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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
206/359

真紅の防壁

 


 樹流徒は攻撃を中断して前方に高く跳躍した。まっすぐ突っ込んでくる戦車とベリアルの頭上を飛び越えて、その向こう側に着地を決める。


 炎の戦車は樹流徒が立っていた場所を通り過ぎると急停止した。さらにその場で激しくターンして樹流徒のほうに振り返る。車輪と床の摩擦で火花が飛び散った。この戦車は大きい割にかなり小回りが利くようだ。

 地面には戦車の車輪跡が小さな炎の線となって揺らめいていた。


「良くかわしたな」

 最初の奇襲を避けた樹流徒に対し、ベリアルが賛辞を送る。

 言い終わるや否やベリアルは手を胸の高さまで持ち上げて、上を向いた掌から大きな炎を燃え上がらせた。天井に向かって頭を伸ばすその炎は赤から紫、紫から赤へと交互に色を変えながらひとりでに宙へ浮かぶ。そしてベリアルの背後に回ったかと思えば空中に線を引いて大きな輪を描いた。最後に長針をかたどった炎が一本、輪の中に出現する。

 針は一本しかないが、その形はどう見ても時計だった。炎の時計がベリアルの背後に浮かび上がったのである。今まで樹流徒が見たことの無い類の能力だった。


 無論、樹流徒は警戒する。炎の時計がどのような効果を発揮するか、想像すらつかないのが厄介だった。案外単純な攻撃能力なのかもしれない。カウンター攻撃用の能力という可能性もある。それとももっと別の、思いも寄らない奇妙な現象を起こす能力かもしれない。色々な危険性を考えると、樹流徒は軽率な行動が取れなかった。


 数秒待っても、炎の時計に変わった動きは無い。

 慎重になる樹流徒に先んじてベリアルが次の行動に移る。彼は頭上に手をかざし、そのすぐ真上に炎の槍を生み出した。人間の背丈ほどある長大な槍である。

 ベリアルは空中に出現した炎の槍を握り締めするとすぐに腕をしならせた。戦車の上から凶器を投擲する。

 高い位置から投じられた炎の槍は真っ赤な穂を引いて閃光となり標的めがけて落下した。


 樹流徒は高く垂直に飛んで閃光を回避する。すぐさま空中で手を振り払い氷の矢で反撃した。横一列に並んだ六本の矢が次々と発射される。

 ベリアルは顔色ひとつ変えず手を前に出す。その挙動に応じてベリアルの前方に赤く輝く光の壁が出現した。ベリアルのみならず戦車の前面までカバーするほど大きい長方形の壁だ。


 樹流徒が放った氷の矢が、真紅の壁に突き刺さる。それにより壁の表面が一度は凍りついたが、すぐに溶けて蒸発してしまった。ベリアルが出現させた真紅の壁はかなりの高熱を帯びているようだ。


 着地した樹流徒は敵のバリアーが消えた瞬間を狙って両手から同時に電撃を放つ。絶妙のタイミングで放たれた一撃だったが、樹流徒の掌から飛び出した青い雷光は、再びベリアルの前方に出現した真紅の防壁により防がれた。ベリアルの防壁は魔法壁と違って連続使用が可能らしい。


 攻守が入れ代わる。ベリアルの周囲で赤い糸が四本ひらりと舞った。糸は宙で一度円を描く内に大きくなって縄となり、もう一度円を描いた頃には小さな炎の玉になる。そして最後に風船みたく膨らんで大きくなった。赤い糸が数秒も経たぬ内に火炎砲を遥かに凌駕する大きさの炎の玉となった。


