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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
248/359

戦士の間



「それでは、我々は降世殿に入るとしよう」

 ウヴァルとバステトの姿が見えなくなるとすぐにガルダが言った。

 樹流徒たちは改めて入り口に向かう。


 太陽の国専用の入り口は正面玄関と違って扉らしき物が見当たらなかった。代わりに門番の大男が二人、小さなネズミすら通すまいと険しい形相で仁王立ちしている。

 太陽の国の一行が入り口の前に立つと、門番たちは鋭い目付きでガルダを凝視した。彼らは互いに目配せをして、小さく頷き合う。「この悪魔は間違いなくガルダだ」と確認を交わしているのだろう。

 それが済むと二人の門番は背筋をまっすぐに伸ばす。片方が異様に低い声で、たった一言

「通れ」

 それだけ言った。


 難なく通行許可が下りたため、樹流徒たちは建物の中に踏み入る。

 入り口を通り過ぎるとその先は短い通路になっていた。灰色の石で造られた床は硬くて冷たい。壁の高い位置に古いランプが三つ設置されているが、どのランプも光が弱く、その内の一つに至っては明かりが完全に消えていた。そのため空間の大部分が暗い影に覆われている。

 他にはこれと言って特筆すべき点は何も無かった。壁や天井に装飾が施されているわけでもなければ、床に何かが敷かれているわけでもない。飾り気を極力排した空間である。豪華絢爛な黄金宮殿を一度でも見た後だと余計に味気ない光景に見えた。ただ、その味気なさが一種の味だと思えなくもない。


 通路の先にはやや急な勾配の坂があった。坂は何度も折り返しながら建物の頂上を目指しているようだ。それ以外の通路や階段らしきものはどこにも見当たらなかった。

 見張りの悪魔が立っている気配は無い。物音一つ聞こえない静かな坂を樹流徒たちは上り始めた。


「戦士専用の通路ってこんな風になっていたのね。もう少し明るく華やかにしても良いんじゃないかしら」

 辺りを見回しながらアプサラスが言う。

「ボクも初めてここを歩いたときはそう思ったよ」

 ガネーシャが長い鼻を揺らして頷く。

「この通路は敢えて殺風景にしてある。何しろそこら中の壁や床に、過去の戦士が流した血が染み付いているのだからな。決闘で深手を負い、この坂を下りる途中で息絶えた戦士もいたのだ。(きら)びやかに飾り付けるわけにもいくまい」

 ガルダがそのような説明する。

 彼の言葉は事実らしかった。坂の隅を見ると、戦士が流した血と思しき黒い染みが点々と広がっている。もう少し先へ進むと壁に大きな血の手形が残っていた。そうした血痕の数々が少しでも目立たないようにするため、この場所は意図的に暗くしてあるのかもしれない。


 数千年、数万年、あるいはもっと前に付着した血痕が今も鮮明に残っているなんて不思議なものだ。

 そのようなことを樹流徒が考えていると

「この坂を上りきれば降世殿の頂上に着きます。そこに“戦士の間”がございますよ」

 誰とはなしに鳥人が言った。

「戦士の間?」

「多分、オレたち戦士専用の控え室ってトコだろうな」

 樹流徒の疑問にアンドラスが憶測で答えた。


 血痕が散在する坂道を何度も往復すると、やがて頂上が見えてくる。

 その先は長い真っ直ぐな廊下になっていた。一階の短い通路と同様、薄暗くて何の飾り気も無い廊下である。

 ただ、この廊下には三つの大きな扉があった。それぞれの扉の前には見張りの悪魔が二名ずつ立っており、半獣半人の悪魔や、人間に酷似した姿の悪魔など、彼らの容姿はバラバラである。しかしその反面、全員の身なりが揃っており、見張りの悪魔たちは皆、槍と金属製の胸当てで武装していた。そのせいか廊下全体に物々しい雰囲気が漂っている。


