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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
242/359

太陽の国の戦士たち(前編)



 戦士と呼ぶには少しばかり華奢な体つきをした踊り子風の悪魔は、部屋の隅に置かれた真っ白なソファ(のような物体)でくつろいでいた。赤紫色に輝く切れ長の瞳が樹流徒の顔を見つめる。その視線に敵意が込められている風には見えなかった。かといって友好的な眼差しをしているわけでもなく、どちらかといえば怪しむような目つきをしている。


 かなりの実力者だ、と樹流徒はすぐに直感した。部屋に一歩踏み込んで相手と対面した瞬間、得体の知れない迫力を感じたのである。眼前にいる女の悪魔が、先ほど戦ったタウティやザリチェに比べて大なり小なり格上の存在だと分かった。一見すると踊り子風の格好も、相手の実力が分かった途端、神秘的な力を持つ天女の衣装に見えてくる。


 樹流徒と女の悪魔は互いに警戒の目を光らせ、数秒のあいだ無言で見つめ合った。

 先に瞳を逸らしたのは悪魔。彼女の訝しむような視線が樹流徒の顔から外れて、その横に立つ二体の鳥人へと向けられる。

「この見知らぬ悪魔は誰? 次の対戦相手かしら?」

 女は落ち着いた声でそう言った。「見知らぬ悪魔」とは、考えるまでもなく樹流徒のことだろう。きっとこの女の悪魔も樹流徒と同じく宮殿のどこかで第二次試験を受けたのだ。だから樹流徒が次の試験――第三次試験の相手ではないか、と疑っているのである。

 樹流徒も同じ疑問を持ち、相手を警戒していた。タウティは「私たちに勝てば即、戦士の仲間入り」と言っていたが、あの言葉を鵜呑みにしてしまうのは危険である。タウティが嘘をついたとは考えたくないが、彼女たちがひと芝居打った上に襲撃を仕掛けてきたこともあって、樹流徒はどうしても最低限慎重にならざるを得なかった。もしかすると今目の前にいる女の悪魔が次の対戦相手かもしれない、という微かな疑念が心に兆していた。


 その疑念を鳥人がバッサリと否定する。

「大丈夫です。ガルダ様の名に誓って、アナタたちの試験はもう終了しました。お二人は今度こそ太陽の戦士として選ばれたのです」

 丸い瞳が女の悪魔を真っ直ぐ見据えた。

 樹流徒と女は、どちらからともなく顔を見合わせる。

「残りの戦士とガルダ様も、試験が終わり次第こちらへやって来ます。それまでしばらくお待ち下さい」

 最後にそう言って、鳥人たちは踵を返した。


 彼らが機敏な足取りで太陽の間を出て行くと、部屋の扉が閉じられる。太陽の間には樹流徒と悪魔の二人だけになった。

 樹流徒は徐々に肩の力を抜く。鳥人があれだけはっきりと「ガルダ様の名に誓って試験は終了した」と言ったのだ。タウティの言葉も併せて今度こそ完全に信用しても良いのではないか、と思えた。


 樹流徒の体から余分な力が抜け切ると、女の悪魔が声をかけてくる。

「あら。アナタ……もしかするとあの首狩りキルトじゃない?」

 彼女はたった今樹流徒の正体に気付いたらしい。

 樹流徒が素直に「そうだ」と答えると、女は色々と納得したように頷いた。

「やはり首狩りなのね。道理で、初対面のはずなのに見覚えがある顔だと思ったわ」

「……」

「アナタが首狩りだとすれば、私たちの試験は本当に終了したと見て良いのでしょうね。だってガルダが首狩りに試験の手伝いをさせるとは思えないもの。少なくともアナタは私を騙すためにガルダが用意した駒では無いわ。さっきみたく奇襲される心配も無いというわけね」

 言って、女はソファの背もたれに深く体を預けた。彼女も第二次試験のときにガルダの配下なり協力者なりから襲撃を受けたのだろう。試験が終わったと確信できるまでは疑心暗鬼になるのも無理はなかった。

