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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
2/359

少女の予言



「相馬君。ちょっといい?」

「え」

 意外な人物から話しかけられて樹流徒(きると)は目を丸くする。普段それほど表情豊かではない彼にしては少し珍しい反応だった。


 まだ賑やかさが残る放課後の教室だった。今日の授業から解放され帰り支度を終えた生徒たちが一人また一人と廊下へ出てゆく。そんな中、樹流徒も机の中身をバッグに押し込み、さあ帰ろうと席を立った。途端、不意に横から話しかけられたので余計に驚いたのである。


 声をかけてきたのはクラスメートの伊佐木詩織(いさきしおり)だった。

 詩織は健康な印象を損なわない程度に色白の、美しい少女。ただ、心なしか陰のある表情をしており、消極的な性格を思わせる物静かな雰囲気を漂わせていた。


 樹流徒と詩織は小学生の時からずっと同じ学校に通っていたため、恐らく互いに顔と名前くらいは知っている。少なくとも樹流徒は詩織のことを知っていた。それでも決して良くは知らない。樹流徒が顔と名前以外で詩織について知っていることといえば、彼女が学業優秀でクラスの中では滅多に口を開かない生徒だという事実くらいだった。


 当然、二人は特に親しくも無かった。樹流徒の記憶が正しければ、高校ニ年生になった今年、詩織とはまだ一言も喋っていない。親しい間柄どころか、むしろよそよそしい関係と言える。だから突然彼女から話しかけられたことは、樹流徒にとって本当に意外だった。


「伊佐木さんか。僕に何か用事?」

 久しぶりに口を利いた詩織に対し、樹流徒は至って自然な態度を取る。

 ただ、彼のどことなくドライな口調と鋭い瞳は、他人に対してやや無愛想な印象を与えるらしい。それだけが原因かどうかは不明だが、樹流徒は子供の頃から決して友人が多い方ではなかった。

 それは詩織にも共通して言える。彼女もどこか冷めた声色と視線の持ち主だった。そして恐らく樹流徒と同様、友人が多い方ではない。

 二人は少しだけ似た者同士かも知れなかった。


「今時間ある? 話したいことがあるの。そんなに時間は取らせないから」

 詩織は淡々と用件を述べる。

「いいよ」

 樹流徒は躊躇(ためら)うことも無ければ嫌な顔をすることも無く、二つ返事で了承した。これから寄り道もせずに真っ直ぐ帰宅するつもりだったので、相手の頼みを断る理由はこれといって無かった。


「じゃあ、図書室へ行きましょう」

 詩織はさっと(きびす)を返す。長い黒髪が(ひるがえ)り、空気を受けてさらさらと流れた。

「待ってくれ」

 しかし樹流徒が呼び止めると、宙を舞った髪は少女の背中に貼りつく。

「なに?」

 詩織は片足のつま先を廊下へ向けたまま、体半分だけ樹流徒のほうを振り返った。

「君の話っていうのは、ここで聞いたら駄目なのか?」 

 樹流徒はさっと辺りを見回す。クラスメートたちはまだ半分くらい教室に残っているが、授業中ではないのだから、話があるならばここですれば良いのではないか、と思った。


「ええ。できれば誰もいない所で聞いて貰いたい話だから」

「そうなんだ」

「迷惑?」

「別に」

「それじゃ先に行ってるわね」

 詩織はスタスタと教室を出てゆく。

 廊下には、これから部活や塾へ向かう生徒、家路を急ぐ生徒たちが行き交っている。彼女はその波に紛れて消えた。


 樹流徒は今すぐ詩織の後を追うことも出来たが、教室の中で数分潰してから出ることにした。

 机の下に押し込んだばかりの椅子を引いて、着席する。宙を見つめてぼんやりと考えた。

 伊佐木さんは一体何の話をするつもりなんだろうか?

 

 愛の告白という流れは期待できなかった。今まで詩織との間に恋愛感情が芽生えそうな出来事は何一つ無かったし、それ以前に彼女は恋愛そのものに対して余り興味がなさそうに見える。実際にそうだという根拠は無いが、仮に彼女が誰かに告白するにしても、その相手が樹流徒という可能性は限りなくゼロに近い。繰り返しになるが、それだけ樹流徒と詩織の間には特別な人間関係を生み出すような接点が何も無かったのだ。


 ならば、彼女はわざわざ僕と二人きりになって何の話をする気だ?