 廊下に並んだ三つの扉のうち一番手前が、戦士の間に通じる入り口だった。

 先ほどアンドラスが予想した通り、戦士の間は、樹流徒たち五名の戦士だけが立ち入ることを許された控え室だという。当然ながら鳥人たちは中に入れない。

「それではガルダ様、御武運を祈っております」

「どうか御武運を」

 六名の鳥人は異口同音に挨拶し、廊下の突き当たりに見える扉へ歩いて行った。その先には戦士の関係者が待機する部屋があるのだろう。


 鳥人と別れた樹流徒たちは、すぐそばにある扉の前に立つ。

 入り口の両脇を固める見張りの悪魔は微動だにしなかった。ガルダが扉の取っ手に指をかけても、それを一顧だにしない。樹流徒たちに対して先へ進んで良いとも、駄目だとも言わなかった。


 扉が静かに開かれる。身動き一つ取らない見張りの間を通過して、樹流徒たちは戦士の間に踏み込んだ。


 その部屋は、たった五名で使うにしては些か大きすぎる空間だった。首を軽く上下左右に動かさなければ全体を見渡せないほどの広さがある。天井には幾つものシャンデリアが吊るされ、一灯につきニ十本以上ものロウソクが炎を灯していた。お陰で室内は廊下とはうって変わって明るい。

 部屋を囲う灰色の石壁には、太陽の周囲を舞う鳥人の絵が彫り込まれていた。奥の壁には四角い小さな格子窓が四つ並んでおり、そこから会場内の様子が見えるようになっている。一方、入り口から向かって左側の壁には大きな両開きの扉があった。その扉は隙間無く閉じられており、向こう側に何があるのかは分からない。あとは部屋の一角に大きな木椅子が五脚並んでいるだけで、室内はガランとしていた。

 暗くはないが、何とも寂々(じゃくじゃく)とした空間である。これから命を賭けた戦場に赴く戦士が精神集中するには良さそうな場所だった。月の国側が使う控え室も同じ造りになっているのだろう。


「へえ。こりゃ大したもんだ。床中血まみれになってるンじゃないかと心配してたけど、この部屋だけは綺麗にしてあるんだな」

 アンドラスは広々とした戦士の間を気に入ったらしく、玩具を手に入れた子供のような瞳で周囲を見回す。すぐに居ても立ってもいられなくなったらしく、室内を駆け回った。

「アナタ、本当に元気ね」

 アプサラスが半分呆れて半分感心したような調子で言った。


 樹流徒は入り口の正面に見える壁に寄って、小さな格子窓から向こう側を覗く。

 遥か眼下に円形の広場が見えた。地面に砂が敷き詰められ、周りを高いフェンスに囲まれただけの空間だ。しかし戦士の間よりもさらに広い。歩けば一周するのに数分かかってしまうほどの面積だった。きっとあの広場が決闘のリングに違いない、と樹流徒は確信する。


 決闘のリングを囲うフェンスの後ろには観客席が設けられていた。全部で十階席くらいまであるだろうか。最上段の客席は、戦士の間のすぐ足下まで迫っていた。これだけ広い客席があれば数十万単位の悪魔を収納するのも容易だろう。ちなみに客席と言っても椅子が用意されているわけではなく、やや下り坂の何も無い足場が広がっているだけである。今のところ客席はガラガラだった。ざっと見ても悪魔が三十いるかいないか程度である。しかし降世祭が始まる頃には、この客席が異形の大観衆で埋め尽くされるのだろう。


