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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
263/359

五十と千



 砂漠と毒沼の世界は緑と水の楽園に生まれ変わった。その中で悪魔たちがめいめいに遊ぶ。翼を持つ者は青空を飛び回り陽光を体いっぱいに浴びる。人と似た異形は草花の大地を歩き歌を口ずさむ。獣の姿をした者は川のせせらぎに足を浸し清水で喉を潤す。皆、世界と一緒に生まれ変わったかのように活き活きとしていた。彼らの姿から祭りの後の侘しさは微塵も感じられない。祭りの後の祭り状態である。


 そんな中、月の国の戦士たちがひっそりとチームを解散していた。漆黒の地母神カーリー、羅刹ラクシャーサ、樹流徒の対戦相手ラーヴァナ、そして強大なる蛇王アナンタ。彼らは特に交わす言葉も無く散り散りになってそれぞれの道を歩き出す。同様に彼らを応援していた悪魔たちも大人しく帰り始めた。がっくりと肩を落とす者がいる。「世界が変わった以上この暴力地獄から出ていかなければ」と言葉少なくぼやく者がいる。笑う者の陰に泣く者の存在があるのは世の常。たとえどんなに美しい世界でも全ての悪魔が満足して暮らせる楽園などありはしないのだろう。


 静かに去りゆくアナンタたちの様子を樹流徒は遠くから見つめていた。特にそうする理由は無かったが、何となくそうせずにはいられなかったのである。

「念のために言っておくけどアナンタたちに声をかけてはダメだよ。降世の儀が終えてから七日七晩のあいだ両国の戦士は接触してはいけない決まりになっているんだ」

 ガネーシャが注意する。言われずとも樹流徒はそこまでするつもりは無かった。


 アナンタの背中が降世殿の陰に消えてゆく。それを見届けた後、樹流徒は決闘で絶命したアミトへ十秒程度の短い黙祷を捧げた。命を落とした悪魔は長い時間をかけて転生し永遠に魔界の住人として生まれ変わるという。何万年後になるか分からないがアミトもいつか再びこの地を訪れるのかもしれない。


 周囲を見回すと早くも祭りの後片付けが始まっていた。先ほどまで樹流徒たちが立っていた(やぐら)は巨体の悪魔が数人がかりであっと間に解体してしまった。今はもう木片の一つさえ転がっていない。あちこちに設置された松明も次々と回収されていた。今頃降世殿の裏や中でも大勢の悪魔たちが動き回っているだろう。


 樹流徒たちは花畑に集まって輪を作った。太陽の国の戦士五名と鳥人六名。計十一名で改めて勝利の喜びを分かち合う。

「こんなに清清しい気分なのは久しぶりだ。これも全てオマエたちのお陰だ。改めて礼を言わせてくれ、勇敢な戦士たちよ」

 ガルダが樹流徒たちの顔をひとつひとつ順に見回す。

「ひょっとしてオレたち歴代最強の戦士集団じゃないか?」

 アンドラスが少し調子に乗った。

「うん。オマエの代わりにカーリーが入っていれば最強だったかもねぇ」

 ガネーシャが少し意地悪な冗談を言う。

 あくまで他愛も無い冗談と分かっているからアンドラスも冗談っぽく頬を膨らませた。

「どうせオレはカーリーに負けたし何の役にも立たなかったよー」

「そんなことはないぞアンドラス。オマエは十分役に立ってくれた。オマエがいなければ我々の勝利は無かっただろう」

「そうね。とても良い道化だったわ」

 アプサラスが口元を押さえてくすくすと笑う。

「道化? 道化って何だよ? おい、ひょっとしてオマエら何か隠してるだろ?」

「別に。何も隠してないわよ」

「いいや嘘だな。何隠してんだよ? 教えろよ」

「だから何も隠してないって言ってるでしょう」

 そんなことを言い合ってアンドラスとアプサラスは笑顔でじゃれ合う。彼らのやり取りを見てガネーシャは目尻に優しいシワを寄せ、鳥人たちは揃って朗笑した。平和な光景に樹流徒も自然と口元が緩んだ。


 一頻り盛り上がったところで、ガルダが場を締める。

「ではこれより黄金宮殿に戻る。帰ったら我々の勝利を盛大に祝おうではないか」

「お祝いもいいけどアッチの方も頼んだよ」

 ガネーシャは象の鼻を左右に揺らす。

「分かっている。今頃宮殿ではオマエたちの報酬を準備しているはずだ」

 それを聞くとガネーシャはその場で軽快なステップを踏んで喜んだ。


 太陽の国の一行は黄金宮殿に向けて出発した。花畑を歩いている最中、樹流徒は足元に咲く真っ赤な花を一輪摘んだ。この花は万能薬になるらしい。祭り前の晩餐会で倒れたデカラビアへ届けてあげることにした。

