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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
250/359

捨て石



 静まり返った空間にひたひたと小さな足音が響く。

 アンドラスの足音だった。先鋒戦に出るようガルダに告げられてから、カラス頭の悪魔はずっと部屋の中を行ったり来たりしていた。緊張しているのか、もしくは興奮しているのか。どちらにしても落ち着きが無い。

「もう少し冷静になったらどう? 初出場でいきなり一番手を任せられれば緊張するのも分かるけれど」

 見かねたようにアプサラスが声を掛けると、アンドラスはやっと足を止めた。

「別に緊張なんてしてないさ。オレは今すぐ戦いたくて体がウズウズしてるんだ。ガネーシャの言葉を借りるなら血が(たぎ)ってるンだよ」

 まくし立てるような早口で言って、彼はまた同じ場所を往復し始める。

 アプサラスは「そう」とだけ答えて、二度とアンドラスを止めようとはしなかった。


 ひたひたと鳴り続ける足音を背中で聞きながら、樹流徒とガネーシャの両名は小さな格子窓から会場の様子を眺めていた。

 ガネーシャは艶のある黒真珠のような瞳に眼下の光景を映している。悪魔で埋め尽くされた客席や決闘のリングを見て、彼は一体何を思うのだろうか。自分の対戦相手が誰なのかを想像しているのか。それとも決闘の事など既にどうでも良くなって、祭りの後にガルダから貰える報酬を今から楽しみにしているのか。或いは特にこれと言って何も考えていないのであれば、樹流徒と同じだった。

 黄金宮殿を発つ前の段階で、樹流徒は覚悟を済ませている。決闘を目前に控えて鼓動は高まっているものの、今更になって考えることや思い悩むことは何一つ無かった。気負いも無い。程よい緊張感を全身に感じながら、樹流徒は何気なく窓の外を見下ろして、ただ戦いの時が訪れるのを静かに待っていた。


 そんな彼が見つめる先で、何やら新しい動きが起こる。決闘のリングが一部競り上がって、地中から巨大な檻が出現した。開幕式のとき、劇や音楽や踊りを披露した悪魔たちが出入りしていた檻である。その中から異形の影が二つ重なって現れたのだ。

 観衆の注意が一斉にそちらへ向かう。悪魔たちの注目を浴びながら登場した影の正体は、双頭の竜に(またが)った少年だった。外見年齢は人間で言えば十歳前後。金色の髪と青い瞳、そして白い翼を背に持っている。薄い純白の衣を腰に巻いているが、他には何も身につけていない。ここが魔界でなければ天使と見紛うような姿をした悪魔だった。

 かたやその悪魔を背に乗せた双頭の竜は、全身を赤い鱗に覆われ、一対の大きな羽を背中から生やしている。体長は二メートルあるか無いか。樹流徒が今まで遭遇した他の竜(ガーゴイル三兄弟が呼び出した巨竜ガルグユや海竜ウセレムなど)と比較すれば小柄と言えた。


 あの悪魔は誰だ?

 樹流徒は目を凝らすが、太陽の間からリングまではかなり離れているため、檻から出てきた悪魔の姿を鮮明に捉えることはできない。それでも竜の上に子供らしき者が乗っているのは分かった。

「あの竜に乗った悪魔は?」

 ガネーシャに尋ねると

「“ヴォラック”だよ。彼が今回の審判みたいだね」

 すぐさま答えが返ってきた。


 天使の姿をした悪魔ヴォラック。彼を乗せた双頭の竜はリング中央まで飛ぶと、宙に浮いたまま停止した。片方の首が思い切り身を反らしてグオンと太い声で吠える。

 審判の登場によって決闘の時がいよいよ迫っていると実感したのか、客席の熱気が高まった。


 窓越しに眼下を覗いていたガネーシャは微かに(おもて)を上げ、リングを挟んで向こう側にそびえる壁面を見つめる。

「月の国も今頃はボクたちと同じように外の様子を覗いているかもしれないねぇ」

 何の脈絡も無くそう言って目を細めた。彼の視線を辿った先には月の国の控え室があるのだろう。言われてみれば、遥か正面にそびえる壁に小さな格子窓が並んでいるように見えなくもない。その僅かな隙間から月の国の戦士がジッとこちらを睨んでいる気がした。


