魔動機関車
「ここがグシオンが言っていた町か」
線路に沿って一人歩き続けていた樹流徒は、ようやく見つけた建物の群れを前に足を止めた。
夕陽と見間違えそうなくらい真っ赤に輝く朝陽が背後の地平から頭を覗かせていた。造幣所を発ったのは夜中だったから、それから結構な時間歩き続けたことになる。
その甲斐あってたどり着いた新しい町は、前に立ち寄ったヌトの町ほどではないにせよ大きな場所だった。
この世界の建造物はおよそ全て石で造られているらしい。今度の町も家から階段から道路に至るまで何もかも全てが石で出来ていた。灰色で表面がざらざらした石である。憤怒地獄の厳しい暑さに適した素材なのだろう。
一方で、今回樹流徒が訪れた町とヌトの町には大きな相違点もある。ヌトは全体的に雑然とした町並みだったのに対して、今回の町は一見して整然としていた。建物の高さはほぼ同じに揃えられ、道路に沿ってきっちりと軒を連ねている。石畳の道は雪の結晶を繋いだような美しい幾何学模様を浮かび上がらせていた。また、町の周囲には石の棒杭が均等な間隔で並んでおり町の領土と外とを隔てる境界線の役割を担っている。計画的かつ丁寧に作られた町なのは疑いようもない。
現世の光景に近いと感じながら、樹流徒は少しのあいだ外から町の様子を眺めていた。
その横を悪魔が通り過ぎてゆく。樹流徒よりも一足早く町の中へ足を踏み入れる者。逆に町から外へ旅立ってゆく者。その数は少ない。何体かの悪魔が樹流徒とすれ違うと、すぐに人通りが途絶えた。
間もなく樹流徒もその場から立ち去る。未だ途切れない地面の線路を辿って町の中へと歩を進めた。
辺りはやけに静かだった。外を出歩いている悪魔が少ない。皆、家の中で寝ているのだろうか。悪魔たちが余り活動しない時間帯なのかもしれない。理由はどうあれ樹流徒にとって都合が良い状況だった。町の中が大勢の悪魔で混雑しているよりずっと行動しやすい。
早速、樹流徒は近くを通りかかった悪魔に声を掛けてみる。
巨大なカブトムシの頭部を持つ悪魔だった。体の構造は人間に近いが全身を黒い鎧に覆われている。
町の住人だろうか。その悪魔に魔界血管のことを尋ねてみると――
「オレ、この町来たばかり。魔界血管の場所知らない」
片言みたいな喋り方で答えが返ってきた。
「オマエ、町の悪魔に話を聞きたいのか? だったらあそこの酒場に町の連中集まっている。行ってみたらどうだ?」
そう付け足すとカブトムシの悪魔はさっさとどこかへ行ってしまった。
悪魔が教えてくれた酒場は曲がり角に面した建物の一階部分にあった。
樹流徒は建物の前に立つ。薄い金属で作られた両開きの扉を通り抜けると、酒と食べ物の甘い香りが漂ってきて鼻孔をくすぐられた。
素早く店内を見渡すと木製の机が六つ並んでいる。机にはそれぞれ四脚ずつ椅子が置かれており、全ての椅子の半分以上を悪魔が埋めていた。結構な賑わいだ。
壁の高い部分には人間の拳程度の大きさの円い穴が横一列に並んでいた。店内の装飾にも見えるが、多分通気口だろう。何しろ店には窓がついておらず壁に開いた穴以外に風の通り道が無い。
通気口の下には幾つものランプが並び、朝の日差しにも負けない明るさで店内を煌々と照らしていた。どこかおどろおどろしい悪魔倶楽部と比べて内装も雰囲気もさっぱりした酒場だ。
カウンターは店の入口から近い壁際にあった。
