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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
221/359

魔界探偵ソーマ(前編)



 最初にその悪魔を見たとき、樹流徒はアモンだと分からなかった。「アモンはいつも眠たそうな顔をしている」という兎頭の証言通り、昼に会ったアモンの瞼は眠たそうに半分閉じられていた。それが、今はまるで違うからだ。

 月明かりすらない空の下でアモンの瞳は全開になり、黄金色の丸い光をぼんやりと闇に浮かび上がらせていた。見違えるように印象が変わったその顔は、ウセレムと同じく性格まで豹変してしまった風に見える。


 アモンはその腹に大きな袋を抱えていた。大人の全身がすっぽり入ってしまいそうなほど大きな皮袋だ。中に何かが詰まっているらしく、それはパンパンに膨れ上がっていた。袋の口が縄できつく結ばれているので、中身が何かは分からない。

 海から帰ってきたアモンが大きな袋を抱えていたという目撃証言は、マフラーを巻いたネズミ人間から聞いていたが、あれはどうやら本当の話だったらしい。


 アモンは逃げようとせず、目を全開にしたままその場でおろおろと世話しなく全身を揺らし始めた。かなり狼狽している様子だ。

 とりあえず相手に話を聞いてみようと樹流徒は一歩前に出た。

 合わせてアモンが一歩下がる。袋を抱えた指先は小刻みに震えていた。

「そんなに怯えなくてもいい。どうして屋根に乗っているんだ? ムウでは禁止されているはずだぞ?」

 ここまで空を飛んできた樹流徒は自分のことを棚に上げたが、それについて言及するだけの余裕は今のアモンに無いようである。

「ええと……。それは……」

 説明を求められたアモンはますます慌てた様子で歯切れの悪い返事をする。表情こそ昼間とは別人だが口調は変わらなかった。むしろ昼間よりも弱弱しく感じる。

「ついさっき海岸沿いの道路を横切ったのはお前だな。もしかして今夜も海に出掛けていたのか?」

 努めて柔らかな口調で相手を落ち着かせつつ、樹流徒は質問を続ける。

「うん……。まあ……」

 アモンは曖昧ながら肯定した。

「その袋の中身は?」

 さらに樹流徒が尋ねると、アモンは腹に抱えている袋を背中に回して隠した。その袋が死角になっていたため今まで樹流徒は気付かなかったが、良く見れば袋の口を縛った縄はアモンの胴体にくくりつけられていた。誤って袋を落とさないように相当気をつけているようだ。だとすれば袋の中にはアモンにとってよほど落としたら困る物が入っているのかもしれない。

「何でキミにボクの持ち物を教えなきゃいけないんだよ」

 と、アモン。

 そう言われてしまうと樹流徒はそれ以上強く追求できなかった。明らかにアモンは怪しいが、彼が騒動に関っているという証拠は無い。もし袋の中身が供物の一部だったとしたらアモンが犯人なのは決定的だが、かといって力尽くで荷物の中身を暴くわけにもいかなかった。


 仕方なく樹流徒は質問を変えることにした。もし仮にアモンが犯人だとしたら会話をしている内に何かボロを出すかもしれない。まるで事情聴取みたいで余り気持ちの良いやり方ではなかったが、証拠が出るまでは決してアモンを犯人と決め付けず参考程度に話を聞くくらいならば問題ないだろう。

「ついさっきまでウセレムが町に来ていたのは知っているか?」

 尋ねると、アモンはゆっくりと頷く。

「うん、知ってるよ。船に乗って海からムウに戻ってくる途中、ウセレムが帰っていく姿を目撃しからね。距離が離れたからはっきりとは見えなかったけど、あれは間違いなくウセレムだったよ。ボクは丁度ウセレムと入れ代わるように海から帰ってきたってわけだね」

 話題が袋の中身から逸れた途端、アモンは饒舌になる。時間の経過で少し心が落ち着いたというのもあるだろう。海へ出掛けていたことも、今度ははっきりと認めた。

「なるほど……」

 今のアモンの発言にこれといって不自然な点は無かった。仮にアモンが「ウセレムが来ていたなんて知らなかった」などと答えようものならば怪しいところだが、彼は「ウセレムを見た」と即答した。

