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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
236/359

首狩りの天敵



 もうもうと舞い上がる大量の砂は、その余りにも高い濃度故に、最早砂というよりは煙に見えた。

 一角獣の悪魔アムドゥシアスと別れてからまだものの数分。樹流徒は、ガルダの黄金宮殿を包囲しているという砂嵐の前で立ち止まっていた。


 風が激しい勢いで渦を巻き、天空めがけ飛揚している。アムドゥシアスは砂嵐と呼んでいたが、樹流徒の目には異常な規模の竜巻に見えた。果たしてこの中に足を踏み入れても平気なのか、と疑わしくなるほどの迫力がある。

 これだけ風が強いと砂嵐の中にいる間は空を飛ぶのが難しそうだった。ガルダの黄金宮殿まで歩くしかないだろう。

 引き返すという選択肢が無い樹流徒は、早々に覚悟を決めて荒れ狂う砂の渦に飛び込んだ。


 吹きすさぶ風の勢いで前髪が逆立ち、黒衣はばさばさと音を立てて裾を宙に躍らせる。舞い上がる砂が目や耳に、顔の穴という穴に飛び込んできた。樹流徒はやや下を向き、銃のスコープを覗きこむように目を(すが)め、顔に飛んでくる砂を腕で防ぎながら一歩一歩前へ進む。視界を塞ぐ黄砂を見ていると、龍城寺市内を漂っていた濃霧を思い出した。


 闇明の塔周辺には沼が点在していたが、それがこの辺りには一つも見当たらない。考えてみれば当然だった。仮にここ一帯に沼があったとしても、砂嵐の砂によって全て埋もれてしまう。大きな湖があっても多分同じことだった。

 辺りには沼に代わって土気色の岩が転がっている。人の顔くらいの岩もあれば、象の体躯にも劣らない巨岩もあった。もしかするとこの辺りは元々岩山が連なった場所だったが、全て砂の下に隠れてしまったのかもしれない。つまりあちこちに転がっている岩の正体は、砂の中から頂上だけを覗かせた岩山というわけだ。そんな想像を掻き立てられる地形だった。そういえば闇明の塔も全身の大部分は砂の下に埋もれていた。


 砂嵐の奥を透かし見てもガルダの黄金宮殿は見えない。もしアムドゥシアスから聞いた通り宮殿が砂嵐の中心に存在するのだとしたら、その場所はかなり遠くにありそうだった。

 しかし宮殿が遠いのは大した問題ではない。単に遠いだけならばいつか必ずたどり着けるのだから。

 真に恐ろしいのは、間違って宮殿を通り過ぎてしまうことである。砂嵐の中心に向かって真っ直ぐ正確に歩ければそのような心配は不要だが、大きな建物や標識などの目標物が一切存在しないこの場所で直進するのは不可能だ。方向感覚が狂ってふらふら歩き続けた結果、宮殿から離れた場所を素通りしてそのまま砂嵐の向こう側へ抜けてしまう恐れがある。

 それでも、ただ呆けて突っ立っていても仕方ないから樹流徒は歩いた。この際運任せでも何でもいい。前に進めばいずれ砂嵐の中心にたどり着けると信じて歩く。


 地面の上に足跡を残しては、その足跡を砂嵐に消される。樹流徒の足跡が幾千、幾万と黄砂の下に埋もれた。

 現実はなかなか過酷だ。歩けども、歩けども、あるのは砂。周りに見える岩の数や形が変わるだけで、樹流徒はほとんど同じ景色の中をさまよい続けた。

 黄金宮殿は一向に姿を現さない。緩やかな稜線を描く地平線の彼方にたどり着いたと思えば、また新しい地平が砂嵐の奥におぼろげな輪郭を浮かべている。その繰り返し。やがて周りに転がる岩までが、どこか見覚えのあるような形に見えてきた。


