炎の悪魔再び
異形の波に紛れて樹流徒は火口へと近付いてゆく。ベリアルと魔界血管はもう目の前だ。徐々に高まり始めた心音の原因は緊張のせいか、はたまた嬉しさのためか。それは樹流徒自身にも判然としなかった。
火口には螺旋階段が架かっている。階段と言っても一段につき人間が十人以上乗れるだけのスペースがあった。段差も軽く二メートルはありそうだ。魔界に来てからというもの、何かと桁外れに大きな生物や建造物に樹流徒は驚かされっぱなしだった。
ただ、今回樹流徒が驚かされたのは、階段の大きさよりももっと別の部分だった。よく見れば階段が縦半分に分れており、内側の半分が下へ、外側が上に向かって自動で流れているのだ。それはまさしくエスカレーターだった。
巨大エスカレーターの側面には円形の大きなくぼみがずらりと並び、そこから放たれる白い光が絶えず空間を照らしていた。火口の縁から下を覗けば肉眼でも火山内部の様子がかなりの深さまで見通せる。
実際に火山の中がどうなっているのか覗いてみると、火口から数十メートル下には異様な光景が広がっていた。内壁全体が金属製の板に覆われており、例によってあの電気回路と似た形状の光るラインが埋設されている。忘却の大樹ではラインの中を緑色の光が走っていたが、ここの光は赤い。樹流徒の体内を巡る光よりも若干淡い色をしていた。エスカレーターを降りた先に何があるのかは、遠すぎて見えない。
樹流徒は螺旋状のエスカレーターに乗り、そっと壁際に立った。これで敵が近くにいたとしても背後から奇襲を受ける心配はない。
人間の視野範囲は二百度くらいあると言われている。樹流徒はフードを被っており視界が狭くなっているが、もしそれがなければ、たとえ敵がどこから襲ってきても頭上からの攻撃以外であれば全て視認できただろう。
樹流徒を乗せた階段は火山内部を何周もしながら下へ下へと潜ってゆく。一番下に到着するまでかなり時間がかかりそうだった。
そのあいだ樹流徒は想像にふける。ベリアルはどんな悪魔なのか? どんな姿をし、どんな攻撃をしてくるのか? それに思考力の半分を費やし、残りの半分を周囲への警戒に充てた。
近くの悪魔がちらと樹流徒のほうを見る。山頂でヴィヌと戦った際に、腹から炎の渦を放ったせいでローブの下半分が燃えてしまったせいだろう。樹流徒の格好は多少目立っていた。
それからどのくらい経ったか分からない。樹流徒の隣に立つ悪魔が「一体どこまで続いているんだ? まだ下に着かないのか?」と驚く程度の時間は経過していた。ふと頭上を仰ぐと、あんなに大きかった火口が硬貨よりも小さく見える。すでに山の中腹辺りまで下りたはずた。
と、そこで急にエスカレーターの軌道が変わった。これまで内壁に沿ってとぐろを巻いていた階段が中心に向かって進み始める。それが火口の真下まで到着したとき、エスカレーターが終わった。
あちこちから「おお」とか「ふう」とか一斉に吐息が漏れる。そこに込められた意味合いは人(悪魔)によって違うだろう。初めてこの場所を訪れた者はエスカレーターの長さに感嘆する。樹流徒も吐息は漏らさなかったが“とんでもなく長い階段だった”と束の間の余韻に浸った。
かたや何度もこの場所を訪れている者にとっては今更驚きも新鮮味も無い。いかにロストテクノロジーが使われているとはいえ科学に興味がない悪魔からしてみれば、この巨大エスカレーターはただの長い階段に過ぎない。溜め息のひとつも出てしまうというものだった。
エスカレーターを降りるとその先は円形の広場になっていた。分厚そうな金属製の床は数千の悪魔が自由に動き回れるだけの面積がある。広場の中心に接地したエスカレーターから放たれる光以外に明かりはひとつも無く、辺りは相当暗かった。広場の外側に至っては完全に真っ暗だ。そのためまるで床が闇の中に浮かんでいるように見える。
いや。「まるで」ではなく、実際に浮いているようだ。
「噂には聞いていたが、本当に空飛ぶキカイの床があったなんて……」
初めてこの場所を訪れたと思しき悪魔が一人唸っていた。
ほかにも興奮して飛び跳ねている者。広場の端から顔だけ出して本当に床が浮いているのかどうか確かめている者もいる。
耳を澄ませば床の下からウインウインという機械的な音が微かに聞こえてきた。この広場を宙に浮かせている装置の作動音だろうか。
樹流徒は両目を動かして周囲の様子をさっと確かめた。素早く動く視線が行き交う悪魔たちの隙間を縫って、広場の隅で停止する。見れば、そこの床にだけ丸くて大きな空洞が開いていた。
一体何の穴だろうか? 階段や梯子が架かっているわけでもないし、下へ飛び降りるための通路にも見えない。広場の換気を良くするための通風孔だろうか?