その奥に立っているのは美しい男の姿をした悪魔。葡萄の葉をあしらった草の冠を頭に被り、首からも似た様なデザインのネックレスを提げている。そして長細く薄い布を巻きつけた服を体に纏っており、片方の肩を露出したその着こなしはサリー(インド周辺国の女性が身につける民族衣装)と良く似ていた。
この酒場の店主に違いない。美男の姿をしたその悪魔は、樹流徒が入店すると如才ない笑みを浮かべた。
樹流徒はとりあえずカウンターに近付く。カウンターテーブルの前には七脚の椅子が整列していた。その真ん中に樹流徒は腰掛ける。改めてもう一度店内の様子をさっと確認した。
奥の壁に視線がいったとき、樹流徒の目が動きを止める。そこには一枚の四角い紙が張られていた。紙上には一人の青年の似顔絵が描かれている。樹流徒も良く知っている顔だった。何しろ少し前まで毎日鏡で見てきた顔である。
壁に貼られていたのは首狩りキルトの手配書だった。紙の七割を占める大きさで描かれた樹流徒の似顔絵は一体誰が描いたのだろうか。本人と非常に良く似ていた。
「ようこそ旅の者。何を飲む?」
店主の男に声を掛けられて、樹流徒は我に返る。
「酒以外だったらなんでもいい」
答えると、すぐに背後から笑い声が聞こえた。
その声につられて振り返ると、笑い声の主は山羊の頭部を持った半人半獣の悪魔だった。全身を白い毛皮に覆われており服は着ていない。
「アンタ、酒場に来て“酒以外だったらなんでもいい”なんて、変わったこと言うね」
酔っているのだろうか、その悪魔はとても上機嫌だった。質問をすれば何でもベラベラと喋ってくれそうな気配がある。情報収集をするにはうってつけの相手かもしれない。
「酒が飲めない体質なんだ。それより下の階層へ行く魔界血管の場所を知らないか?」
「ああ知ってるよ」
陽気な山羊の悪魔は樹流徒の期待通り簡単に答えてくれた。
「まず、この町を出ると深い谷があるだろう?」
あるだろう? と言われても樹流徒は知らないが、あるのだろう。
「あの谷を抜けると果てしない荒野に出る。その荒野には道標が置かれているから、それに従って歩くんだ。そうすればいつか炎の海にたどり着く」
「その炎の海に魔界血管があるのか?」
「いやいや。まだ続きがある。炎の海には恐ろしく長い橋が架かってるんだ。その橋を渡ると島があって、その島には大きな火山がある。火山を登って火口に飛び込めば、お目当ての魔界血管はすぐそこだ」
話をまとめると、魔界血管にたどり着くには谷を越え、荒野を越え、炎の海に架かった橋を渡り、火山を登らなければいけないらしい。
想像するだけでも険しそうな道のりだった。
「火山まで遠いのか?」
「ああ、かなり遠いよ。休まず歩いて五日か六日ってところだろうね」
「そんなにかかるのか」
こういうときに空を飛べないのは痛い。とはいえ、この町に着いて早々に魔界血管のありかが分かって樹流徒は満足だった。
と、ここで別の客が樹流徒たちの会話に口を挟んでくる。
その客は蛙の姿をした悪魔だった。背丈は人間と同じくらあり、赤褐色に輝く鎧を身に着けている。
「ようアンタ。もし魔界血管まで急ぐんだったらクロセルの“魔動機関車”にでも乗せてもらったらどうだ?」
横槍を入れてきた蛙の悪魔は紫色の舌を伸ばしてケロケロと鳴いた。笑い声なのだろう。
すると、その図に乗っかって他の客たちも笑い出した。
「クロセルの魔動機関車か。そりゃいいや」
「魔界血管よりも先にあの世にたどり着きそうだけどな」
酒場全体がどっと沸いた。
魔動機関車?
