炎海に架かる橋
クロセルと別れてから早くも五度目の夜明けが訪れようとしている。
ここまでの道のりは長かった。険絶の断崖に挟まれた深い谷を抜け、その先に待ち受ける広漠とした大地を歩いた。大地には数十から数百メートル間隔で旗が刺さっていた。旗といっても短い棒にボロ布を巻いただけの物である。巻きつけてある布は色も大きさもバラバラで、酷いものは布が外れており最早ただの棒だった。それが炎の海へと続く道標だった。旗の前にたどり着いては次の旗を目指す。その繰り返しで少しずつ海岸に近付いた。道中、町はおろか民家の一軒も無かった。道連れもおらず樹流徒の旅は孤独だった。
それでも酒場の悪魔から聞いた話を信じてひたすら前に進み続けた結果、地平線の彼方が輝いたのが四日目の深夜。最初は朝陽が昇ったのかと思ったが、夜明けにしては幾らなんでも早い。
光の正体を確かめようと樹流徒は走った。前方で輝いていたものが朝陽ではなく炎の海だと分かるまでさほど時間はかからなかった。
月明かりひとつ無い世界の中で炎の海原は妖しげな光を揺らめかせていた。気付けば樹流徒は力強く美しい赤い輝きに誘われて少しのあいだ何も考えずに歩いていた。ふと我に返ったとき、とても短い夢を見ていたような心地になった。前方で輝く紅の海には人の意識を奪う謎の魔力がある。
そして五度目の夜明け。樹流徒はようやく海岸にたどり着いたのだった。
真っ赤な海水がボコボコと泡立ち湯気を立ち上らせている。ヌトの町で見た川と同じだった。浅瀬に視線を向けると魚が泳いでいる。普通の魚ではない。骨だけの姿をした魚だ。エラも鱗もヒレも無いその生き物は尻尾を揺らして赤い水の中を気持ち良さそうに動き回っていた。
一方、海上全体を見渡せば絶えず幾つもの炎が揺らめき、あちらの炎が消えたと思ったときには、こちらで新しい炎が燃え上がる。魔界特有の不思議な自然現象が繰り返されていた。
海岸に沿って歩き始めると、樹流徒の周囲にはどこからとも無く現れた悪魔たちがいつのまにか溢れていた。皆、同じ方向を目指して歩いている。彼らの目当ては魔界血管か。それとも炎海に架かった大きな橋だろうか。
白一色に塗り固められたその橋は樹流徒たちが見つめる先にあった。果たして橋と呼んで良いものかどうか怪しい。そのくらい長くて大きな橋梁だ。横幅は数キロ。長さに至っては恐らく数十キロ単位だろう。それを支える柱の大きさや数も並みではない。ビルの如き太さの柱が幾千、幾万と炎の海に足を突っ込んで橋を担ぎ上げていた。その佇まいは圧巻の一語に尽きる。
橋の先端は海岸に接地しており、そこから緩やかなアーチを描いて炎海の上空に虹を架けていた。橋が最も高くなる中央部分は海抜1000メートル以上の位置にある。上空には鳥や竜が舞っているが、橋の上を歩く悪魔たちが教われている気配は無い。
そしてずっと遠くには赤い大きな山が見えた。橋を渡った先にあるという火山に違いない。
それらの光景に圧倒されながら樹流徒は橋に近付いた。間近で見た橋梁は余りにも大きくて橋の姿をしているようには見えない。樹流徒の目には橋というよりも白い金属製の大地がずっと遠くまで続いているように映った。ずっと眺めていると自分が小人になったような錯覚に陥る。
橋の脇には格子状の手すりが設置されており、太い金属製の棒がズラリと並んでいた。向こう岸へ渡るまでに一体何万本の棒を要したのか、橋を建設した当時の苦労が偲ばれる。手すりの棒と棒の間には人間が通り抜けられるだけの隙間すらないのに、棒の高さは人が跳躍しても到底届かないくらい高かった。
橋の上を大勢の悪魔たちがひっきりなしに行き来している。この場所を初めて訪れたのは樹流徒ばかりではないらしい。橋の前に突っ立ってしきりに辺りを見回している者や、手すりの隙間から炎海を眺め下ろしている者の姿も見えた。
