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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
259/359

魔王対元魔王



 ガルダの姿が戦士の間から消えると丁度タイミングを計ったように演目を終えた音楽隊とダンサーの退場が完了した。リング上に残ったのはヴォラック一人のみ。彼は双頭の竜に跨ってリング中央に待機している。これまで一貫して冷静な態度で審判を務めてきたヴォラックだったが、最終戦を前に多少緊張しているのか幾分目付きが鋭くなっている。観衆の気配がそうさせるのかもしれない。戦士入場のラッパが鳴る前から客席は隅から隅まで殺気立っていた。その真ん中に佇むヴォラックが周囲の殺気に反応して眼光を鋭くしてしまっても無理はない。

 会場にいるおよそ全ての者が気持ちの高まりを完全には抑えきれない。それは戦士の間にいる面々も例外ではなかった。

「嗚呼……緊張してきた」

 アンドラスは体を小刻みに震わせている。

 彼の気持ちは樹流徒にも多少分かった。祭りに参加したのはアムリタを入手するためだが、できればこのまま太陽の国に勝利を収めて欲しいという願望が湧いてきたのだ。とても短い付き合いとはいえガルダとは仲間だったのだから彼個人にも頑張って欲しい。アンドラスほどではないにせよ樹流徒も緊張感を持って最終戦直前の様子を見守っていた。

 ガネーシャとアプサラスも心なしか興奮気味に会話をしている。

「ガルダとアナンタが戦うのはこれで何度目か分からないけど、結局この組み合わせが一番盛り上がるんだよねぇ。ボクたち他の戦士は全員前座みたいなものだ」

「そうね。でもこの盛り上がりは、私たちが月の国と互角の戦いをしたからよ」

 アプサラスが言う通り、悪魔たちが激しく興奮しているのは両国がほぼ互角の勝負を演じたからである。第四試合終了時点でどちらかの国が勝利を決めていたら大将戦の盛り上がりは半減していただろう。


 ただ、盛り上がりも度が過ぎると観衆を暴徒に変える。下の客席で両国の応援者同士が殴り合いの喧嘩を始めていた。彼らは祭りを運営する悪魔たちに引っ立てられてどこかへ連れて行かれる。そのくらい観衆の熱狂ぶりは異常だった。早く決闘を始めなければ客席の中で第二、第三の場外乱闘が勃発してもおかしくなかった。

 一秒一秒がやけに長い。そう感じているのは樹流徒のほかにも大勢いるだろう。緊張状態に包まれた降世殿の内部は時間の流れが異様に重くなっていた。今だったら落下する雨粒すらゆっくり見えるかもしれない。息が詰まりそうだった。頭からつま先まで水に浸かって窒息寸前みたいな顔をした悪魔がそこら中にいた。


 重いという言葉が生温く感じるほどの圧力に支配された空気。小石一つ投じただけで爆発しそうな危うい雰囲気。それはやたら長く感じられた数分間を経てやっと解き放たれた。

 双頭の竜がリング中央から舞う。会場が揺れた。もはや理性など全て捨ててしまった異形の群れが獲物を追い立てる形相で叫ぶ。誰が何を叫んでいるのか分からない。思い思いに吐き出された言葉がどす黒い感情を乗せて絡み合う。混沌の極みへと駆け上ってゆく。

 騎士を乗せたグリフォンが客席の中を飛び回る。けたたましいラッパの音が観衆の耳朶(じだ)を叩きつけた。しかしそれすらも異形の者共から発せられる雄たけびに半分かき消された。

「それでは両国の戦士に入場してもらう」

 審判ヴォラックが一層声を張り上げても誰にも聞こえない。もう収集がつかない状態だった。この狂乱的な盛り上がりを維持したまま先へ進むしかない。


 第一戦から第四戦まではヴォラックが戦士の名を呼んで両国の戦士が順に入場する流れだったが、最終戦だけは違った。戦士の名がコールされるのを待たず、リングの東西から檻が同時にせり上がる。審判から紹介されるまでも無く、この会場にいる全員が、これから登場する戦士の姿も名前も知っているのだ。


