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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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再会



 悪魔たちの急襲に対して、樹流徒が何かを思っている暇など無い。「自分の身を守れ」という本能の命令に従って迎撃の構えを取ったとき、もう最初の攻防が始まろうとしていた。


 樹流徒の目線よりやや高い位置を滑空する先頭の悪魔が問答無用で獲物に襲い掛かかる。黒い羽を折り畳んで降下し、尖鋭な牙を剥き出しにして樹流徒の頭部を狙った。


 樹流徒は動じることなく爪で迎え撃つ。後ろ足に力を入れて上半身に体重を乗せると、右手を強振した。

 悪魔の腕が肩の根元からバッサリ切り落とされる。樹流徒は敵の正中線に沿って全身を真っ二つにするつもりだったのだが、狙いが少し外れた。


 深手を負った悪魔は叫び声と傷口から溢れる青い液体を撒き散らかして床に墜落する。分断された腕は樹流徒の足下に転がり、赤黒い光の粒を放出しながら消失した。

 光の粒は樹流徒に吸い込まれる。どうやら悪魔の腕だけを……体の一部だけを吸収することも可能らしい。


 片腕を失った本体はまだ生きている。全身を小刻みに震わせながら立ち上がろうとしていた。

 それを樹流徒が力の限り蹴飛ばす。悪魔は派手に吹き飛び、壁に一度跳ね返ってから受身も取らず落下した。再度起き上がる力は残ってないようだ。微動だにしなくなった全身が消滅してゆく。


 そのあいだに後続の悪魔ニ体が樹流徒の鼻先に迫っていた。目の前で仲間がやられたせいか、怒っているようにも見える。

 樹流徒は敵に向かって口を開き火炎弾を放った。高速で飛ぶ炎の塊が標的に着弾して真っ赤な火の粉を散らす。小さな爆音と共に断末魔の叫びが響いた。


 すると仲間を両方とも失ってすっかり気勢を削がれたのか、最後の一体が急転進する。相手に背中を向けて逃走を始めた。

 樹流徒は追撃しない。悪魔が元来た道を引き返し、すぐ先にある分かれ道を右に曲がって消えるのを黙って見送った。


 もう敵の姿はどこにも無い。戦闘開始から終了までものの数十秒。結果だけを見れば樹流徒の圧勝だった。

 だが今の戦い、樹流徒には余裕の欠片も無かった。なにしろ火炎弾という能力は連射が効かない。最後の一体が逃げてくれたから良かったものの、戦闘が続いていたら手傷を負わされたかも知れなった。敵の数があと一体多かったとしても同じだ。余裕どころか、本当は冷や汗ものの戦いだった。


 敵の急襲をなんとか退けた樹流徒は、逃走した悪魔の姿が消えた分かれ道を見つめる。

 それにしても、今倒した悪魔たちがマモンなのだろうか?

 いや……多分違う。

 と、自問自答した。


 マモンは多少名の知れた悪魔だ、とアンドラスは語っていた。今の小人型悪魔たちが魔界で名を馳せるような存在だとは考え難い。


 だとすれば、マモンはこの空間のどこか別の場所にいる。

 そう確信して、樹流徒は再び歩き出した。



 服の切れ端を残して目印にする方法を利用しながら先へ進む。相変わらず周囲の景色は代わり映えしない。ロウソクの火が灯った薄暗い廊下が直進しているのみである。


 けれど、間違いなく着実に前へ進んでいる。その点に関してだけ、樹流徒には何の不安も無かった。彼は移動を続けながらこの空間の秘密に気付いたからである。


 その秘密とは、この空間で道の選択を誤ると手前の分岐点まで戻されてしまうことだった。正しい道を覚えておかなければ何時まで経っても先へ進めないようになっている。やはり侵入者をワープさせる罠が働いていたのだ。