 ベリアルの周囲に浮かんだ四つの特大火炎砲は立て続けに宙から弾き出され樹流徒を狙う。

 樹流徒は後方へ跳躍するとそのまま宙に浮いて逃れた。重力が強いこの世界では羽を操りにくいため、今回も飛行能力を利用する。


 特大火炎砲は樹流徒の真下を通り過ぎようとした。余裕を持って攻撃を回避した樹流徒の中で「今なら反撃に出られる」という意識が働く。

 それが仇となった。樹流徒の下を通過してそのまま直進するかと思われた特大火炎砲が四発とも停止したのである。

 その異変を樹流徒が察知するよりも早く、宙に静止した炎の球体は凄まじい爆音と共に次々と破裂した。大きな炎の塊が四方八方に飛び散る。まるで打ち上げ花火のように。


 飛び散る炎は辺り一帯に存在するものを無差別に襲った。反撃に移ろうとしていた樹流徒は予想外の動きを見せた敵の攻撃に回避が間に合わず、魔法壁を展開してかろうじて難を逃れる。

 ただ、ベリアルはそこまで先読みしていた。明らかに樹流徒の魔法壁が消滅するタイミングを見計らって炎の槍を投擲する。

 避けられない。迫り来る赤い閃光を樹流徒はとっさに爪で防いだが、それでも受け切れなかった。炎の槍は外見以上の重さと凄まじい速度で樹流徒の爪を破壊すると、若干勢いを緩めながらも標的の肩に命中した。

 樹流徒は表情を歪める。皮膚を貫かれた痛みと、熱の痛み。双方の痛みに思わず口から悲鳴が漏れそうになった。


 ベリアルはすでに次の槍を握り締め、上空の樹流徒めがけて投げる構えを取っている。

 次の刹那ベリアルの手中から放たれた槍は閃光となって宙へ駆け上った。

 樹流徒は身をよじって何とか回避する。素早く体勢を立て直し、今度こそ反撃に転じた。


 連続使用が可能なベリアルの防壁相手に手数で立ち向かっても意味がない。かくなる上は威力で勝負。バリアーもろともベリアルを粉砕するしかない。

 そう考えた樹流徒は自身が持つ中でも最大級の威力を誇る能力で勝負に出る。彼の周囲に青みがかった白い光が三つ浮かび上がった。

「やはりベルフェゴールの能力も使えるのか」

 ベリアルが若干の驚きを露わにする。ただ、それ以上に嬉しそうだった。強敵と戦える喜びというものだろうか。樹流徒には理解できない感情だった。


 樹流徒が最初の光を解き放つ。全てを凍りつかせる死の光が瞬く間に魔王を飲み込んだ。

 ところがベリアルはすでに前方に手をかざし、赤い光の壁を出現させていた。そこに白い光が衝突する。強烈な冷気の光と高熱を帯びる防壁のぶつかり合いが大量の白煙を発生させた。白煙は四方八方に広がって、(たちま)ち樹流徒の視界からベリアルの全身が消える。


 白煙の奥では、冷気の光を受け止めた衝撃でベリアルの防壁に深い亀裂が走っていた。それでも破壊には至っていない。

 その状況は樹流徒の目には見えていないが、例え防壁の状態がどうであろうと彼は構わず二、三発目の光を立て続けに発射する。

 大量に舞う白煙の中でベリアルも戦車も微動だしなかった。いまにも防壁がひび割れそうな状態にもかかわらず逃げようとしない。その事実がすでに今回の攻防の結末を物語っていた。


 ベリアルは樹流徒にとって絶望的なことを軽々とやってのける。すでに張り巡らされた防壁の奥にニ枚目の新たな真紅の壁を出現させたのだ。防壁は連続使用できるばかりか、複数枚同時に展開できたのである。樹流徒が放った冷気の光は三発目にしてようやく真紅の壁を一枚破壊したが、その奥に控えていた別の防壁に遮断された。


 辺りを漂う煙が晴れてベリアルが無傷であることを確認したとき、樹流徒は悟った。ベリアルに対して正面からの攻撃は一切通用しない。接近戦を挑んでも真紅の壁の餌食にされてしまうだろう。


 また、樹流徒にはひとつ気がかりなことがあった。ベリアルの背後に浮かぶ炎の時計が、いつの間にか針を動かしていることだ。最初は零時を指していた針が、気付けば三時を刺していた。

 時計の針が進むと何が起きるのか。想像しても答えは出ないが、少なくともベリアルを有利にする現象が起こるのは間違いない。樹流徒としては炎の時計が効果を発揮する前に勝負を決めたいことろだった。