ほかには商売をしている悪魔の姿も確認できる。ヌトの町で作られたアクセサリー。炎の海と火山を描いた絵画。緑色に輝く美しい鉱石。薄手の布で作られた服。ほかにも色々な物が売っている。食べ物や飲み物も売られていた。『炎の海でじっくり茹でた』と銘打った大きなゆで卵。浅瀬で泳いでいた骨の魚を大雑把に砕いて揚げた菓子のようなもの。
この世界の悪魔は商魂逞しい者が多いようだ。現金な世の中になりつつある、というグシオンの言葉が実感できた。恐らくこの憤怒地獄だけが特別なのだろうが……
眼前に広がる光景を簡単に眺めた樹流徒は、橋の隅を歩き始める。下から炎海に熱せられた地面はどれほど熱いのかと覚悟していたが、橋の上は熱いどころかひんやりと冷たかった。橋梁の床版に使われている白い金属が特殊なのだろう。
樹流徒の前を二体の悪魔が並んで歩いていた。どちらも獣の頭部と人間の体を持つ半人半獣の悪魔だ。彼らは数十メートル範囲に響くであろう大声で会話をしていた。
「この橋は相変わらず凄い。何度見ても飽きないよ」
「ああ、何しろ魔界随一の建築家“マルファス”が七十年がかりで完成させた橋だからな」
「ん? 七十年じゃなくて九十年だろ」
「いや七十年で合ってるよ」
「なんだと?」
楽しげに語り合っていた悪魔たちだが、急に雲行きが怪しくなる。
「七十年かけて造ったのはベルゼブブの城だ。この橋に費やした建設期間は九十年だよ」
「逆だ。ベルゼブブの居城が九十年。この橋が七十年だ」
「違う九十年だ」
「七十!」
「九十!」
「まあ……どっちでも良いや」
「そうだな。余りの暑さについ下らないことにカッとなってしまった」
「とにかく、マルファスが長年かけてこの橋を作ってくれたお陰で、俺たちみたいに空を飛べない悪魔でも炎の海を渡れるようになったってワケだ」
そんな会話を耳に入れながら、樹流徒はひたひたと足音を鳴らして歩く。先はまだまだ長い。
七十年だ九十年だと言い合っていた二人組は、やがてクロセルが魔道機関車の実験にまたも失敗したという話を始め、続いて首狩りキルトがこの階層に来ているかもしれないという噂話を始めた。そのあと食べ物の話になったかと思えば、いつの間にか魔界の未来に関する壮大な話を始める。
よくもここまで次から次へと話題が出るものだと感心するくらい彼らは延々と喋っていた。
ただし、さすがに話題の数にも限界はある。樹流徒の前を歩いていた悪魔たちは一頻り喋ると話の種が尽きたらしく黙り込んでしまった。この恐ろしく長い橋を渡っているあいだ中ずっと会話を続けられる者などいないだろう。そういえば、周囲には変わらず大勢の悪魔がいるにもかかわらず、橋の入口よりも静かだった。多くの者が黙々と歩いている。
彼らが次に賑やかになるのは橋の頂上近付か、それとも向こう岸に着いたときか。それまではこの静けさが続きそうだ、などと樹流徒は考える。
予想に反した出来事が起こったのは、まさにその最中だった。
静まり返った周囲の悪魔たちが急にざわつき始めた。そのざわめきに乗って、樹流徒が今まで幾度となく感じたことのある不穏な空気が漂ってくる。肌を刺す戦いの空気だ。
自由気ままに橋を歩いていた悪魔たちが一斉に左右へ割れる。そのときにはもう樹流徒は戦闘態勢に入っていた。
左右に分かれた悪魔たちの先には、一体の悪魔が樹流徒の行く手を遮るように立っている。いや、良く見れば立っていない。その悪魔の足は地に着いておらず地面から数センチ浮いていた。
りりしい男の姿をした悪魔だ。ただ、全身の輪郭は一度として同じ形をとらず、絶えず揺れ続けていた。体中が炎に包まれているのだ。あるいは体そのものが炎でできているのかもしれない。
――おい。あれ、アミーじゃないか?
――何でアミーがこんなところにいるんだ?