考えてみても用途は不明だった。謎の穴の周りには数十体の悪魔が固まっている。彼らは何かをじっと待っているように見えた。
空洞の正体は少し気になるが、それより今は先へ進まなければ。
樹流徒は再び辺りを眺め回して、この空間から出る道を探す。
階段や梯子、それから転送装置といったものは一切見当たらなかった。ただ、悪魔たちの流れを目で追うと、彼らが広場の隅――謎の空洞から少し離れた場所に集まっているのが分かった。そこには床以外何も無く、数百体もの悪魔が何もせずただじっと突っ立っている。
傍目には少し奇異な光景だったが、意味も無く悪魔たちがそんな行動を取るはずがない。
何かあるのは間違いないと確信して、樹流徒は悪魔たちが集まっている場所へ歩み寄る。
と、その最中。
「もうこれ以上乗るのは無理だ。一旦下ろす。危ないから近付くなよ」
広場の隅に固まる異形の群れから、何やら注意を促す声が飛び出した。
いきなり「乗る」とか「下ろす」とか断片的な情報を与えられても、樹流徒には何の話だかさっぱり分からない。ただ「危ない」と言わて近付くわけにもいかなかった。樹流徒は警告に従ってその場で立ち止まる。
そのまま黙って様子を見ていると、身体を寄せ合う異形たちの中で一体の悪魔が動きを見せた。その悪魔は床の縁に足を乗せると、ぐっと体重をかける。
すると悪魔に踏まれた床の部分が硬い音を鳴らして陥没した。床に隠しスイッチがあったのだ。
スイッチが踏まれると、悪魔たちの足下で赤い光がゆっくりと点滅を始めた。赤という色のせいだろうか、危険を知らせる合図に見える。
その合図が止むと、ガクンと何かが外れたような音と共に軽い震動が樹流徒の足下まで伝わってきた。
数百の悪魔を乗せた円形の床が広場から切り離されて静かに動き始めたのである。分離した床は謎の浮力に支えられながら闇の底目指してスーッと下降していった。
現世にもこれと良く似た機械が存在する。そう、エレベーターだ。床の隅に固まっていた悪魔たちは、このエレベーターが下りるのを待っていたのだ。
それを目の当たりにした樹流徒は、先ほど見た用途不明の空洞の正体にはたと気付いた。
あの穴の正体は、下から昇ってくるエレベーターの通り道に違いない。だからその周囲で悪魔たちが待機しているのだ。きっと彼らは昇ってきたエレベーターが下に戻る際に搭乗するつもりなのだろう。
その憶測は正しかった。間もなく数百の悪魔を乗せたエレベーターが下から昇ってくる。それはついさっきまで用途不明だった穴を通り抜けて樹流徒たちのいる広場で硬い音を鳴らして停止した。
下からやってきた悪魔たちがエレベーターからぞろぞろ降りると、入れ代わって広場で待機していた悪魔たちが一斉に乗る。エレベーターは床の表面から赤い光を数回点滅させ、下へと戻っていった。するとそこには空洞だけが残されるというわけである。
少しすると、先ほど下に降りていったエレベーターが数十の悪魔を乗せて広場に戻ってきた。エレベーターがガタンと鳴いて広場で停止すると、搭乗していた悪魔たちが一斉に降りる。
それが済むと今度は下へ降りようとする者たちが集まり始めるのだった。こちらのエレベーターは床の隠しスイッチを押さなければ動き出さない。悪魔たちは先ほどと同じように一ヶ所に固まって、ある程度人数が集まるのを待っている。定員オーバーになる前に乗ってしまおう、と樹流徒もそちらへ向かった。
エレベーターの上に数百の悪魔が集まると
「よし。床を降ろすぞ。キケンだから誰も動くなよ」
誰かが注意を促した。エレベーターに乗る者たちも、付近にいる者たちも全員足を止める。その中で唯一動く影が床の隠しスイッチを踏んだ。樹流徒たちの足下で赤い光がゆっくり明滅する。あとはエレベーターが動き出すのを待つばかり……