 また、アモンは今「ウセレムと入れ代わるように海から帰ってきた」と、下手をすれば自分が怪しまれてもおかしくない発言をした。果たして騒動の元凶がそのようなことを言うだろうか? 犯人の心理としては有り得ないような気がした。もっとも、人間と悪魔の心理を同列に考えること自体愚かだと言われてしまえばそれまでだが……。

 袋の中身を隠すアモンを怪しいと感じる反面、樹流徒はこの悪魔が騒動の犯人とは思えなかった。まだ微かに指先を震わせているアモンが、ウセレムの体内から殺気を放っていた者と同一人物だとは考え難いのだ。


 どうしたものか? と樹流徒が少し迷っていると……


 ――アモンはウセレムの一件とは無関係だよ。

 樹流徒の心中を見透かしたような言葉が、彼の背後から飛んできた。


 まさかこの声は……。

 聞き覚えのある声に樹流徒はさっと後ろを振り返る。

 そこには、彼が今日散々探し回っていた全身赤ずくめの悪魔が立っていた。

「あっ。メフィストフェレス」

 アモンが殊更(ことさら)に嬉しそうな声を発する。

「余り大きな声を上げてはいけないよ。ムウの住人に見付かってしまうからね」

 メフィストフェレスはアモンに笑みを返すと、樹流徒にも穏やかな微笑を向けた。

「やあ、こんばんはソーマ。さっきは大活躍だったね」

 どうやらこの悪魔、樹流徒とウセレムの戦いをどこかから見ていたらしい。

 折角の再会だが、樹流徒は喜んでいられなかった。

「それより今、アモンはウセレムの件とは無関係だと言ったな?」

 真っ先にそれを尋ねずにはいられなかった。

「いかにも。アモンはウセレムの凶行に関わっていない」

 そう断言してから、メフィストフェレスは根拠を語る。

「見ても分かるように、アモンは少々臆病な性格をしている。ウセレムを利用してムウの住人を脅すなんて大それた事件を起こすのは、彼には到底不可能だよ」

「ボク、そんな風に言われるとなんだか照れるなあ」

 ひとつも褒められてないのにアモンは嬉しそうだ。

 構わずメフィストフェレスは話を続ける。

「それに私が見たところ、ウセレムは体内から何者かに操られている」

「お前も気付いていたのか」

「ほう。ということは君も気付いていたんだね。さすがは……」

 そこまで言ってメフィストフェレスは口をつくんだ。「さすがは首狩りキルト」とでも言おうとしたのだろう。その言葉を飲み込んで、赤ずくめの悪魔はさらに語を継ぐ。

「アモンに他者を操る能力は無い。また、そうした類の能力を新たに身につける才能も残念ながら彼は持ち合わせていない。だからアモンがウセレムを操るのは絶対に不可能なんだよ」

「よせよ。さっきから褒め殺しじゃないか」

 今度も全く褒められてないのにアモンは緩い笑みを浮かべる。

 それを見て樹流徒は軽い頭痛を覚えた。


「じゃあ、アモンは海で何をしていたんだ? 海の景色を見ていただけなのか? だとしたら、どうして人目を避けるように屋根の上を移動している? もしかしてその袋の中身と関係があるんじゃないか?」