「ところでお前は?」

 樹流徒は相手の素性を尋ねる。

「私は“アプサラス”。今さらだけれどはじめまして、首狩りさん」

「キルトでいい。よろしくアプサラス」

 首狩りという呼称はベルゼブブ一派が名付け親ということもあって、樹流徒自身好きではなかったし、何の愛着も無かった。


 アプサラスと名乗る女の悪魔は、樹流徒が次の対戦相手ではないと分かった途端、眉が明るくなった。

「でも、こんな場所に首狩り……いえ、キルトが現れるとは思わなかったわ」

 そう語る口調も先ほどまでより柔らかい。

「俺自身、少し前まで決闘に参加するなんて想像もしていなかった。でもある事情があって、俺はどうしても降世祭に出場しなければいけないんだ」

「ふうん、そうなの。少しだけ興味を惹かれる話ね。もし差し支えなければ、その事情について聞かせて貰えないかしら?」

「アムリタが欲しいんだ。降世祭で活躍すればガルダからアムリタを分けてもらえるかもしれないと、ある悪魔に教えてもらった。だから、あとでガルダと交渉しようと思っている」

「なるほど。確かにアムリタは貴重品だけれど、降世祭での活躍次第では少しくらい譲って貰えるかもしれないわね」

「だといいがな……」

 むしろそうでなければ困る、というのが樹流徒の本音だった。万が一、ガルダとの交渉に失敗したらどうするか? その先の展開など何も考えていないし、簡単には思いつかない。まさかガルダの手から無理矢理アムリタを奪うわけにもいかないだろう。


「ところで、そういうアプサラスこそ、どうして降世祭に?」

 樹流徒は質問する側に回る。こうして話していると、アプサラスは知的な雰囲気の悪魔に見える。外見や雰囲気で相手の全てを判断できないとはいえ、どうしてもアプサラスが好戦的な性格をしてるとは思えなかった。そんな彼女がどうして降世祭に参加するのか? 樹流徒は素朴な疑問を覚えた。

「アナタ……。降世祭で太陽の国が勝利すると、世界の姿が変わるのは知っている?」

 と、アプサラス。

「ああ、昨日知った」

 それは黒猫の悪魔バステトから聞いた話だった。この世界には太陽の国と月の国がある。その両国が降世祭で戦い、どちらが勝つかによって世界の造りが変わる。もし太陽の国が勝てば朝と昼が長い世界となり光の風が吹いて砂漠に緑と川が生まれる。一方、月の国が勝てば、現在のように夜が長い世界となり沼と岩だらけの世界になるという。

「私はこの世界の姿を変えるため、降世祭に参加するのよ」

 アプサラスは少し真面目な顔で言った。

「そうなのか……。でも、なんのために? 決闘に参加してまでこの世界を変えたい理由があるのか?」

「もちろん。実は、この世界には私の宮殿があるのよ。太陽の国が勝てば、宮殿の周りには気持ちの良い風が吹き、綺麗な川が流れ、美しい花と緑が咲き乱れるわ。でも今回の戦いでまた月の国が勝てば、次の千年まで私の宮殿は毒沼に沈んだまま。だからどうしても自分の手で太陽の国を勝たせたいの」

「しかしわざわざ降世祭に出なくても……。別の場所に宮殿を移せないのか?」

「無理ね」

 アプサラスは言い切った。

「第一、私は今住んでいる場所にかなり愛着があるの。別の土地に移る気はないわ」

 そのやり取りを最後に会話は途切れて、しばらくのあいだ太陽の間は沈黙した。

 部屋には窓がついておらず、外の様子を眺めることもできない。樹流徒は壁に背を預けて、ガルダたちがやって来るのを静かに待つことにした。


 沈黙の始まりからどのくらい時が過ぎただろうか。樹流徒の感覚ではそろそろ小一時間が経とうとしていた。試験のペースがかなり早いことを考えれば、中庭にいる悪魔たちの数も今頃はだいぶ減っているはずである。それでも新たに太陽の間を訪れる者はいない。樹流徒はただ壁を背に立ち続け、アプサラスもソファに腰掛けたままほとんど動かなかった。完全に時間を持て余している状態である。