周りの悪魔たちが驚いている。
樹流徒の前に立ち塞がった炎の悪魔はアミーという名前らしい。
アミーはすっと腕を上げると樹流徒を指差した。
「オマエに我々の計画は邪魔させない。全ての悪魔のために」
その言葉だけで樹流徒が相手の素性を理解するには十分だった。
ベルゼブブの仲間。バベル計画の参加者だ。
樹流徒の全身から怒気が放たれる。それを察知したのだろう。直感の鋭い悪魔たちは次々とその場から逃げ出す。樹流徒とアミー、それから少数の野次馬を除いて辺りには誰もいなくなった。
戦いの始まりを告げる合図は無い。アミーがいきなり先手を打つ。樹流徒を指差したまま固まっていた手が前方に飛び出した。腕が伸びたのだ。
触手以外で体の一部が伸びる攻撃を見たのは今回が初めてだった。樹流徒は多少不意を突かれたが地面を転がって攻撃を回避する。燃え盛るアミーの手が樹流徒のローブに触れて通り過ぎた。ローブの裾があっという間に燃え尽きる。
樹流徒は表情を険しくした。アミーの体に直接触れてはいけない。もし触れたらこちらの皮と肉が溶けてしまう。
「その者は首狩りだ。倒した者には紫硬貨2万枚を贈呈する。私に加勢しなさい」
アミーが周りの野次馬たちに向かって淡々と告げた。いつの間にか樹流徒に懸かった賞金が八千枚から二万枚に……倍以上に跳ね上がっていた。
もっとも、賞金の増額が必ずしもベルゼブブにとって都合の良い結果をもたらすとは限らない。
野次馬たちが顔を見合わせる。果たしてそれだけ高額の賞金首に立ち向かって勝てるのか、と懐疑的な様子だ。「やめておいたほうがいい」と首を横に振っている者もいる。
ただ、中には恐いもの知らずの悪魔もいた。樹流徒の背後から異形の影がひとつが飛びかかる。樹流徒よりもひと回りくらい大きな、猪の頭部を持った悪魔だ。
背後から迫る存在に気付いた樹流徒は振り向きざま跳躍して回し蹴りを放った。神速の一撃を敵の首根っこに叩き込む。猪頭の悪魔が全身をふらつかせながら怯んだところへ腹に掌打を見舞った。悪魔は自ら跳躍したかのような勢いで後方に吹っ飛び、ほかの野次馬たちの足元に転がる。
まだ攻防は途切れていない。樹流徒が掌打を放った瞬間に背後からアミーが腕を伸ばしていた。燃え盛る手が樹流徒の後頭部を掴もうと音も無く迫る。
その気配を感じ取った樹流徒は掌打を繰り出したあと流れるような動きで腰を落として片膝を着いた。樹流徒の頭上をアミーの手が通り過ぎてゆく。もし樹流徒が後ろを振り返っていたら、間違いなくアミーの手に捕まって顔面を焼かれていただろう。
樹流徒の頭上を通り過ぎた炎の腕はヨーヨーのようにアミーの元へ引き返した。奇襲を避けられたアミーは特に驚くでもなく、絶えず揺らめく表情もそのままで
「何をしている? お前たちも早く戦いなさい」
淡々と野次馬たちに命じた。
「冗談じゃねえ。こっちがやられるだけだ」
誰かが怒鳴る。樹流徒の能力を目の当たりにして自分たちでは束になっても勝てないと判断したのだろう。
野次馬たち全員が同じことを考えたようだ。辺りに残っていた悪魔たちは戦いに巻き込まれないよう潮が引くように一斉に去っていった。樹流徒に吹き飛ばされた猪頭の悪魔も別の野次馬に担がれて退場する。
その場は樹流徒とアミーの二人だけになった。
「まあいい……。よくよく考えてみれば、中途半端な戦力をたきつけたところで却ってこちらが不利になるだけだ」
思惑が外れてもアミーは冷静だった。樹流徒には魔魂吸収能力がある。弱い悪魔が束になってかかっても樹流徒が力を増すだけだ、と考えを改めたのだろう。
