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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
218/359

赤い屋根の宿屋



 ムウの西側から数えて二列目の道路。寸分の狂いもなく真っ直ぐ町を縦断する石畳の道に沿って何軒もの建物が整列していた。その内の一軒に、ニ階建ての横に長い建物がある。オレンジ色のレンガで作られた外壁と赤い屋根が目にも鮮やかな建物だ。軒先にずらりと並んだ白い花と緑の葉っぱが、全身明るい色に塗装された建物に落ち着きを与え、良いアクセントになっていた。


 この赤い屋根の建物――カイムが紹介してくれた宿屋を樹流徒が発見するのは簡単だった。

 ムウの住人は陽気で親切な悪魔が多い。樹流徒が宿屋までの道を尋ねると誰もが嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。中には特に悪意もなく結構いい加減な道案内をする者もいるようなので、運が悪いと遠回りになってしまうが、幸い樹流徒は良い案内人に巡り合えたため、それほど余分な労力を使わず宿屋にたどり着けた。


 カイムと別れたあと、樹流徒は昼過ぎまでメフィストフェレスの捜索をしていた。まだ自分が行っていない場所を中心に歩き回り、何体もの悪魔に声をかけて探し人の行方を尋ねた。

 結果、残念ながら良い情報は得られなかった。メフィストフェレスらしき者を見たという話は幾つも聞けたのだが、そのどれもが彼の現在地を特定できるものではなかった。加えて証言者によって情報に食い違いが生じることもあり、一体誰の話が本物なのか分からない。ある悪魔は「メフィストフェレスなら一時間くらい前に東の民家の前で立ち止まっていたよ」と言うし、直後に話を聞いた悪魔は「いやいや。私は一時間くらい前、メフィストフェレスが西の民家のドアをノックしていたのを見た」という。情報の数が多くなればなるほど樹流徒は混乱しそうだった。

 町の中にはこんなにも沢山の悪魔がいて、誰もがメフィストフェレスの名を知っているのに、彼がどこにいるのかを正確に知っている者とは出会えない。尋ね人を探してひたすらムウの中を歩き回ることに、さすがの樹流徒も多少辟易してしまった。そのため気分転換も兼ねて先に宿屋へ顔を出し、宿の主人に挨拶を済ませておこうと考えたのである。


 通行人の道案内を頼りに無事目的地に到着した樹流徒は、早速、宿屋の中に入ってみることにした。

 木製の扉を開くと蝶番(ちょうつがい)の音がして、初めて踏み入る建物特有の慣れない匂いがする。

 真正面にはフロントが見えた。左右はどちらもロビーになっており、円いテーブルとニ脚の椅子が、計六ヶ所に配置されている。右側のロビーには大きなピアノが置かれていた。正面の奥の壁にはフロントを挟んで四つの扉が並んでおり、部屋の両端に上階へと続く階段があった。


 フロントには一体の悪魔がいた。人間の輪郭を持つ(もや)の塊みたいなモノが、全身から微弱な白い光を放っている。目や鼻や口など、顔のパーツは一切存在せず、所謂(いわゆる)のっぺらぼうのため、その表情をうかがい知ることはできなかった。悪魔というよりも幽霊と呼んだほうがしっくりきそうな外見の持ち主である。

 その悪魔以外は誰もいなかった。客もいなければ、従業員らしき者の姿も見当たらない。


 樹流徒が宿に一歩足を踏み入れると、フロントに立つのっぺらぼうの悪魔は「ようこそ」と明るくはきはきした男の声を発した。風が吹けば掻き消えてしまいそうな体からは想像できないほど元気な声だ。

 樹流徒はフロントの前まで歩いて、悪魔と向かい合う。

「俺は相馬という者だが、ここは宿屋で間違いないか?」

「ああ、君がソーマか。カイムから話は聞いているよ」

 と、のっぺらぼうの悪魔。彼の言葉で樹流徒の疑問は全て解消された。約束通りカイムは宿の主人と話をつけておいてくれたのである。


「私は“ウトゥック”。この宿を営んでいる者だ。よろしく」

 引き続き明るくはきはきと喋る悪魔。口も無いのにどこから声を出しているのか? という疑問はさておき、今にものっぺらぼうに人懐こい笑顔が浮かんできそうな明るい喋り方だった。