 向かい合う檻からそれぞれ両国の王が登場する。雄雄しき鳥人の姿をしたガルダ。沢山の頭を持つ大蛇の姿をしたアナンタ。前魔王と現役の魔王である。降世祭で行なわれる決闘は暴力地獄の千年を決める戦いだが、最終戦に限っては次期魔王の座を懸けた戦いでもある。ガルダかアナンタ、どちらか勝ったほうが魔王となるのだ。

 両者はリング中央まで歩いて止まった。体格差は歴然だ。ガルダの背が二メートル超なのに対し、アナンタは家ほどの大さがある。体格差というより、サイズが違う。

 対峙する両者の間に会話は無い。開幕式でもそうだった。最早言葉は必要ない。そう言いたげな雰囲気を双方が醸している。静かなにらみ合いが観衆に緊張感を与えた。地鳴りのような雄たけびが徐々に弱まってゆく。両戦士から強烈な殺気が放たれはじめると観衆は震え上がった。樹流徒と魔王ベルフェゴールが戦ったときも似た様な現象が起こった。魔王級の実力者同士が殺気を放つと通常の悪魔はその場から逃げたしたくなるほどの恐怖を覚えるのである。


 ヴォラックが固唾を呑んだ。

「それでは最終戦……はじめ!」

 喉が潰れんばかりに荒らげた彼の声が、両戦士の殺気に怯えていた会場に活気を取り戻す。

 異形の波が吠える。全員気が触れてしまったと思うほどの大声を上げる。目を剥き、腕を引きちぎれそうなほど振り回す。

 狂気じみた声援の嵐に背中を押され、両戦士はほぼ同時に動き出した。アナンタの胴体から生えた十数本の首が不気味にうねる。赤、青、水色、黄色、白、黒など、それぞれ違う瞳の色を持つ大蛇の頭が相手を圧死させろと言わんばかりに、荒々しく無造作な動きで眼下のガルダめがけて突っ込んだ。

 ガルダはきっと頭上を睨んで跳躍する。大口を広げて降ってくる大蛇の口を避けながら上昇した。


 ガルダが立っていた場所とその周辺で爆発が起こり大量の砂埃が高く舞い上がった。アナンタの頭部が地面を叩きつけた衝撃である。自然現象と言えばに些か誇張になってしまうが、そう言い表したくなるほど強烈な攻撃だった。まともに受ければ大半の悪魔はひとたまりもない。


 アナンタの首をかいくぐって宙に逃れたガルダは、ほんの数秒前まで仰ぎ見ていた大蛇の姿を鋭い目で見下ろした。すかさず背中の大きな翼を前方に折り曲げ、羽を次々と発射する。

 全部で十発以上放たれただろうか。連射された羽はさながら銃弾の如く高速回転しながら落下。いかにアナンタが俊敏でもその巨体では回避できない。羽の弾丸はいとも容易(たやす)く大蛇の首に全弾命中した。

 硬そうなアナンタの皮膚に幾つもの穴が空く。蛇口を強く捻ったように血が流れた。それを気にも留めない様子でアナンタは反撃する。金色の瞳を持つ大蛇が大口を開けた。そこから黄土色の液体が決壊したダムの水みたいな勢いで吐き出され渦を巻く。泥水の渦だ。それは天に昇る暴れ竜となってガルダを襲った。

 ガルダは素早く宙を滑って下から迫り来る攻撃から逃れる。渦を巻く泥水の竜はそのまま直進して魔空間の防壁に衝突。そのすぐ向こう側で観戦する悪魔たちは眼前の視界が水に覆われて思わず目を瞑り、逃げ腰を引いた。短い悲鳴を上げる者もいた。彼らは防壁がビクともしないのが分かるとほっと安堵の吐息を漏らした。


 回避を成功させたガルダは宙で停止し、胸よりやや低い位置で両手を上に向ける。左右の掌からそれぞれ小さな空気の渦が生まれた。それは瞬く間に縦へ大きく伸びて竜巻となった。ガルダが両手を地上にかざすと二つの竜巻は巨大化しながらアナンタを襲う。