 いつしか樹流徒の心に微かな疑念が兆した。アムドゥシアスから聞いた情報は偽りだったのかもしれない、という疑いである。無論アムドゥシアスが故意に嘘の情報を自分に与えたとは思っていない。ただ、あの情報はあくまで噂レベルのものであって、話の内容自体が間違っている恐れは十分ある。それは他でもないアムドゥシアス自身が繰り返し明言していたことだった。


 ここで引き返すべきか……? いや、もう少し進んでみよう。

 心に芽生えかけた疑念を振り払って樹流徒は足を動かし続ける。ただ前だけを見つめる。砂嵐に足を踏み入れてからまだ一度も立ち止まらず、後ろも振り返っていなかった。


 最初から強かった風がさらに激しさを増す。絶え間なく肌を叩きつける砂の勢いと、鼓膜を叩きつける風の音が、いつの間にか大きくなっていた。既に常人では歩くことすら困難な状況である。

 そうした中でも樹流徒は集中を切らさなかった。砂が入らないように細めた目をしきりに動かして黄金宮殿の影を探す。宮殿ではなく悪魔の影でも良い。もし悪魔と出会えれば、本当にこの砂嵐の中に黄金宮殿があるかどうか聞く事ができる。

 黄金宮殿は無いか? どこかに悪魔の姿はないか? 樹流徒は視界に映る全てを見逃すまいと感覚を研ぎ澄ませた。


 それが期待とは別の形で功を奏したのは、ある場所を通りかかったとき。

 引き続き集中力を保ち続けていた樹流徒は、ふと危険を察知した。

 肌を刺す殺気。はっとして素早く辺りを見回せば、この辺りには岩の数が多かった。しかも小さな岩は少なく、比較的大きな岩が沢山転がっている。


 どこかの岩陰に敵が潜んでいる。多分、複数ではなく単体。

 樹流徒は気付いたが、あえてそれに気付かぬふりをしながら歩いた。自分へと向けられた殺気が徐々に膨れ上がるのが分かる。敵との距離が近付いている証拠だ。樹流徒の心身が密かに戦闘態勢へと切り替わった。

 相手は慎重な悪魔だ。あるいは奇襲を得意としている敵。無闇にこちらへ襲い掛かってこない。こちらの動きや位置を確認して攻撃の機を窺っている。

 樹流徒は顔色一つ変えずに、姿の見えない敵を分析する。殺気の発生源はもうかなり近い。来る。もう間もなく敵は動く。


 そして遂に、満を持して悪魔は仕掛けてきた。樹流徒がある大きな岩のそばに近付いたとき、彼の影に異形の影が重なった。岩の頂上から一体の悪魔が躍り出て樹流徒に飛び掛ってきたのである。


 樹流徒は咄嗟に砂の上を転がって横に逃れた。わずかに遅れて彼が立っていた場所に悪魔が落下する。全長百七十センチくらいだろうか。女の上半身と蛇の下半身を持つ悪魔だった。


 ラミアか? 樹流徒は真っ先にそう思ったが、相手は普通のラミアと少し違った。通常のラミアは顔が一つしかないのだが、眼前に現われた悪魔には一つの胴体に三つの顔がある。複数の頭部を持つラミアだ。

 横に並んだ三つの顔はどれも形や髪の色が違っていた。真ん中は白髪の痩せた女。右は長い黒髪の女。左は少し角ばった顔をした短髪の女。目が真っ赤に輝いているという点だけは三つとも共通している。

 真ん中の首がシャアアッと鳴いた。右の首が紫色の唇から細長い舌を伸ばす。左は焦点の定まらない目で虚空を見つめ口をパクパク開閉していた。


 砂嵐の影響で目を全開にできない樹流徒は、狭い視界の中に捉えた敵の挙動を注視しつつ、心の中で戦いづらさを覚えた。戦闘中、不意に飛んできた砂が目に入って視界が塞がれば、それだけで命取り。下が柔らかい砂というのも普段と勝手が違った。硬い地面と比べて多少足の力が伝わりづらい。


