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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
239/359

黄金宮殿



 長い夜が明け、白む空に太陽が昇り始めた。

 砂嵐の中心とその付近にはほとんど風が吹いていない。黄砂の大地には岩どころか石ころ一つさえ転がっていなかった。水溜り程度の沼や、一輪の花も見当たらない。

 ただ一つ、緩やかに波打つ砂の丘に囲まれて、金色に輝く宮殿が佇んでいた。太陽の国を治める王・ガルダの黄金宮殿である。


 その建物はまさしく黄金宮殿という名が示す通りの威容を誇っていた。レンガ状の物体を規則正しく積み重ねて造った外壁も、アラブの宮殿を連想させる玉ねぎ型の屋根も、全てが目が眩むほどの黄金色に輝いている。もしかすると本当に何もかも黄金で出来ているのかもしれない。しかも宮殿の大きさは町と呼んでも良いほど広く、屋根の頂は小山の如く高い場所にあった。

 宮殿の周りには、同じく黄金色に輝く用水路ないしは水掘りが設置されており、深さも幅も二十メートル以上あった。中を覗くと、どこかから運ばれてきた透明な水が輝いている。

 また、用水路の外側に沿ってヤシの木と良く似た木々が植えられていた。鮮やかな緑色の葉が花火のように八方へ広がっている。


 宮殿を囲う用水路には一本の広い橋が架かっており、その橋は宮殿の正門に向かって伸びていた。橋の上には悪魔がひしめき、そこに収まりきらない者たちが長蛇の列を作っている。ざっと見て千体以上いるだろう。武器を持って素振りしている者。腕を組んでジッと目を閉じている者。それぞれ様子は違うが、どの悪魔もやけに殺気立っていた。


 そんな殺伐とした雰囲気を醸し出す異形の群れから少し離れた場所に、ようやく宮殿にたどり着いた樹流徒たちの姿があった。

「あれが黄金宮殿か」

 樹流徒は宮殿の荘厳な佇まいを眺める。太陽の光を反射して美しく輝くその姿はまさに黄金宮殿という名前から想像していた通りの風格を持っていた。宮殿の外観も樹流徒が漠然とイメージしていたものに近い。悪魔が建てる城だけにもっと奇抜な形状をしているかもしれない、とも予想していたので、実際目の当たりにした宮殿の姿は、ある意味では想像通りだったし、ある意味では少し意外だった。


 宮殿の姿を存分に眺めたあと、樹流徒は長蛇の列を作っている悪魔たちに視線を移す。宮殿の華やかさとは対照的に随分と物騒な連中に見えた。彼らの間には闘気が充満し、今にも小競り合いが起きそうなほどの険悪さが漂っていた。

「あの長蛇の列は、全員降世祭の出場希望者か?」

「ああ、ほとんどがそうだろうな」

 樹流徒の疑問に答えたのは、ヒトコブラクダの悪魔ウヴァルだった。砂嵐の中で彷徨っていた彼もまた樹流徒たちと行動を共にすることで無事ガルダの宮殿までたどり着けたのである。


 降世祭の出場希望者数は、樹流徒が想像していたよりもずっと多かった。これだけ多くの数が集まるということは、きっと降世祭への出場は悪魔たちにとって名誉なことなのだろう。或いは何か大きな見返りが貰えるのかもしれない。もし見返りを受け取れるならば、当然、樹流徒が望むものはアムリタだった。逆にアムリタが入手できないならば降世祭に参加する意味は無い。


「あれだけ沢山の悪魔が集まっても、降世祭に出場できのはたったの五名だ。しかも内一人はガルダに決定しているから、実質的に合格できるのは四名のみ。だから、宮殿の中でふるい落としの試験が行われ、参加者ほぼ全員が脱落するんだ。狭き門ってヤツだな」

 と、ウヴァル。

 彼の解説を横で聞きながら、樹流徒は一つ気付いた。単に深読みのし過ぎかもしれないが、もしかすると宮殿が砂嵐の中心に建っているのも、ふるい落としのひとつだったのかもしれない。「黄金宮殿にたどり着けない程度の戦士は要らない」というガルダの意図が隠されているのではないだろうか。