 樹流徒はどちらかと言えば口数が少ない青年だが、何もせずにジッとしているのが苦手な青年でもあった。このまま何もせずガルダたちを待っているくらいなら、今のうちにアプサラスから降世祭のルールでも聞いておいたほうが良いかもしれない。そう思って、樹流徒はしばらく閉じられていた口を開こうとした。

 ただ、偶然にも先に口を開いたのはアプサラスのほうだった。

「次の戦士が来たようね」

 何の脈絡も無くそう言って、彼女は扉の向こうに視線を投げる。

「え」

 樹流徒もアプラサスと同じほうを向いた。


 間もなく廊下からドスドスと重たい足音が響いてくる。本当に次の戦士が到着したのだろうか。

 謎の足音は樹流徒たちがいる部屋の前で止まった。

 ――第三の戦士をお連れした。開けてくれ。

 鳥人の声がする。直後、ズ、ズ、ズ、と重々しい音を立てて入り口の扉が開いた。左右に割れた扉の向こうから、見上げるほど大きな影が現われる。アプサラスの言葉通り、新しい戦士の登場だった。


 太陽の間に現われた第三の戦士は、象の頭部と人間の胴体を持つ悪魔だった。言うならば象頭(ぞうとう)悪魔である。背丈はあのガルダよりもさらにひと回り大きく恰幅の良い体型をしていた。口からは立派な象牙が生えているが、その片方が付け根の少し先で折れている。試験で負傷したのだろうか? それにしては象頭悪魔の肌にはかすり傷一つ付いていなかった。身につけている華美な衣装(インドやパキスタンなど南アジア諸国の民族衣装を連想させる服だ)も埃一つかぶっていない。怪我を気にしている様子も無く、どう見ても試験で苦戦した風ではなかった。おそらく牙の片方が折れたのは今日よりも以前の出来事なのだろう。

 扉を塞ぐほど大きな巨躯の両側には、鳥人が一体ずつくっついていた。この場所まで象頭悪魔を案内したガルダの配下に違いない。

「それではガルダ様が到着なさるまで、ここでお待ち下さい」

 鳥人は象頭悪魔に向かってそれだけ言い、二体揃ってさっさと部屋を出ていった。

 すぐに扉が閉じられる。


 その場に取り残された象頭悪魔は黒真珠みたいな瞳で太陽の間をさっと見渡した。異質な部屋の内装を見ても特に驚いたり感動したりする様子はなく、その視線はすぐにアプサラスの顔で止まる。

「来たわね“ガネーシャ”。中庭でアナタの姿を見かけたから、きっと勝ち上がってくると思っていたわ」

 アプサラスが象頭悪魔に話しかけた。

「アプサラスか。ちょっと久しぶりだねぇ。十年ぶりくらいかな?」

 ガネーシャと呼ばれた象頭悪魔は笑顔を返す。どうやら両者は顔見知りらしい。


 ガネーシャはその場に立ったまま話を続ける。

「キミが降世祭に出場するなんて珍しいなぁ。もしかして初めてじゃない?」

「ええ。だってもう三回連続で月の国が勝っているんですもの。これ以上他の悪魔に任せておけないわ」

 親しみを感じる口調でアプサラスが答えた。

 そうか、そうか、とガネーシャは朗笑する。その明るい笑い声といい、やや語尾を間延びさせた喋り方といい、樹流徒の目から見て、この象頭悪魔はかなり穏やかな気性の持ち主に見えた。アプサラスとは違うタイプだが、ガネーシャも好んで降世界に参加する者には見えない。