 次の刹那、三つ首のラミアが跳躍した。ほとんど同じタイミングで樹流徒も跳ぶ。互いに相手めがけて飛びかかった。

 両者の影が空中で素早く交差する。すれ違いざま、樹流徒は長い爪でラミアの首を刎ねた。ギャッと奇態な叫び声が上がる。青い血飛沫が舞った。


 樹流徒と、ラミアと、そして刎ねられた首がそれぞれ着地する。切り離された首が魔魂と化して樹流徒とラミアの中間に漂い、樹流徒の体内に取り込まれた。大地に残された青い血は砂に吸われて黒い染みと化し広がる。


 首の一つを失って双頭の悪魔になったラミアはまだ生きていた。残った二つの首が怨念のこもった目で魔人を睨む。

 樹流徒は身構えた。首一つ刎ねても倒せないならば、三つとも落とすまで。そう考えて再び敵へ飛びかかろうとする。

 それを寸前で思い留まらせたのが、思いも寄らぬラミアの変化だった。青い血が滴る首の切断面を見ると、肉が盛り上がって膨らみ始めているのである。膨張する肉はあっという間に顔を形作り、失われたラミアの頭部を元の状態に戻してしまった。恐ろしい再生能力である。

「このラミア、首を攻撃しても倒せないのか」

 いかに悪魔でも首を刎ねれば確実に倒せるだろう……という樹流徒の考えは、魔界に来てから必ずしも通用しなくなっていた。憤怒地獄で戦った炎の悪魔アミーは両手が本体だったため首への攻撃は通じなかった。魔王ベリアルも首を落とされながら生きていた。そして今回のラミアは頭部を落とされても再生する。彼らはある意味首狩りキルトにとっては天敵だった。


 それでもこのラミアはあくまで首狩りの天敵であって、樹流徒の天敵ではない。

 双頭から三つ首に戻ったラミアに向かって樹流徒は火炎砲を放つ。対するラミアは蛇の下半身をバネのようにして機敏な跳躍を見せた。異形の影が炎の上を飛び越え樹流徒に掴みかかる。


 通常のラミアは炎に強い。恐らくこの三つ首のラミアも炎には耐性がある。そう踏んでいた樹流徒が放った火炎砲は、当然ながら相手にトドメを刺すための一撃ではなかった。ラミアを跳躍させて着地の隙を突くための攻撃だったのである。

 狙い通り跳躍したラミアの動きに合わせて樹流徒は側宙で横に逃れる。さらに空中で手を横になぎ払い氷の矢を出現させた。ラミアの突進が虚しく空を切り、樹流徒が着地を決め、そして氷の矢が宙から弾き出された。


 頭、胸、肩、尻尾。六本の矢が次々とラミアの体に突き刺さる。氷の矢が真価を発揮するのは、敵の体を貫いた瞬間では無く、そのあとからである。昇華した矢が狭い範囲に強烈な冷気を振り撒きラミアの体内、体外を同時に凍らせる。

 それが致命傷になった。体のあちこちが凍ったラミアは恨みがましい目だけを動かして樹流徒を見つめると、やがれ肉体の崩壊を始めた。


 苦戦らしい苦戦もなく敵を倒した樹流徒だったが、楽な命の奪い合いなど無い。勝負を終えて、薄く開いた唇の隙間から軽い吐息が漏れた。自己防衛のためとはいえまた一つ敵の命を奪ったという事実を噛み締め、そのあと、今回も生き延びられたという実感が湧いてくる。そのまま徐々に全身から緊張が取れてゆくはずだった。


 ところが、鎮静しかけた樹流徒の心がすぐさま昂った。

 前方から近付いてくる影が見えたからである。それも二つ。片方は人間と同じくらいの大きさ、もう片方はその二倍くらいあった。




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