 樹流徒が窓から視線を外すと、室内を自由に駆け回っていたアンドラスが丁度落ち着きを取り戻したところだった。

 入り口付近で立ち止まったアンドラスは、全員の顔を見回して

「なあ、ところでオマエら、開幕式が始まるまで何してる?」

 と尋ねた。祭りの開始まで、まだ丸一日以上の時間が空いている。そのあいだ皆がどのように過ごすつもりなのか、参考までに聞いておきたいのだろう。

「俺はまだ何も決めていない」

 最初に樹流徒が答えた。

 続いてガネーシャ。

「ボクは開幕式までずっと寝てるよ。というわけで、時間が来たら誰か起こしてね」

 そう告げると、彼は大きな体を部屋の真ん中に横たえる。

「私はこのあと少し出掛けるわ。だって夜になると外に出られなくなるでしょう。外出するなら今の内よ」

 最後にアプサラスが答えた。降世祭のルールで、太陽の国の戦士は昼間の内しかジェドゥの中を歩けない決まりになっている。夜になると樹流徒たちは降世殿から出られなくなるのだ。ただでさえこの世界は昼が短いのだから、アプサラスの言葉通り、外出するならば今しかなかった。

 それをアンドラスはすっかり失念していたらしく

「ああ。確かそうだったな」

 と少しだけ目を丸くした。

「くれぐれも気をつけてくれアンドラス。もし夜間の外出が表沙汰になったら、最悪、戦士としての資格を剥奪される恐れもあるぞ」

 ガルダが忠告を与えると、カラス頭が「分かったよ」と縦に揺れた。


「じゃあオレも今の内に外へ出ておこうかな。アプサラスも一緒に行くか?」

 アンドラスが誘うと、アプサラスは微笑を浮かべて顔を横に振った。

「折角だけれどお断りさせてもらうわ。だって黄金宮殿を発ってからここまで私たちずっと一緒だったじゃない? そろそろ一人で行動する時間も欲しいもの」

「そっか。言われてみればそうだよな。だったら下まで一緒に行こうぜ。それなら別にいいだろ?」

「ええ。喜んで」

「あ、そうだ。どうせならキルトも一緒にどうだ? 適当にその辺を案内してやるぜ」

 アンドラスの急な誘いに、樹流徒は少し考えてから

「じゃあ先に行っててくれ。俺もすぐ後で追いかける」

 と答えた。

 樹流徒は外へ出る前に、格子窓から眺望できる会場の景色をもう少しのあいだ観察したかった。それにこの部屋には一つ気になる場所がある。入り口から向かって左側にある両開きの扉だ。その閉じられた扉の向こうがどうなっているのか多少興味があったし、確認してみたかった。

「分かった。それじゃあまた後でな。行こうぜ、アプサラス」

「ええ。皆、また後でね」

 アンドラスとアプサラスは連れ立って部屋を後にした。その頃には、早くもガネーシャが気持ち良さそうなイビキをかきはじめる。部屋の中は、実質樹流徒とガルダの二人だけになった。


「ガルダは開幕式まで何をして過ごす?」

 樹流徒が尋ねると、ガルダは即答する。

「私はずっとこの部屋にいる。幸か不幸か、考え事が沢山あるからな。時間が足りないくらいだ」

「そうか……」

 ガルダの考え事、というのは、きっと降世祭の決闘に関する事だろう。それが具体的に何であるかは、ガルダ本人しか分からない。ただ、たとえ考え事の内容が何であれ、ガルダの真剣さは樹流徒にも伝わってきた。太陽の国は降世祭で三連敗を喫しているだけに、今回は絶対に負けられないのだ。