 ただ、樹流徒は急に攻め手を欠いていた。ベリアルが使用する防壁により、事実上、正面からの攻撃を全て封じられてしまったからだ。これまで樹流徒は多くの悪魔を倒し彼らの能力を己の武器としてきたが、それらのほとんどが真正面からの直線的な攻撃である。相手の背後や側面から奇襲を仕掛ける能力は限られていた。樹流徒が今すぐ思い浮かぶものといえば念動力くらいである。念動力ならばベリアルの背後から奇襲を仕掛けられる。


 もっともそれは無謀であった。念動力を使用するにはそれなりに高い集中力が必要になる。まともに食らえば一撃で致命傷になりかねないベリアルの強烈な攻撃を回避しながら念動力に集中力を割くのは難しかった。


 どうする? どうすればいい?

 樹流徒が打開策を探すと、それすら許すまいとするかのように敵の攻撃が飛んでくる。

 仕掛けてきたのはベリアルではなく、炎の戦車だった。玉座の手すり部分に装着された砲筒が無音で樹流徒を見上げたかと思いきや、いきなり口から火柱を吐き出したのである。


 樹流徒は鋭敏な反応で対処する。浮遊能力を解除し重力に身を任せて落下することで攻撃を回避した。

 標的を逃した火柱は樹流徒の遥か後方にそびえる魔空間の壁面まで到達する。恐ろしく飛距離の長い火柱だ。


 攻防はまだ途切れていない。砲撃を外した戦車は樹流徒の着地を狙って突進した。

 樹流徒は横っ飛び一発、床を転がって難を逃れる。素早く体勢を立て直すと、戦車の上で槍を構えているベリアルの姿が視界に飛び込んでくた。


 樹流徒が回避した先を狙って炎の槍が投じられる。槍はベリアルの手元を離れると閃光と化し速度を増した。

 やや体勢が不安定になっていた樹流徒は何とか前転して寸でのところで閃光の下を潜り抜けた。

 間髪入れず戦車の砲筒から射程距離の長い火柱が吐き出される。

 樹流徒は高いバック宙で上空に逃れ、空中で暗黒の空洞を四つ生み出した。そこから人間の胴体ほどある巨大な氷塊をひとつずつ飛ばす。 

 

 そのあとの展開がどうなるか、樹流徒には分かっていた。思った通りベリアルは真紅の防壁を張って氷塊を全て防ぐ。正面からの攻撃は一切効かないのだ。

 ただ、樹流徒が攻撃をすればベリアルは防御に回る。そのあいだベリアルは攻撃をしてこない。だから真正面からの攻撃も丸っきり無意味というわけではなかった。


 とはいえ、ベリアルに攻撃を与えられなければ樹流徒に勝利は無い。防御一辺倒ではいずれやられてしまう。敵の攻撃を完全に封じるのは不可能だし、敵からの攻撃を避け続けるのにも限界があった。


 ベリアルの周囲に赤い糸が四本現れる。それが一回輪を描けば炎の縄となり、二回輪を描けば縄が火の玉に。玉は大きく膨れ上がる。

 四連の特大火炎砲が放たれた。樹流徒は全力で駆け、迫り来る熱源から離れる。それでも回避しきれなかった。四つの巨大火球が次々とはじけて炎の塊が広範囲に飛び散る。

 樹流徒は腕を上げて顔をガードした。飛び散った火の破片をいつくか体に受けながらも両目を守る。そこに隙が生まれた。


 目を守って視界が塞がった樹流徒にベリアルの槍が忍び寄る。特大火炎砲の破片はベリアル自身の元にまで及んでいたが、彼はまるで意に介していない。魔王は炎の破片を浴びながら全身を躍動させていたのである。


