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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
237/359

降世祭



 まさか新手か?

 最初、樹流徒はそんな風に疑ってみた。しかし、それにしては前方から近付いてくる二つの影は余りにも無防備。彼らはまっすぐゆっくりとこちらに向かってくるだけで、敵意も殺意も発していなかった。

 ただの通行人かもしれない。偶然この近くを通りかかった悪魔が、俺とラミアの戦闘音を聞きつけて様子を見にきたのかも。そのように樹流徒は考え直した。念のため最低限の警戒心は残しつつ、相手の様子を窺う。


 砂の奥に映し出された二つの影は間もなく輪郭をはっきりさせ、樹流徒の前に姿を現した。

 二体の悪魔である。片方は猫と人間の女性を混ぜたような姿をしていた。猫の手足を伸ばして二足歩行をさせたらこうなる、という姿だ。全体的に丸みを帯びた体は黒い毛皮に覆われ、さらにその上から古代エジプトのファラオを連想させるエキゾチックな衣装を纏っていた。樹流徒が初めて見る悪魔である。


 もう片方の悪魔は、フタコブラクダに(またが)った女の悪魔だった。人間の倍以上の大きさに見えた影の正体はこちらである。

 ラクダの背に乗った女は、うっすらと青いメイクが施された涼しい目元と、肩の下まで伸びた派手な赤い髪との対比が際立つ、美しい容貌を持っていた。色とりどりの宝石を散りばめた冠を頭上に戴き、裾がふわりと広がった漆黒のドレスに身を包んでいる。

「お前は……」

 この悪魔を樹流徒は知っていた。ずっと前、悪魔倶楽部でイブ・ジェセルの情報を与えてくれた悪魔である。たしか名前は――

「ゴモリーか?」

 樹流徒が名前を呼ぶと、女を乗せたフタコブラクダが足を止めた。それに合わせて隣を歩く黒猫の悪魔も立ち止まる。

 ラクダに跨る悪魔ゴモリーは、炎のように広がる赤い髪を指先で梳いた。

「あら……。アナタ、首狩りキルトじゃない。前に一度会ったわね」

「ああ。久しぶりだな」

 二人は再会の挨拶を交わす。このとき樹流徒は相手に対する警戒心を完全に解いた。

 ほぼ同時、クレオパトラみたいな格好をした黒猫悪魔が丸い目を大きくする。

「え。首狩りって、あの賞金首? 紫硬貨二万枚の?」

「そうよ」

 ゴモリーは落ち着き払った調子で返した。

「ふーん。『首狩りは非常に凶悪なニンゲンだ』って手配書に書いてあったけど、そうは見えないわね。あまり強そうにも見えないし」

 黒猫悪魔は樹流徒を嫌悪するでもなく、恐れる様子も無く、興味深げに言った。そして樹流徒の目の前まで近付き、両手で彼の手を掴んで上下に振る。握手だ。

「私“バステト”。よろしくね。現世ではこうやって挨拶するんでしょう?」

 と朗らかに笑った。悪魔には人間に対して好意的な者とそうでない者がいるが、バステトと名乗るこの黒猫悪魔は前者らしい。人好きしそうな明るい性格の持ち主である。


「こんな場所を歩いているということは、アナタの目当てはガルダの宮殿かしら?」

 と、ゴモリー。

「え」

 思わず呟いて、樹流徒は顔を上げた。

「なに? 違うの?」

「いや。お前の言う通り、俺は黄金宮殿が目当てでここまで来た」

 樹流徒は答えてから

「逆に聞くが、宮殿はこの砂嵐の中心にあるのか?」

「ええ。そうよ」

「私たち宮殿から帰る途中だもの」

 ゴモリーとバステトが立て続けに答えた。どうやら彼女たちは先刻まで黄金宮殿に滞在していたらしい。アムドゥシアスから聞いた情報は本物だった。砂嵐の中心に宮殿は存在するのだ。