 樹流徒は軽く頷いたあと、閉じられた両開きの扉に視線を移す。

「ところで、あの扉の向こうには何があるんだ?」

 と、話題をそちらに切り替えた。

「ああ……あの扉か。それについては私に聞くよりも、オマエ自身の目で確かめたほうが良い。その方が面白いだろうからな」

 と、ガルダ。彼の口ぶりからして、扉の向こうには何か変わったモノがあるのかもしれない。


「分かった。じゃあ早速調べてみる」

 樹流徒は扉に歩み寄った。二つある取っ手の片方を掴んで、迷わず引っ張る。

 扉には鍵がかかっておらず、何の抵抗も無く開いた。同じ要領で樹流徒はもう半分の扉も開く。その先に現われた小さな一室に、太陽の間の明かりがすうっと射し込んだ。


 樹流徒は謎の小部屋に数歩踏み込む。

「これは……」

 意外な物を目の当たりにして、思わず足が止まった。


 部屋の中にあったのは、悪魔の肖像画だった。それも一枚ではない。全部で三、四十枚ほどの大きな画が、立派な額に納められ、均等な間隔で壁に並んでいるのである。


「この肖像画は、太陽の国の戦士として活躍した勇士たちを描いたものだ。いずれも降世祭の決闘で通算百勝している強者ばかりだぞ」

 いつの間にか樹流徒の背後にガルダが立っていた。

 彼の説明で樹流徒は理解する。この小部屋は、殿堂入りを果たした戦士の肖像画を飾るための一室だったのだ。

「月の国側にも同じ部屋があると聞いている。実際見たことは無いがな」

 そう言いながら、ガルダは少し懐かしそうなまなざしで壁に並んだ戦士たちの姿を眺めた。


 樹流徒も端から順に肖像画を鑑賞する。いきなり最初にガルダの画を見つけた。腕組みをした鳥人の王が斜め正面から描かれており、実物と同様に元魔王としての風格が漂っている。

 そのすぐ近くにはガネーシャの肖像画もあった。眠たそうに半分閉じられた瞳が、いかにも穏やかそうな彼の性格を表現している。語尾を微妙に間延びさせた声が今にも聞こえてきそうだった。


 そして次に見つけたのが、獅子の悪魔マルバス。マルバスといえば樹流徒が知る悪魔の中でも一、二を争うほどの戦闘好きである。そんな彼が何度も降世祭に出場しているのは納得だった。マルバスの強さがあれば殿堂入りも頷ける。

 たしか、最後にマルバスと会ったのは、天使が現世にメギドの火を降らせようとしたときである。あれからまだ数十日しか経っていないが、樹流徒は少しだけ懐かしい気分になった。


 ただし、その気分も次の瞬間には全て吹き飛ぶ。一列に並ぶ肖像画の真ん中から少し右寄りに、マルバスとは別の、もう一体の獅子がいた。

 ニンゲン嫌いを自称する悪魔パズズである。樹流徒が知っているパズズという悪魔は、いつもぶっきらぼうで、にこやかに笑った事など一度も無かった。しかし肖像画に描かれたパズズは薔薇をくわえた口を嬉しそうに歪め、ナルシストな性格を思わせる妙なポーズを取っている。これは、見なかったことにしたほうが良いのだろうか。