 樹流徒は色々と想像を膨らませてみたが、そんな事を考えている内にそろそろ彼女に会いに行けば良いという結論に至った。



 学校の図書室は、普段昼休みなどに訪れると少人数の生徒を見かけるが、放課後になれば無人の空間と化す。学校の近くに大きな図書館があり、生徒たちの需要はそちらへ移っているからだ。

 今日も図書室は空いていた。樹流徒が到着すると、中には詩織しかいなかった。

 彼女は椅子に腰掛けていたが、樹流徒が姿を現すと静かに立ち上がり

「相馬君。こっちへ」

 とだけ言って、素早い足取りで本棚の裏へと隠れる。

 余程この現場を他人に見られたくないらしい。樹流徒にはそう見えた。


 樹流徒は詩織の後を追う。

 彼女は樹流徒に体の正面を向けて立ち止まっていた。

 樹流徒も反射的に足を止める。


 二人のすぐ横には窓が並んでいた。そこから学校の裏庭とテニスコートを見渡すことができる。テニス部員が四名、早くも熱のこもった練習を始めていた。


「来てくれてありがとう」

 詩織は改めて口を開く。

「いや。それで話って?」

「少し唐突な話になるけれど」

「ああ」

「相馬君は……世界が滅びるのって、いつだと思う?」

「え」

 確かに唐突だった。

 果たして少女が持ち出した話は、樹流徒が教室の中であれこれ予想してきたものとは大分異なっていた。色っぽい話になる可能性は薄いと分かっていた。だが、ここまで突飛な質問が飛び出すとは流石に思いも寄らなかった。


 かといって黙っているわけにもいかず

「世界が滅びる日か。僕には見当もつかないな。二〇一二年説も信じてないし」

 樹流徒はそのように返答した。


「そう。それじゃあもう一つ。もし今日世界が滅びるとしたらどうする?」

「どこかで聞いたような質問だな」

「真剣に考えてね。哲学ゴッコをするために来てもらったわけじゃないんだから」

「だったら、何のためにこんな質問をするんだ? それも僕に」

「そうね。当然そう思うわよね。ごめんなさい。話す順番が悪かったみたい」

「というと?」

「先にこれを言っておかなくてはいけなかったの。相馬君……」


 ――世界は今日滅びるわ。


「……」

 樹流徒は反応に窮した。

 “世界が今日滅びる”。それがもし詩織なりのジョークなのだとしたら、まだ良かった。

 だが彼女の目は真剣そのものだ。決して冗談を言っている人間の顔ではなかった。


 茶化して終いに出来そうな雰囲気ではない。そう感じた樹流徒は、相手が真面目に話をしている以上こちらも相応の態度で応じるのがベターではないか……と考えた。

「今日世界が滅びると言っても、その根拠は?」

 樹流徒は、世界滅亡を予言した少女に問う。

「科学的根拠は無いわ」

「だろうな。あったら大変だ」

「そうね……」

 会話が途切れた。

 詩織は微かに(まぶた)を下ろし、視線を()らす。彼女は今、何を思うのか。どこか物憂げな表情をしていた。


 数秒の沈黙の後、樹流徒は口を開く。

「伊佐木さんは何故、世界が今日滅亡すると考えたんだ?」

「話しても良いけれど……リアリストや学者を納得させられるような説明はできないわよ」

「それはもう分かった。別に何でも良い。例えば君の勘だとか。願望だとか」

「実は私、未来を予知できるの」

「ああ、なるほど」

 樹流徒は取り合えずそう答えるので精一杯だった。詩織の口からまたも飛び出した予想外の言葉に対し、他に答えようがなかった。


 しかし、すぐに別の答えを探して切り返す。

「じゃあ、君が未来予知の力を持っているという証拠を見せてくれればいい。そうすれば君の話に信憑性が出てくると思うんだけど……」

「けど、証拠を見せるといっても、一体どうやって?」

「例えば、この後すぐ僕たちの周りで起こる出来事なんかを予知できないのか?」

「残念だけれど私の能力はそんなに便利じゃないの」

「それはどういう意味?」

「ありとあらゆる未来を予知する力はないという意味よ。今のところ世界滅亡以外の出来事は何も見えないの」

「そうか。それなら仕方ないな」

 樹流徒は視線を窓の外へ移した。

 テニスコートの周りで練習する部員の数はいつの間にか十名くらいに増えている。


「もういいわ。こんなところに呼び出した上に変な話をしてごめんなさい」

 詩織は特に失望したり憤ったりする様子も無く、淡白な態度で謝る。

「いや別に。君の話が絶対嘘という証拠もないわけだし……」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど。でもアナタ私の話を信じてないでしょう?」

「頭ごなしに否定したりはしない。それより君に聞きたいことがあるんだけど」

「何故この話をアナタだけに聞かせたのか……でしょう?」

「そう。なぜ僕に?」

「それは話すと長くなりそうだからやめておくわ」

「そうなんだ」

「ええ。そうなの」

 詩織は手をそっと伸ばして窓を少しだけ開いた。

 隙間からふわりと柔らかい風が入り、彼女の前髪を揺らす。


「ね。相馬君。私たちが中学生だった時のこと、まだ覚えてる?」

 ここで、少女はふと思い出したように言った。

「中学の?」

「ええ。あの日私たちが巻き込まれた“事件”のこと」

「事件……」

 脈絡もなく振られた話だった。しかし樹流徒はすぐに心当たりを見つける。簡単に思い出せるほど印象深い出来事だったから。

「ああ、あの事件か」

 樹流徒の脳内で過去の記憶が急速に呼び起こされた。




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