樹流徒は反撃に出ようとして、アミーとの間合いを一気に詰めるべく膝を曲げて脚に力を入れる。大地を蹴ろうとしたとき、アミーの体の揺れが小刻みになったのを見逃さなかった。
何か仕掛けてくる。
予想通りアミーは仕掛けてきた。全身の至る場所から一斉に火の弾を飛び散らせたのである。顔面から、肩から、胸から、そして足から、小さな炎の塊が目にも留まらぬ速さで次々と飛び出す。まるでガトリングガンだった。
樹流徒は横に疾走して、前方から迫り来る火の雨から逃れる。全ての攻撃をやり過ごした思ったとき、背後からギャッと悲鳴が聞こえた。
振り返ってみると、ずっと遠くで鳥の頭を持った悪魔が倒れている。流れ弾に当たったのだ。橋の上では今もひっきりなしに悪魔が行き来している。彼らは樹流徒たちを避けながら歩いているが、それでも決して安全とは言えない。現にこうして被害が出てしまった。
不幸中の幸いと言うべきだろう。流れ弾に当たった悪魔はまだ生きていた。被弾した肩を押さえて苦しそうな顔をしているが命には別状無さそうだった。
ここで戦っていたら無関係の悪魔を巻き込んでしまう。樹流徒は全力で跳躍して橋の手すりに乗ると、そこから飛び降りた。羽を使用せずふわりと宙を浮く。空中を自由自在に動き回ったベルフェゴールの力だ。羽を使って飛ぶよりもスピードは遅いが小回りが利く。重力が強くて羽が使いづらいこの世界では重宝する能力だ。ただ、この能力もまだ使い慣れていないせいか、宙に浮かび続けるのに多少の集中力を必要とした。気を抜くと忽ち炎の海へまっ逆さまに落ちてしまうだろう。
樹流徒は上空から敵の出方を窺う。アミーは手を出してこなかった。橋の上に立ったままジッと樹流徒のほうを仰いでいる。
その代わりに別の敵が樹流徒に襲い掛かった。上空から飛来した黒い竜である。巨竜ガルグユよりひと回り小さな竜だが、それでも十分な迫力がある。
その黒竜は樹流徒が橋から離れた途端に動き出していた。大きな口から火柱を吐き出す。樹流徒は急いで高度を下げて攻撃をやりすごした。動き出しの早さが功を奏したか、樹流徒が海面近くまで高度を下げると黒竜は天空へと舞い戻っていった。
竜が去ると、代わりにアミーが樹流徒を追う。元々地面スレスレを浮いていたアミーもまた羽を使わずにふわりと宙に舞った。手すりを越えて橋から落下し、樹流徒と同じ高度でピタリと停止する。
炎海は常に表情を変えていた。あちらで炎柱が噴き上がり、こちらで別の炎柱が鎮まる。
海面近くで対峙する二人の足下からも炎が燃え上がった。樹流徒は宙を滑って炎を避ける。対するアミーは身動きひとつせず海面から飛び出す火を全身を浴びて平然としていた。外見通り熱には強いようだ。
次に樹流徒が足下から迫る炎を避けたとき、アミーの輪郭が小刻みに揺れた。全身から炎の弾丸が放たれる。
樹流徒は魔法壁を張って攻撃を防ぎながら敵に接近した。腕を横になぎ払いその軌道上に氷の矢を出現させる。横一列に並んだ六本の矢が端から順に敵を狙った。
アミーは滑るように宙を動き、矢を次々と回避する。樹流徒との間合いを少し離すと最後の矢を回避しながら腕を伸ばした。
樹流徒は真上に逃れて敢えて紙一重で攻撃を避けると反撃の電撃を放つ。鼓膜を打つ乾いた音と共に雷光が走った。
樹流徒が手をかざしたときすでにアミー横にスライドしていた。電撃を回避すると、逃れた先で新しい動きを見せる。揺れる五本の指を伸ばして手を頭上に掲げた。
その挙動に応じてアミーの周囲からじわりと闇が染み出す。それは瞬く間に広がりながら形を変えて数十羽のカラスを模った。
闇から生まれたカラスたちは全身に雷を纏い、真っ赤な瞳で樹流徒を睨む。
「私の使い魔たち。あの魔人の全身を抉りなさい」
