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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
247/359

聖地ジェドゥ



 頭上に輝く太陽の真下で赤い花が咲き乱れていた。緩やかな弧を描いて広がる八枚の花びらと、根元から跳ねたギザギザの葉が特徴的な美しい花である。アンドラスが言うには、この植物は聖地ジェドゥにしか咲かない不思議な花で、名前はまだ無いという。その名も無き花が、見渡す限りの地平を埋め尽くしていた。砂漠の真ん中に現れた巨大な花畑である。


 赤と緑に染まった大地の奥には謎の石像建築物がそびえ立っていた。黄金宮殿にも劣らぬ広さに加え、塔と呼べるほどの高さも併せ持つ六角柱の建物である。壁面にはアーチ状の深い窪みが均等に並んでおり、その姿は古代ローマの建造物・コロッセウムと少しだけ似ている。

 ただ、似ているのは外観よりもむしろ建物の利用方法であった。コロッセウムといえば剣闘士たちが血にまみれた戦いを繰り広げた闘技場として知られているが、花畑の奥にそびえ立つ建物もまた、命がけの決闘を行う場所だという。

 そう。この巨大な石造建築物こそが、樹流徒たちの目的地であり、降世祭が催される会場だった。ガルダによれば、“降世殿(こうせいでん)”と呼ばれているらしい。


 黄金宮殿を発ってから七日半。長い旅を終え、太陽の国の一行は無事聖地ジェドゥにたどり着いた。

「いやぁ。この景色を見ると、いよいよ降世祭が始まるって気分になってくるよねぇ」

 眼前に広がる真っ赤な花畑を見渡しながらガネーシャがしみじみと言う。ガルダが「そうだな」と同調した。

 ただ、アンドラスは少し違うらしい。

「オレはジェドゥに来るのは今日で三度目だから、まだそういう感覚は無いな。最後にこの景色を見たのはもう一万年以上も前のことだしさ。辺りの風景を見ても、祭りが始まるっていうより、懐かしいって感じの方が強いんだよ」

 彼と同様、樹流徒にもガネーシャが言うような感覚は分からなかった。ただその代わりに、樹流徒はこの地を訪れるのは今回が初めてなので、今まで見たことの無い景色に触れて新鮮な気持ちになった。ジェドゥにも美しい花が咲いていることは、ある悪魔に教えてもらったが、それがこんなにも美しく大きな花畑だったとは想像していなかったのである。祭りの会場である降世殿にしても、想像していたモノよりずっと立派な建物だった。


 太陽の国の一行は、少しのあいだ花畑の前で足を止め聖地の姿を眺めていたが

「風光を愛でるのも良いが、そろそろ降世殿へ向かおうか」

 ガルダの言葉で再び歩き出した。


 花畑の中に道は無い。樹流徒たちは足で花と草を掻き分けながら先へ進む。

 歩き始めてすぐ、アンドラスが口を開いた。

「なあ、知ってるかキルト? この赤い花、花びらを生で食うと体の麻痺とか熱とか色んな症状に効果があるらしいぜ」

「そうなのか?」

「ああ。花びらをすり潰せば塗り薬としても使えるんだ。ま、この話は全部知り合いからの受け売りなんだけどな」

「つまりこの花は一種の万能薬みたいなものか……。もしかするとデカラビアの体にも効くかもしれないな」

「ああ。言われてみりゃそうだな」

「じゃあ、帰りに一輪だけ摘ませてもらおうか」

「デカラビアにこの花を食わせてやるのか? アイツ、オレたちが黄金宮殿に戻る頃には多分元気になってるぜ」

「ああ。俺もそう思うけど、でも一応……」

「ふうん。じゃあそうするか。この花って水が無くても平気な植物だから、道中で枯れる心配もないしな」

 言って、アンドラスは一旦口を閉じる。

 真っ青な空を見上げ、何拍か置いてから

「それにしてもデカラビアのヤツ、どうして急に倒れたんだ? 未だに原因が分からないんだよな……」

 と、不思議そうに独り言を唱えた。


 花畑の奥へ奥へと進んで行くと、やがて降世殿の目前まで辿り着く。

 樹流徒は正面にそびえ立つ石造の建物を見上げた。昼と夜が同時に訪れたような色の外壁は、砂や汚れにまみれているが、目立つ傷は一つも見当たらない。魔界に存在する極めて特殊な建材が使用されているのだろう。そうでなければこれほどまでに高い建物が果てしない時の流れにも朽ちることなく存在し続けるのは不可能である。