 不意に、アンドラスの足音に混じって、別の小さな足音が聞こえてくる。

「どうやら時間が来たようだな」

 ガルダが独り呟いた。

 まさにその直後。ノックも無しに、いきなり戦士の間の扉が開かられる。樹流徒たちは一斉にそちらを振り返った。


 開かれた扉の向こうには一頭の兎が立っていた。背は人間の子供くらいあるだろう。目に痛いほど明るいピンク色の毛皮に全身を覆われ、首には水色の大きなリボンを巻いている。左耳の付け根には黄色い蝶が止まっており、アクセサリーの代わりになっていた。


 頭に蝶を乗せたピンク色の兎は、入り口に立ったまま樹流徒たちに命じる。

「おい。もうすぐ決闘が始まるぞ。第一戦に出る戦士を宣告しろ」

 ぶっきらぼうな口調だった。外見には愛嬌があるが態度には愛想の無い悪魔である。

 アンドラスの足がぴたりと止まった。

「オレだ。このアンドラスが最初に戦う」

 彼は両手を思い切り振ってそれを知らせた。

「そうか。だが念のために聞いておくが本当にそれで良いんだな? もう変更できねえぞ」

「構わない。最初に出るのはソイツと決まっている」

 ガルダが明確な答えを返すと、ピンク色の兎は「分かった」と言った。


 ふわりと蝶がはばたいて、兎の頭から離れる。黄色い羽は戦士の間に飛び込むと、部屋の中を横切って、格子窓の隙間から外へ抜け出した。そのままリング中央に待機するヴォラックを目指して迷わず飛んでゆく。

「あの蝶が、戦士の名前を審判に報告するんだよ。これでもうアンドラスの初戦出場は本当に変更できなくなったというわけだ」

 ガネーシャが樹流徒に説明する。

 きっと月の国も同じ要領で戦士の名を審判に申告するのだろう。つまり審判のヴォラックが会場中の誰よりも早く、一番最初に決闘の組み合わせを知ることができるのだ。


「じゃあこれから決闘の場へ案内するぞ。オレについて来い」

 言いながら、ピンク色の兎は顎を使って「廊下に出ろ」とアンドラスに指示する。

 アンドラスは「おう」と返事をしてから

「よし。それじゃあ行って来るぜ」

 他の戦士たちの顔を素早く見回した。

「ボクは戦士の一員じゃなくて、観衆の一部としてオマエの戦いを見物させてもらうよ」

 とガネーシャ。

「勝ち負けも大事だが、まずは無事に戻って来い」

 続いて樹流徒が声を掛ける。もしアンドラスが過剰に意気込んでいるならば、この場で少しでも緊張を(ほぐ)してあげたかった。併せて、アンドラスは無理に勝たなくても次がある事を伝えたかった。今日の決闘にアムリタが賭かっている樹流徒は絶対に負けれらないが、黄金を欲するアンドラスは仮に今回負けたとしても必ず次の機会がある。それよりも命を守るほうが大切だと言いたかった。


 樹流徒の思いがどれだけ正確に伝わったかは不明だが、アンドラスは親指を立てて応えた。彼は戦士の間を出ると、兎の後について廊下の奥へと消えていった。


 見張りの悪魔によって入り口の扉が静かに閉じられる。

「アンドラス……勝てるかしら?」

 アプサラスが誰とはなしに尋ねた。

「相手次第だろうねぇ。たとえ強い悪魔と戦うことになっても、能力の相性さえ良ければ勝てることもある。逆も然りだよ」

「じゃあ、もし戦闘力でも能力の相性でもある程度互角の悪魔が相手だったら?」

「その場合はアンドラスの調子と運次第じゃないかな」

 とガネーシャ。数え切れないほど決闘に出場している彼の解説だけに説得力があった。


 戦士の間からアンドラスが去ってしばらく経つと、リング中央に待機する天使の姿をした悪魔――ヴォラックが動き出した。

 ヴォラックを乗せた双頭の竜が羽を広げて、急に高く宙へと舞い上がる。ほぼ同時、リングの外周に沿って白い光が走った。眩い輝きを放つその白光はリングを囲むと真上に向かって広がり、半透明の壁面を生み出す。薄いガラスの如き透き通った壁は瞬く間に降世殿の頂上まで到達し、リングと観客席とを隔てる防壁となった。ヴォラックが構築した魔空間に違いない。戦闘の流れ弾から観衆を保護するための防壁が張られたのだ。