 同時にアナンタもやり返す。茶色の瞳を持つ大蛇の首が口から岩の塊を次々と吐き出した。人間の胴体ほどもある大きな岩が対空砲となってガルダめがけ飛翔する。

 ガルダが放った竜巻は地上から飛んでくる岩を砕き、地表の砂を巻き上げ、茶色く色づきながらアナンタの背に直撃する。大蛇の皮膚が削られ突き破られた。先ほど以上におびただしい量の血が飛沫となって宙に舞う。

 まともに被弾したアナンタに対し、ガルダは地上から飛んでくる巨岩を悠々と回避する。三十発以上放たれた岩は竜巻に破壊され、或いは標的を素通りして魔空間の壁にぶつかり全て砕け散った。


 最後の岩塊(がんかい)をやりすごすとガルダは即座に両腕を振り下ろし交差させた。ガルダの腕の軌道に沿って空中にアルファベットのXを描いた緑色の光が浮かぶ。それは光の刃となって空を裂きアナンタの肌も裂いた。黒い瞳を持つ大蛇の首にくっきりとXの字が刻まれ、そこから大量の血が溢れる。すでにアナンタの足元には青い水溜りが幾つもできていた。


 ガルダが圧倒的に押しているように見える。このまま呆気なく勝ってしまうのではないか、と樹流徒は本気で考えた。

 そんな彼の心中を見透かしたようにアンドラスが言う。

「ガルダがアナンタを圧倒しているように見えるだろ?」

「違うのか?」

「ガルダの攻撃は強力だ。でもアナンタは見た目ほどダメージを負っていない。あんなのはまだかすり傷だよ」

「あれでかすり傷……」

 リングから遠く離れた場所から観戦する樹流徒の目にも分かるほど、アナンタの傷口は深い。出血量も相当なものだ。普通ならば既に致命傷だろう。アンドラスの言葉を疑うわけではないが、かすり傷には見えなかった。

 にわかに信じられない樹流徒に向かって、ガネーシャが補足説明する。

「機動力と攻撃の命中力で勝負するガルダに対して、圧倒的耐久力と一発の破壊力を武器に戦うのがアナンタなんだよ。ガルダが小刻みにダメージを与えてゆくこの構図は、初めて降世祭で両者が戦ったときから今でも変わらないのさ」

「つまりガルダが圧倒しているように見えても、いつも通りの展開だと?」

「うん。その通り」

「ちなみに、二人のこれまでの対戦成績は?」

「ほぼ互角じゃないかな。正確な数字までは分からないけどね」

 そのような会話が交わされている間にも、戦闘は続いている。


 大蛇の口が紫色の液体を吹いた。それは液状でありながら空気よりも軽いのか、水滴が四方八方に広がりながらふわふわと宙に浮かび上がる。ガルダは宙を大きく旋回して逃れたかに見えたが、紫色の水滴が相当広範囲に広がったため被弾していた。紫色の水滴を数滴浴びたガルダの腕から煙が上がり、狭い範囲で皮膚が(ただ)れた。たった数滴でこの威力。全身に浴びれば命はないだろう。


 ダメージを最小限に留めたガルダに対してアナンタは追加攻撃を狙う。今度は三つの首による同時攻撃だった。赤目が炎の球体を、青目は雷光を、そして水色目の頭部が氷塊をそれぞれ吐き出す。巨体アナンタが放っただけあって攻撃も巨大だった。炎の球の直径も、雷光の太さも、氷塊の体積も、全てガルダの体より大きい。その代わりに狙い済ました攻撃ではなく、広範囲な武器を大量にばら撒いて運良く一発でも命中すれば良い、という荒っぽい攻撃だった。


 下手な鉄砲数撃てば当たる、とは誰が言った言葉だろうか。しかし魔王級の悪魔に命中させるには数が足りなかった。アナンタが放った同時攻撃は、的確かつ素早い動きを見せるガルダにあっさりかわされる。

 激しい攻撃の逆流を泳ぎきったガルダは即座に反撃する。羽の弾丸を射出してアナンタの首に深い傷を与えた。もっともアナンタにとってはこの傷も大したダメージではないのだろう。そそり立つ大蛇の巨体は広がる傷口から血が滲もうと何の反応も示さない。