 相手の調子に合わせて樹流徒も自分なりに少し明るい表情を作る。

「こちらこそ。少しのあいだ世話になる」

 と、初対面の挨拶を交わした。「少しのあいだ」と言ったのは、この宿にいられるのはせいぜいニ泊か三泊が限度と決まっているからだ。ウセレムがムウに現れるまでずっと待っているわけにはいかない。ニ、三日中にウセレムが姿を見せなければ、こちらからウセレムを探しに海へ出るつもりだった。


「客室は二階だよ。今は誰も客がいないから好きな部屋を使ってどうぞ」

 宿屋の主人ウトゥックは、両腕をいっぱいに広げる。シワや指紋が一つも無い生物感に欠けた掌を、部屋の両端に設置された階段へと向けた。

「ありがとう」

 促されるまま、樹流徒は階段のほうへ歩く。


 フロントと階段のあいだには二つの扉がある。見れば、どちらの扉にも大きく×の線が引かれた紙が貼り付けてあった。それに気付いた樹流徒は、立ち止まって振り返る。フロントを挟んで反対側にある二つのドアにも全く同じ紙が貼られていた。

 この×印の紙は一体何だろうか? 不思議に思ってドアを見つめていると、その視線に気付いたウトゥックが樹流徒に声をかける。

「一階の部屋は全て私の個室や厨房になっているんだよ。でもたまに談話室と勘違いして勝手に中に入ろうとする客がいてね。だから扉に貼り紙をして、間違って客が入らないようにしているんだ」

「ああ……。そういう理由だったのか」

 確かに貼り紙がしていなければ、何の部屋かと思って中を覗く客がいてもおかしくない。

 納得した樹流徒は、×印が貼られた扉の前を通り過ぎて階段を上った。


 この宿屋は新築か、そうでなければ改築されてから間もないようだ。内壁のレンガにはほとんど汚損が見当たらず、木製の床や階段も材質に真新しさと頑丈さを感じる。樹流徒が歩いても足下から床が軋むような音は全く聞こえなかった。

 階段を上って二階に着くと、やや狭い階段の両側に四つずつ扉がついている。この八部屋の中から、どこでも好きな場所を選んで良いらしい。

 特にどこの部屋が良いという希望もないので、樹流徒は適当に自分から一番近い部屋の前に立った。


 金属製のドアノブを掴んで回すと木製の扉が音もなく開く。

 廊下が狭い分、部屋の中はとても広々としていた。今まで見たこともない大きなベッドが二つ、壁際に並んでいる。その中間にはナイトテーブルらしき台が置かれていた。こちらも大きく、座卓と言っても良いくらいのサイズがある。引き出しも大小合わせて七つもついていた。

 ベッドが占領しているスペースは部屋の三分の一にも満たず、床のスペースは運動ができるほど余っている。天井が高いため一層部屋が広く感じ、開放的な雰囲気を味わえた。一人で使うのは勿体無いくらいゆったりした空間である。木枠に囲まれた四角い窓からは家々のカラフルな屋根と、その先にある真っ青な海が見渡せた。景観も申し分ない。良い部屋だ。

 敢えてひとつだけ不満点があるとするなら部屋の中が暗いことだった。壁の数箇所にランプが提げてあるが火は灯っていない。それでもこの時間は窓から外明かりが差し込んでいるので気が滅入るほどの暗さではなかった。


 樹流徒は少しのあいだ窓から眺望できる景色を楽しむと、ふかふかのベッドに転がって四肢を投げ出した。ベッドで寝られるなんて何ヶ月ぶりだろうか。ふと、現世での平和な日々が懐かしくなる。

 感傷的な気分になる前に、今後の行動について考えることにした。

 とはいえ、今後やるべきことは決まっている。もっぱら情報収集に奔走するのみだ。メフィストフェレスの居場所。ウセレム騒動に関する情報。この二つを尋ねながら町の中を歩く。同時に話が聞けるので、一石二鳥と言えるかもしれない。