 ヴォラックを乗せた双頭の竜は降世殿の中段まで浮上したところで静止した。

 会場が戦闘準備を整えたことで、客席の悪魔たちも本腰を入れて応援態勢に移る。数十万、下手をすれば百万に届く異形の群れが一斉に騒ぎ出した。開幕式の楽しげな騒々しさとはまるで違う、荒荒しい雄叫びの大合唱が会場を包んだ。

 その異様な歌をかき消す大声で、ヴォラックが叫ぶ。

「それではこれより戦士に入場してもらう」

 あどけない少年の姿を持つ彼だが、見かけよりも真面目で大人びた声をしていた。


 戦士入場の掛け声が放たれると、どこからともなく現われた巨大なグリフォンが上段の客席を一周する。その背には、立派な公爵冠と銀の鎧を装備した戦士風の格好をした男が乗っていた。

 グリフォンの背に跨った戦士風の男は、手に持った黄金のラッパを吹き鳴らす。耳を殴りつけるけたたましい音が一帯に響いた。

 それが戦士入場の曲であった。ラッパの音が止むと、ヴォラックは戦士の名を高らかに告げる。

「出でよ! 太陽の国、第一の戦士。アンドラス!」

 リング東側の砂が大きく盛り上がって地中より巨大な檻が出現した。 


 嵐のような唸り声が会場を駆け抜ける。檻の中からアンドラスが姿を現すと、客席の至る場所から声援や、獣の雄叫びや、口笛が飛んだ。

 ――アンドラスだ。

 ――頼むぞ、アンドラス。

 大歓声に出迎えられてアンドラスは意気揚々とリング中央へ向かう。

 無論、会場を飛び交うのはアンドラスを応援する声ばかりではない。この場所には月の国を支持する者たちも大勢集まっているのだ。

 ――負けろアンドラス。絶対負けろ。

 ――くたばれ。

 歓声に紛れて口汚い野次も飛んだ。

 それでもアンドラスは罵声を意に介するどころか、逆に嬉しそうだった。声援も罵声も全て自分の戦意を高揚させるための原動力に変えているのだろう。「緊張しているわけじゃなく、早く戦いたくてウズウズしている」と戦士の間で言い放ったアンドラスだが、あの言葉はあながちタダの虚勢では無かったようである。


 会場の雰囲気に飲まれた様子もなく堂々と胸を張って歩くアンドラスは、リングの中央で立ち止まった。彼は深く息を吸い込むと、頭上を仰いで嘴を一杯に広げグゲゲというしゃがれた雄叫びを発する。

「さあ、オレの相手は誰だ?」

 いつになく強気に叫んで、両腕をいっぱいに広げた。

 ――アンドラスが勝つ。

 ――いいや、負ける。

 まだ月の国の戦士が登場してもいないのに、観衆同士の言い争いが勃発する。聖地ジェドゥでは降世祭の決闘を除きあらゆる戦闘行為が禁じられているが、その禁を破って決闘の前哨戦と称した場外乱闘が始まってもおかしくない雰囲気だった。現に隣の悪魔と額をくっつけて睨み合っている者もいるし、肘や尻尾を使って密かに小突き合っている者もいる。


 そんな一触即発の様相を呈する中、アンドラスの対戦戦相手が呼ばれた。

 審判のヴォラックはリングの西側に向かって大声を上げる。

「出でよ! 月の国の一番手……カーリー」

 客席がどよめいた。意外な悪魔が出てきた、といった反応である。

「え。カーリー?」

 その名前を聞いてアンドラスはつぶらな目をぱちくりと瞬かせた。つい先ほどまでの自信と闘志はどこへ行ってしまったのか。まるで急に酔いが醒めた者の如く、顔つきや態度が冷静になってゆく。