「じゃあオレがデカラビアに渡しといてやるよ。アイツ、ニンゲン嫌いだからキルトが渡そうとしても多分受け取らないだろうし……」

 そうアンドラスが申し出る。彼の厚意に甘えて樹流徒は摘んだ花をアンドラスに預けた。


「砂漠と沼の世界も悪くないけど、やっぱりボクはこっちの世界の方が良いなぁ」

 歩きながらガネーシャは辺りの光景を眺め回している。行きと帰りでは道中の景色がまるで違った。祭りの前は花畑の向こうに砂漠が広がっていたが、今は広大な森が目の及ぶ限り続いている。


 それはそうと悪魔たちの豹変ぶりには驚きであった。降世の儀が始まる前まで太陽の国に歓声を送っていた者たちが、祭りが終わった途端誰も樹流徒たちに近付こうとしない。あれだけ熱心に太陽の国を応援していた者たちは今や自然と戯れて遊んでいるか、賭けに勝ってどれだけ儲けたかを指繰り計算している。どの悪魔も自由気ままで面白いほど気持ちの切り替えが早い。そんな彼らを樹流徒は決して嫌いではなかった。少し羨ましいとさえ思った。


 ただ、それとは別に樹流徒には一つ気になることがあった。こちらに話しかけてくる者はいないが、後ろから尾行してくる者たちがいるようなのである。殺気だった悪魔が合わせて五十名ほど、さっきから樹流徒たちの数十メートル後ろをぴったりとつけていた。

 恐らく彼らの狙いは首狩りキルトの懸賞金だろう。降世祭での樹流徒の戦いぶりを見れば大半の悪魔が彼をつけ狙おうとは考えないはずだ。しかし中には数を(たの)んで立ち向かえばたとえ首狩り相手でもどうにかなると思っている連中がいるらしい。


 樹流徒を尾行する悪魔たちが今すぐ襲ってくる様子は無かった。降世祭の決闘を除いて聖地ジェドゥでの戦闘行為は固く禁じられているからだ。もしジェドゥ内で戦闘が勃発すれば祭りを運営する悪魔たちが黙っていない。そのため賊たちは聖地から出た瞬間に樹流徒を襲うつもりだろう。


  樹流徒は考えた。このままではガルダたちを戦いに巻き込んでしまう。彼らが有象無象の悪魔相手に不覚を取る心配はしていない。ただ、ガルダたちは大丈夫でも鳥人が怪我をする恐れがある。それに怪我人が出なくても戦闘により折角の凱旋気分に水を差しては悪い。何か手を打つ必要があった。

