徒の目の前には三体の見張り兵が迫っていた。人間と狼を足して二で割ったような悪魔が一体。槍を携えた象頭悪魔が一体。それから二対の赤い翼を背負った人型の悪魔が一体。


 人狼の悪魔が外見通り素早い動きで樹流徒に接近戦を挑んでくる。尖った爪が並ぶ四肢を振り回して嵐の如き連続攻撃を繰り出した。とはいえ二十本の腕を持つ悪魔の攻撃を凌ぎ切ったこともある樹流徒からしてみれば見切るのは容易い。

 樹流徒は相手の上段突きに合わせて身を屈めボティーフローを叩き込む。人狼はうっと声を漏らしながら数歩後退した。それと入れ替わって象頭悪魔が突き出した槍の穂先が樹流徒の額に迫る。樹流徒は素早い手つきで槍を受け止めると、その手を思い切り前に突き出した。象頭悪魔の手中に収まっていた槍は金具が外れたように勢い良く滑る。その勢いを保ったまま柄の底で持ち主の胸を突いた。

 自分の武器を利用された象頭悪魔は驚きと痛みを同時に味わった顔をする。槍を手放すと胸を押さえながら後ずさった。

 樹流徒は相手から奪った槍を構えると目線よりやや高い位置に向かって投じる。そこには今まさに翼を広げて宙へ舞い上がろうとしていた人型の悪魔がいた。樹流徒が投じた槍は敵の胸を正確に貫く。人型の悪魔は体に槍を刺したまま墜落して肉体の崩壊を始めた。


 味方が一人減っても人狼は闘志を失わない。低い唸り声を上げながら足の裏で地面を擦って樹流徒との間合いをジリジリと詰めてくる。

 対照的に象頭悪魔は迷わず踵を返した。このまま戦っても無駄死にすると判断したのだろう。

「誰か。誰か来てくれ。首狩りが出たぞ」

 と叫びながら逃げていった。


 残る敵は人狼のみ。なるべく時間を掛けたくない樹流徒は自ら仕掛ける。敵の正面から飛び込んだ。その出足を止めようとしたのだろう。人狼が鋭いローキックを繰り出した。

 樹流徒は完全に相手の動きを先読みする。人狼の蹴りが始動したときにはもう前方に跳躍していた。宙を疾走する樹流徒はすれ違いざま敵の首に腕を引っ掛ける。その力に抗えず人狼は背中から床に倒れた。樹流徒も一緒に倒れたが、技をかけた方とかけられた方とでは次の動き出しの速さに明確な差が出る。おそらく人狼の悪魔が状況を理解したであろうとき、彼の目の前にはすでに樹流徒の肘が迫っていた。顔面に肘を食らった人狼は気絶する。


 樹流徒は急いで立ち上がると鎧を脱ぎ捨てた。戦闘が終わってもすぐに次の戦闘が始まってしまう。一刻も早くこの場から逃げなければいけない。

「いたぞ。あっちだ」

 思った通り上の階から十数名の悪魔が降りてきた。その中には先程逃げた象頭悪魔も含まれている。増援を引き連れて戻ってきたのだ。


 樹流徒は駆け出すと前方の曲がり角を曲がった。すぐさま廊下に並ぶ扉の一つに目をつける。ひとまずあの部屋に隠れよう、と考えた。

 悪魔の群れから逃げ続け、戦い続け、樹流徒の精神はかなり消耗していた。光滅の塔で女神像が見せる幻影を相手にした影響も大きい。この先も敵の群れと戦わないといけないことを考えると、今の内に一度休憩を挟みたかった。

 悪魔が部屋に踏み込んでくる恐れもあるが、どの道このままでは集中力が持たない。ジリ貧だ。休める内に少しでも休んでおくべきだろう。そう判断した樹流徒は迷わず廊下の扉を開いて中に飛び込んだ。


 それがとんだ誤算だった。部屋の中がいつも無人とは限らない。精神に余裕を欠いていた樹流徒は扉の向こうにある気配に気付けなかったのである。

 樹流徒が部屋に飛び込むと、奥の壁際には一体の異形が立っていた。騾馬(らば)の頭部と人間の胴体を持った悪魔だ。それだけならば良く見かける半人半獣の悪魔なのだが、この騾馬は大きな孔雀の尻尾を生やしている。まるで豪華な衣装道具のようにきらびやかなその尻尾は、ほのかに明るい部屋の中で一際強い輝きを放っていた。




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