樹流徒には何の話だか良く分からない。ただ、クロセルという名前には聞き覚えがあった。
「クロセルって、現世かぶれの発明家っていう悪魔か?」
確かグシオンがそう言っていた。あのトロッコを発明したのもクロセルだという。
「そうそう。アイツ今、町の広場で魔動機関車の起動実験をしてるんだよ」
客の一人が言うと、間髪入れずほかの悪魔たちが続く。
「魔力を動力にするから魔動機関車っていうんだよな? よくもまあ、そんなことを考え付くもンだよ」
「旅人さん。アンタ魔界血管に行きたいんだろ? 機関車の起動実験に成功したら火山の麓まで乗せてってもらえるかもしれないぜ」
「ただし成功したらの話だけどな」
「そういや今回の実験で何度目になる?」
「さあ。今まで十回くらい失敗してるんじゃないか。ホントよくやるよ」
「今じゃ野次馬の連中もクロセルの実験がどんな風に失敗するか見物しに行ってるみたいなモンだしなぁ」
酒場の客たちはほとんど樹流徒そっちのけでクロセルの話に花を咲かせる。
彼らの会話から推測すると、どうやらクロセルは魔動機関車と呼ばれる乗り物を動かす実験を繰り返しているが、未だ成功したためしがないようだ。
グシオンから話を聞いたときから、樹流徒はクロセルに一目会ってみたいと思っていた。
「クロセルは今、町の広場にいるんだな?」
樹流徒はそこへ寄ってみることにした。
「おや。もうお帰りかい? でもその前にこれを飲んでいきなよ」
店主と思しき男の悪魔が、樹流徒の前に葡萄色の液体が注がれたグラスを置く。
「酒以外の飲み物といったら、これとミルクくらいしかないんだよ」
と、店主。
その眼前で樹流徒はグラスの中身を一気に飲み干した。
「君、この店に来るのは初めてだろう? 今回はタダでいいよ」
店主の厚意に甘えて樹流徒は席から立った。やや足早に出口へ向かう。
「クロセルの実験を見に行くのか? だったら線路を辿っていけば広場に着けるぜ」
親切な客の声が背後から聞こえた。
酒場を出た樹流徒は道の中央を走る線路を辿って、やがて広場に到着した。
舞踏会を開けそうなくらい大きな空間に異形の垣根が作られている。その垣根を構成する悪魔たちの数、百や二百は下らない。彼らも魔動機関車の起動実験を見に来たのだろう。道理で町中を歩いている悪魔が少ないと思ったら、皆この場所に集まっていたのだ。
垣根を作っている悪魔の他にも、広場を囲う建物から顔を出して実験の見物をしている野次馬もいた。魔動機関車に対する町民の関心の高さが窺える。
そして彼らの視線を一身に集めているものが広場の中央にあった。この魔界においては異質な存在である金属の固まり――黒塗りの汽車だ。
「あれが魔動機関車か……」
外見は現世の汽車と酷似していた。と言っても、野次馬に視界を遮られて樹流徒の目には機関車の上部しか見えない。同じ理由でクロセルの姿も見えなかった。
密集している悪魔の中に入ってゆくことに抵抗を感じた樹流徒は跳躍して建物の屋根に乗る。そこで身を屈めて高所から広場の様子を見下ろした。
改めて確認してみると、魔動機関車の姿形はやはり現世の汽車と酷似している。煙突も、除煙板も円筒型のボイラーも、車輪やそれを連結する棒も、外見上は全て同じだ。ひとつだけ違いがあるとすれば車体の側面に赤く鋭い瞳の絵が描かれていることくらいだろうか。
もっとも、いくら外見が現世の汽車に似ていようと、内部構造は大なり小なり違いがあるはずだ。魔動機関車はその名が示す通り魔力を動力にしている。蒸気機関車とは別物なのだ。
広場に集まった悪魔たちの注意はほとんど機関車の車体に注がれていた。
そんな中、樹流徒の視線は魔動機関車のすぐそばでしゃがみ込んでいる一体の悪魔へと向かう。
その悪魔は精悍な顔つきをした男の姿をしていた。外見年齢は三十歳前後だろうか。広くて大きな背中を曲げて世話しなく手を動かしている。魔動機関車の起動を前に最終チェックをしているのだろう。
ただ、特筆すべき点は悪魔本人の外見ではなく、身につけている服だった。その悪魔は白衣を身に纏っていた。まるで製薬会社の研究員である。