「しかし……ふるい落としの試験と言っても、具体的に何をするんだ?」

「試験参加者同士が戦うんだよ。降世祭出場のために必要なのは強さのみだからな。参加者同士戦わせるのが一番手っ取り早いだろ?」

「それで皆こんなに殺気立っているのか」

 樹流徒は、宮殿前に並んでいる悪魔たちが険悪なムードに包まれている理由が分かった。あの悪魔たちは、たった四つしかない太陽の国の戦士の座を賭けて争うライバル……つまり敵同士なのだ。それを理解した上で見ると、彼らが視線やさりげない仕草のひとつひとつで互いに牽制し合っているのが良く分かる。流石に命がけの決闘に参加しようというだけあって、萎縮している者は誰もいなかった。


「じゃあ私の役目はこれまでね」

 そのとき、樹流徒とウヴァルの背中から明るい女の声がする。そちらを振り返ると、ここまで樹流徒たちを案内してくれたバステトが黒い尻尾を左右に揺らしていた。

 彼女に対して樹流徒は礼を述べる。

「お前のお陰で黄金宮殿にたどり着けた。ありがとう」

「うん。アムリタが手に入るといいわね。現世で待つ仲間を絶対に助けてあげて」

 バステトの言葉に樹流徒は力強く頷いた。

「オマエはこれからどこに行くんだ?」

 ウヴァルがバステトに今後の予定を尋ねる。

「私? 私はこれからジェドゥへ行くのよ」

 それは樹流徒も初耳だった。ジェドゥといえば、確か降世祭が開催される聖地である。

「なんだよ。じゃあバステトは、降世祭を観にいくのか?」

「ええ。でも、ただ観戦するだけじゃないわよ。私、開会式で踊ることになっているんだから」

「ほう。それは大したもんだな」

 やや大げさに目を円くするウヴァル。

「それじゃあ二人とも、またジェドゥで会いましょう」

 最後にそう言い残してバステトはスキップを踏むような足取りで、地平の彼方に見える砂嵐へと駆けて行った。

 バステトの背中が遠く離れるまで見送ってから、樹流徒はウヴァルに声をかける。

「俺たちも行こうか」

「おう。そうだな」

 黄金宮殿に入るべく、二人は踵を返して歩き出した。


 樹流徒たちは行列の一番後ろに並ぶ。数名の悪魔が鋭い視線で樹流徒とウヴァルに無言の圧力をかけてきた。太陽の国の戦士の座をかけた争いは既に始まっているのだ。

 自分に向けられたライバル心剥き出しの視線を樹流徒は真正面から受け止め、ウヴァルは睨み返した。

「あっ……ウヴァルか」

 樹流徒たちを睨んだ悪魔の一体が、慌てた様子で視線を逸らす。相手がウヴァルと知って恐れたのだろう。樹流徒に対してはあっさり降伏したウヴァルだが、並の悪魔では太刀打ちできないほどの実力者なのだ。直接ウヴァルと対峙した樹流徒にはそれが良く分かっていた。ウヴァルは決して弱い悪魔ではない。


 黙って列に並んでいると、やがて地平の果てに小さな影が浮かんだ。激しい砂嵐を突破して黄金宮殿にたどり着いた悪魔が現れたのである。獅子、狐、象など、複数の動物を混ぜ合わせたような姿をした大柄な悪魔だった。どこからともなくやって来たその悪魔は、宮殿にたどり着くなり樹流徒たちの後ろに並んだ。その頃にはまた地平の果てに新しい影が一つ浮かび上がる。参加者の数はまだまだ増えそうだ。


 それから列が十歩ほど前に進むと、いきなり宮殿の奥から激しい爆発音が轟いた。数名の悪魔が「おっ」と短い声をあげて驚いたが、それ以外の者はまるで意に介していない。

「今の爆発は戦闘音か?」

 樹流徒が問うと、ウヴァルの長い首が縦に揺れた。

「ああ、そうだ。試験は宮殿の中庭で行われている。参加者同士で何度か試合を重ねて、ガルダから実力を認められたヤツだけが太陽の国の戦士になれるんだ。アンタみたいに強いやつなら一試合だけで合格できるかもしれないけどな」