 建物の正面には門の如き大きな入り口があり、分厚い木で作られた扉は全開になっていた。その手前に五百から千体くらいの悪魔たちが集まっている。降世祭を見に来た者たちだろう。祭りの開幕式までにはまだ一日以上時間があるせいか、樹流徒が想像していたよりは少人数だった。


 降世殿の前に集まった悪魔たちは、その大半が近くの者と談笑しているか、何もせずに突っ立っているだけだった。大の字になって草の上に寝転がっている者も何名かおり、いずれも暇を持て余しているように見える。

 一方で、今から祭りを盛り上げようとしている者もいるらしい。金管楽器を吹き鳴らし陽気な音楽を奏でている者。ナイフや斧など色々な武器を使ったジャグリングを披露している大道芸人のような者。それから今回の降世祭に出場する戦士が誰かを予想してユニークな語り口で発表している者などがおり、彼らの周りにはそれぞれ数十名の輪ができていた。


「あの悪魔たちは降世祭の観客か?」

 確認のつもりで樹流徒が尋ねると、最後尾を歩くガネーシャが首肯した。

「そうだよ。ほとんどが暴力地獄の悪魔だけど、魔壕(まごう)から来たヤツも少しは混ざっているんじゃないかなぁ。今はまだ数が少ないけど、降世祭当日になれば数十万もの観衆がこの地に押し寄せるんだよ」

「数十万か……。凄い数だな」

 ガネーシャの更なる説明によれば、一口に観衆といっても、彼らが降世祭を見に来る理由は幾つかに分かれるという。例えば戦士たちの勝負を純粋に楽しみにしている者もいれば、決闘で凄惨な光景が見られるのを期待している連中もいる。世界が変わる瞬間を目撃したいという者もいれば、ただ祭り気分を味わいたくて集まった者たちもいる。中には決闘でどちらの国が勝つか密かに賭けをしている者たちもいるらしいが、降世祭は神聖な儀式なので、表立って賭けをすると祭りの運営をしている悪魔たちに捕まって厳しく罰せられるのだそうだ。

 その事実を知って上で改めて建物の前に集まった悪魔たちを見ると、全体の雰囲気がバラバラに見えてくるから不思議だった。


 ごく少数の悪魔が音楽や芸を披露してお祭り気分を盛り上げようとしているが、群衆は落ち着いている。降世祭本番に備えてエネルギーを温存しているのだろうか。


 しかし、そこへ太陽の国の戦士が現れると、事態は一変した。ガルダの接近に気付いた悪魔たちが次々と樹流徒たちのほうを振り向く。


 ――あっ。ガルダだ!

 ――ガルダが来た。太陽の国の戦士が到着したぞ。


 興奮気味に叫ぶ悪魔の声を合図に、あたりが急に騒がしくなった。

 異形の群れがわっと走り出して、ガルダを中心に戦士たちを取り囲む。その垣根を構成する悪魔の数が十、二十、四十と倍々ゲームに増えていった。

 気が付けば樹流徒たちは完全に包囲され、身動きが取れない状態になっていた。ガネーシャは少しだけ気だるそうに瞼を下ろす。それとは対照的にアンドラスは周囲の耳目(じもく)を集めて嬉しそうだ。目がいつにも増してキラキラと輝いている。


 樹流徒たちを取り囲んだ悪魔の群れは、我を失ったように喚き立つ。

 ――頼んだぞ、ガルダ。今度という今度こそ月の国に負けるなよ。

 ――君たちが勝ったらボクは暴力地獄に移住すると決めているんだ。応援しているよ。

 ――いいか。こっちは太陽の国が勝つほうに紫硬貨百枚も賭けてるんだからな。負けたら承知しねぇぞ。

 ――シッ。声が大きい。賭けをしてるのがバレたら祭りを仕切ってる連中に捕まるだろう。

 ――何でもいい。とにかく勝ってくれ。

 彼らは口々に各々の思いであったり願望であったりを五名の戦士にぶつけた。その異様な迫力に樹流徒は少しだけ圧倒される。暴力地獄の悪魔にとって降世祭がいかに特別な日であるかを実感した。