 ベルアルが投じた赤い閃光の穂先が樹流徒の大腿部を狙う。新たな攻撃の接近を樹流徒は察知したが、一足遅かった。咄嗟に後ろへ跳んだものの炎の槍に足の甲を貫かれる。

 着地すると傷口に鋭い痛みが走った。樹流徒の足に刺さった槍は幻の如く自然と消滅したが、その槍につけられた傷までは消えない。樹流徒の足から赤紫色の液体が滲み出した。


 戦車からニ本の火柱が走る。樹流徒は傷付いた足で地面を蹴って跳んだ。足の甲にズキンと痛みが走る。

 彼がはっとしたのは、まさにそのとき――


 この足の甲の痛み……。確か以前にもこれと似たような痛みを受けた覚えがある。樹流徒の脳裏に過去の記憶が蘇った。


 そう。あれはたしかオセという名の豹頭悪魔と戦ったときだった。あのときも樹流徒はオセが使用した特殊な能力により足の甲を貫かれたのだ。

 樹流徒の眼前に一筋の光明が射す。あのときオセが使用した能力こそ、ベリアルの堅い牙城を崩す手段になる。ベリアルの攻撃を受けなければそれに気付けなかっただろう。いわゆる怪我の功名だった。


 ベリアルが炎の槍を投擲する。樹流徒はもう一度足の痛みを堪えて跳躍した。先ほどとは違い、ただ回避するためだけの跳躍ではない。反撃の口火となる跳躍だ。

 炎の槍から逃れた樹流徒は、着地と同時に足下から円形の光を広げる。それを踏みつけると、離れた場所に停止するベリアルの戦車から何かが折れたような音が鳴った。


 それは戦車の車輪が片方外れた音だった。地面から飛び出した岩の針が車輪のシャフトを破壊したのである。真下からの攻撃ではさしもの真紅の防壁でもガードできなかった。


 戦車は傾き、外れた車輪はほとんどその場で地面に横たわる。これでもう突進はできないはずだ。一発目で敵の機動力を奪えたのは、樹流徒にとって幸運だった。

「動きを封じられたか。だが攻撃はできる」

 ベリアルの言葉通り、戦車は機動力を失ってもまだ攻撃能力を残している。玉座の手すり部分に装着された砲筒が首を振って樹流徒を見つめると、すぐに火柱を吐いた。


 樹流徒はベリアルを中心に大きな円を描くように駆けて攻撃をやり過ごす。さらに戦車の側面に回りこんで氷の矢を放った。無論、戦車の側面を取ったからといってベリアルの側面までは取れない。ベリアルは戦車の上に立ちながら常に体の正面を樹流徒に向けている。飛んできた氷の矢を正面に見据えて真紅の防壁で防いだ。


 その隙に樹流徒はもう一度オセの能力を借りる。地面から飛び出した岩の針が、今度は戦車後部の床を貫いた。このまま同じ事を繰り返せば戦車が壊れるのも時間の問題だ。

 それは敵も分かっているだろう。ゆえに、ベリアルはあっさり戦車を捨てた。身軽な動きでその場から飛び降りる。


 乗り物を失っても、魔王の余裕に変化は見られなかった。ベリアルは壊れた戦車を一顧だにせず、口元は苦々しく歪むどころかむしろ先程よりも一層大きな喜びを露わにしている。


 ベリアルは思い切り拳を振り上げて地面を突いた。物凄い音がして硬い地面に小さな穴が広がる。

 魔王の凄まじい打撃に眠りを覚まされたかのように、地中からマグマがあふれ出した。魔空間の特性に違いない。


 足下から迫り上がってくるマグマに飲み込まれるよりも早く、樹流徒は宙に逃れた。

 マグマはとめどなく地中から溢れる。じきに床は真紅の海と化した。

 地上に取り残された戦車のボディがマグマの熱でぐにゃりとひしゃげる。戦車が不要になったからこそ、ベリアルは今このタイミングで地面を真紅の海に変えたのだ。


 そのベリアルといえばマグマに足を浸してご機嫌だった。まるで浅いプールに入った子供がはしゃぐように、無邪気な笑い声を上げ、真っ赤な海に浸かった足を振り上げる。ドロドロの溶岩が水面から跳ねた。

 ベリアルにとってはタダの水遊びでも、樹流徒にとっては死に直結する危険な行為である。なんとはなしにベリアルが跳ね上げたマグマを浴びようものならば、樹流徒は忽ち大火傷だ。これほどベリアルにとって有利な戦場はなかった。




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