 カーリーという悪魔をアンドラスは知っているようだが、樹流徒もその悪魔に覚えがあった。覚えがあるどころか、会ったこともあるし、直接戦ったこともある。


 リング西側から巨大な檻が出現した。その奥に戦士の影が浮かび上がる。

 現れたのは、虎柄の衣装に身を包んだ漆黒の女だった。背中の後ろまで伸ばした髪も黒。肌の色も黒。そして瞳の色も黒である。そのせいか稲妻の如く血走った眼球の白さが一層際立っている。しなやかに伸びた四本の腕は全てダラリと垂れ下がり、内一本に長い曲刀を握り締めていた。

 その姿は紛れもなく漆黒の地母神カーリーに違いなかった。かつて現世で樹流徒と戦い、当時樹流徒が持つありとあらゆる攻撃を跳ね返した屈強な悪魔である。


 対戦相手が判明した途端、樹流徒たちが控える戦士の間には諦観の雰囲気が漂い出した。

「あーあ……。相手があのカーリーじゃ、もうしょうがないねぇ」

「ご愁傷様アンドラス」

「勝ちを望むのは酷だな。せめてアンドラスには無事生還して欲しいものだ」

 ガルダたちは既に初戦を落としたと確信しているようだ。

「戦ってみなければ結果は分からないだろう」

 樹流徒だけはそう反論するが、肝心のアンドラス本人が樹流徒と同じ考えを持っているかどうか怪しいものだった。カーリーが舞台の中央に近付くにつれ、アンドラスの体に満ちていた争気がみるみる萎んでゆく。その変化は、かなり遠目にアンドラスの姿を見守る樹流徒にも分かるほど明確なものだった。


 両国の戦士が対峙する。国の威信と、世界の行方と、個人の欲望を賭けた戦いが始まるが、アンドラスにとっては最早それどころでは無いようである。彼の脚は生まれたての小鹿みたいに震えていた。

 カーリーは薄く開いた口から舌を垂らし、背筋も凍りそうな冷たい目で対戦相手を睨む。

「それでは第一戦、始め!」

 審判のヴォラックが上空から決闘開始の合図を告げたと同時、アンドラスの恐怖は絶頂に達したようである。断末魔の叫びにも似たしゃがれた悲鳴が、降世殿の天井へと吸い込まれていった。


 こうして幕を開けた降世祭の決闘、その初戦。

 だが観客の盛り上がりを裏切るように、勝負は開始二十秒で決着がついた。最初の五秒は睨み合い。意を決したアンドラスが真正面からカーリーに突っ込んでカウンターの蹴りを喰らうまでが十秒。残り十秒でアンドラスを捕えたカーリーが一方的に鉄拳を食らわせ続け、猛攻に堪えかねたアンドラスが降参した。かつて樹流徒に敵前逃亡までさせた漆黒の地母神は相変わらずの強さだった。


「第一戦。勝者カーリー」

 ヴォラックが戦いの結果を告げると、あちこちから歓声と怒号が飛び交った。確認するまでも無く、歓喜に沸いているのは月の国を応援する者たちである。かたや数分前までアンドラスに暖かな声援を送っていた悪魔は鬼の形相で喚いている。アンドラスが身の危険を感じても不思議ではないほどの怒りだった。


 リングの東西から同時に檻が出現して、両国の戦士が退場する。

 負けはしたものの、アンドラスが生きていたことに樹流徒は胸を撫で下ろした。その横でガルダは平然としている。あっという間に決まったアンドラスの敗北に落胆するでもなく、憤るでも無く、むしろ納得している風にすら見えた。

「初戦を落としたっていうのに、随分落ち着いているんだな」

 その不審をガネーシャが(ただ)すと

「アンドラスの敗北は想定内の出来事だからな」

 ガルダは鷹揚に構えたまま答えた。

「想定内って……それ、どういう意味かしら?」

 涼しげな表情を崩さすアプサラスが尋ねる。彼女の疑問は、樹流徒の疑問でもあった。ガルダの口ぶりは、まるで初めからアンドラスが負けると分かっていたかのように聞こえる。