 今更ながら、不思議な空間だった。しかしタネさえ分かってしまえば、あとは駆け抜けるのみである。


 今度も目の前に新たな十字路が現れると、樹流徒は服を破って目印を残し、先へ進んだ。どの道が正しいかは、直感で選ぶしかない。今回は左の道を選ぶ。


 少し先へ進むと、前方から小さな足音と奇声が聞こえてきた。小人型の悪魔が駆けて来る。

 樹流徒はすぐさま立ち止まり戦闘態勢に入った。同時、いま自分が進んでいる道が正解だったと確信する。悪魔の出現がその証拠だった。


 今回だけでなく、正しい道を選ぶとその先には必ず小人型悪魔たちが複数体で待ち構えていた。少なくとも三体、多い場合は七、八体も固まっていた。

 彼らが一体何のためにこの空間にいるのか、それは謎だ。単にこの空間を棲家にしているのか、或いはマモンの仲間や手下として警備をしているのか、尋ねたくても言葉が通じない相手では無理だ。まして話を聞くつもりなど毛頭無い相手ならば尚更だった。小人型悪魔たちは例外なく樹流徒の存在を黙って見過ごさなかった。侵入者を排除するように命じられた兵の如く、樹流徒と遭遇した途端、彼に襲い掛かってきた。


 樹流徒は集団で向かってくる悪魔たちから逃げることもできず、かといって引き返すわけにもゆかず、戦いを強いられた。

 激しい戦いの中、無傷でいるのは不可能だ。爪で顔や背中を引っかかれ、牙で四肢に噛みつかれた。その激痛たるや筆舌に尽くし難く、彼は幾度となく顔を歪め、思わず短い悲鳴を漏らした時もあった。


 普通だったら途中で力尽きていただろう。だが、幸いにも樹流徒には“倒した悪魔を吸収して傷を癒す能力”がある。彼はその不思議な力に救われて、敵との戦いで傷付いた体を癒しながら先へ進むことができた。樹流徒は、これまで不気味でしかなかった現在の己の体に対し、初めて感謝した。


 一方、身に着けている服は悪魔を倒しても再生しない。敵の爪や牙に引き裂かれて、制服はもうズタボロだ。ここを出たら着替える必要がありそうだった。


 待ち伏せしていた敵を倒し、樹流徒は先を急ぐ。

 分かれ道を進んでは戦い、また分かれ道を進んでは戦った。十前後の分岐点を越えた頃には、ようやく少しだけ戦いにも慣れてきた。もともと小人型悪魔は大して手強い相手ではない。普通の人間でも太刀打ちできる相手だ。気を抜きさえしなければ、樹流徒が苦戦をする相手ではなくなっていた。


 それから更にいくつの十字路を通り抜けただろう。倒した悪魔の数も三桁を数えるのではないかと思われた頃。


 戦闘のコツを掴んだとはいえ、樹流徒は精神的に大分消耗していた。返り血を浴びすぎて気持ちが悪くなってしまったのだ。元々スプラッターの類に対して強い免疫があるわけではない。それに、幾ら敵を倒して傷を治せるとはいっても攻撃を受ければ痛い。精神的には辛かった。敵を倒しても何一つとして嬉しいことは無い。悪魔の断末魔が耳の奥に残って嫌だった。


 それでも、何事にも終わりはある。

 敵の肉を裂く事と、己の体に傷を負うことにいい加減うんざりしていると、ようやくである。樹流徒は今までとは全然違う景色の前に辿り着いた。


 現れたのは本殿内部の、本来あるべき姿だった。

 数百年ものあいだ人の汗と垢が染み込んですっかり黒ずんだ床が狭小な広がりを見せている。部屋の四隅にはロウソクが置かれ、廊下と同じように火の先端が真っ直ぐ天井を指していた。奥の祭壇に御神体の鏡が祭られ薄闇の中だいだい色の光を反射している。先に道はなく、行き止まりになっていた。


 ここで樹流徒は思わずあっと声をあげる。

 部屋の隅で誰かが小さくなって座っているのを見つけたのである。

 しかも、良く見れば知っている人物だった。


 非常に馴染みのある制服に身を包んだ長い黒髪の少女。どこかドライな印象を与える深い瞳と、感情の読み取りづらい抑揚の無い表情の持ち主。


 間違いなく伊佐木詩織だった。

 樹流徒のクラスメートであり、世界の終わりを予言した少女である。


 詩織は床に座って読書をしていた。足下には様々な種類の本が散らばっている。小説、難しそうな経済学の本、数学の参考書、語学の辞書、漫画、料理本、アイドルの写真集や小児用の絵本まであって、まるで統一感が無い。

 それと何故か部屋のあちこちには宝石や札束など金目のものが大量に散乱している。


 神社の本堂で本と札束と宝石に囲まれた制服姿の少女……実にシュールな光景だった。




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