「そうなのか……。でも、もしかすると俺とウヴァルが試験で戦うことになるかもしれないな」

「あっ」

 樹流徒に言われて、ウヴァルは初めてその可能性に気付いたようだ。

「そういえばそうだ。アンタの近くに並んでいると、アンタと戦う可能性が高くなるな。それはマズい」

 ラクダの顔が焦った様子で辺りを見回す。

「よし、こうなったら前に並ぶしかない。キルト、悪いがオレは先に行かせて貰うからな」

 それだけ言い残してウヴァルは走り出した。前に並ぶ悪魔たちを追い抜いて、橋の上でひしめく異形の中に無理矢理混ざる。

 いきなり列に割り込まれた悪魔たちは目を剥いて怒ったが、相手がウヴァルと知ると全員黙った。

「よしよし。これでキルトと戦わずに済むだろう」

 ウヴァルは安心した様子で独り呟いた。


 戦士選抜のために行われている決闘はかなり早いペースで進んでいるらしく、宮殿前に並ぶ長蛇の列はほとんど立ち止まることなく、ゆっくりと前に進み続ける。樹流徒の前に並んでいた千体近くの悪魔たちが八百、五百と数を減らしていった。


 太陽が真上に輝く頃になると、樹流徒は列の先頭に立っていた。

 橋を渡りった先で、巨大な門が仁王立ちをしている。その眼下でガルダの配下である鳥人たちが二十体以上も控えていた。鳥人たちは姿から格好まで一様で外見上の見分けがつかない。白い鳥の頭部と脚を持ち、人間の腕と翼を混ぜたようなものを肩から下に提げている。手には槍を持ち、金属製の胸当てを装備していた。

 鳥人の一体が、樹流徒に近付いて声を掛ける。

「降世祭への出場希望か? それとも別件か?」

「前者だ」

 樹流徒が答えると、鳥人は「ならば中に入って列に並べ」と言った。

 門の向こう側は広場になっており、悪魔たちが八列縦隊を作って並んでいた。列は宮殿の入り口に向かって伸びている。

 樹流徒は指示された通り、門の下を潜って列に並ぼうと、一歩前に出た。


「おい。そこのお前。ちょっと待て!」

 そのとき、一番端に立っていた鳥人が慌てた様子で樹流徒を制止する。

「む。どうした?」

 樹流徒に対応した鳥人が訝しげな口調で尋ねた。それを無視して、樹流徒を制止したもう一体の鳥人は駆け出す。樹流徒の正面に立ち、彼の顔を凝視した。

「やはりな。どこかで見た顔だと思ったら……。お前のことは知っているぞ。首狩りキルトだな」

 鳥人が樹流徒の顔を指差す。

 近くの悪魔たちがどよめいた。最初に樹流徒へ対応した鳥人も(くちばし)を広げっぱなしにして驚く。


 首狩りの出現を知って、門の前に並んでいた鳥人たちが急に慌ただしく動き出した。彼らは樹流徒を取り囲んで槍の穂先を向ける。一方、樹流徒の後ろに並ぶ悪魔たちは殺気を放った。降世祭出場の座を賭けたライバルに対する殺気とはまるで性質が違う。樹流徒個人に対する憎悪を込めた強烈な殺気だった。

「ここへ何をしに来た?」

 鳥人の一体が強い口調で問い(ただ)す。

 樹流徒は決して臆さず、慌てずに答える。

「それはさっき伝えた。降世祭に参加するため、俺はここに来た」

「何だと?」

 別の鳥人が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。悪魔たちが一層大きくざわめく。


 樹流徒を取り囲む門番たちは、それぞれ顔を見合わせた。この場をどう処理するか苦慮している様子だ。「どうする?」という困惑の感情を視線に込めて無言の合図を投げ合っている。

