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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔界冒険編
203/359

謎の襲撃者



 炎の海に架かる長い橋を半日がかりでようやく踏破すると、次に樹流徒の前に現れたのは円形の島だった。


 その広大な島は周囲を険しい崖に囲まれていた。そのため遠くから島の姿を見るとまるで王冠のような形をしている。ただしこの王冠にはたった一ヵ所だけ穴が開いていた。南側に崖の途切れた部分があって、そこが島の入り口になっているのだ。


 島の内側は酷く殺風景で木々も無ければ湖も無かった。辺りに大きな岩がゴロゴロ転がっているだけで、特別目に留まるものといえば島の中心にそびえ立つ巨大な火山くらいである。


 頂上が雲に隠れて見えないほど高いその山は、円錐台、つまりプリンの形をしていた。山肌は全て真っ赤に染まっており、マグマが流れていると見紛いそうなくらい濃い色をしている。火口から噴出した物質が堆積してそうなったのだろう。遠くからだと大きな火山にしか見えないが、それが間近に迫ると余りにも鮮やかな赤に目が痛くなる。


 この火山に山道らしきものは一切見当たらなかった。山の斜面を見ても道どころか草花の一本も存在しない。凹凸(おうとつ)のあるゆるやかな坂に角ばった石が敷き詰められているのみだった。

 恐らくこのような山を好きこのんで登る者は少ないだろう。ただ、魔界血管にたどり着くためには、どうしても登らなければいけないのである。


 赤一色に染まった山肌を大勢の悪魔たちが行き来していた。道が無いため誰もが適当な場所を歩いている。足場の悪さをものともせず平然とした顔付きで登っている者もいれば、逆に苦戦している者たちもいた。


 彼らの頭上では鳥や竜が旋回している。背中に羽を持つ悪魔たちはこの場所でも空を飛ぶわけにゆかず、皆己の脚だけを頼りに火口を目指すしかなかった(例外的に地面スレスレを浮いて移動する悪魔もいるが)。

 それは樹流徒も同じである。空を飛べない以上、足を使うしかない。真っ赤な裾野を踏みしめて、彼は山頂を目指して歩き出した。


 狂った太陽の光が真上から降り注ぎ、大地から立ち上る熱が巨大な陽炎を揺らめかせていた。そこら辺に乾いた木片でも置いておけば勝手に発火しそうな酷暑だ。上から吹き抜ける熱風が体を過ぎてゆくたび、樹流徒は身に纏っているローブに火がつきやしないかと本気で想像した。


 何気なく横を見ると、少し離れた場所を豹頭の悪魔が歩いていた。口から舌を出し、前かがみになって、足取りは重い。今更だが、この世界の気温に参っている悪魔は決して少なくなさそうだ。

 ――暑くてかなわん。一旦日陰に退避して夜まで待ったほうがよさそうだ。

 ――ああ。陽が落ちれば涼しくなるからな。そしたらまた登り直せばいいだろう。

 現にそんなことを言い合って下に引き返してゆく者たちの姿があった。


 夜まで待ってから山を登るという方法は、実は樹流徒も頭の中で一度検討していた。夜間の涼しい内に山を登り始めれば明け方にはかなり高い場所まで到達できる。高所ならば昼間でも涼しいはずだ。できればその手段を取りたかった。

 ただ、橋の上で遭遇したアミーとの戦闘により「首狩りキルトがいる」という噂は多かれ少なかれこの辺りにも伝わっているだろう。夜が訪れるまで悠長に待っていたら、賞金目当ての悪魔が徒党を組んで襲ってくるかもしれない。それを避けるためにも樹流徒は立ち止まるわけにはいかなかった。


 暑さを堪えて速いペースで黙々と山を登る。走っていると言っても過言ではない足取りで、樹流徒は前を歩く悪魔たちの背中を次々と追い越しながら山頂を目指した。


 太陽は傾き、やがて地平線に隠れ、いつしか完全に見えなくなって夜が訪れた。一睡もせずにひたすら頂上を目指す登山者たちの姿は、聖地を目指す敬虔(けいげん)な巡礼者に見えた。その例えは樹流徒からしてみればあながち間違いではない。何しろ彼は最終的には聖界の地を踏むために、今この険しい山を登っているのだから。


 樹流徒は一心不乱に前進する。精神的な辛さも、戦いで負った傷の痛みも、すべてを意識の外に追い出して、ただ前へ進むことだけに没頭した。


 空気が薄くなり若干息苦しくなると、樹流徒は自分がいつの間にか雲の上にいると気付いた。日が沈んだこともあって気温はかなり下がっている。今まで全身を蝕んでいた酷暑に比べれば寒いくらいだ。