きっとこの悪魔こそが噂のクロセルに違いなかった。他の野次馬たちが食い入るように機関車を注視する中、樹流徒だけはクロセルの横顔を見つめる。
しばらくすると、クロセルと思しき白衣の悪魔が汽車の後部にある運転台に乗り込んだ。野次馬たちがにわかに騒がしくなる。汽車の起動実験が始まるようだ。果たして成功するか。その瞬間を樹流徒も目を凝らして見守る。
機関車の前照灯から青白い光が放たれると、野次馬たちからおおっと静かな吐息が漏れた。悪魔たちの垣根が自然と左右へ分かれて、機関車の前方に通り道を作る。
甲高い汽笛が響き渡った。車体の底から空気が噴き出して地面の砂埃を舞い上げる。煙突から青色に輝く光の粒が一斉に飛び出した。その物質が何であるかは不明だが特に問題は無いらしい。実験はここまで順調に進んでいるようで、悪魔たちの中から歓声が起こり始めた。
ところが歓声が最高潮を向かえるよりも早く、雲行きが怪しくなる。魔動機関車がなかなか発車しないため、野次馬たちの歓声がざわめきに変わり始めた。樹流徒もすぐに様子がおかしいと気付いた。
じきに機関車のあちこちから黒い煙がもうもうと立ち上る。煙突から煙が上がるのならばまだしも、車体の全身から噴き出していた。見れば運転台の中まであっという間に煙に包まれたので、これはもう普通ではなかった。
見物人たちが一斉にその場から逃げ出す。今までも何度か似たような状況に立ち会った経験があるのだろう。彼らの退避は迅速かつ非常に落ち着いていた。
統率だった動きで野次馬たちが避難を完了させると、運転台の中からクロセルが血相を変えて飛び出してくる。実験が成功したかどうか最早考えるまでも無かった。たった数分前まで期待感に包まれていた広場に危険な空気が充満する。
クロセルが安全な場所まで離れると機関車は爆発した。大きな板から小さなボルトまで色々なものが吹き飛んで辺りに四散する。見物人たちからおおっとどよめきが上がった。
爆発した機関車は車体のあちこちが凹み折損していた。魔力を動力に変える機関を内蔵していたであろう車両の前半分は特に変形が激しく原型を留めていない。見事な大破。絵に描いたような失敗図だった。
――やっぱり今回も失敗だったか。
――私、今日は上手くいくような気がしてたのに。
――まだ実験続けるつもりなのかな?
――クロセルの情熱には恐れ入るよ。
そのような言葉を口々に交わしながら野次馬たちが退散してゆく。
間一髪脱出に成功したクロセルは大破した魔動機関車の前で立ち尽くしていた。失敗には慣れているのか、それほど落ち込んだ様子は無い。
やがてクロセルは爆発で散った汽車の部品を拾って一ヶ所に集め始めた。野次馬の一部も片付けを手伝っている。その輪に樹流徒も加わった。
黒い金属の山がかなり高く積み上がると、部品拾いをしていた悪魔たちは黙って帰ってゆく。気付けば広場には樹流徒とクロセルだけになっていた。
最後の部品を拾うと、クロセルから樹流徒に近付いてきた。
「やあ。最後まで手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
クロセルはとても穏やかで大人っぽい口調で礼を言った。大きな手がすっと伸びて樹流徒の手を握り締める。
「これは握手と言って、ニンゲンたちが良くやる挨拶なんだよ」
手を上下に揺らしながらクロセルが笑う。この悪魔が現世かぶれという話は本当らしい。
「あれはお前が一人で作ったのか?」
樹流徒は大破した魔動機関車に目を向ける。
「そうだよ。ずっと昔、現世に召還されたときに偶然汽車を見て一発で魅せられたんだ。それ以来、私は魔界にも似たようなものを作ろうとこの魔動機関車を作り続けてきた。並行して別の発明をしてた時期もあったけどね」
「そういえばトロッコを作ったのもお前らしいな。グシオンから聞いた」
「グシオンか。最近じゃ余り聞かない名前だな」
クロセルは懐かしそうに目を細めた。