 埒が明かないこの状況を何とかしたい一心で、樹流徒は矢継ぎ早に問う。

「ええと……。だから……。それは……」

 嬉しそうな表情から一転、アモンの顔面が引きつる。この悪魔がウセレム騒動に関係しているか否かは別として、何かしらやましい行為をしているのは間違いなさそうだった。


 全開だったアモンの瞳が半分閉じられて、救いを求めるようにメフィストフェレスを見つめた。

「こうなったらソーマに袋の中身を教えてあげたらどうかな? そうすれば君がウセレム騒動の犯人としてソーマから疑われる心配は無くなるだろう」

 諭すような口調でメフィストフェレスが自白を勧める。

 それでも尚、アモンは余り気乗りがしないようだった。

「ええ。でも~」

 などと言いながら、背中に回した袋を再び腹の前で抱きかかえ体を左右に揺らす。


「メフィストフェレスは袋の中身が何か知っているのか?」

「知っているよ。決して口外しないという条件付きでアモンに全ての事情を教えてもらった」

「全ての事情……? 何か意味深な言い方だな」

 樹流徒とメフィストフェレスがそのようなやりとりをしているあいだに、アモンは意を決したようである。

「分かったよう。メフィストフェレスがそう言うなら君にも袋の中身を見せてあげる。でも町の皆には内緒だからね? 絶対だよ?」

 情け無い声で観念したように言って、アモンは腹に抱えた袋を屋根に下ろした。のんびりした手付きで袋の口を結ぶ縄を解いてゆく。

「はい、どうぞ」

 そして縄が外れた袋を樹流徒の前に差し出した。

 樹流徒は暗視眼を使って中を覗き込む。


 すると、そこにあったのは一匹の大きな魚だった。虹色の鱗がとても美しい、髭を生やした魚である。

 この生き物を樹流徒は知っていた。

「この魚……ジェレムじゃないか」

「ほう。初めてムウに来たのにジェレムを知っているのかい?」

「ああ。偶然ある悪魔に聞いたんだ」

 ジェレムはウセレムの大好物であり、ムウでは聖なる魚として漁獲が禁じられている。この話は少女から聞いた。


 袋の中身を知って、樹流徒は概ねの事情を察する。

「そうか。アモンが一人でこっそり海に出掛けていたのは、ジェレムを密漁するためだったんだな」

 それならばアモンが建物の屋根を利用して移動しているのも納得だった。密漁したジェレムをムウの住人たちに見付かるのを恐れ、彼は屋根を使って人目を避けながら家に帰ろうとしていたのだ。

「この町の悪魔たちはあまり深夜に外を出歩かない。だからアモンはわざわざ深夜を選んでジェレムを捕まえに行っていたんだ」

 アモンから全ての事情を聞いているメフィストフェレスが解説する。


「でもどうして密漁なんか……」

 疑問を唱えながら、樹流徒には何となくその答えが分かっていた。

 アモンの口から思った通りの返事が来る。

「だって、ジェレムが余りにも美味しんだもん。どうしても食べるのがやめられないんだ」

 聖魚ジェレムはごく一部の悪魔に対して強烈な依存性を発揮する。これも少女から聞いた話だ。きっとそのごく一部の悪魔がアモンだったのだろう。

「アモンは初めてムウにやって来たその日にジェレムを食べてしまったらしい。この魚が食用禁止になっていることも、依存性があることも、全てはジェレムを食べた後に知ったことなんだ。そもそもアモンがムウに住もうと決めたのも、ジェレムを食べてしまったのが原因だったんだよ。ジェレムはムウの近くでしか獲れないからね。アモンはムウから離れられなくなってしまったのさ」

「そういう経緯があったのか……」

 こんな嵐の夜に海へ出掛けるくらいだ。もしかするとアモンはジェレムを獲るために毎晩海へ出掛けていたのではないだろうか。ところが偶然にもウセレムが現れる前夜に限って、アモンは海から帰ってきたところをムウの住人に目撃されてしまったのかもしれない。それが「アモンはウセレムが現れる前夜に限ってコソコソ海へ出掛けている」という噂に繋がってしまった……。だとすれば、なんとも人騒がせな話である。


「もし禁を破ってジェレムを食べていることがバレたら、どうなるんだ?」

 樹流徒の素朴な問いに、アモンは顔を歪めた。

「罰としてムウの家という家を回って煙突掃除をしなきゃいけないんだよ~」

 まるでこの世の終わりみたいな叫びだったが、思っていたより可愛い罰だった。


 樹流徒は軽い脱力感に襲われる。ウセレム騒動の犯人かもしれないと追いかけてきた不審な影の正体が、よもや密漁者だったとは……。肩から力が抜けた。

「犯人探しはやり直しか」

 アモン以外には、これといって容疑者候補はいない。

 かくなる上は次にウセレムが現れるのを待つか、嵐が止むのを待ってこちらからウセレムを探しにいくしかないだろう。そして海竜の体内に侵入して、直接真犯人と対峙するしかない。