 周りを確認すると地面に腰掛けて下界の様子を眺めている悪魔たちの姿をちらほら見かけた。皆、涼しいこの場所で一休みといった様子である。樹流徒も一度だけ足を止めて下の景色を眺めた。ひつじ雲の隙間から鳥や竜たちの背中が見える。妖しく輝く炎海とその中心を貫く橋梁は、これだけ高い場所から見下ろしてもまだ迫力があった。


 壮大な景色に心を癒された樹流徒は、それからまた歩いた。

 いつしか夜が明け、太陽が昇り、やがて頭上で輝く。


 そして、日が沈み再び夜が訪れようとした頃、長い巡礼の旅がようやく終わりを迎えた。樹流徒はとうとう山頂に到着したのである。


 山頂は円形の大地になっており、硬くてボコボコしていた。それでも今まで登ってき悪路に比べれば平地に等しい。

 山頂の中心には火口があった。夜空の星を飲み込むつもりだろうかと思わせるほどの大穴が天を見つめている。その周りを数百の悪魔たちがうろついていた。彼らは火口に沿ってぞろぞろと歩き、一ヶ所に集まっている。見れば悪魔たちが向かう先には階段があった。火口の縁に階段が設置されているのである。それを使って悪魔たちは火山内部を出入りしているようだ。


 あの階段を下りれば魔界血管にたどり着ける。ただ、その前に魔王ベリアルとの戦いが待っているだろう。樹流徒は気を引き締めて、火口に足を向けた。


 ところが数歩も進まない内、背後から妙な音が響いてくる。

 ドドドッと地面を叩く軽快な音だった。振り返ると、こちらへめがけて猛然と駆けてくる者がいた。

 黒い馬である。体高3メートルに届こうかという巨大な黒馬が、黄金の蹄を地面に叩きつけてリズミカルな音を立てながら樹流徒のほうへ突っ込んでくる。


 樹流徒は横に飛んで馬の突進を回避した。ゴツゴツした大地の上を転がって、素早く立ち上がる。

 黒い残像を残して通過してゆく駿馬。その上には一体の悪魔が跨っていた。獅子頭と人間の体を持った悪魔である。毛皮は灰色で、手には長くて太い蛇を巻きつけていた。


 その悪魔は間違いなく樹流徒を狙って馬を突っ込ませた。

「ベルゼブブの仲間か?」

 あるいは賞金稼ぎか? 樹流徒はすぐにそれを問う。

 獅子の悪魔は答えずニヤリとした。

「お前の力を試させてもらう」

 一方的にそう告げて、馬に跨ったまま樹流徒に掌を向ける。

 飛び出したのは横殴りの雨ならぬ、横殴りの竜巻。悪魔の手元から発生した風の渦が地面の石や砂を大量にさらいながら樹流徒を襲った。


 樹流徒は魔法壁を展開する。竜巻と共に飛んできた石つぶてが次々と壁にぶつかって硬い音を鳴らした。

 付近にいた悪魔たちが立ち止まり、どよめく。彼らは揃って「なぜこんな場所で戦いが始まっているんだ?」という疑問を表情で訴えていた。

 その答えを知りたいのは樹流徒も同じだったが、まずは無関係な悪魔たちが戦いに巻き込まれないように彼らの安全を確保しなければいけない。

「よせ! ここで戦えば周りの悪魔を巻き込む」

「心配するな。そのようなヘマはしない」

 馬上の悪魔は言い切った。


 この敵は何者だ?

 樹流徒は身構えながら、いつもの敵とは違う雰囲気を眼前の悪魔から感じた。ベルゼブブの仲間にしては殺気が弱い。かといって賞金目当ての悪魔のようにギラギラした欲望を全身に(たぎ)らせるわけでもなければ、人間嫌いの悪魔特有の憎悪を発しているわけでもない。加えて、この悪魔はさっき「力を試す」と言った。その言葉の真意も測りかねる。


 敵の正体も目的もはっきりしないまま戦闘は続行される。

 悪魔の腕に巻きついていた蛇が全身から白い光を発する。その弱い光が収まったときには、蛇の姿が長い槍に変わっていた。獅子の悪魔はそれを樹流徒に向かって投じる。


 飛来してくる槍を樹流徒は爪で跳ね返した。地面を転がった槍がぐにゃりと歪んで蛇の姿に戻る。そして恐るべき跳躍力で樹流徒の懐へ飛び込んできた。

 樹流徒はもう一度爪をなぎ払い蛇の頭部を弾いた。地面に叩きつけられた蛇はべちゃりと妙に水っぽい音を立てる。かと思えば蛇の全身は本当に緑色の液体になり、地面に染み込んでいった。

