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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
209/359

その頃現世では



 龍城寺市内某所にその二階建て住宅は建っていた。青く塗装されたスレート屋根にはひとつだけ大きな穴が開き、窓ガラスは数枚割れている。白い外壁にはくっきりと炎の焦げ跡が残されていた。玄関前に飛び散った大量の青い血が、この場所で異種族同士の争いがあったことを想像させる。

 周りの家々も大なり小なり被害を被っていた。比較的被害が軽い家は窓ガラスが一枚か二枚割れているくらいだが、被害が甚大な建物は原型を留めていない。一番酷いケースに至っては家が丸ごと消滅しており、そこだけ最初から更地だったみたくなっていた。


 現在辺りをうろつく異形の姿は無い。遠くから聞こえる戦闘音や破壊音もなく、閑静な住宅地だったこの辺りは本来の静けさを取り戻していた。ただ、それがいつ再び破られることになるかは誰にも分からない。

 青い屋根の一軒家が見下ろす先には人工芝が敷き詰められた小さな庭が広がっていた。車庫や車などは見当たらず、一台の自転車と銀色のポストだけが置かれている。ポストには『八坂』とかかれたプレートが貼られていた。


 憤怒地獄の果てで樹流徒と魔王ベリアルの勝負がいよいよ佳境を迎えようとしていた頃。時を同じくして現世では青い屋根の一軒家――八坂家のリビングにイブ・ジェセルのメンバーが集まっていた。その数六名。生死不明の南方を除く全員の姿がある。一時行方知れずになっていた渡会もそこにいた。


「予備アジトが潰れた場合は八坂家に集まると決めておいたのは正解だったな」

 そう言ってリビングの入り口付近に立つのは隊長の砂原だった。相変わらず熊の如き立派な巨体は、背中を曲げなければ入り口の扉を通れないほど大きい。

 その砂原の口から出た「八坂家」という言葉に反応したのは、他でもない八坂令司だった。端正な顔立ちが目を引く令司だが、それ以上に目を引くのは腰から提げた刀だった。レザーのジャケットとパンツに刀という不釣合いな組み合わせが余計に浮世離れした雰囲気を出している。

「八坂家と言われてもここは俺の家じゃない。何しろ家の名義は顔も知らない組織の人間のものなんだからな」

 窓際に立つ令司はどこか自嘲気味に言った。ただし台詞とは裏腹に声色はまっすぐ落ち着いており、淡々と事実を物語っているように聞こえる。

「それは僕たちの家だって同じさ。家だけじゃない。僕たちの身の回りの物はおおよそ全て組織が与えてくれたものだ。だからこそ平素から組織に対して感謝しないといけないね。今まで僕たちが人並みの生活を送ってこられたのも、僕たちが今こうして生きているのも、みんな組織と天使様のお陰なんだから」

 続いて長ったらしい台詞で組織の素晴らしさを説いたのが仁万(にま)だった。

 彼はリビングの入り口から少しだけ離れた壁際に立っている。やや顎の尖った理知的な顔で真っ直ぐ前を見つめ、眼鏡のレンズに室内の様子を映し出していた。


 一脚のソファとテーブル、テレビ、インターフォン、そして小さな棚が二つ……八坂家のリビングには必要最低限のものしか置かれていない。飾り気の無い、どことなく寂しい部屋だ。

 そんな中、唯一ぬくもりを感じさせる物が棚の上に置かれていた。一枚の家族写真である。

 青空と草原を背景に五人の人物が映っていた。真ん中に映っているのは令司だろうか。まだ五歳前後の彼が無邪気に笑っている。その隣には令司の姉と思しき七、八歳の少女が立っていた。彼女の両腕にはまだ幼児期の早雪らしき女の子が大事そうに抱えられている。そして彼ら三人の子供たちの後ろには、見るからに厳格そうな父親と優しそうな母親の姿が映っていた。


