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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
225/359

人魚と人魚



 再び現れた一つ目人魚は、樹流徒たちから十分な間合いを取った位置で停止する。果たしてこの悪魔が前回樹流徒を襲ったときに殺意を持っていたかどうかは不明だが、それが今回ははっきりしていた。先ほどから樹流徒が感じている通り、一つ目人魚の全身からは怨念じみた殺気が放たれており、彼女の全身にまとわりつき、粘りついてる。


「“セドナ”」

 ヴェパールの口からその三文字が出た。セドナというのが一つ目人魚の名前らしい。

 名を呼ばれてもセドナは無反応だった。膨れ上がった真紅の瞳がヴェパールを無視して樹流徒を睨み続けている。


 敵の素性や行動目的について、樹流徒はあえて問い(ただ)そうとは思わなかった。水中で会話ができないという理由もあるが、第一にこのセドナという悪魔は話し合いによって和解したり口八丁で追い払ったりできような相手とは到底思えないからだ。戦いは避けられない。


 前回は一言も発しなかったセドナだが、ヴェパールと同じく水中でも喋れる悪魔だった。

「まだ生きていたのか。今度こそ沈めてやる……」

 呪いでも唱えるように怨念のこもった暗い声が辺りに重く響く。その残響が消えるや否や、セドナは異形の掌を前方に突き出した。


 途端、水の流れが変わる。海面が急激に歪み大きな渦を発生させた。波が荒れ、穏やかな夜の海が樹流徒の周囲だけ激しい嵐に変わる。海中生物でさえも抗えない強い水の流れが樹流徒とヴェパールをまとめて飲み込んだ。運悪く二人の近く居合わせた魚たちや、水底の石まで巻き込んで荒れ狂う。


 ある程度水中でも身軽に動ける樹流徒だが、セドナが起こした強力な渦には逆らえなかった。前回同様、暴れる波に弄ばれ上下左右が分からなくなるくらい体をひっくり返される。

 その反面、前回と違って窒息する心配がない分だけ樹流徒は冷静だった。水中でも呼吸できる能力を得た今、ヴェパールの身を案じるだけの余裕は持っている。


 ヴェパールは無事か?

 激しく揺れ動く視界の中、樹流徒は必死に彼女の姿を探す。

 その最中、いきなり横から何かに腕を掴まれた。


 触れたのはヴェパールの手だった。この激しい渦の中で彼女だけがかろうじて自分の意思で動いている。ヴェパールは器用かつ力強く尾ひれを操って姿勢を維持しつつ、両手を使って樹流徒の腕をしっかりと掴んでいた。

「私がアナタを渦の外に連れ出します」

 そう言って、彼女は腕を強く引っ張る。

 樹流徒も可能な限り波に抗った。それにより渦の中心付近にいる二人の体が徐々に外側へと向かってゆく。その姿をセドナは黙って睨みつけていた。


 二人は激しい水の流れを泳ぎきり、何とか渦の外へと逃れた。

 すぐに水の流れが元に戻る。渦に巻き込まれた魚たちは散り散りに逃げ出した。中には息絶えて海底の石と共に沈んでゆく者もある。


 樹流徒は敵に怒りの視線をぶつけた。しかし、今まで怨念の表情で樹流徒を凝視していたはずのセドナは、今度は彼を無視してヴェパールを凝視している。

「この裏切り者……」

 悪魔であるにもかかわらず首狩りキルトに味方をしている裏切り者、という意味なのだろう。

 一つ目を明滅させ、セドナは恨めしげな声と両手をヴェパールに向けた。指の先端で尖る爪がますます鋭さを増して針の如く形状を変える。あわせて色も紫から鮮やかな薔薇色へと変わった。

 何か来ると踏んで樹流徒は身構える。


 両者の間を魚の隻影が横切ったとき、赤く変色した十本の爪はセドナの指から分離して前方へ弾き出された。それらは水の抵抗をものともしない不気味な速度でヴェパールを襲う。