 その奇妙な光景に樹流徒が目を奪われているあいだに、既に新しい蛇が悪魔の腕に巻き付いていた。


 獅子の悪魔は身軽な動きで馬から飛び降りる。着地するや否や恐ろしい速さで樹流徒に接近し、鋭い爪が並んだ手を振り抜いた。

 攻撃が顔面に向かって飛んでくる。樹流徒は一歩下がりながら頭を振って敵の突きを回避した。鋭い風切り音を耳のすぐそばで聞きながら反撃の拳を相手の胸に叩き込む。


 悪魔はよろめいて、片手で胸を押さえながら数歩後退した。好機と見た樹流徒は追加攻撃を狙って接近する。そこへ悪魔の前蹴りが飛んだ。

 反撃を受けて今度は樹流徒が大きく後退した。きっちり防御したためダメージは無いが、蹴りの威力に押されて数メートルも吹き飛ばされた。


 体勢を直した樹流徒はすぐさま牽制の火炎砲を放つ。掌から放たれた巨大な炎がゴウゴウと音を鳴らして周囲を真っ赤に照らしながら敵を襲った。


 獅子の悪魔は逃げようとしない。蛇を巻きつけた腕を前に突き出した。

 この瞬間を待っていたと言わんばかりに蛇が動く。蛇は悪魔の腕に尻尾を巻きつけたまま首をいっぱいに伸ばして前方より飛来する火炎砲に頭を突っ込んだ。そして自身の何倍もの大きさがある炎の塊をまるで煙でも吸い込むように一口で飲む込むと、それを樹流徒に向かって吐き出した。火炎砲をそっくりそのまま返したのである。


 思いもよらない方法で攻撃を反射されが、樹流徒は落ち着いて対処する。真後ろに跳躍しながら空中で火炎砲を放ち、蛇の口から吐き出された火炎砲を相殺した。

 巨大な炎同士がぶつかり合って灰色の煙と火の塊を四方に飛び散らせる。飛散する火の塊に巻き込まれまいと、樹流徒は着地してすぐにもう一度後ろへ跳躍した。獅子の悪魔も横に飛んで安全圏に逃れる。それにより互いの間合いがかなり離れた。


 空中に漂う煙が完全に晴れるよりも早く、悪魔が樹流徒に向かって掌をかざす。戦闘開始のときに見せた竜巻を起こすつもりだろうか。

 樹流徒は真っ向から受けて立つ。相手が風の渦を起こすつもりならば、こちらは炎の渦で対抗しようと瞬時に判断した。


 ローブと黒衣の奥で樹流徒の腹部がメリメリと音を立てる。体の構造が変わってゆく。樹流徒の腹から牙が生え、上下に開いた。その奥で真っ赤な炎が揺らめく。


 何かしら嫌な予感がしたのだろう。悪魔は攻撃を中断して横に飛んだ。

 直後、樹流徒の腹から放たれた巨大な炎の渦が大地を(えぐ)りながら直進する。それは悪魔が元いた場所を飲み込んで、樹流徒の前方にあるもの全てを真っ赤に染めた。炎の渦は空の彼方へと消えてゆく。

「モロクの能力か。まさか奴までオマエに倒されていたとはな」

 獅子の悪魔は若干興奮気味に言う。どこか嬉しそうだった。


 樹流徒が次の一手に出ようと身構えると、逆に悪魔は構えを解いた。これ以上交戦するつもりはない……という意思表示だろうか。

「お前は誰なんだ? 敵なのか?」

 改めて樹流徒が問うと、獅子の悪魔は応じる。

「私の名前は“ヴィヌ”。オマエの敵ではない。味方でもないがな」

 敵でも味方でもない? どういうことだ?

 樹流徒が怪訝な顔をする。

「オマエとはまたいずれ会うことになるだろう。オマエがこの先も生き残ればな」

 ヴィヌと名乗る悪魔は黒馬に跨って走り出した。

 樹流徒は追いかけようと思ったが、空を飛ばなくては追いつけない。空を飛べば鳥や竜に襲われる。追跡は無理だ。

「あのヴィヌという悪魔……一体何が目的だったんだ?」

 すっきりしない、一抹の気持ち悪さが樹流徒の胸の内に残った。


 ヴィヌが去ると何事も無かったように辺りは平穏な様子を取り戻した。

 魔王ベルフェゴールや巨人フンババと戦ったあともそうだったが、悪魔たちは驚くほど気持ちの切り替えが早い。そういえばコキュートス破壊の儀式による影響で魔界に強い振動が起きたときも悪魔倶楽部の客たちは平然としていた。

 彼らを見習って……というわけではないが、樹流徒もひとまずヴィヌのことは忘れて魔王ベリアルとの戦いに向けて気持ちを切り替えることにした。




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