 パズズの肖像画に釘付けになる樹流徒。その様子に気付いたガルダが声を掛ける。

「この部屋にある肖像画は全て戦士の間で描かれたものだ。確か、肖像画を描いて貰うとき一番嬉しそうだったのがパズズだったな」

「そうなのか……」

 満面の笑みで画のモデルを務めるパズズの姿が、樹流徒にはどうしても想像できなかった。


 肖像画に描かれた悪魔を一通り見たあと、樹流徒はガルダと共に小部屋を出た。

 できればもう少しじっくりと戦士の間を眺めていたい気持ちはあったが、先に外へ出たアンドラスに「すぐ後で追いかけると」と約束した手前、そういうわけにもいかない。

 樹流徒は壁の小さな格子窓からガランとした観客席をもう一度だけ見下ろしたあと

「外へ出てくる」

 ガルダに告げて、部屋を後にした。


 暗く長い坂を駆け下りて、太陽の国専用の出口から外へ出る。太陽は既に西側へと傾いており、樹流徒たちの足元は降世殿が落とす影に覆われていた。


 ――おーいキルト。こっちだ、こっち。


 遠くから聞き慣れた声がした。

 目で確認するまでも無くアンドラスと分かった。声がした方を見ると、カラス頭の悪魔が両手を大きく左右に振って自分の存在を知らせている。


 樹流徒はやや足早にアンドラスの元へ近付いた。

「すまない。少し遅くなった」

「気にするなって。用事は済んだのか?」

「ああ。それより、これからどこに行く?」

 尋ねると、アンドラスは思い出したように

「そうそう。いま建物の裏を覗くと面白い光景が見れるぜ」

 言って、北の方角を指差した。

「面白い光景?」

「ああ。別に大したモンじゃないけどな。祭りのちょっとした舞台裏さ」

「そうなのか……。良く分からないけど、折角だから行ってみよう」

「よしよし。そうこなくっちゃな」

 アンドラスは樹流徒と肩を組むと、例のしゃがれた鳴き声で笑う。

 二人は降世殿の裏手に向かって歩き出した。


 最初は二人の足音しか聞こえなかったが、北に向かうにつれ、複数の物音が響いてくる。重い物を引きずったり、積んだりしているような音だ。それから大勢の悪魔たちの元気な掛け声も聞こえ始めた。

 さらに前方から聞こえる音と声がかなり鮮明になってきたとき、アンドラスが言っていた降世祭の舞台裏が、樹流徒の視界に映し出される。


 見渡す限り遠くまで広がる赤い花畑の中で、数百体の悪魔が世話しなく動き回っていた。彼らは荷物を運んでいるようである。荷物というのは主に木箱や皮袋で、いずれも蓋や紐で口が閉じられているため中身は分からなかった。

 色も形も大きさもバラバラの荷は、悪魔たちの手によって次々と降世殿の壁際に積まれてゆく。すでに荷の山が家よりも大きく膨らんでいた。一番高く積まれた荷は七、八メートルの高さがあり、他の荷を支えている一番下の木箱は今にも悲鳴を上げて潰れそうである。


「凄い数の荷だな」

「だろ? あれ全部、降世祭で使われる食材や道具らしいぜ」

「そうなのか……」

 だとすれば、今、花畑でせっせと荷物を運んでいるのは、降世祭の運営側に所属している悪魔たちなのだろう。明日に控えた祭りに間に合うように彼らは準備を急いでいるのだ。

「でも一体、あの大量の荷はどこから運ばれてくるんだ?」

「さあ。そういや知らないな。暴力地獄のどこかから運ばれているのは間違いないだろうけど……」

 そのようなやり取りをしながら、樹流徒とアンドラスは荷物の山に近付いて行く。


 すると、二人の接近に気付いた一体の悪魔が突如動き出した。

 二足歩行をする熊である。全身の毛皮は焦げ茶色で、背は樹流徒よりも遥かに高い。手には先の丸い棒切れを握り締めていた。

 今まで荷物の傍で突っ立っていた熊は、樹流徒たちの存在に気付くなり猛然と駆け出し、彼らの進路に滑り込んだ。そして両手を広げて二人の行く手を遮る。

「それ以上前に進んだら駄目だよ。たまに荷の中身を盗もうとする輩がいるからね。絶対誰も近付けちゃいけないように言われているんだ」

 外見通りの野太い声でそう言って、琥珀色の瞳で樹流徒とアンドラスを交互に見た。きっとこの熊は荷物の見張り役なのだろう。彼の必死さが、荷の中身がいかに大事であるかを物語っているように思えた。

「すまない。知らなかったんだ」

 樹流徒が一歩後ろに下がる。

 それで警戒心が和らいだのか、熊は広げた両腕を下ろした。

「なあ。一応確認するけど、ここにある荷物って、降世祭で使う物なんだろ?」

 アンドラスが問うと、熊の悪魔は特に嫌な顔もせずに答える。

「そう。全て祭りで使われる食材や道具だよ。道具のほとんどは開幕式と、最後に行なわれる“降世の儀”に使われる物だと思う。ちなみに荷は全部、祭りを仕切っている“トート”の館から運ばれてきたんだ」

 熊は淀みない口調で説明する。その最中にも、油断の無い目で樹流徒とアンドラスを交互に見て、二人に対する警戒を欠かさなかった。


 荷を運ぶ悪魔たちのさらに向こうで、数十体の悪魔が軽やかに踊っている。もしかすると開幕式で披露する踊りの予行演習を行っているのかも知れない。花畑の中で舞う異形たちの中に、黒猫の悪魔バステトの姿も含まれてるような気がした。




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