 樹流徒は爪を振り払って、攻撃の半分を叩き落とした。残り半分もヴェパールが素早く横に逃れたため不発に終る。

「赤く染まったセドナの爪には毒があります。気をつけてください」

 ヴェパールの忠告を聞きながら、樹流徒は反撃に転じた。手を横に振り払い、水中に氷の矢を六本生み出す。

 横一列に並んだ矢は端から順に次々飛び出した。水の抵抗を受けてわずかに失速する。矢が出現した時点で回避運動を始めていたセドナはかなり余裕を持って矢の軌道から逃れた。かわされるべくしてかわされた攻撃だった。


 逃れた先で急にピタリと停止したセドナは胸の前で掌を向かい合わせる。その中間で黒みがかった紫色の光が生まれた。

 紫の光はすぐに膨れ上がって大きな玉となり、セドナが両手を前に突き出すと前方へ放たれた。直進はせず、バネの形状を描くような軌道で樹流徒の元に迫る。


 回避できそうな一撃だったが、初見の攻撃というのは何が起こるか分からない。たとえば追尾性能を持っていたり、爆発して広範囲に飛び散る攻撃であれば、かわしたと思ってもかわしきれないことがある。念のために樹流徒は魔法壁を張って、セドナの手元から放たれた光の玉を遮断した。


 と、それを見越していたのかセドナは魔法壁が消えるタイミングに合わせて薔薇色の爪針を射出する。さらに爪の後を追ってセドナ自身も一発の弾丸となって飛び出した。

 樹流徒は何とか全ての爪を回避したものの、水中ではそれで精一杯だった。続いて突っ込んでくる敵の突進まではかわせない。

 セドナは樹流徒の眼前で勢い良く体を捻り、尾ひれを振り回す。樹流徒の即頭部に力強い一撃を叩き込んだ。


 耳にキーンという高温が響いて視界が揺れる。足を踏ん張ろうにも、その足が地面についていないのだからどうしようもなかった。樹流徒の体は運動エネルギーに逆らわずよろめく。素早く体勢を立て直して空気弾で反撃しようとすると、セドナはもう攻撃範囲の外に離脱していた。


 ここが陸や空ならば苦戦する相手ではないのに……。

 若干のもどかしさから樹流徒は拳を強く握り締める。セドナは強い悪魔だが、魔王ほど強大な力の持ち主ではない。戦場が水中でなければ既に勝負は決していただろう。


 何とかセドナを海から外へ引きずり出す方法は無いか? それさえ見つければ勝てるはずだ。

 樹流徒が考えていると、彼の脇を小さな影がスッとすり抜けていった。

 ヴェパールである。敵に接近戦を挑もうというのか。彼女はセドナめがけて猛然と突っ込む。


 ヴェパールの行動に樹流徒は虚を突かれたが、それはセドナも同じだったらしい。一つ目人魚は逃げるタイミングが若干遅れた。素早く振り返ったものの、既に加速しているヴェパールのほうが速かった。

 ヴェパールは、身を翻したセドナの背後から両腕を回してしがみつく。

「こいつ……! 放せ」

 狂気を孕んだ怒声をぶちまけながらセドナは全身を暴れさせた。尖った爪が力任せにヴェパールの手を突き刺し、引っかく。それでもヴェパールは必死に食らいついて相手の体を放さない。


 水中で躍動する二つの影を樹流徒は傍観するしかなかった。ヴェパールを援護したいが、セドナの動きが激しすぎて迂闊に近寄れない。遠距離攻撃をしようにも狙いが定まらず、下手をすればヴェパールを誤射してしまう恐れがる。

 動けずにいる樹流徒に向かって、ヴェパールが声を絞り出した。

「キルト。一度だけセドナを海から引き離します。そこを狙ってください」

 少し曖昧な説明だったが、樹流徒はヴェパールの狙いが理解できた。彼女はセドナを空中に放り出そうとしている。たった一度だけ樹流徒に攻撃のチャンスを与えようとしてくれているのだ。