「よーし、任せろ。このオレが月の国の連中を全員倒してやる」

 アンドラスは胸をいっぱいに反らして、そこに親指を突き立てる。頼もしい言葉に、悪魔たちがわっと歓声に沸いた。

「勝ち抜き戦じゃないんだから、全員倒すのは無理でしょう」

 アプサラスが呟くが、彼女の声は騒がしい悪魔たちの声にかき消される。


「安心しろ。今回こそ我々が勝つ。だから決闘の開始を期待して待っていて欲しい」

 大声で宣言して、ガルダは一歩前に出た。

「さあ、通してくれ」

「道を開けてくれ」

 鳥人たちが、ガルダの正面にひしめく悪魔たちをかき分ける。あとは勝手に異形の垣根が左右に割れて道が作られた。その中を戦士たちは進む。


 大勢の声援を受けてアンドラスはすっかり有頂天になっているようだ。彼は周囲に向かって手を振ったり、天に向かって拳を突き上げたりして、歓声に応える。

 盛り上げ役はアンドラスに任せて、樹流徒は黙って前を向いて歩いた。


 が、不意に微弱な殺気を感じて、思わずそちらに顔を振り向ける。

 樹流徒の視界に映ったのは、戦士たちに歓声を送り続ける異形の群れだった。それでも樹流徒は、立ち並ぶ悪魔たちの背後に、こちらに対して小さな敵愾心(てきがいしん)を持った者たちの存在を感じ取る。殺気の広がりから判断して少なくとも五十体以上はいるだろう。かなりの数だった。


 最初、樹流徒は自分が憎悪の対象になったのかと思った。首狩りキルトの正体に気付いた悪魔たちが、軽く殺気立ったのかもしれないと考えた。

 しかし、すぐにそうではないと気付く。少し離れた場所から飛んでくる複数の邪念は、樹流徒ではなく主にガルダのほうへ注がれていたからである。

 それで樹流徒は、微かな殺気を放つ者たちの正体を察した。恐らく彼らは太陽の国に対抗心を持つ者たち……つまり月の国を支持する者たちに違いない。月の国の縁者。この世界が砂漠と毒沼と岩に覆われたままであることを望む者。そして月の国が勝利するほうに賭けている者たちである。

 彼らがこちらに襲い掛かってくる気配は無いので、樹流徒はひとまず安心した。


 一方、アンドラスも殺気を感じ取ったのか

「そういや月の国の連中はもう会場入りしたのか? もしかしてすぐ近く潜んでるんじゃいか?」

 直前まではしゃいでいたのを忘れて、注意深い目で辺りを見回し始める。殺気の発生源が月の国の戦士かもしれないと踏んだのだろう。

「ははは。こんなところに対戦相手がうろついてるハズないよ」

 ガネーシャが穏やかな口調で笑った。

 アンドラスは後ろを歩く象頭悪魔を振り返って

「どうして、そんなことが分かるんだよ?」

「だって“降世祭の七日前から月の国の戦士は夜しかジェドゥに入ってはいけない”という決まりがあるじゃないか。同じようにボクたち太陽の国の戦士も、昼の内しかジェドゥの中を歩けない決まりになっている。だからジェドゥの中でボクたちと月の国が遭遇することはないんだよ。祭りが始まる前に両国の戦士が接触しないようにするために設けられたルールだ」

 勿論、降世殿の中だけは昼夜問わず歩いて良いんだけどね。とガネーシャは付け足す。

 その説明でアンドラスはすっかり納得らしい。

「ふーん。そんな決まりがあるなんて、初耳だ」

 と半ば以上感心した風に言う。

「それにジェドゥでは降世祭の決闘を除いて戦闘行為が固く禁じられている。仮にこの場に月の国の連中がいても、変な揉め事が起こる心配は無いよ」

 この話が本当ならば、太陽の国だけでなく樹流徒個人が悪魔から襲われる危険性も無さそうだった。


 そのような話をしている内に、樹流徒たちは悪魔の群れから抜け出す。

 彼らは正面玄関には近付かず、建物の側面に向かって歩いた。もしかすると、そちらには太陽の国専用入り口があるのかもしれない。


 ガルダ率いる戦士たちが姿を消すと、声援を送っていた悪魔の集団は興奮冷めやらぬ様子で言葉を交わす。

「おい、見たか。今回はアプサラスが出るみたいだぞ。もしかして初出場じゃないか?」

「多分アンドラスも今回が初だ。でも両方とも強力な悪魔だから期待して良いだろう」

「ガネーシャはもうすっかり常連だな。戦績も安定してるし、頼りになるぜ」

「なあ、ところでもう一人のヤツって誰だっけ? オレ、どこかで見た事あるような気がするんだけど……」

「ああ、実はオレもそれが気になってたんだよ。でも誰だったか思い出せないんだよなぁ。間違いなくどこかで見た覚えがあるんだけど」

「まあ、ガルダが戦士に選ぶくらいだから、それなりに強いヤツなのは間違いない。一体どんな戦い方をするのか、決闘まで楽しみにしておこうぜ」

 そのようなやり取りをして、彼らの盛り上がりは鎮まる気配が無いどころか、勢いを増す一方だった。


 背中から聞こえる騒がしい悪魔たちの声が大分遠くなってきた頃、樹流徒たちは建物の側面に回り込んでいた。そちら側は数時間前に太陽が昇った方角なので、建物の東側と言ったほうが良いだろうか。もっとも、この世界の太陽が東から昇るとは限らないが……