そのはずだったが、樹流徒ははっと顔を上げて、次の瞬間には思い切り高く跳躍していた。悪魔たちの頭上を飛び越え、エレベーターが動き始める寸前に広場へと戻る。
着地した樹流徒は前方を睨んだ。射る様な視線が向かう先には敵がいる。
全身に炎を纏った男、あるいは男の形をした炎――アミーだ。炎海の魚に飲み込まれて絶命したとばかり思っていたが、まだ生きていたのだ。
樹流徒を探しているのだろう。螺旋状のエスカレータを降りたアミーはしきりに辺りを見回していた。そしてエレベーターの上から樹流徒が飛び出してくると、そちらを見てニヤリとした。
両者は広場の中央で対峙する。先に口を開いたのは樹流徒。
「生きていたのか」
「私があの程度で死ぬはずがなかろう」
言い終えるより早いか、アミーは全身から炎の弾丸を発射する。
ほとんど出会い頭の不意打ちだったが、樹流徒は落ち着いて魔法壁を展開して敵の攻撃を全弾受け止めた。
戦闘勃発に周りの悪魔たちがざわめく。
「外へ出ろ。無関係な悪魔を戦いに巻き込みたくない」
樹流徒は遥か頭上の火口を指差した。相手がバベル計画に加担した者である場合、自然と口調は荒くなってしまう。それで良かった。いま目の前にいるのは、自分から全てを奪い去った者だ。それに対して攻撃的にならずして、一体誰に対して怒れば良いというのか。
逆にアミーは落ち着き払っていた。
「少々意外だな。まさか首狩りが我々悪魔の身を心配するとは思わなかった。そういえば前回戦ったときもオマエは橋から飛び降りたな。あれも周囲への被害を最小限に留めるためか」
言い終えてから、アミーは言葉通り少しだけ意外そうな顔をする。絶えず揺れ動くその表情は、時折怒っているようみも、笑みを浮かべているようにも見えた。
「だが、戦場を移す必要は無い」
アミーは真横に向かって手をかざす。掌から炎の球体が飛び出した。それは悪魔たちの隙間を通り抜けて広場を飛び出し、闇の彼方に消える。下手をすれば誰かが巻き込まれるところだった。
「命が惜しい者はここから立ち去りなさい。ついでにしばらく誰もここへ近付かないよう皆に忠告してやるといい」
周囲の者たちに向かってアミーが命じると、言われるまま悪魔たちは蜘蛛の子を散らすようにわっと逃げ出した。上りのエスカレーターに駆け込む者。エレベーターが到着するのを待って下へ退避しようとする者。辺りは恐怖と混乱の坩堝と化す。
「あとは誰もいなくなるまで待てば良い。そのあと心置きなく私と戦い、心置きなく死になさい」
とアミー。最後の一言を除けば樹流徒も異論は無かった。
闇の中を飛び交っていた悪魔たちの悲鳴や足音がどんどん減ってゆき、その内何も聞こえなくなる。
広場は樹流徒とアミーの2人だけになった。上からも下からも、新たに来る者は誰もいない。逃げた悪魔たちが、これから広場へ向かおうとしていた者たちに対して警告を与えたのだろう。広場の封鎖が完了したのだ。これで樹流徒は心置きなく戦える。
じゃあ、そろそろ始めよう。
そう言おうと思って樹流徒が口を開きかけたとき、アミーの両腕が伸びた。五本の指をいっぱいに広げた炎の手が樹流徒に掴みかかる。
今度もほとんど奇襲と言って良い攻撃だったが、来ると予想していた樹流徒は素早い反応で炎の手をかいくぐった。のみならず、自分の横を通り過ぎたアミーの腕に爪を突き刺す。
手応えが無かった。それこそまさに炎の中に手を突っ込んだかのように、樹流徒の爪はアミーの腕の中を通り抜ける。
樹流徒に驚く暇すら与えず、アミーは次の行動に移った。手を前にかざし、掌の中から音も無く炎を放つ。宙に解き放たれた炎は矢を模り風よりも速く飛んだ。