 ヴェパールを信じて、樹流徒は水中から飛び出した。遥か上空まで昇り、羽を広げて止まる。次の一撃で確実にセドナを仕留めてみせる。そう心に決めて海面を睨んだ。


「なぜニンゲンに味方する? それでも悪魔か!」

 セドナが恨み節を唱える。ヴェパールの腕に食い込ませた爪は興奮で震えていた。

「セドナこそなぜキルトを狙うのですか? 彼がニンゲンだからですか? 少なくともアナタは賞金目的で戦うような悪魔ではないはずです」

「……」

 互いに互いの疑問に答えなかった。


 次の刹那、ヴェパールの両腕に強い力が込められる。

 不意を突かれたようにセドナの体が大した抵抗も無く抱えられ、そして真上に向かって放り投げられた。ヴェパールは外見からは想像がつかぬほど怪力だ。樹流徒よりも大きなセドナの体が軽々と水中から飛び出し高く宙を舞った。


 海面に濃い影が映った瞬間、空の樹流徒は動き出していた。海の中からセドナが飛び出したときには完全にスピードに乗っており、もう止まれない。

 セドナはどこかへ逃れようともがくが、そこは空中。人魚がいくら四肢を暴れさせても身動きが取れない世界。最早、セドナはまな板の鯉だった。


 上空から落下する樹流徒は更に加速しながら、足から爪を出す。狙いは敵の心臓。

 恐怖でいっぱいに開かれたセドナの口がギャッと短い悲鳴を上げた。ほとんど同時、樹流徒の爪が敵の胸を突き刺す。


 手応えはあった。が、わずかに浅い。セドナの皮膚は硬く、樹流徒の爪は思ったほど深く刺さらなかった。これでは致命傷には至らない。


 それでもまだ攻撃は終わっていなかった。樹流徒はセドナを突き刺したまま海面に飛び込む。

 高速で衝突すれば柔らかい海面もコンクリートと化す。激しい水飛沫が上がり、セドナの体は硬い水面に叩きつけられた。その衝撃で樹流徒の爪が深く突き刺さる。セドナの体を貫通して背中から飛び出した。


 敵もろとも海に飛び込んだ樹流徒は、すぐに爪を解除した。踊る水泡に紛れて漂うおびただしい量の血が、彼の眼前を真っ青に染める。

 赤黒い光の粒が漂い始めた。一つ目人魚の体が尾から頭に向かって徐々に崩壊してゆく。

 決着はついたが、樹流徒は安堵しなかった。逆に恐怖する。

「許さない……。殺してやる」

 自身の死を目前にしながらもセドナが凄まじい執念で樹流徒に腕を伸ばしたからだ。膨張した瞳は狂ったように点滅し、眼球の中で瞳孔がぐるぐると回る。


 震える爪の先があと少しで樹流徒の喉元に届くと言うとき、セドナの手は崩れて闇の海に溶けた。

 少し離れた場所に退避していたヴェパールは複雑そうな顔でセドナの最期を見届けていた。


 全ての魔魂が消えると、樹流徒からヴェパールに声を掛ける。

「その手、大丈夫か?」

 ヴェパールの両腕はセドナの爪により傷だらけになっていた。白い肌に何本もの線が引かれ、とても痛々しい。

 傷口を見られたくないのか、ヴェパールは両腕を背中の後ろに回して隠した。

「はい。これくらいの傷はすぐに塞がりますから平気です」

 と言って笑った。

「悪魔同士で戦わせて悪かったな」

 そう言い終えてから、ようやく樹流徒は自分が水中で喋っていることに気付いた。それがセドナの魔魂を吸収した影響なのは疑いようも無い。

「気にしないで下さい。でもアナタをお手伝いできるのは海底神殿に案内するまでですよ。そのあとは一悪魔として、キルトに味方するわけにはいなかいです」

 そう答えてヴェパールは少し寂しそうな顔をする。

 樹流徒はいつも通りの表情で頷き、心の中で相手と同じ顔を浮かべた。




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