「魔動機関車が完成した暁にはトロッコよりも一度に沢山の鉱物を運べるようになる。それだけじゃない。いずれは悪魔を乗せて走れるようにもなるんだ。しかも魔動機関車は魔界中を無限に漂う魔力を原動力にして動くよう設計されているから、機関車を走らせてもエネルギーが尽きることはないし、空気も汚れない」
「理想的な乗り物だな」
あとは安全性さえ確保できれば。
「だろう? でも…」
クロセルは少し笑顔を曇らせる。
「実は起動実験は今回で丁度十回目の失敗なんだ。キリも良いことだしそろそろ諦めようかと思っている」
「そうなのか? 折角十回も頑張ったのに少し勿体無いない気がするな」
「私も研究を続けたいのはやまやまなんだけどね。今回の実験で魔動機関車を作るのに必要な部品や材料が尽きてしまったんだ。新しい材料を調達するためには鉱物を自分で集めたり譲ってもらったりしなければいけない。さらに集めた鉱物をヌトの町で加工して貰う必要もあるんだ」
研究の続行がいかに大変であるかをクロセルは懇切丁寧に語る。「だから私が研究を諦めるのは仕方がないことなんだ」とクロセル自身に言い聞かせている風にも聞こえた。
「仮に研究を続けるとしたら、次の実験はいつになる?」
「そうだね。今までの経験から判断して早くても数年はかかるだろう。今回実験が失敗した原因の究明にも時間がかかりそうだから、下手したら十年後になるかもね」
「一回の実験に物凄く時間がかかるんだな」
人間よりも寿命が長い、あるいは寿命というものが存在しない悪魔だからこそたった一人で十回もの実験できたのだ。クロセルが今まで魔動機関車の実験にどれだけの時間と労力を費やしたのか、樹流徒には想像もつかない。
「ああ、そうだ。部品集めを手伝ってくれたお礼に食事でもおごるよ。話し相手も欲しいしね。是非私の家に来てくれないか?」
クロセルが名案を思いついたように言う。
「有り難い申し出だが、機関車と部品はここに放置しておいてもいいのか?」
「ああ、そこに集めて置いておけば片付けてくれる者がいるからね。それじゃあ、行こうか」
クロセルは答えると、踵を返して歩き出した。
その背中に樹流徒はついてゆく。
歩き始めてすぐ、クロセルが口を開いた。
「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったね。この町の悪魔じゃないだろう?」
「相馬。ただの旅人だ」
「ソーマ? 大抵の悪魔の名前は記憶しているつもりだったんだが、聞き覚えが無いな」
そんなことを喋っている内にもうクロセルの家に着いた。クロセルの家は広場からわずか数十メートルの場所に建っていた。ほかの家と全く同じ、石造りの建築物だ。
「私の研究所はこことはまた別の場所にあるんだよ」
言いながら、クロセルは玄関の扉を開く。
家の中は至って普通だった。床には木板がはめ込まれ、その上に涼しげな色の絨毯が敷かれている。部屋の真ん中には二脚の椅子と四角いテーブルがひとつ置かれていた。テーブルには深い緑色のテーブルクロスが敷かれ、その中央に立つ小さな花瓶の中で一輪の黄色い花が咲いている。
他には何も無い。普通と言うより、必要最低限の物しか置かれていないといった印象を受ける。クロセルの簡素な暮らしぶりが想像できる部屋だった。
樹流徒を椅子に座らせて、クロセルは奥の部屋へ引っ込む。
十分ほどするとクロセルはパンとスープを運んできた。樹流徒とクロセル二人分ある。この短時間でどうやって料理を作ったのかは分からない。現世かぶれで発明家の悪魔だけに家の中に調理機械があるのかもしれなかった。
スープは塩や香草などで味付けがされ、具財は数種類の野菜に加え鶏肉のようなものが入っていた。
樹流徒はクロセルと向かい合って食事をする。
「無理強いはしないけど、食事中くらいはローブを脱いだらどうだい? 暑いだろう」
クロセルがやんわりと言う。
樹流徒もフードを被ったまま食事をするのは行儀が悪いと思ったが、顔を晒すわけにはいかない。
「申し訳ないが、これを脱ぐと寒いんだ」
誤魔化したが、フードの奥に隠れた樹流徒の額にはうっすらと汗が滲んでいた。