アミーから掌を向けられた瞬間、樹流徒は危険を感じて動き出していた。地面を横に転がって炎の矢を回避する。
ただし敵の攻撃が単発とは限らない。樹流徒の動きを追うアミーの手から二、三発目の炎が次々と放たれる。炎はまたも矢を模って目にも留まらぬ速さで標的を襲った。
樹流徒は神速の反応で二本目の矢を爪で弾いたが、それが精一杯だった。ほとんど同時に飛んできた三本目を脇腹に受ける。
炎の矢は貫通力こそ余り無かったが、見た目通り強烈な熱を持っていた。樹流徒が纏っていた黒衣に穴を開け、その下に守られていた皮膚を焦がす。矢を受けた樹流徒の脇腹はあっという間に赤黒く焼き爛れた。
それでも樹流徒は怯まない。痛みを堪えてふっと息を吐くと反撃に転じた。
矢には矢を。樹流徒が手を横に振り払うと、その軌道上に氷の矢が出現した。横一列に並んだ六本の矢が端から順にアミーを狙って飛ぶ。
ならばこちらも矢には矢を。そう言わんばかりにアミーも炎の矢を連射して地面スレスレに浮いた体を滑らせてその場から離れる。
三本連続で放たれた炎の矢の一本が氷の矢とぶつかり合って相殺した。残り二本はどこにも命中せず広場を飛び出して闇の中へと消えてゆく。
高速移動するアミーは氷の矢を全て回避すると、全身の周りに闇を浮かべた。広場を包む闇よりももっと深い闇が形を変えて数十羽のカラスになる。アミーの使い魔だ。
アミーが命じるまでもなく、使い魔たちは行動を始めた。雷を纏った羽をはばたかせて樹流徒の元へ殺到する。
対する樹流徒は前回の戦いから使い魔への対処法を知っていた。空気を吸い込んで肺いっぱいに溜めると、石化の息を前方に吹きかける。勢い良く広がる白煙に突っ込んだ使い魔たちは次々と躍動性を失って地面に転がった。
そのとき。墜落するカラスたちに紛れて平然と白煙の中を通り抜ける物体があった。
炎の矢だ。赤い閃光が煙の中から飛び出して樹流徒を襲う。アミーは最初からこの展開を狙っていたのだろう。使い魔を迎撃するために樹流徒が石化の息を吹くと予測して、それを炎の矢を隠すための煙幕に使おうと考えたのだ。樹流徒は自分の攻撃を上手く利用されたことになる。
そしてアミーの使い魔もまた樹流徒に石化の息を使用させるだけでなく炎の矢を隠す役割を同時に果たしていた。
アミーの目論見は功を奏する。使い魔の陰と煙幕に姿を隠して忍び寄った炎の矢が樹流徒の膝に命中した。ジュッと音が鳴って今度も樹流徒の皮膚が焼き爛れる。
痛みに樹流徒は表情を固くしたが、すぐに敵を睨んだ。
アミーの全身から炎の弾丸が飛び出す。その寸前に樹流徒は跳躍した。危険だと承知した上で一か八かアミーに接近戦を仕掛ける。弾丸の上を飛び越えると、空中で体を複雑に捻って回転の力を加えた。そして足から伸ばした爪でアミーの頭部を狙う。
虚を突かれたようにアミーは頭上の樹流徒を仰いだが、回避や防御を固める素振りは一切見せなかった。
それを樹流徒が不気味に感じたときにはもう、彼の蹴りがアミーに刺さる。
手応えが無い。最初に攻撃したときと同じで、まるで本物の火の中に足を突っ込んでようだった。やはりアミーの全身は炎そのものなのかも知れない。肉も、骨も、皮も存在しない、人の形をした炎だ。だとすればアミーに対して斬るや突くなどの物理攻撃は一切通用しない。
樹流徒が放った跳び蹴りはアミーの体を完全にすり抜ける。樹流徒はアミーの体を貫通してその向こう側へ着地した。黒衣の裾が燃え上がる。
すぐに跳躍してその場から逃れようと樹流徒は足に力を入れた。だが一足遅い。背後から伸びてきたアミーの手に腕を捕まれた。