天に向かって伸びたアミーの手がさっと振り下ろされた。それを合図に使い魔のカラスたちが樹流徒の元へと殺到する。
小さな闇が迫ってくる。樹流徒は宙を滑って大きな円を描くように移動した。石化の息を散布して追いかけてくるカラスたちの前方に煙幕を張る。
それが効果抜群だった。白煙の中をつっきったカラスたちは次々と全身を石に変える。そしてボトボトと音を立てながら炎の海に沈んでいった。
使い魔の襲撃を何とかは凌いだ樹流徒だが、不意に刺すような痛みを脚に感じた。視線を落とすと、炎の海から飛び出した骨の魚が三匹脚に噛みついている。口内に並ぶ細かな牙が樹流徒の皮膚を突き破って体内に食い込んでいた。
樹流徒が思い切り脚を振ると、骨の魚たちは全て外れて海に飛び込む。
かつてこんなに戦い難い場所は無かった。高度を上げれば怪鳥と竜に襲われ、逆に高度を下げれば海面から噴き出す炎や海中から飛び出す魚に襲われる。かといって橋には戻れない。無関係な悪魔を巻き込んでしまうからだ。
そんな樹流徒の気持ちを知らぬであろう野次馬たちは、アミーの背後に建つ橋の手すりに顔をくっつけて眼下で繰り広げられている勝負を興奮気味に観戦している。
アミーの腕が伸びた。炎に包まれた手が火の粉を振り撒きながら標的に迫る。
樹流徒は海上に揺らめく炎の隙間を縫いながら横に逃れた。
ただ、敵の攻撃を回避しても安心できないのがこの戦場だ。
樹流徒が動きを止めると、見計らったように水面が破裂して真っ赤な水飛沫と共に巨大な魚が飛び出した。硬そうな鱗を持った鮫と良く似た魚だ。それが大口を広げて水面から顔を出し、樹流徒の脚に噛み付こうとする。
樹流徒はとっさに高度を上げて難を逃れた。そこを狙ってアミーの全身から炎の弾丸が飛ぶ。樹流徒は弾丸を避けながら、上空の生物に襲撃されるのを覚悟で更に高度を上げた。
するとやはり頭上を旋回していた怪鳥が鋭い爪を広げて襲い掛かってくる。樹流徒は鳥の突進を回避してアミーのほぼ真上に移動した。ピタリと止まったときには樹流徒の周囲に青みがかった白い光が三つ浮かび上がる。
神秘的な輝きが膨張した。それは光の柱となってアミーを襲う。真上から攻撃すればたとえアミーが回避しても、その背後に建つ橋を巻き込む心配は無い。そのために樹流徒はわざわざ危険を冒してまで高度を上げたのだった。
魔法壁が展開される。アミーの周囲に張り巡らされた虹色に輝く光の防壁が冷気の光を遮断した。
樹流徒は立て続けに二発目を発射する。アミーの魔法壁にヒビが入り粉々に砕けた。
光が消えたとき、アミーの上半身は氷漬けになっていた。それでも樹流徒は決して手を緩めない。すぐに三発目を発射。
回避はできない。最後の光を全身に浴びたアミーは完全な氷塊と化した。そのまま横になって炎海に浮かぶ。放っておけば海に沈むだろう。
ただ、熱に強いアミーが炎の海に沈んだとしても死ぬとは思えない。樹流徒は急降下してアミーに迫る。凍り付いた敵の首を爪で一刀両断すれば確実に倒せるはずだ。
ところがあと少しで樹流徒がアミーの元へたどり着くという刹那、近くの海面が盛り上がって派手な飛沫が上がった。
先ほど樹流徒を襲った巨大な魚が、氷漬けになったアミーの体を一口で飲み込んでしまう。機先を制した怪魚はアミーを腹の中に閉じ込めたまま炎海にもぐって完全に姿を消してしまった。
そのあと樹流徒が少しのあいだ待っても、アミーも怪魚も姿を現さなかった。
思わぬ形で決着がついてしまったが、樹流徒はまた敵を退けて生き延びた。
橋の上に戻ると、辺りからけたたましい悲鳴が上がる。
「アミーがやられた。首狩りがアミーを倒した」
野次馬とその場に偶然居合わせた悪魔たちは散り散りに逃げ出した。