「教えてくれ。ガルダの宮殿はどちらの方角にある?」

 尋ねると、ゴモリーは「あちらよ」と答えてある方角を指差した。それは樹流徒がこれから進もうとしていた方角とはまるで別方向だった。

「私が指差すほうへずっと行けばガルダの宮殿があるわ」

「そうか……助かった」

 もしゴモリーと出会わず歩き続けていたら、宮殿を発見できないまま砂嵐を抜け出していただろう。もっとも、その危険性が完全に去ったわけではない。ゴモリーが指差した方角へ真っ直ぐ歩いていかなければ、結局は同じことだ。


「ねえ。キルトはどうして黄金宮殿へ行きたいの?」

 バステトが興味深げに尋ねてくる。

 特に隠し立てする必要も無かったので、樹流徒は素直に答えた。

「実はガルダに会ってアムリタを手に入れたいんだ」

 するとそれを聞いたゴモリーから意外な答えが返ってくる。

「あら、そうなの? ならばチャンスかも知れないわね。だってこれから千年に一度の“降世祭”が始まるもの」

「コウセイサイ?」

 聞き覚えの無い単語だった。何かを(しゅく)す祭りだろうか? 千年にたった一度というくらいだから、かなり大きなイベントなのだろう。

「そう。千年に一度だけ、天から世界が降りてくる日。それを祝う儀式が降世祭よ」

 と、ゴモリーは言う。

 世界が降りてくるとは一体どういう意味なのか? 説明を聞いても良く分からず、樹流徒は内心で首を傾げる。

 彼の心中を察してか、バステトがもう少し詳しく教えてくれた。

「この世界にはガルダが治める太陽の国と、“蛇王アナンタ”が治める月の国があるの。この二つの国が千年に一度だけ戦い、どちらが勝つかによって世界の造りが変わるのよ。もし太陽の国が勝てば朝と昼が長い世界となり光の風が吹いて砂漠に緑と川が生まれるわ。一方、月の国が勝てば夜が長い世界となり毒沼と岩山が生まれるの」

 その補足説明で、樹流徒はようやく降世祭の概要が分かってきた。どうやら、この暴力地獄では千年に一度だけ太陽の国と月の国という二つの国が戦って、その結果によって世界の姿が変わるらしい。恐らくその世界の行方を賭けた戦い(=儀式)が降世祭なのだろう。

「なるほど。世界が降りてくるとはそういう意味か。じゃあ、前回の降世祭は月の国が勝ったんだな」

「そうそう」

 道理で長い時間歩いても夜が明けないわけである。前回の降世祭で月の国が勝ったことにより、暴力地獄は夜が長い世界になった。そして砂漠の大地は沼と岩だらけになったのだ。

 戦いによって世界の環境が激変するなど、普通に考えれば有り得ない話だが、それが魔界で起こる出来事ならばすんなりと納得できてしまえるから不思議だった。


「太陽の国と月の国。どちらの国が勝てば良いとは言い切れないけれど、太陽の国が勝てばこの暴力地獄は多くの悪魔にとって住みやすい環境になるわ。この世界を訪れる悪魔の数もきっと増えるでしょうね。だから、どちからといえば月の国よりも太陽の国に勝って欲しいと思っている悪魔のほうが多数派なのよ。まあ、私は別にどちらの国が勝っても良いけどね。今みたいに沼と岩だらけの世界も嫌いじゃないから」

 長々とした台詞をバステトは淀みなく喋る。

「降世祭の勝敗によって決するのは世界の構造だけじゃないわ。この世界の魔王も変わるのよ。太陽の国が勝てばガルダが魔王に。月の国が勝てばアナンタが魔王になるの」

 ゴモリーが付け足す。彼女の話の通りだとすれば、現在の魔王はアナンタということになる。ガルダは元魔王と言ったところだろう。


「ところで太陽の国と月の国の戦いというのは、具体的にどんな戦い方をするんだ? まさか戦争をするわけじゃないだろうな?」

「ええ。数千万年前までは大規模な戦争だったわ。でも戦争をするたびに余りにも多くの犠牲が出るから、もっと平和的な戦いにしようという話になって、それ以降は両国から五名ずつ代表者を選んで決闘させるようになったの。それが現在の降世祭よ」