 他のメンバーに写真を見られたくないのだろう。写真の存在に気付いた令司は急に窓際から離れてすたすたと棚に歩み寄り、その上に置かれていた写真立てをそっと伏せた。

 一方、令司がリビングの中を横切っている最中に口を開く者がいた。

「天使様と組織に感謝……か。さすが仁万。ご立派な考えだな。尊敬するよ。私にはとても真似できない」

 ハードパーマの女ベルがどこか棘のある言葉を仁万に投げる。彼女はリビングに入るなりソファに腰掛け、カーキ色のジャケットに包まれた上体を背もたれに預けていた。

「何か不満でもあるのかい?」

 ベルの言葉に対し、仁万は幾分鋭い視線を返す。

「ああ、大有りだ。組織はともかく天使に対しては少なからず不満がある」

 負けじとベルも即座に切り返した。

「奴らは南方を殺した。いくら南方が天使の意に背いて伊佐木詩織って女を救おうとしたとはいえ、今まで組織の一員としてそれなりに貢献してきたアイツを問答無用で消しやがった。これじゃ私らは天使の道具だ。使えないと判断されればアッサリ捨てられる消耗品……違うか?」

「そんなことは……」

 反論しようとして仁万は言い淀む。

 そこへ横槍を入れたのは令司だった。

「ベル。お前はつい最近までリリスに体を乗っ取られていたらしいな? そのあいだの記憶はあるのか?」

「いや無い。私がリリスに操られてるあいだ何が起こったのかは全て仁万から聞いた。色々起こってて正直驚いたよ。根の国なんてものが存在したり、天使が現世に現れたり、南方が死んだりな」

「……」

 誰かの固唾を飲む音がした。


「そうそう。驚いたといえば、オマエの裏切りにも驚かされたよ。知ったのはついさっきだけど」

 ベルは横目を使ってソファの近くに転がっている男を見る。明るい茶髪の大柄な青年――渡会である。彼はいま手足をロープで縛られ身動きを封じられていた。そのため窮屈そうに顔だけを持ち上げてベルを見上げる。

「俺は伊佐木って子を助けようとしただけだ」

 渡会の口調に怒りや焦りの色は感じられなかった。先ほどの令司と同じように事実をただ事実として述べているだけのように見える。

 そんな渡会に噛み付いたのは仁万だった。

「君に軽々しく口を開く権利は無いよ。今の自分の立場と言うものをもう少しわきまえたほうがいいんじゃないかな」

 天使に対する忠誠心が誰よりも厚い男は、組織に背いた渡会に対して今までになく冷たい目を向ける。

「わきまえてるよ。だからこうして自ら八坂の家に戻って来たんだろ」

 と、渡会。確かに彼がその気になれば八坂家に戻らず市内のどこかに一人で潜伏できただろうし、彼の怪力があれば今彼の体を捕縛している縄だって簡単に引き千切ることができる。

「心配しなくても俺は逃げたりしねえよ」

 渡会は何もかも覚悟し受け入れた様子だった。そして危険を冒してでも八坂兄妹のそばにいようと考えたのだろう。そうでなければここには戻ってこなかったはずである。

「渡会……。何故、裏切った? お前は無愛想だが心根は優しい人間だ。しかし顔を見たことも無ければ口を聞いた事も無い伊佐木詩織を助けるために天使や組織に歯向かうなど、いくらお前でも不自然に思えてならない。何か特別な理由があるんじゃないのか?」