 いや。まるで(・・・)ではなく、ガルダは初めから全て分かっていたらしい。

「結論から言うと、私は初めからアンドラスが負けると予想していた。なぜなら、これまでの降世祭を振り返ると月の国は初戦に強者を持ってくる傾向があるからだ。過去三回の決闘でも月の国はその方法を使って確実に初戦をモノにした。恐らく今回もそう来ると私は確信していた。そこで私は、敢えて初戦を捨てることに決めたのだ。敢えて初戦を落とし、残りの四戦で勝ち星を取る。我々の中で最も戦力的に不安があるアンドラスを最初に送り込んだのもそのためだ。万が一他のメンバーを送り込んで敗北でもしたら最悪だからな。結果は私が思った通りだった。恐らくカーリーは相手が用意した戦士の中でも一、二を争う実力者だろう。アンドラスの敗北は初めから決まっているようなものだった」

 ガルダは自分の采配が間違っていなかったことを淡々と語る。どうやらアンドラスは初めから負けて当然という計算だったらしい。

「つまりアンドラスは捨て石にされたってワケだねぇ」

「何とも気の毒な話ね。ガルダも意外と容赦ないわ。そうでなければ王など務まらないのかもしれないけれど……」

 ガネーシャとアプサラスがアンドラスに同情する。一方で、彼らはガルダの作戦にある程度の理解を示した。

「まあ、確かにボクたちでもカーリーが相手じゃ簡単には勝てないからねぇ」

「アンドラスには少し悪いことをしてしまったけれど、決闘に勝つためには仕方ない選択だったのかもしれないわね」

 と口々に言う。

「アンドラスほどの実力があれば、たとえ相手が誰であろうと生還は果たすと信じていた。無論、アンドラスが勝つ可能性にも多少は期待していたのだ。残念ながらそう上手くはいかなかったがな」

 言って、ガルダは静かに腕組みをした。

 ガルダがアンドラスを戦力的に不安視した理由には、アミトの件も含まれているのだろう。アミトといえば、戦士の座を賭けてアンドラスと勝負した、あの悪魔である。彼女はアンドラスと戦ったあと、月の国に自分を売り込むためアナンタの元へ向かった。もしアミトと月の国が接触していれば、今頃アンドラスの能力は大なり小なり敵に知れ渡っているはずだ。その点も踏まえてガルダはアンドラスが戦士の中で最も弱い位置にいると考え、捨て石に選んだのだろう。


 予定通り(・・・・)あっさり敗北したアンドラスは観客の罵声を浴びながら身も心もボロボロといった状態で、戦士の間に戻ってきた。その満身創痍の姿はまるで数日間戦い続けたあとの戦士に見える。実際は三十秒も戦っていないのだが……

 樹流徒はアンドラスに近付いて声を掛ける。

「大丈夫かアンドラス?」

「大丈夫に見えるか?」

「いや。見えない……」

 たとえ冗談でも「平気そうだ」とは言えなかった。

 相手が悪かったんだ、と樹流徒はアンドラスを励ましておいた。事実、アミトとの戦いで見せた通りアンドラスは強い。ただ、それ以上にカーリーが強すぎたのだ。


「ご苦労だったなアンドラス。お前は十分に役目を果たした。宮殿に戻ったら報酬の黄金を受け取るが良い」

 ガルダがねぎらいの言葉をかける。

 それで多少は元気を取り戻したのか、アンドラスは伏し目がちだった顔を上げた。

「ま、アレだな。このオレだから何とか生還できたってのはあるよな。並の悪魔だったら最初のカーリーの一撃で死んでたからさ」

 などと言って少し調子に乗り始める。よもや捨て石にされたとは想像すらしていないだろう。

「道化ね……」

 アプサラスがぽつりと呟く。アンドラスが気の毒すぎて、樹流徒は真実を告げづらかった。




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