「なんだあれは?」

 見物客の一人がアナンタを見て言った。

 火も起こっていないのにアナンタの全身から黒い煙のようなものが立ち上り始めた。

 樹流徒は目を凝らす。煙らしき物体の正体がかろうじて分かった。断言はできないが砂に見える。大量の黒い砂粒が密集して煙のようにもうもうと広がって空へ昇ってゆく。まるで意思を持つ生き物のようにガルダを目指していた。地上から生えた巨大な手が、空の鳥を捕まえようとしている風に見える。


 形の定まらない黒い手は巨大化しながら凄まじい勢いでガルダの足下より迫り来る。その大きさやスピードからして狙われた獲物は逃げようがなかった。

 回避が不可能となれば、あとは防御か反射するしか対抗策はない。ガルダは背中の派手な翼を強く前後に羽ばたかせた。それにより強力な突風が巻き起こる。戦士選抜試験で樹流徒が食らった風よりも数段強くて大きな風である。

 自然界では起こりえない巨大な突風が黒い砂を押し戻し、地表の砂埃を高く舞い上げる。

「あの黒い砂を浴びたらどんな悪魔でも一時的に体が固まってしまうんだ。例えガルダでもね」

 とガネーシャ。

「でも例外としてアナンタ自身には通じないけど」

 彼の補足説明通り、強風に跳ね返された黒い砂はアナンタの体に降り注いだが何の効力も発揮しなかった。

 うねうねと大蛇が首を(よじ)って上下に開いた口から炎、氷塊、雷光、それから泥水を発射する。ガルダは踊るように身を翻してひらりひらりと攻撃の隙間を縫った。傍目にはいとも簡単にやっているように見えるが、判断力、集中力、瞬発力の全てが高レベルで揃っていなければ不可能な芸当である。


「ガルダのヤツ、かなり調子良いみたいだな」

「ええ。この決闘で全てが決まるんですもの。彼の集中力はいつにも増して高いでしょうね」

 アンドラスとアプサラスがそのように言い交わしている。それでも彼らは決してこの戦いを楽観視しているわけではなかった。「このまますんなり決着がつくはずがない」と、リングを見つめる二人の目は確信の色を滲ませている。

「戦いはこれからさ。何せアナンタにはあの能力があるからねぇ」

 ガネーシャが言った。

 その言葉にアンドラスとアプサラスはそれぞれ相槌を打つ。

「あの能力?」

「ああ……そういえばキルトは知らないんだったね。アナンタには対ガルダ用の強力な能力があるんだ。発動までに相当時間がかかるのが難点だけど、ひとたび効力を発揮すれば戦況は変わるよ」

「一体、どんな能力なんだ?」

「それは戦いを見ていれば分かる。いずれアナンタの逆襲が始まるさ」

 どうやらガルダが圧勝する可能性は万に一つも無さそうだ。

 そこはかとなく不穏な空気を覚えつつ樹流徒は戦いの様子を見守る。


 その後もしばらくはガルダが一方的に攻撃を命中させる展開が続いた。第四戦の樹流徒対ラーヴァナと似た流れである。観衆は多かれ少なかれ既視感を覚えているだろう。

 大蛇の口から放たれる攻撃は全て攻撃を素通りしてゆく。ガルダはほぼ無傷。かたやアナンタの全身に刻まれた傷は大小合わせて軽く百を超えている。出血量も尋常ではなかった。今の時点では一方的な流れだ。観戦経験が少なそうな観衆は「このまま勝負が決まりそうだ」と口を揃えて言っている。ガルダの圧勝は無いと知った樹流徒でさえ、このあと訪れるという戦況の変化を想像できなかった。果たしてアナンタはどのような手段で現状を打破するつもりなのか?

 その見当がまるでつかない内に、ガネーシャが言っていたアナンタの逆襲が始まった。


 大蛇が瞳を輝かせる。強い紫色の光だった。

 それを合図に異変が起こる。アナンタの胴体から黒ずんだ球状の巨大な光が生まれる。それは一瞬に広がって戦場全体を埋め尽くした。




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