 思った通り、建物の東側には太陽の国専用の入り口が設けられていた。見上げるほど大きな門の上には太陽の紋様が刻まれた立派な石碑が取り付けられている。

 厳つい顔と体つきの男が、入り口の両側に一人ずつ立っていた。どちらもスキンヘッドで全身の肌は薄紫色に染まっている。上半身は裸。腰にボロボロの白い布を巻き、膝の少し上まで垂らしていた。見るからに屈強そうな門番である。二人の男は武器を片手に赤い瞳で周囲を見張っていた。


 本来であれば、ガルダは真っ先に入り口へ向かうつもりだったのだろう。しかし彼の視線は入り口ではなく、その両側に立つ門番でもなく、そこから数メートル離れた場所へと向かった。

 彼の視線を辿ると、そこには二体の悪魔が並び立っている。片方は全身に青いローブを纏い四肢にベルトを巻きつけたヒトコブラクダの悪魔。もう片方は古代エジプトの王を連想させる衣装に身を包んだ黒猫の悪魔だった。

「あれ、ウヴァルとバステトじゃない?」

 とアプサラス。「本当だ」と樹流徒は心の中で言った。


 並び立つ二体の悪魔――ウヴァルとバステトも樹流徒たちの存在に気付く。

「よ。来たな。今日あたり待っていれば、多分会えると思ってたよ」

 そう言って、ヒトコブラクダの悪魔ウヴァルは、バステトと共に樹流徒たちの近くまで歩み寄った。

「二人とも、もしかして俺たちを待っていてくれたのか?」

 樹流徒が話しかけると

「オマエたち、じゃなくて、オマエを待ってたんだよ。キルトがちゃんと戦士の仲間に入れたかどうか確認したかったんだ。もちろん、ジェドゥまで来た一番の目的は降世祭を見ることだけどな」

 とウヴァル。

「良かったわね。アナタならきっと戦士に選ばれると思っていたわ」

 黒猫の悪魔バステトは嬉しそうに言う。

「ほう。ウヴァルやバステトと知り合いなのか。なかなか顔が広いな、キルト」

 ガルダがからかうように言って話を混ぜ返す。


 樹流徒が返答に困っていると、バステトが静かな足取りで彼の傍に寄って顔を近付けた。

「ね。ところで例のモノ、手に入りそう?」

 と、樹流徒の耳元でそっと尋ねる。

 “例のモノ”とは、確認するまでも無くアムリタのことだろう。

「ああ、決闘に勝てば分けてもらえることになった」

 樹流徒が答えると。

「そうなの。じゃあ、もう手に入れたも同然ね」

 バステトは手を合わせて喜ぶ。どういうわけか、彼女は樹流徒の実力を相当高く買っているらしい。樹流徒の力を侮る悪魔は今まで数え切れないほどいたが、逆にここまで彼の力を評価する者はいなかったかもしれない。しかもバステトは樹流徒と直接戦ったことも無い悪魔である。


「さて。キルトの姿も確認できたことだし、オレは降世殿の中に入るとしようかな。決闘では太陽の国を応援するから、皆頑張ってくれよ」

 再開の喜びも早々に、ウヴァルは踵を返す。

「私も、もう行かなきゃ。本当はもう少し喋っていたいけれど、私ってある程度中立の立場だから、祭りが終わるまではアナタたちとばかり仲良くするわけにはいかないのよね」

 続いてバステトも別れの挨拶を告げた。そういえば彼女は降世祭の開幕式で踊りを披露することになっているらしい。そのことからも察するに、多分バステトは祭りを運営する側の悪魔なのだ。運営側ともなれば、聖地ジェドゥにいるあいだは太陽の国と月の国両国に対してそれなりに中立な態度を取らなければいけないのだろう。

「二人とも、ありがとう」

 樹流徒の声を背に、ウヴァルとバステトは並んで歩き去った。




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