 互いに顔と目線を横に振るだけの異様な沈黙が数秒続いたあと

「ここはガルダ様の判断を仰いだほうが良いだろう」

 鳥人の一体が言った。

 途端、他の者たちは我が意を得たりというような反応を示す。ある鳥人は「そうだ」と賛同し、またある鳥人は「うむ」と頷いた。


「ちょっと待っていろ。今すぐガルダ様にお伺いを立ててくる」

 樹流徒を囲う輪の一ヶ所が外れて、宮殿めがけて走って行った。その背中が広場を抜けて見えなくなると、樹流徒の真横に立つ鳥人が、槍の先端をぐいと樹流徒の首元に近付ける。

「お前をどうするかは、これからガルダ様が判断する。結果が分かるまで大人しくしていろ。先に警告しておくが、妙な動きをすれば容赦なく刺すぞ」

 そう低い声で言って脅しをかけた。

 ここで波風を立てても良い事は一つも無い。樹流徒は黙って相手に従った。


 列の流れが止まって、しばらく経った。

 依然、槍の刃先が樹流徒を取り囲む中、先ほど宮殿へ駆ていった鳥人が戻って来る。

 大勢の視線を一身に浴びて、鳥人はやや重々しく口を開いた。

「ガルダ様のお許しが出た。首狩り、すぐ中に入れ」

 やや急かすような言い方で、樹流徒を門の向こうへと招き入れる。


 樹流徒の背後に並ぶ悪魔たちがざわついた。

 ――なんだ? 首狩りの参戦を許すっていうのか?

 ――厄介なライバルが増えるな。

 ――ガルダのやつ、何考えてるんだ? 余計なことしやがって。

 大半がガルダに対する憤りであり、愚痴である。

 それを聞いた鳥人たちが一斉に悪魔の群れを睨んだ。

「ガルダ様の決定に不服がある者は帰れ」

「これ以上ガルダ様を貶める発言をした者は、この場で捕らえる」

 彼らは口々に怒声を発して参加者たちに槍を向ける。

 悪魔たちは黙った。鳥人の迫力に押されたというより、ここで逆らえば降世祭の出場資格を失うから仕方なく従うという雰囲気だった。


 ガルダから直々に試験参加資格を貰った樹流徒は、今度こそ門を抜けて。宮殿前の広場に足を踏み入れた。鳥人に両脇を固められながら八列で並ぶ悪魔たちの中に加わる。

 広場の床は黄金ではなく灰色の石で作られていた。真ん中には大きな噴水があって、水の中に蓮の葉が浮かんでいる。

 耳を澄ませば、宮殿の向こうから絶えず戦闘音が聞こえてきた。武器を叩きつけ合っている音や、怒声。悲鳴らしきものも響いてくる。生々しい戦いの音を耳にして、門の外では殺気立っていた悪魔たちも少し様子が変わってきた。自分たちが戦う番が近付いていることを実感しているのだろう、余計に殺気立つ者が大多数だったが、中には若干緊張し始めている者の姿もあった。


 宮殿の入口から二名の鳥人が出てきて、列の先頭に立つ八名を引率してどこかへ連れて行く。恐らく試験会場の中庭へ向かうのだろう。彼らの姿は宮殿の入り口へと吸い込まれていった。

 逆に、試験を終えた者たちが宮殿から出てくる気配は無い。既に最初の戦いを終えたであろうウヴァルの姿もどこにも見当たらなかった。試験を受けた者はまだ全員宮殿の中に留まっているのか。それとも別の場所から外へ出されているのか。それは試験会場へ行ってみなければ分からない。


 そしていよいよ。樹流徒に順番が回ってきた。

 宮殿の入口から二名の鳥人が出てくる。彼らは、列の先頭に立つ樹流徒たち八名を挟んで立った。

「これから試験の場へ向かう。我々についてこい。ただし私語は慎むように」

 鳥人の片方が厳かな声で言った。

 樹流徒たち八名は鳥人に連れられて宮殿の入り口へと向かう。

 このあと間もなく、戦いが始まる。緊張しているのか、血が(たぎ)って興奮しているのか、樹流徒たちの列の中からフー、フーと誰かの荒い息が聞こえた。




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