「すまないガルダ。俺は一人で黄金宮殿に戻る」

 敢えて理由は語らず樹流徒はそう申し出た。この場所から全力で逃げれば賊に追いつかれる心配は無いだろう。だから一旦ガルダたちと離れて単独で黄金宮殿に戻ろうとした。

 それをガルダは止める。

「心配には及ばない。後ろの連中は気にするな」

 そう言って彼は約五十名の賊を一顧だにせず歩き続ける。

「しかしこのままだと……」

「心配するなと言ったはずだ。もう少しすれば分かる」

 ガルダは目元を緩ませた。一体何が分かるというのか? 樹流徒にはさっぱり理解できなかった。


 花畑の向こうにあるのは広い森。森の中はすでに聖地の敷地ではない。戦闘行為が許された場所だ。

 賊の悪魔たちはいよいよ殺気を漲らせ、舌なめずりをしたり武器を握る手に力を込めたりしている。

「首狩りめ。聖地を出たときがオマエの最後だ」

 もう自分たちが襲撃するつもりであることを隠しもしない。


 樹流徒たちは花畑を抜けて、森の中へと続く草の道を踏みしめた。そして森の入り口に差し掛かる。

「今だ!」

 賊が揃って走り出した。武器を構え、爪を振りかざし、何かの攻撃を放とうと掌を前にかざしながら花畑を飛び出す。血走った目の数々が樹流徒一人に狙いを定めていた。


 猛然と突進する異形の群れ。彼らの勢いが続いたのは、聖地を出てからたった数歩先までだった。

 集団の先頭を走る悪魔数名が急停止する。その後ろから走ってきた悪魔は突然目の前で止まった背中とぶつかって転倒したり、逆に前の悪魔を押し倒したりした。

「馬鹿野郎。なに急に止まってやがる!」

 前の背中に顔面をぶつけた悪魔が鼻を押さえながら怒鳴る。

「違う。あれを見ろ……」

 先頭の悪魔が恐る恐る前方を指差した。


 前方に広がる木々の陰から武装した悪魔の集団が現れたのである。その数、千に届くかもしれない。思わぬ勢力の出現に五十名の賊はうろたえた。頭上に掲げた武器を下ろし、軽く尻込みする。

 森の木陰からわらわらと出てきた千の武装集団は皆同じ姿をしていた。鳥の頭部と人間の胴体を持ち、槍を携えた兵士……紛れもなくガルダの配下である。

「なんでガルダの兵がこんなに集まってるんだ?」

 アンドラスの目が点になる。彼の疑問は樹流徒の疑問でもあったし、賊たちの疑問でもあっただろう。どうしてこんな場所に太陽の国の兵が大挙しているのか? ガネーシャとアプサラスも顔を見合せて首をかしげている。


 森の中から現れた千の鳥人は尊敬の眼差しででガルダを見つめる。逆にガルダの背後をうろつく不審な輩に対して鋭い睨みを利かせた。


「おい。どうするんだ? 首狩りを殺すんじゃなかったのか?」

「知るかよ。もうそれどころじゃないだろ」

 賊がしどろもどろになる。元々数を恃んでいた悪魔が数で負けたとあっては戦意など残るはずが無かった。

 ガルダは後ろを振り返って初めて賊に声をかける。

「オマエたち。もしキルトに手を出すつもりなら我々(・・)と一戦交えることになるが……どうする?」

 そんな風に言われたら賊たちに選択の余地などない。五十の悪魔は我先にとその場から逃げ出した。

「おーおー。いいザマだな」

 アンドラスが半ば呆れ半ば可笑しそうに笑った。

 樹流徒はガルダの顔を見上げる。

「もしかして、俺のためにこれだけの兵を集めてくれたのか?」

「オマエを戦士に加えると決めた時点からこの程度の展開は織り込み済みだ。だから兵を配備しておいた。それだけだ」

 何でもないようにガルダは言う。

 さすがに王を名乗るだけある。樹流徒は礼を言うのも忘れて、千の兵を動かすガルダの力と彼の先を読む能力に舌を巻いた。

 ガルダは聖地の前に大挙した兵を誇らしげな目で見回してから

「ご苦労。我が忠勇なる兵士たちよ」

 彼らの労をねぎらった。

「聖地の前で隠れて待機しているよう命じられたときはガルダ様の意図を測りかねましたが、こういう事だったのですね」

 集団の先頭に立つ鳥人が得心顔で言った。


 千の兵を加えて一気に大所帯となった太陽の国一行は再び黄金宮殿を目指して歩き出した。

 森を抜け、広い草原を抜けると、巨大な湖に着く。その湖は降世の儀が行なわれる前まで巨大な毒沼だったが、今は底の砂利が見えるほど水が澄んでいた。あちこちに稚魚が泳いでいる。


 樹流徒たちは湖を歩いて渡り、花が咲き乱れた丘を越え、川に沿って歩いた。アンドラスとアミトが戦った砂漠のオアシスは美しい緑に囲まれた水場に変わっていた。


 そして聖地ジェドゥを経ってから七日後。いよいよ黄金宮殿が目前に近付いてきた。黄金宮殿といえば激しい砂嵐に囲まれた砂漠の中心に建っていたが、今は緑色に輝く光の渦の中心となっていた。

 一行は強い風を浴びながら草原の中を歩く。砂漠の地中に生息していた巨大生物の死骸を虫の群れが貪っていた。ある命の死が別の命を育てる。その命がまた別の命の糧となる。現世と同じく魔界の自然界も数多(あまた)の生命が織り成す絶妙な調和で成り立っているのだろう。砂漠と毒沼の世界にも目に見えない自然のサイクルが存在していたはずである。


 黙々と歩き続けると草原の中に小川が現れた。大人が跳び越えられるかどうかくらいの幅があり、緩やかな曲線を描いて西へ西へと伸びている。

 その川を遡ってゆくと、やがて前方に大きな影が見えてくる。黄金色に輝く宮殿だった。




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