「でも、ほぼ毎回死者は出ているけどね」

 とバステトが付け足す。

「つまり両国による五対五の、命懸けの決闘……か」

 とても平和的とは思えない。大量の死者が出る戦争よりはマシというだけだった。


「降世祭については大体分かった。でも、その降世祭と、俺がアムリタを手に入れるチャンスと、何の関係があるんだ?」

 樹流徒にとって一番重要なのはそこである。正直なところ、太陽の国と月の国のどちらが勝利しても、樹流徒には余り関係のない話だった。ただ、アムリタが関わるならば事情は変わってくる。

「分からない? 降世祭に出場したらどう? ってアナタに勧めているんだけど」

 言って、ゴモリーは暴風で乱れた前髪をそっと指先で押さえる。

「俺が降世祭に?」

「そう。だってアナタ結構強いんでしょう? ならばガルダが治める太陽の国の戦士として降世祭に出場したらどう? 活躍次第では、ひょっとしてガルダからアムリタを分けて貰えるのではなくて?」

「そうか……。確かにそういう手もあるな」

 名案かもしれないと思った。命懸けの決闘に参加するのは気が引けるが、相手を殺さずに勝ちさえすれば良い。さきほどバステトが「降世祭ではほぼ(・・)毎回死者が出る」と言っていた。つまり死者が出ない年も稀にはあるのだ。それは相手を殺さず決闘で勝つ方法があることを意味していた。

「アムリタは結構貴重だからね。少なくともタダでは貰えないよ」

 バステトの言葉が決め手になった。樹流徒は早々に決意する。アムリタを手に入れるため、ガルダに自分を売り込むことにした。降世祭で太陽の国の戦士として活躍すれば、ガルダからアムリタを分けてもらえるかも知れない。


「ねえ。それはそうとキルトは何でアムリタなんか欲しいの?」

 バステトが素朴な疑問を樹流徒に投げかける。それはゴモリーの疑問でもあるらしい。

「私も聞きたいわね」

 と彼女は言った。

「現世にいる仲間を助けたいんだ。そのためにはアムリタが必要不可欠らしい」

「え。もしかして、たったそれだけのために魔界に来たの?」

「いや。そういうわけでも……」

 確かに早雪を助けることも目的の一つではあるが、それだけのために魔界へ来たのではない。

 なのにバステトは完全に早合点していた。

「現世で待つ大切な人を救う。ただそれだけのために危険をおかして単身魔界に乗り込んでくるなんて、素敵な話ね」

 などと言って、勝手に一人で感動している。

「決めた。私、アナタを黄金宮殿まで案内するわ」

 更にそのように申し出てきた。

「案内してくれるのは有り難いが、俺の旅は黄金宮殿では終わらない。他にもやらなければいけないことがあるんだ」

「分かってる。アムリタを持って現世に帰るまでが旅よね」

 家に帰るまでが遠足、みたいな言い方だった。バステトは完全に勘違いをしている。

 バベル計画の話をするわけにもいかず、樹流徒は相手の誤解を解くのを諦めた。バステトを騙すようで多少気が引けるが、早雪を助けるためにアムリタを手に入れたいのは紛れも無い事実なので、さほど問題は無いだろう。私利私欲のためにアムリタを手に入れようとするならば話は別だが。


「というわけで、私はキルトをガルダの宮殿まで連れてゆくことにするわ」

 バステトは黄金色に輝く瞳でゴモリーを見上げる。

 ゴモリーは一つ頷いて

「そ。分かったわ。じゃあ少し残念だけれど、アナタとはここでお別れね」

「すまないゴモリー」

 続いて樹流徒も声をかける。もしかしてゴモリーとバステトはこれから一緒にどこかへ出掛ける予定だったのかもしれない。

「気に病む必要はないわ。元々バステトとは砂嵐を抜けたところで別れる予定だったから、大差ないもの」

 ゴモリーは微笑を浮かべる。その真下でフタコブラクダが大きなあくびをした。「どうでもいいから早く行こうぜ」と言いたげな、退屈そうな顔をしていた。




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