「ジェレムの依存性は半年くらい我慢すれば完全に抜けると言われている。いい加減密漁などやめたまえ、友よ」

 メフィストフェレスが暖かな声でアモンに忠告を与える。そういえば両者は友人だと樹流徒は聞いていた。これは宿屋の主人ウトゥックから聞いた話だ。

「そうだよね……。分かったよ。ボク、もうジェレムを食べるのは止めるよ。今夜捕まえたジェレムを食べて、明日からガマンする」

 このあとダイエットに失敗する人間みたいな台詞を口にして、アモンは袋を紐で結んだ。そして大事そうに腹に抱える。

「そんな持ち方をしたら動きにくいんじゃないか?」

 何とはなしに樹流徒は尋ねた。

 屋根から屋根へと飛び移るアモンの動きはかなり鈍かった。ムウの住人に見つからないよう警戒しながら移動していたからという理由もあるだろうが、袋を腹に抱え窮屈な体勢で移動していたせいで余計に動きが鈍かったのだ。袋を落とさないようしっかり抱えたい気持ちは分かるが、背負ったほうがずっと動きやすそうだった。

 この疑問に対して、アモンの口から意外な答えが返ってくる。

「だって、こうしてしっかり抱えていないと、袋を盗られちゃうかもしれないでしょ」

「盗られる? 誰に?」

 問うと、アモンは夜空を指差した。

「鳥だよ。この前、鳥に袋を盗られたんだ。そのときボクは袋を背負って屋根を移動していたんだけど、いきなり空から大きな鳥が襲ってきて、ボクの袋を奪って飛んで行っちゃったんだ」

「だから二度と袋を盗られないように、腹に抱えて守っていたのか」

 果たしてその鳥は袋の中身がジェレムと分かっていてアモンから奪ったのだろうか。だとすればかなり賢くて鼻が利く、タチの悪い盗人である。


「しかしそんな悪戯をする鳥がこのムウに生息しているとは思えないけどね。夢でも見ていたんじゃないのかな?」

 とメフィストフェレス。

 友人の懐疑的な態度にアモンは少し不機嫌そうな顔になった。

「夢なんかじゃないよ~。本当の話なんだよ~」

 拳を振り上げながら抗議する。

「分かった。俺は信じるよ」

 樹流徒はアモンをなだめる。正直なところ、夢でも現実でもどちらでも良かった。これでアモンが騒動に関っているという疑惑はほぼ完全に晴れたと言える。重要なのはその一点だった。


 と、ここで樹流徒は大事なことを思い出す。アモンへの追求ですっかり失念していたが、メフィストフェレスに報告しなければいけないことがあったのである。

「そうだ。海底神殿の位置が大体分かったんだ」

 何の脈絡も無く言ったが、メフィストフェレスは「おや。それは良かったね」と素早く返事をした。

「では、ソーマはもうムウを発つのかい?」

「ウセレムの件が解決したら、そうするつもりだ」

 もし明日中にウセレムが現れなければ、こちらから海に潜ってウセレムを探しに行くまでである。樹流徒はどうにかしてこの事件を解決するつもりだった。


 そのあと樹流徒は屋根の上でメフィストフェレスおよびアモンと別れた。

 メフィストフェレスがムウまで会いに来た友人というのはやはりアモンのことだったらしい。

「私はあと二、三日ほどアモンの家に滞在させてもらうよ。だからもし私に用があるならそちらへ来てくれ」

 別れ際、赤ずくめの悪魔は樹流徒に向かってそう言った。


 結局真犯人は分からずじまい。ただ、収穫はあった。ウセレムが何者かに操られているのはほぼ間違いないということ。アモンはムウ騒動に関与していないこと。

 その二つが分かっただけでも良しとしなければ。

 樹流徒は半ば無理矢理前向き思考になって、宿に戻ることにした。




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