アミーの手は樹流徒をしっかり掴んで離さない。炎の手が樹流徒の皮膚を焼いた。肉と皮を焦がす臭いと共に白い煙が立ち込める。
腕を焼かれる激痛に耐えながら、樹流徒はアミーの左胸に向かって口から空気弾を放った。ほぼ無色透明の弾丸敵の体を貫通する。それでもアミーは平然としていた。
ならば、と樹流徒は今度は石化の息を吹きかける。大量の白煙がアミーに向かって広がった。
直前まで余裕を見せていたアミーだが、これには急いで対応する。魔法壁を展開して石化攻撃を遮断し、ついでに樹流徒の体を弾き飛ばした。
樹流徒は床を転がったが、素早く立ち上がり身構える。わずかながら勝機が見えた。魔法壁で防御したということはアミーに対して石化攻撃は有効なのだ。
問題はその攻撃をアミーに食らわせるまでのプロセスだった。石化攻撃は攻撃範囲こそ広いもののそれほど飛距離が無い上に速度も遅い。そんな攻撃をアミーに当てるのは困難だ。なにしろアミーは体を掴めない上に宙を自在に動き回る。
こうなったら、まず相手を凍らせて動きを止めてから石化させるしかない。そう判断して樹流徒は氷の矢を放とうとした。
わずかに早くアミーが攻撃を仕掛ける。炎の両腕が伸びて樹流徒を襲った。
樹流徒は攻撃を中断して側宙で回避すうる。危うく再び敵の魔手に捕まるところだった。
手に捕まる?
そのとき、樹流徒の脳裏に疑問が過ぎる。
考えてみると少し妙だった。樹流徒の攻撃は相手の体をすり抜けるのに、アミーの手は樹流徒を掴んだ。何故、アミーだけが一方的に樹流徒に触れられるのか?
相手は悪魔だ。現世の物理法則など平気で無視することもあるだろう。
ただ、もしそうじゃないとしたら? アミーが一方的に相手に触れられる現象に何らかの理由があるとしたら……
アミーが全身から炎の弾丸を放って、樹流徒の思考を妨害する。
樹流徒は横に跳んで地面を転がって回避した。立ち上がったとき、ふと気がついた。アミーの秘密が分かったかもしれない。
アミーはほぼ全身無敵だが、もしかすると手だけは違うのかもしれない。もっと言うならば手がアミーの本体なのだ。だからアミーの手は樹流徒を掴めたのに、樹流徒の攻撃はアミーの体をすり抜けた。
根拠は弱い。かなり頼りない憶測だ。それでも試してみる価値はあった。
樹流徒はアミーの顔に視線を向ける。敵の手を見てはいけない。こちらがアミーの手に狙いを定めたことを、相手に悟られてはいけない。
樹流徒はアミーに向かって電撃を放った。青い雷光はやはりアミーの体を透過する。ただ、それで良かった。この一撃は、初めから通じないと分かった上で放ったものである。あえて無意味な攻撃をすることで、こちらの意図を悟らせないようにするための、いわば撒き餌だ。本命を誘うための一撃である。
その思惑が見事に的中し、樹流徒が待っていた瞬間が早々に訪れた。
アミーが腕を伸ばす。樹流徒は手をかいくぐりながら、氷の鎌を出現させた。魔王ベルフェゴールの武器だ。それを頭上に掲げる。
伸びきった腕がヨーヨーみたくアミーの元へ戻ろうとする。それを狙って樹流徒は鎌を振り下ろした。
何かに気付いてアミーがあっと声を上げた時にはもう鎌の先端がアミーの手に突き刺さっていた。確かな手応えが樹流徒の指先に伝わる。
アミーの手から青い血が噴き出して、巨大な目玉が浮かび上がった。
見付けた。これがアミーの本体に違いない。
アミーの全身が縮んで人の形を失う。アメーバか水溜りのような、他に形容し難い姿になった。その内側で充血した目と、血にまみれた目が痙攣している。
樹流徒は鎌を振り上げるともう一撃アミー本体に突き刺した。
それが致命傷になる。断末魔の叫びをあげることもなく、火の粉に混ざってアミーの体から赤黒い光の粒が舞い始めた。