 すっかり気分転換を済ませた樹流徒は、宿屋に入ってまだ二十分も経たない内に部屋を出た。

 一階に下りてフロントの悪魔ウトゥックに自分が使う部屋を申告し、今から外出する旨を伝える。

「ウセレム騒動の原因を探しに行くんだよね? 是非、事件を解決してくれ」

 カイムから事情を聞いているのだろう。ウトゥックは樹流徒の働きに期待しているようだった。

「いってらっしゃーい」

 元気な声に背中を押されて、樹流徒は宿屋を後にした。


 外に出ると、早速目の前を通りかかった悪魔に声をかける。

 メフィストフェレスを見かけなかったか? ウセレム騒動について何か知らないか? 全く関係のないふたつの質問をした。

 そのどちらの質問に対しても悪魔の返答は「知らない」だった。さすがに初っ端から重要な情報は得られない。宿屋を訪れる前に散々聞き込みをしたにも関らず手に入らなかった情報である。


 樹流徒はいかにも土地勘のありそうな悪魔、つまりムウの住人と思われる悪魔に狙いを絞って声をかけた。外からやって来た悪魔たちに声をかけても多分貴重な情報は得られない。特にウセレム騒動に関する話は地元住人に聞いたほうが確実だろう。


 それでもなかなか良い情報は集まらなかった。皆メフィストフェレスの名前やウセレム騒動については知っているが、樹流徒が知っている以上の情報を持つ者がいない。

 二十……三十と、話しかけた悪魔の数が積み重なってゆく。余りの手応えの無さに、こうなったら一軒一軒家を回ったほうが手っ取り早くメフィストフェレスと会えるのではないか、という気すらした。最悪彼と再会できなければ、町の外に係留されているメフィストフェレスの小船に置手紙でも残しておくしかない。

 ただ、今回に限って樹流徒は割と楽観的だった。メフィストフェレスの所在についてはその内必ず有力な手がかりが得られるという確信があった。町の中にはこれだけ大勢の悪魔がいるのだ。メフィストフェレスが友人と会っている姿や、彼が友人宅に入っていく姿を目撃している者はきっといる。

 そんなことよりも一つだけ頭痛の種があるとすれば、今に始まったことではないが自分の正体が露見してしまうことだった。メフィストフェレスからもらったローブで顔を隠しているとはいえ、それで完全に周囲の目を誤魔化せるわけではない。実際、ローブを纏っていたにもかかわらず正体に気付かれたことがこれまでに何度かあった。そのような事態がムウの中でも起きれば、残念ながら樹流徒はこの町を去るしかない。だだし無事に逃がしてもらえばの話である。


 正体がばれる前に全ての目的が果たせればいいが……。そのようなことを考えながら、樹流徒は次の悪魔に声をかける。

 宿屋を出てから丁度四十回目に話しかけたその悪魔は、ネズミの頭部と人間の体を持っていた。背は樹流徒の胸よりも低く、全身を灰色の毛皮に覆われている。服は身につけていないが首に茶色いマフラーを巻いていた。


 メフィストフェレスを見かけなかったか? ウセレム騒動について何か知らないか?

 樹流徒から二つの質問をされると、マフラーを巻いたネズミ人間はまずメフィストフェレスの居場所については「知らない」と答えた。


 一方で、ウセレム騒動については一つだけ心当たりがあるという。その心当たりというのは、騒動の犯人として疑われているアモンに関する目撃情報だった。ウセレム襲来前夜アモンが海へ出掛けてゆく様子を、ネズミ人間も見ていたのである。


 彼の話によると、海へ出掛けていったアモンはその手に大きな皮袋を持っていたという。その皮袋はアモンが海に出掛ける前は中身が空だったようだが、アモンが海から帰ってきたときには袋がやぶれて中身が飛び出さんばかりに膨らんでいた。しかもその袋を抱えていたアモンは辺りをしきりに警戒しており、傍から見てもかなり挙動不審だったらしい。

 そのことから、もしかしてアモンが抱えていた袋の中身は、ムウの住人がウセレムに捧げた供物の一部かもしれない、とネズミ人間は考えているようだ。つまりアモンは真夜中に海へ出掛けてウセレムと密会し、前回ウセレムが手に入れた供物を回収するついでに翌日ウセレムがムウを襲うよう何かしらの方法で命令している……というのである。

「あくまでボクの想像だけどね」

 ネズミ人間は一応最後にそう付け足したが、直前までの口ぶりはまるでアモンがウセレム騒動の犯人だと決め付けているかのようだった。




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