 砂原が鋭い指摘をする。

「例え天使の命令でも嫌なモンは嫌ってだけの話だよ。お前ら天使に死ねって命令されたらその通りにするのかよ?」

 渡会は動じない。彼の言葉に仁万は反論こそしなかったが渋い表情をした。


「あの……」

 ここで一人の少女が恐る恐る発言する。

 パジャマを着た中学生くらいの少女、早雪(さゆき)である。ベルの隣でソファに腰掛けていた。呪いの効果が薄れたのか、今は至って健康そうだった。顔色も良い。

「渡会さん。これからどうなるんですか?」

 早雪は誰にとも無く問う。

「それは分からないよ。天使様か組織のご判断を仰ぐしかない」

 仁万は冷ややかだった。ただ、早雪が不安げに俯くと、それに気付いたのか少しばつが悪そうに眼鏡の奥で視線を泳がせる。

「心配すンな。まだ処罰されると決まったわけじゃないだろ?」

 渡会が早雪を気遣う。その声色は優しい兄のように穏やかだった。


 暗い静寂が漂う。きっとこの場にいる誰しもが渡会の処罰回避を難しいと考えていた。彼は詩織を救出を手伝うために龍城寺タワーで天使と交戦している。天使や組織が渡会を生かしておく可能性は低い。その事実を誰も言い出せずにいる様子だった。

 こうした状況をどうにかするのも隊長の役目かもしれない。そう思ったかどうかは不明だが重苦しい沈黙を破ったのは砂原だった。

「渡会に対してなるべく寛大な処置を下してくれるよう組織や天使に陳情してみる」

 ただし余り期待はするな、と砂原は付け足した。

 その答えで渡会は十分満足だったらしい。

「ああ、頼んだわ」

 そう言ってロープで縛られた体をごろんと転がし、皆に背を向けた。


「で? 八坂の家に集まったのはいいが、これから私たちは何をすればいいんだ?」

 これ以上暗い話はゴメンだとばかりにベルが話題を変える。

「それについてはこれから話そうと思っていた。実はすでに天使から新たな指令を受けている」

「本当ですか? 指令の内容は?」

 砂原の言葉に仁万がどこか嬉しそうに食いついた。

「市内をくまなく探し相馬樹流徒の身柄を確保せよとのことだ。確保した相馬君の身柄は龍城寺タワーまで運ぶようにと仰せつかっている」

 砂原の答えに、令司の表情が微動する。

 仁万はもっとはっきりと訝しげな顔をした。

「相馬君の身柄を確保? ということは彼はまだ捕まっていないんですか?」

「逃した。というより俺のほうが見逃してもらった。余り言いたくない話だが、俺は龍城寺タワーで相馬君と戦い、そして敗れた」

「え。隊長が?」

「負けたですって?」

 その事実を初めて知ったらしい。ベルと仁万が声を重ねて驚く。

「一度は相馬君を気絶させたんだがな。目を覚ました彼にもう戦う力は残っていないはずだった。しかし相馬君は恐るべき変貌を遂げ復活した。まるで悪魔と融合したかのような姿になり、戦闘能力が格段に向上した。俺は手も足も出なかった。最早彼は我々の手には追えないかもしれん。捕獲は難しいだろう」

「悪魔じみた姿になった相馬とは俺も会った。奴は根の国の軍勢に紛れて戦っていたぞ。黄泉津大神(よもつおおかみ)と手を組んだと考えるべきだろう」

 令司が納得いかない様子で言う。

 それは他のメンバーも同じだった。

「相馬君が根の国と?」

「どいうことだ?」

 砂原とベルが揃って眉間にしわを寄せ怪訝な顔をする。

「俺が知るか」

 令司はまとめて二人に返事した。

「それじゃあ、ひょっとして相馬君は今根の国にいるんじゃないかな?」

 仁万が憶測を語ると、砂原が「有り得る」と同意した。

「もしそうならますます相馬を捕獲しようがないな。根の国の場所なんて知らないし、仮に知っていたとしてそんな得体の知れないトコにとびこむのは御免だ。な? アンタもそう思うだろ?」

 ベルが隣の早雪に同意を求める。

 急に話を振られるとは思わなかったのだろう。早雪はえっと驚いて、そのあと「あの……」と呟いて困惑顔をするだけだった。

「しかし天使の命令を無視するわけにはいかない。今我々がいるこの場所を拠点にして、徐々に捜索範囲を広げていこう。万が一根の国を発見してしまった(・・・・・・)場合は、そのとき改めて皆でどうするか話し合えばいい」

 そう言って、砂原はひとまず話を締めた。




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