 ただ、事実は違った。樹流徒が受けた印象とは裏腹に、ガネーシャは自分の意思で何度も降世祭に出場しているらしい。

「私は初参加だけれど、アナタはほとんど毎回試験に参加しているわね」

 アプサラスがガネーシャに言う。

「前回の祭りは寝過ごしちゃったせいで参加できなかったけどね。今回はきっちり出場資格を得たよ」

「これで祭りに出るのは何度目?」

「さあ。千回は出場したけど、それから先は数えてないなぁ」

 ガネーシャは指折り数える仕草をしながら笑った。

 彼がそこまで頻繁に降世祭に出場しているのは少し意外だったが、それとは別に樹流徒は一つ納得した。太陽の間に入ってきたときガネーシャの反応が薄かったことに合点がいったのである。何度も降世祭に参加しているガネーシャのことだから、きっと太陽の間を見るのも今回が初めてでは無いのだろう。むしろすっかり見慣れた景色なのかもしれない。だから先ほどガネーシャは太陽の間を見ても驚きも感動もしなかったのだ。


「一応聞くけれど、今回はどうして降世祭に出るの? やはりいつもの報酬がお目当て?」

 アプサラスが問うと、ガネーシャは首肯する。

「もちろんさ。ボクは別に戦いが好きってわけじゃないからねぇ。報酬が無ければ祭りには出なかったよ」

 報酬?

 その言葉を樹流徒は聞き逃さなかった。今まで両者の会話を黙って聞いていた彼だが、ここで初めて口を挟む。

「いつもの報酬というのは何だ?」

 悪魔たちの瞳が同時に樹流徒を見つめた。

「太陽の国の戦士として降世祭に出場した者にはガルダから報酬が与えられるのよ。報酬は三種類の中から好きな物を選べるようになっていて、二十年分の食べ物と酒か、黄金か、それともガルダの配下五名とラクダ十頭か、そのいずれか一つを受け取れるわ。ちなみに降世祭で活躍すると追加報酬が貰えるの」

 アプサラスが詳しい説明をする。「降世祭に参加する悪魔のほとんどが報酬目当てなのよ」とも彼女は言った。

「ボクはいつも食べ物と酒を選んでいるよ。今回もそれが目的で降世祭に参加するんだ」

 そう言ってガネーシャは大きな掌で腹をさすった。 

「なるほど。やはり報酬があったんだな」

 多分、あのウヴァルもそれが目当てで試験に参加したのだろう。

 そういえば彼は無事に試験を終えただろうか、と樹流徒はウヴァルの身を案じる。


 意外にもその直後に彼の名前が挙がった。

「それはそうと、オマエ、賞金首のキルトだろう? ニンゲンの匂いがするからすぐに分かったよ」

 ガネーシャが象の長い鼻を左右に揺らす。

「ああ、そうだ」

 樹流徒が答えると、次にガネーシャの口から思わぬ言葉が返ってきた。

「ウヴァルからオマエへの伝言を預かっているよ」

「ウヴァルから?」

「うん。アイツ、第二の試験でボクと戦ったんだ。そのあとオマエへの伝言をボクに託していったんだよ」

「そうなのか……」

 いきなりウヴァルの名前が飛び出したので少し驚いたが、樹流徒は話の内容を把握する。

 ガネーシャの言葉から推測すると、どうやらウヴァルは中庭での試験は突破したが、次の試験でガネーシャと戦ったらしい。ガネーシャが今この場にいるということは、ウヴァルはガネーシャに敗れたのだろう。彼は降世祭への出場を逃したと考えてほぼ間違いない。

「ウヴァルは無事なのか? 怪我は?」

「大丈夫。向こうから降参したからね。お陰で無駄な殺生をせずに済んだよ」

 とガネーシャ。

 樹流徒は内心で胸を撫で下ろした。ウヴァルが脱落したのは少し残念だが、彼が大した怪我をしていないと分かって安心した。


「それで……彼の伝言というのは?」

「『もしキルトに会ったら“頑張れよ”とだけ伝えておいて欲しい』。ヤツはそう言ってたよ」

「そうか。ウヴァルがそんなことを……」

 当初、樹流徒にとって降世祭に参加する理由はアムリタを手に入れることだけだった。しかしたった今、戦う意義が一つ増えたようである。太陽の国の代表戦士として精一杯戦おうなどというつもりは無いが、せめて大会に参加できなかったウヴァルの分は頑張ろうという気になった。




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